|
|
|
|
|
||||||||||||||||||||||||
|
ここで語られることは
100%真実です。 が、よそでそういうことを言うと きっと笑われるからやめましょうね。 |
|||||||||||||||||||||||||
こんなもの、読んでる場合ですか? [全523件]さて、この夏少しだけ盛り上がった各務原高校野球部。 秋季大会でスコーンと負けました。 特に誰も気にはしてないだろうけど、一応ご報告まで。 さてさて、我が愛しのもときち君(仮名)のスポーツ少年団野球部・4年は順調です。 今は市の東部ブロック大会(8チームのトーナメント)と、市大会(たくさんのチームのトーナメント)の2つの公式戦を抱えています。 それぞれ1回戦は勝ったのだ。 ま、市大会はどこまで勝てるかわからないけど・・・東部大会は優勝する気で親子共々頑張っております。 僕なんて、9月だっていうのに日焼けで腕も顔も(ついでに心も)真っ黒だし、鼻の頭は皮がめくれて痛いし、これでもけっこうたいへんなのだ。 とはいえ、普通に考えると、子供が親をうっとうしがるまであと2年半。 めいっぱい、楽しませてもらいます。
今年の夏の甲子園の予選も順調にすすんでいる。 当然と言えば当然だが、岐阜県でもやってました。 でも、今年の夏は今までとは違ったのだ。 対戦カードは、各務原高校対県立岐阜商業であった。 県岐商といえば、甲子園ではおなじみの存在だ。卒業後にプロ入りした選手だって何人かいる。 ひるがえって各務原高校。 今年の春は21世紀枠の岐阜県代表候補になったが、甲子園出場のおはちは回ってこなかった。そもそも、県大会での優勝はおろか、準優勝だってない。 夏の予選なんて、ベスト8にだって残ったことがない。 そもそも、各務原高校自体にたいしたセールスポイントはない。 しいて言うなら、世界中探しても各務原市にしかないことくらいであろう。 でもこれは各務原市役所だって各務原市立図書館だって各務原市民プールだって同じことなので、威張って言える事ではない。 でもね、母校なのよ。 いまだに校歌だって歌える。 甲子園に行ったら会社休んでもいいよ、と言われていたのに、誠に無念なことである。 ま、わざわざ行くのは面倒なので、休みはありがたくいただいて、家でビールでも飲みながらテレビで観るつもりだったんだけどね。 しかし、こういう不埒なOBがいるので神様が負けさせたのだとしたら、選手には申し訳ないなぁ。
新年、というか寒い時期になると、マラソンやら駅伝があちらこちらである。 もときち君(仮名・3年生)の所属する野球チームも、マラソン大会というのに出ねばならない。 というわけで、最近は野球の練習後に全員走らせることにした(っていってもまだ2回だし、1キロしか走らせてないけど・・・2年生も一緒だから)。 指導者が何人かいるのに一人も付き合わないのはいけない気がして(相変わらず気が小さいのだ)、一緒に僕も走ってみた。 見事1位獲得である。 小学2・3年生を相手にしてりゃ当り前だけど、けっこうギリギリの勝利である。 近いうちに抜かれるな、きっと。 さて、本題に入る。 最初に戻るけど(まだ10行足らずだけど)、地域の駅伝大会というのもけっこうあるようだ。 先日新聞を読んでいたら、地方版にその結果というものが載せられていた。 中学やら高校の陸上部が出場するのは当り前なんだろうけど、いわゆる市民ランナーの方々も頑張っていらっしゃる。 一般の方々も、きちんとチームで出場してますね。 ○○走ろう会とか○○走友会とかね。 一目で「走るのが好きな人の集まり」ということがすぐにわかる。 ところが、どういう経緯でそんな名前になったのか、どう考えてもわからないチームというものもある。 僕が見た新聞には、全く意味不明のチーム名がありました。 あまりに面白かったので、これは楽天にでも書いてみるか!という気になったほどである。 名前の由来は何だ? さぁ皆で考えよう!(逸見政孝名言集より) 岐阜県某市の駅伝大会。6人1チーム。 一般の部3位。 その名もなんと 「田中先生を尊敬する会」 たとえば神様が 「誰でもいいから一人、会いたい人に会わせてあげる」 なんて言おうものなら、 「田中先生ですっ!!!」 と即答しちゃうだろう。 これを読んだアナタも、そんな気になりませんか?
明けました。 妻子持ちにもバツイチにも、等しく正月はやってくるのだ。 だから、僕にだって正月くらいくる。 とはいえ、家族を失うと、それはそれなりに寂しいものである。 まあ僕の場合は実家に転がり込んでるからまったくの一人というわけではないけど、それでも年寄りを相手にボソボソ過ごす正月って、なんとなくわびしい。 更に気分を重くするのが、今年は四十路という事実である。 ここに登場した頃は、みなさん御存知(かどうかは知らないけど)のとおり、まだまだ青年だったのにね。 二枚目でモテモテだったのにね。 そのへんは誰の賛同も得ないままに、7年も経ったんだ・・・ ここ4年くらいほとんど顔出してないけど。 確か去年は3回しか日記書かなかったけど。 まあいいや。細かいことだ。 今年は久しぶりに真面目に更新しようかなぁと思いつつ、唐突にこの日記は終了する。 とりあえず今日は挨拶だけでいいのだ。 怪人二十面相だって怪盗キッドだって、とりあえず挨拶から入るではないか。 だから僕もそうするのだ。 なぜ泥棒を見習うのか?そこらへんは気にしないで下さい。
去年の四月、我が家にはもういないもときち君(仮名)は、スポーツ少年団の野球部に入部した。 僕の頃は子供が多かったせいか、スポ少は4年生からが相場だったんだけど、今は1つの学年で9人集まるのが怪しいためか、「4年生以下」というくくりである。つまり、4・3・2年生の集団だ。 最初の頃、2学年も上のお兄ちゃんたちと練習できるのかが不安で、僕は様子を見に行った。行ってみるとコーチの数は少なく、2年生や初心者の相手をしてもらえないか、と請われて手でコロコロとボールを転がしてやったり、キャッチボールの相手をしているうちに、なんのかんのと毎週顔を出すようになってしまった。 そして今や、すっかりコーチの一員として頭数に入ってしまい、この6月には正式に指導者講習なるものを受けるように言われている。 団からお金が出るやつなので、継続的に練習に参加できる父兄にのみお声が掛かる。もういい加減な気持ちではいられないねぇ。 実際は4年生がメインなので彼にはあと1年の準備期間があるんだけど、人数が足りないからそうも言っていられない。 3月だけで練習試合を2試合やったけど、フライを取った時には(ライン際に切れていくフライを逆シングルで取ったのです)、こっちが泣きそうなほど嬉しかったです。 まあそんなわけで、もときち君(仮名)とはたいていの土曜日と日曜には必ず会うことができる。 元妻とは、せいぜい試合のときに顔を合わせるくらいで済むであろう。 僕が離婚してウキウキしてる理由、わかってもらえますか?
仕事場での僕は、こう言っても誰も信じてくれないだろうけど、鬼と呼ばれるにふさわしい男である。 それこそ、鬼のような形相で仕事をしている。 理由は簡単。 仕事なんて、大っ嫌いなのだ。 ニコニコなんてしてやるものか。 世の中には仕事が第一、という人がいることに異議は唱えないけど、その人の給料を全部取り上げてみればわかる。 きっと僕のほうがまともなのだ。 そういうわけなので、僕は職場のバイト諸君には 「休憩室の王様」 と呼ばれている(褒め言葉に違いない)。 休憩室での僕は、本当にいい人だと思う。 頻繁に休憩室に入り浸る社員が少ないという面はあるにせよ(入り浸りで悪かったな)、基本的には誰にでも話しかけるし、話しかけられればきちんと受け答えはするし、非の打ちどころがない。 いつもニコニコしてるし、訊かれた事にはきちんと答える。 ただ一つを除いて。 この「ただ一つ」にピンと来た方は、かなりのモトキチ通ですね。 悪かったな、ロクでもない通にしちゃって。 って、何故に今日は怒り気味なのだ? まあとにかく、いくら休憩室の僕が温厚そのものでも、仕事の話をしてはいけないのだ。 「っるさいなぁ。僕に仕事の話なんてしないでよ」 って言われること、間違いない。 仕事中に仕事の話をされるのが嫌いだというのに、休憩室にまで仕事を持ち込んで欲しくないね。 そんな当たり前のこと、どうしてみんな気付かないんだろう? 僕は家庭に仕事とセックスを持ち込まなかったように、休憩に仕事は持ち込まないのだ。 本音を言えば、仕事中に仕事だって持ち込みたくない。 持ち込むとかそういう問題じゃないけどさ。 さて、少し前のことだけど、休日に研修(実際の仕事とは少し違う内容だった)があって、バイトを束ねる立場の契約社員の人にも参加してもらった。 その時にその契約社員の方が 「モトキチさんって、仕事を離れると本当にイキイキしてますねぇ」 って褒めてくれた。 「わかっちゃった?自分でもそう思うんだよねぇ。 やっぱりさ、こういう男を旦那さんにしたいと思わない?」 って訊いたら 「うーん・・・それはそれで困るけど・・・」 というようなことを言われた。 まったく照れ屋な方である。 しかし、習慣というのは恐ろしいもので、最近になってその方はようやく僕を理解し出した。 まさに、継続は力なりである。 つい2,3日前のことだ。 新しいバイトの人が入った。 お目付け役は、件の契約社員の方だ。 彼女は新しいバイトの子に、こう説明していた。 「こちらがモトキチさん。私たちの責任者の方です。 でもね、仕事のことは私に訊いてね。 モトキチさんって、仕事の事訊くと怒るからね。 休憩室ではすごくいい人なんだけど・・・」 K瀬さん、わかってくれてありがとう。 これからもその調子でいきましょう。
前回の日記とコメントに対するレス、自分で書いておいてこんなことを言うのもなんだけど、すごくウキウキした様子であふれている。 理由は・・・言わなくても解かっていただけるでしょう。 何年も願い続けたことが叶うのだ。 喜ばずにはいられないのだ。 みなさんにご心配頂いてますけど、もときち君(仮名・この春から3年生です)とは週に1,2回は会えるので、その時には精一杯楽しむつもりです。 まあ今までだって、平日には起きてる彼を見たことないんだけど・・・ 「それでも寂しいに決まってるでしょ?もときち君(仮名)のために、思いとどまることは出来なかったの?」 という人がいるかもしれない。 ううむ・・・分が悪い・・・ これから先の文章は、どう読んでも自己弁護の見苦しい文章になる。 それに、誰かに賛同してもらいたいわけでもない。 でも僕は書こうと思う。 今までにもずいぶん意味の無い日記を書いてきたけど、救いようのない日記というのは、珍しいであろう(ここ、反論不可)。 今から5年くらい前の、僕が本気で離婚を考え出した頃のことである。 僕と、もうすぐ他人になる妻は、夫婦喧嘩をしていた。 もともと言いたいことの半分も言わないタイプの僕にしては珍しく、かなり本気で言い争った覚えがある。 僕はかなり昔から会話を自分で作り上げるだけでなく、その通りにすすまないと一言も話したくなくなるという、迷惑な人間だ。 囲碁や将棋の有段者みたいに、僕がこう言う、相手がこう返す、そこで僕はこう言ってやる、なんていう様に、2,3手先を考えながら会話をしていることが多い。 で、その通りにいかないと嫌になるんだから、かなり嫌な奴ですね。 こういう言い方が適当かどうかは知らないけど、僕なんて離婚して当り前の人間だ。 それはともかくとして、とにかく僕と妻の間に激しい口論があった。 理由は忘れた。 忘れるほどの理由で口論できたし、口論さえ出来れば理由なんてなくてもよかったのかもしれない。 今となっては、もうどうでもいいことだけど。 とにかく、その時である。 若干3歳か4歳かのもときち君(仮名)が、僕たち夫婦に向かって笑いかけたのである。 そしてその笑顔は、驚くほどのぎこちない笑顔だった。 幼稚園児が、作り笑いをしたのだ。驚かないほうがどうかしている。 多分それまでのように、自分が笑えばお父さんもお母さんも笑顔になるって、そう思ったのだろう。 それはそれは、哀しい笑顔だった。 今でも忘れられないほど、痛ましい笑顔だったのだ。 その頃から僕は思っていた。 僕たちが夫婦であり続ければ、彼はこの先また、あの哀しい笑顔を浮かべなくてはならないのかもしれない。 そんなの、僕には耐えられない。 あんなに可愛い(幼少の頃の僕に似ている。疑うんなら写真だってお見せしたってかまわない)もときち君(仮名)に、もう二度とあんな思いをさせてはいけないのだ。 あの笑顔が無意識のうちに出たんだなぁって思うと、僕は今でも泣けてきてしまう。 お父さんもお母さんも両方好きなもときち君(仮名)にどちらかを選ばせるなんてことは出来ないから、お父さんが君とお母さんから離れることにするよ。 でもね、新しいお父さんができない限り、いつも父親として見守るつもりだよ。 またキャッチボールしようね。 じゃあ、また日曜日に! |一覧| |
|
||||||||||||||||||||||||
Powered By
|