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モラルを忘れていませんか。自戒も込めて

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2008.12.27 楽天プロフィール Add to Google XML

お知らせします。

(10月20日のブログに反貧困大集会のリポートを書きました)
(31日のブログにズームインで辛坊さんがBIに近い発想を述べられた記述しました)
<ベーシック・インカム実現を一日も早く願います。>

3年7ヶ月の間、この楽天ブログをメインに書いてきましたが、
こちらのブログをストック型にして、

ベーシック・インカム実現と農的生活に移動するために

のほうを、フロー型にしてみようと思います。

また不確定な気持ちもあるので、こちらがフローに戻るかも知れないし、「ベーシック・インカム実現と農的生活に移動するために」ではないブログにまた移るかどうか、まだはっきりしてないところもありますが、(例えばこちらを箇条書きのポイントを書いたブログにするとか、どちらもフローというのも考えましたが)

閉鎖するわけではないので、読んでくださっている皆様、楽天様、今後もよろしくお願いします。





Last updated  2008.12.27 17:48:03


2008.12.26

グーグルアドセンスのような仕組みを雇用マッチングに応用できないのか

(10月20日のブログに反貧困大集会のリポートを書きました)
(31日のブログにズームインで辛坊さんがBIに近い発想を述べられた記述しました)
<ベーシック・インカム実現を一日も早く願います。>

グーグルアドセンスは、本当かどうかわからないものも含め?広告的な内容が多く
リンクされてくるのだが、

雇用のミスマッチというものがあり、人には得手不得手があるということがあり、
求めている人と求められる人とのミスマッチとなっている。

結婚でもコンピュータマッチングなどという、性格の合う人を会わせようという試みがあるが、

グーグルアドセンスのような、比較的少額で考えというかなにかに合っている情報を
もっている人を、情報発信するほうと、照らし合わせてくるサービスというのは、

もし、例えば私が特徴的な内容のブログを書いた場合、グーグルアドセンスのような
方法で、私が興味ある企業や個人などがアドセンスとして出てくれば、

細かい、職業の募集をそこでやってみるなら、

かなり細かくマッチングできそうな情報としてその特殊情報を書いたブログに就職
情報として、かなり興味が合う同士のマッチング情報としてやってくるのではないだろうか。

だから、グーグルアドセンスは、中小企業や零細企業や、太田選手のように一人が強くなって知名度をあげる方法もあるが、そうではない方法として個人のサークル募集や、そういう、
今多そうな商品情報ではなく、出会いのマッチングとして使われると、企業のミスマッチへの
新しい対処になるのではと思った。

こういうのがビジネスモデルと言うのかわからないが、もしかしたらすでにずっと前から
されている方法なのかも知れないが、

そういう情報もやってきてくれると助かるのだが。

グーグルさんでも楽天さんでも考慮してくれないだろうか。

市場で誰もやらないかも知れないから、内閣府にもメールしてみようかとも思う。

(追加:メールした)

偶然このブログを見た人も、似たような感じで、他にも方法があるかも知れないが、違うより良い社会にもっとなるためのアイデアがあれば、やってくれるならば、ブログを書いた甲斐がもっと出てくると思う。






Last updated  2008.12.26 10:29:36

石破大臣にメールでお願いした

(10月20日のブログに反貧困大集会のリポートを書きました)
(31日のブログにズームインで辛坊さんがBIに近い発想を述べられた記述しました)
<ベーシック・インカム実現を一日も早く願います。>

石破大臣のサイトにメール送信した。石破さんなら、それに応えて
くれる人のような気がするのだが。

このブログを偶然見た方も、良い提案だと思えれば、政治家の方々など、期待したい
人にメールをして提案してみませんか。

原文をコピーすれば良いだけだったのだが、今朝は頭がいつも以上にぼけていて、
操作ミスばかりしていて、別のコピーをしてしまい、内容を消してしまった。

内容は、今こそ40年にわたり、1000万人も減り続けている農業に雇用転換の
目を向けるべきだというもので、バラエティー番組でもどこでもアピールして欲しいというものである。

しかし、大企業が農業に参入するのは私は基本的に反対の立場をとる。

農業という最後の砦まで、リストラされるような業種にされてしまったら大変である。

しかし、日本という国は市場レベルで、全体で農業を衰退し続けてリストラし続けて
きたようなものであった。

多くの家族や共同体の伝統性を崩壊させてきた。

飯島愛さんのブログでの追悼コメントが23000も超えていて、その人気の高さに
驚いたが、そして追悼している人のコメントは日本人の心の優しさがまだたくさんあることを
知らされる。

おそらく、飯島さんへの批判を個人や何人もの人がつなげてうわさしている場所も至るところあるかも知れないのは予想する。他人はどんなことでも、良く言う人半分、悪口言う人半分だといわれたことを思い出すが、アメブロのスタッフが、コメント選択しているのは正解だと思う。表現の自由というより、表現の選択、編集が大切な行いである。

種苗業の社長もいっていたが、人は一人では生きられない。だから人と人とのあたたかい
コミュニケーションは重要である。誹謗中傷をする人のマイナスの行為は思った以上に重い
ものである。誹謗中傷ではなく、潜在しているもっと良い社会へという願いのほうをストレートに語ったほうが、他人はわかろうとしてくれるはずだと思う。表現の仕方の微妙な違い
に過ぎないとも思える。言い方を変えるだけで、他人からの見方が変わり、その人も変わる。

「巧言令色少なし仁」というが、逆に、巧みな言葉で騙す人や嘘や嘘をつきとおそうとする
人の心理は、もっと心理学者などが実用的に人の心がなおるように、経済社会構造との関連も
含めてもっと考察されなければ、あまりに研究されていないと思う。

偽悪より偽善より、それより善を目指したほうが良いのだと心身にこびりついている
という人のほうが多いのに、なぜそうでない少数者を出してしまうのか。善と矛盾して
いる構造のほうが人の思考技術を難しくしているということもあるのか。

動物の本能と社会を構築した人間の違い。どうしていけばいいのか。そこにヒントが
あると思うのだが。

彼女の人生は、もし家族農業がこんなに衰退していなかったら、違う人生になっていたかも知れない。そういう視点から見るマスコミや作家がどこにもいないなら、どうしてこんなに彼女の孤独死が話題になっているのか、社会と時代を写しているが語られないまま過ぎてしまう
ことになるだろう。私自身は愛さんの、ビデオ女優だった過去を偏見の目で見てしまうところが片隅にどうしても取れないままであるのだが、愛さんの職業遍歴も時代が生んだもので、時代が承認してきているもので、政治や、国民が私もその一人だが、そういうところまで深く考えていないところから生じてきた遍歴であった。しかしながら繰り返すが、追悼のあたたかい言葉がこんなに出ている場所を最後に表現したところは、すごい人だったのだと思わされた。

農業や故郷や食や心やお金や愛や性や死や人と人とのつながり。

科学技術のリテラシーや拝金主義なかり生んでしまい、強者がその方向でリードしている世界に日本はなってしまった。

おバカタレントが人気があるというのは、そういう世界への対照である。

そういうところから社会を世界を良くしたいという表れなのだから、

テレビや新聞でコメンテーターは、よりよい社会への分析をしてコメントしてほしい。

正月前に派遣社員が住む家も無くなるという警告をテレビや新聞がずっと言い続けて
くれていることは、テレビや新聞はがんばってくれていると思う。

正月は、家族や親族や親しい仲間と、いたわりや、楽しみを共有できるために、
多くの通常機関は休みとなってもそれは特別な日々だと思うが、

インターネットは、メールは正月明けまで貯めておいてくれるものだから、
政治家や著名人、知識人の人たちでメールをあけてくれているところがあれば、
日ごろ、仕事にいっぱいいっぱいになってしまい、できない人も、良いと思ったことを
提案することができる期間ともなるのかも知れない。

湯浅誠さんや周囲の人は、正月も、住まいの見つからない人などのサポートをしている
だろう。そういうすごい人たちもいる。私はそれをできないので、知っているのに書くだけで申し訳ないが。

でも、そういう人のあたたかさの交流もそこにあるのだろう。

現在、あまり言われなくなっているが、
ひきこもりの人もあたたかさを求める途上にいる。その人たちも親の保護などが
あるが、不安を抱えたままである。

湯浅誠さんの言う「貯め」があるのだから、それは良いことである。
アルビン・トフラーさんの考えてきたことに近いのか、生産消費という、
日常、生産管理のイメージにとらわれることなく、生活して消費していることが
生産につながっているという思考方法が多くの人が理解するようになれば、
ウェラブルコンピューティングなども関わって、新しい、誰もが生き続けられる
社会の基本的なところが提案されていきやすくなるようにも思うのだが。

そして農業という食べ物と関わることと環境維持のできる社会構造に続けば。

ベーシック・インカムが実現すればどちらも解決できる割合が進むとどうしても思うのだが。

そして楽しい心でいられる、アタラクシアな時代を演出できると願いたい。












Last updated  2008.12.26 09:49:35

流れる情報の偶然と必然の出会いと情報発信について

(10月20日のブログに反貧困大集会のリポートを書きました)
(31日のブログにズームインで辛坊さんがBIに近い発想を述べられた記述しました)
<ベーシック・インカム実現を一日も早く願います。>

流される情報に遭遇することはタイミングによる偶然であるが、同一内容と思えるような情報ばかり流されているとそれを必然に感じる。出会う確率の少ない状態の情報に出会った場合で
それが人生に影響を与える場合に運命とさえ言われるのだろうし、あとで振り返って気づくこともある。

昨日図書館で、日本農業新聞のトップニュースが大不況による雇用悪化を和らげるための、
農業への雇用を数千人単位で考慮するというような記事があったと思う。

残念ながら、こういうニュースを有名なテレビやネットからも遭遇できていない。

石破農水大臣も大臣になる前にテレビのバラエティーにまで出ていたので、今こそ、
農業従事者が増えるようなパフォーマンスをしてくれれば良いのに。

この大不況でさえ、利益を伸ばしている場所はあるはずだし、慢性的に人数が不足している
のが回転ずし業界で、元気寿司が500人の募集を打ち出すというニュースが毎日新聞に書いてあった。居酒屋経営のモンテローザも5000人だっただろうか、増員という発表をしてくれた。こういうことをしてくれた人をもっと大きく取り上げても良いのではないか。

車や電化製品や機械など、これまで日本を豊かに導いてくれている業界であるが、その業界の大規模化が一転して問題を生じさせてしまうのが、業種移動という視点でみると、
40年くらいで1000万人くらいも減少してしまい、減り続け、平均年齢65歳にも
なっている農業への業種転換というような見方になぜならないのだろうか。
他にも人手不足の業界はあると思う。

しかし、種苗業の同年代のH社長と話していて教わり、考えたが、なぜ派遣で苦しんでいる人が農業に目を向けなかったり、人のせいにする人がたしかに多くなっているが、違う目を向けようとしないのかなと言われ、そう聞くと、

なぜ、米騒動などが起きた時に、農民を手伝おうとしなかったのだろうとも考えてしまった。

しかし、人間はやってきた職種にこだわりが生じてしまい、新たな転換をしようとすると
恐怖のようなものを感じる。そして年齢を重ねているほど、教えてくれる人は年下でも
あることになる。しかし、最初から職種が変化しても工夫して転換できる人もいる。

この大不況は犠牲者を多く出していて、その保護に力が注がれているが、
農業従事者が1000万人も減り続けてきたことと関連づけられる論調が大きなマスコミに取り上げられることを願いたい。

ベーシック・インカム+農的な生き方ということが今は行われていない欠如しているところなのだと思う。

そして人が転換するためには、あたたかい先輩たちの誘導と、出会う確率を高めるための
情報量の増大が必要となるのだろう。

そのためには、種苗業の社長が言われていたが、ある農家は時給換算すると200円台なのだという。それではとても、新しい人を迎えられるような気持ちが出ない。

実際、農家の親は、子供を都会に出して農家を離れさせたがっているのである。

これは農林水産省が改革的な推進を行って欲しい。

石破大臣は、失策で引きずりおろされてしまうようなことになっていない。

石破大臣にがんばって欲しい。なぜバラエティーに出なくなってしまったのか。

農業を復興しようとテレビに出て、キャラクターのある石破大臣が言ってくれる
だけで雰囲気は違うだろう。ムーブメントを起こすかも知れないのに。

だれかこのブログを見て石破さんに近い人がいれば、教えて欲しいくらいだが、
メールしてみようか。または誰かしてくれても良いと思う。

ひきこもっている人だとしても、メールしても良いと思う。
正論だと思うことを発言することに立場は関係ない。

(パンツだけの姿で、「そんなの関係ねえ」とテレビに出る勇気のある人も
いるわけである。大桃さんと、そのおっぱっピーな芸人さんが新潟の農業と食べ物
の紹介をした番組はほのぼのとしたものだった。そういう人から思えば、メールする
くらい簡単だと思う。)

それが、インターネットという道具を手に入れた後の時代の人の強みだと思う。
利用しない手はないと思う。




























Last updated  2008.12.26 08:41:21

2008.12.24

堀江氏が山崎氏のブログを紹介し、ベーシック・インカムの話題増えた
[ お金に困らなくなる思想研究 ]    

(10月20日のブログに反貧困大集会のリポートを書きました)
(31日のブログにズームインで辛坊さんがBIに近い発想を述べられた記述しました)
<ベーシック・インカム実現を一日も早く願います。>

ホリエモンこと、堀江貴文さんのブログで、ベーシック・インカムの話の追加があり、
なにかと思ったら、経済評論家の山崎元さんが、堀江さんがベーシック・インカムの
紹介をブログでした時に山崎さんのブログを紹介したことから、山崎さんのブログの
ベーシック・インカムのコメントが増加してなにかと思って、それが堀江さんのブログからの影響だとわかったという話であった。それが12月20日のブログからであった。

このように、社会で経済や経営をリードしてきた経験を持つ人たちにも、それも全国区で
知名度のある人たちもベーシック・インカムを支持している人がいることは、可能性を
高めるし、有名な人がブログで紹介すると、ベーシック・インカムを知る人が増える。

もっと探せば有名人の支持者や知っている人を発見できるかも知れないのだが、
探すのもタイミングや、運みたいなものもあるのかも知れない。
偶然、堀江さんのブログを日時のタイミングで見ていたので、気づいたわけである。
グーグルやヤフーみたいに検索でわかることが大いにそれはあるが。
検索エンジンが無いと、ほとんど探すのは難しいものだと思うが、検索エンジンより先に
それが間接的に影響はあるにせよ、直接でなく見つける場所とタイミングもある。

私は手元にインターネット環境があるにも関わらず、それなら、こちらから有名な人たちに知らせてみようかという気力が、前に政治家の方々にやった時期より大きく低下してしまい、ストップしてしまっているのだが、気力のある読者が現れたら、ぜひそういうことをして欲しいと思う。そんなこと言わないでやれよといわれそうなことを書いてしまい、やらないことが、
私の悪いところなのだろうか。でも、けっこう、このブログからもはじめてベーシック・インカムを知った人はいるかも知れない。反対してしまう人も、初めて知ったという点では同じである。とにかく、ベーシック・インカムを賛否が出ようと、日々知る人が出れば良いと思う。





Last updated  2008.12.24 19:27:54

多様化した社会にしてくれる人

(10月20日のブログに反貧困大集会のリポートを書きました)
(31日のブログにズームインで辛坊さんがBIに近い発想を述べられた記述しました)
<ベーシック・インカム実現を一日も早く願います。>

「とてつもない日本」麻生太郎(新潮新書)の98ページから。

これまでの制度が、近代化、工業化にとって必要な、「できるだけ同じ質の能力を持つ多勢
の労働者が与えられた仕事を忠実に行うことが必要不可欠」で、「そのためには画一的な教育によって、個性をできるだけ否定した雰囲気に耐える訓練を施すのがもっとも効果的であった」

この教育が、戦後の成功を培ったということだったが、

「すでに豊かになって、衣食足りる状態を通り越し、飽食の時代となった現在でもそのままでいいのか。地方の個性が試され、価値の多様化が叫ばれる時代でもある」

ということが書かれている。

「ほとんどの人は、衣食足りていて、車も建物も家電製品も国内では足りてきてしまい、
(サブプライムローンだって、ローンを受けた人以外は、住まいがある人が多くなって
しまっていて、問題を生じさせてしまったのだろう)1年間で、日本で食べ残される
食品の量は500万トン以上ではないかといわれている。どのくらいの量だろうか。
検討のつかないほど、大きいのではないか。

しかし、一方で、貧窮に困る人を生み出してしまうということになってしまっている。

麻生総理が書かれていることは、工場という、これまで豊かに日本をしてきた元と
なっていたところの変化というところに視点があったということである。
サブプライムローン問題からの波及で、もっと大変なことになってしまったが、
それまでも、日本の会社の工場が海外に移転したり、産業の空洞化が言われていた。

一方で、農業人口は衰退の一途をたどり、昔の農業の生活は、今ほどお金が無くても、
困っていない、お金とは別の、家族や共同体と、自然利用のセーフティーネットが
あった。

大企業が小さくなり、人が移動しなければならなくなった時に、受け皿があれば、
移動するというところだったのだが、移動先が無いために、苦しいことになっている。

池田勇人の高度経済成長を試みた時代には、都会のほうに受け皿がどんどん出来ていった。
しかし、今は、反対に都会に受け皿が無くなり、田舎にも新たな受け皿が用意されていない
ようなところにきている。というか、減少し続けているのだ。

独立法人産業経済研究所の山下一仁氏によると、「戦後の食糧難の時代人口7000万人に対し農地は600万ha存在した。現在人口1億3000万人に対し農地は500万haを切っている。今では国民がイモだけ食べてかろうじて生き長らえる程度の農地しか残っていない。

明治から1960年まで不変の3大基本数字といわれた農地600万ha、農家戸数600万戸、農業就業者人口1400万人は40年間でいずれも大きく減少した。農業就業者人口は280万人へ激減した。フランスでも農家は減少したが農地は減少しなかったため、平均的な農家規模はフランスでは2.5倍に拡大したのに日本では36%(北海道を除くと17%)しか拡大しなかった。」

これだけ衝撃的なことが書かれていながら、社会が戻せていなくなったことは、
お金という強迫観念を生むものに、人々の関心が移ってしまい、農業よりもお金の儲かる確実な産業に多くの人が移動し、競争して、お金を求め合い、農業以外の産業を拡大して多様化、差異化させていったからだったろうか。

餓死の危機というのは、今は、お金と農業以外の産業労働の関係が密着し、お金と交換するための食料が手に入らなくなるところから生じているが、その延長には食料危機がある。
外国との貿易がそれに関係していて余計難しいところとなっている。

明治時代から1960年まで、農業就業者が1400万人を維持していながら、
それから40年の間に、1120万人も農業から離れてしまったわけである。

こういうことは、他の人たちが20年も前から言っていたはずなのだが、
その叫びがかき消されていったまま、今も為す術がない。

山下氏のように、客観的な事実を伝えてくれる人がいるのに、その解決策を
実現してくれる人が現れない。

もちろん、私も文章をただ書くところまでで限界である。何も変えられない。

言葉に力が全くないわけではない。愛しているという表現で人は結ばれるし、
酷い言葉で自殺にまで人を追い込んでしまう言葉さえある。自殺が実は間接的な
他殺であることが気づかれていないというところもあるだろう。

しかし、せっかくの文章化された憲法25条でさえ、絵に描いた餅になってしまっていて、
守られていない部分となっている。

「1、すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

2、国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」

言葉の乱れは精神の乱れを伴う。それは長い間に、先祖として生きていった日本人の先輩たちが言葉に言霊を感じながら、創り続けてきてくれたからであったからかも知れない。

駄洒落はおやじギャグなどとも言われて、笑われるものだが、言霊を感じながら創作していった言葉たちには、精神性や美を含んでいたシニフィアン同士の関係性を潜在させているのだったかも知れない。

しかし、言葉の乱れに、身近な先輩たちは気づかなくなり、新語の感性のなんらかの危機を
予想させる表現を見逃し放置させてしまうようになった。
(私もこういう言い方でしか言えない。後からの人になにも出来ないと思う・・・
だが、私一人だから出来ないけど、多くの同年代や先輩方の気づきや行為が変わってくると
自分も協力していくことがあるかも知れない。1対1でうまく行かない相性があっても、
2対1や2対2という、第三者が加わることで、うまく行かなかった相性が変化することも
ありえると思う。しかし、それは空間時間性は一緒になっていないと、ネットなど、部分的なコミュニケーションでは特に、時間性のずれから、その間に、難しさが生じるだろう。ところが、いくら多くの人が集合するところでも、画一化の方向に行こうとしてしまう動きに
なっていったりする。現代思想の歴史の中に登場する人の誰かに、そういう課題をなんとかしようと考えた人がいるように思うのだが、私の能力不足で、勘で見ようとしているところだけである。また、その思いだけで通り過ぎてしまうかもしれない。かなりあてずっぽうで書いているブログだが、あてずっぽうそのもののままでは書くことができない)

クリスマスイブにこんな気分が沈むようなことを嫌がらせで書いているわけではなく、
問題を見て、改善をどうするかと考え、進もうとするところに、幸福があるはずならば、
楽しいことと同時に、少し言葉をずらせば無力や悲しみを感じることも無ければ、
人の暖かみも感じられないという順序が生じる。

バブルからバブル崩壊に至るまでの人が得る感性の順序と、人と人の間の少しの切なさ、
(変換される中に刹那さともあったが、漢字の場合はどういう漢字が当てられるか、
パソコン時代の場合は変換される漢字がどれだけ入っているかも大事だなと感じた)
松岡正剛さんが書かれた『フラジャイル』のような、弱さを無力さを感じるところから
感じられる雰囲気があった経過とは、空間を漂うものが、喪失的な無力感へと至る順序と生命をいとおしむ空気感を保つようなこととの違いを生じさせるような気配を感じる。

感受性の多様性が、今のお金の問題や、食料や環境の問題を解決して行く。そのためには、
そういう願いを持った上での多様性の価値観を持つ人同士の交流が可能になることの必要性
がある。だから、そこはまだ発展途上である。

こんなに長く書かなくても、今夜、いろいろな人がメリークリスマスと言い合えれば、
その可能性はあるから大丈夫なのだと思う。あとは解決できるためのスピードだけとなる。






























Last updated  2008.12.24 18:12:21

質の転換

(10月20日のブログに反貧困大集会のリポートを書きました)
(31日のブログにズームインで辛坊さんがBIに近い発想を述べられた記述しました)
<ベーシック・インカム実現を一日も早く願います。>

今朝の毎日新聞に、北岡伸一・東大教授に聞く(古賀攻編集委員)のタイトルから、
「自民 不振の原因は」ということで、「微調整政治」に限界 だという内容だった。

またテレビ朝日の「スーパーモーニング」で、赤江珠緒アナウンサーが、100年に1度の危機なら、100年に1年レベルの政策をして欲しいといわれていて、鳥越俊太郎さんも同様のことを言っていたと思うが、

同じ構造の場所にいくらお金を「量」として注ぎ込んでも、変化しないところがあり、
もっと、構造上変化するような、「質」の大転換、

明治維新のような変化を期待している反動が多くの批判論調として出てしまっている
状況なのかなと思う。

前回のブログで書いたような、「とてつもない日本」の頃の思いを自由に麻生総理が
発揮できるようなら良いのだがと思った。

末次省三記者が毎日新聞「つむじ風」で、国民の転換意識が、「民主党はいつ自民党になるのでしょうか」という質問をある学生から受けたように感じたという文章を書かれているが、
大勢が、ある範疇の中での転換までを予想してしまい、上から下まである範疇の内でアイデアが振幅しているまでの思考状況になってしまっているのかもしれない。

なにも、経済の右肩上がりだけが、人類社会の進歩ではないかも知れないのだ。

マスコミも連日報道してくれているのは、最低ラインの生活危機、生命不安、危機にまで
リアルタイムに陥っている人を、今日明日せっぱつまった人を最優先で救出する視点が、
今重要視されてきたのであるとも言える。

1つ「量」では無く、「質」の転換を選べといわれれば、

ベーシック・インカムを願う。

麻生総理が、定額給付金を景気対策とするなら、上地雄輔さんが、日本テレビで言った、
「期限付きお金」というエンデがゲゼルの思想から言われたという、腐る貨幣のアイデアの
追加や、

3年後に消費税増税をするなら、思い切った、ベーシック・インカムをやってみるからという
熱のこもった演説が追加されるなら、

これは100年に1度か何百年に1度からの「質」の転換だと思う。

なにしろ、まだやったことが無いのだから。初めてのことは数字感覚で比較できないことである。

なにをしても予想外の現象が入るのは現世の常である。やる前から批判する人と、やってみると面白いかもと分割されるアイデアというのは可能性を秘めていると思う。

公表されていないシナリオが水面下で進んでいて、ある日突然ベーシック・インカムを採用しますという発表がなされたら、これは驚くと思う。

定額給付金もそうだったが、他人が知ることは、突然知るというケースもあるわけである。

今年ブレイクした芸能人だって、多くは昨年まで知らなかったわけである。

人が何かを知る前と知った後では大きく変化する。

養老孟司さんがそういうことを述べられていたような記憶があるが、
養老さんは、「バカの壁」の中からであったろうか、戦争を子供のころか、体験して
いる世代だからだろうか、ホームレスをそんなに緊急視していなかったような
記述があったように思って、それが残念な気がしていたが、それは私の読み込み不足だった
かも知れないので、深入りすると間違うことだが、

とにかく、製品を生産するという意味意外での、構造から受ける感受性が変化するような
イノベーションが求められているということだろう。

それならば、漫画好きのセンスのある麻生総理のアイデアの噴出に期待したい。














Last updated  2008.12.24 10:10:30

2008.12.23

「とてつもない日本」を読む
[ 本の紹介 ]    

(10月20日のブログに反貧困大集会のリポートを書きました)
(31日のブログにズームインで辛坊さんがBIに近い発想を述べられた記述しました)
<ベーシック・インカム実現を一日も早く願います。>

麻生太郎総理の「とてつもない日本」(新潮選書)は、2007年の6月に出版されて
いるが、それから1年半が経過し、それから著者は総理大臣になり3ヶ月が経過した。

人間は当事者になると、余裕のあった頃や理想を忘れてしまったりするものである。
むしろ、過去に書かれたテキストの中に、本人の基本となる思想が表されていることが
あるのではないだろうか。

私としては、出版すぐに読まなかっただけのことではあるが、言い繕っているだけだとしても、今、この本を読んでみると、麻生総理の潜在能力や資質が、今、総理大臣になったばかりで隠れてしまったというところもあるかも知れないし、麻生総理の資質を浮かび上がらせるヒントがこの本には入っているのではないかと思うのだが。

64ページに、今働く人の7割がサラリーマン、2割が自営業者であるが、昭和34年(1959年)には、サラリーマンが4割、自営業者が5割だったと書かれている。この推移と比較は大事な点だと思う。農業、商店街、町工場などのお父さんたちが大勢いた昭和30年代半ばの構造と、今の構造の違い。

サラリーマンにも様々な職種があり、悪いと言っているわけではないという前置きがあり、

「サラリーマン意外の選択肢があまりないように見える社会には、魅力を感じることができないのではなか。いい会社に入るためには、どうしてもある程度の学歴が必要になる。ニートが増加する原因には、この辺りのことがあると思うのだが、どうだろうか。これからは、基礎をしっかり教えた後は、より多様化された選択肢があることが望ましいと思う。(略)数学はできるが英語は駄目、音楽はいいがスポーツは駄目など。それを無理に義務として一緒に高等教育する必要は全くない。」

現代思想の言葉で言えば、麻生総理は、多くの日本人の従来の考え方をしている人よりも
「同一性の思考」から抜け出す感覚を持っていた人なのではないかとも思える。

マスコミでは、テキスト解釈が横並びのようになってしまっていて、産業主義、市場主義の
枠内での解釈から捉えられるので、批判が多くなる資質の麻生総理だと思うが、だから、小泉路線がニートに対して、教育して社会参加を熱心にしたのに比べて、語弊に感じられてしまうかも知れないが、麻生総理はスローライフくらいに考えて、あまり強制しすぎなくても良いのではないかというセンスだと思う。

麻生総理が、漫画的にもう少し余裕のあるずらしたアイデアで行けば、多様化された社会と
いう発想が生じてこないだろうか。

「そもそも一緒に働きたいのは、高学歴者ではなくて、『気持ちのいい人』『波長の合う人』
である。だからこそ、人間として最低限必要なことは身につけさせなければいけない。そうしないと『専門バカ』のような人間ばかりになってしまいかねない。だから一方で躾などの基本を叩き込むべきだと考えるのだ。それに加えて、家庭での躾教育、社会教育で習う公共心、道徳心、倫理観は現行の学校教育以上に重大だと声を大にして言われたらいかがだろうか」

人によっては、勉強第一で、躾は次という考え方の人もいるだろうし、そういう人ならそういうように書くようになるだろうから、麻生総理の基本は、学問的な勉強よりも、躾というほうを重視したいタイプの人だと、このテキストからは言葉通りならば読める。

レストランで、お子様ランチはあるのに、お年寄りの「シルバーランチ」は無いのでというような発想を語られている。こういう発想をどんどん今も言えればいいのにと思う。

「子供に『いろんな生き方がある』と教えているのならば、大人も老人も、多様な生き方を示せばいいのである。」

と書かれている。トヨタの営業利益の激減の報道はあったが、トヨタのストックは一体
どれくらい残っているのだろう。織り機から車に変わったイノベーションは再び思考されるのだろうかなどの考え方は無いのだろうか。派遣切りをマスコミが報道しなかったら、大企業トップ層は、そんなに精神的負担なく、リストラしていたのかも知れない。

麻生総理が1年半前に書いていたような、企業だけでは無い多様性のある生き方のできる
社会という感覚を思い出して欲しいものである。

93ページのあたりには、自民党のイメージのある種の厳しさが感じられるが、(私の偏見だが、このブログは元々偏見だらけだけど)それに、前向き、楽観的というのは、良いことだと思うが、状況が悪くなっていても、楽観的な人は、逆に打つ手が遅くなるという面があるのかなと思えるような考え方の運び方のようにも思えた。これは私自身が後ろ向きに考えるタイプだからかも知れないし、テキスト、著者、読者の偏見と偏見の交錯ではあるが、読者である私が良いなら良い、悪いなら悪いと書きつなげればそのほうがはっきりした文章になるのだろうが、感覚としては、自分は麻生総理のような考え方の運びと違うところが感じられるなという
ところだった。

しかし、どんどん中流と位置づけられた人が給与が上がり、しかし価格も上がっていった時代に、少しずつ落とされていった人たちの悲哀があったのではないかということや、いや、多くの人が数字としては上がっていったのだから、それこそ高度経済成長でいけいけどんどんの時代だったのかなと、これは60代の人たちによく話しを聞くべきだと思う。

しかし、今はもっと本が書かれた時より、異常事態になってしまって、格差より貧困という、
今日明日が、生命の危機まで感じられてしまう人が増えてしまっているらしいという、(らしいと書くと、ふざけるな、そうなってると思われるだろうし、報道されていることだが、
自分の周囲と報道されている大きな視点とは、違っていて、例えば、多くのテレビに出る人は
実際に会ったことが無いが、会ったことがあるように錯覚してしまう。だから、自分の目で
なかなか東京へ行けなかったり、路宿している人を見ることが出来ない。だからテレビなどの
共通意識を与えたり、知れないことを広く通知してくれる機関と接触しない人にとっては、
そんなに危機感がよくわからない人もいるかも知れない。でも、それでも、そういう感じを受けたり、近くでリストラの話が出ると、その通りなんだなと思うということである。)

今は、格差以上のせっぱつまった状況を生じてしまっているが、
2007年6月までの麻生総理は、

「最低の生活水準保障や社会保障制度の整備、教育を含め幼児期における格差を小さくして、運・不運の影響を小さくするといったところが、」という格差対策の基本意見を述べられている。

四章の途中までだが、五章には地方について書かれていて、大事だと思うが、6章からは
外交の話みたいなので、私にとっては、なんだか遠いような話になっていくのではないかと思う。

元々語られていた、「同一性の思考」をずらすことのできる感覚で、
企業のピンチの時代も、多様化して生活できる方法を打ち立てて、
この大ピンチを乗り切って欲しい。

一方、民主の小沢代表は今、著書は出ていなかっただろうか。
出ていれば比べて見たい気もした。おちまさとさんが、対談した本が出ているというのは
わかっているが、検索したら他の本もわかるかも知れない。
しかし、ちょっと私のほうの余裕が無いかも知れない。時間とかいう意味ではなくて、
配慮という意味でである。もっと私の全ては偏見だとしても、偏見の中の守備範囲が
広かったら良かったのだが。

私は特定政党や特定政治家では無く、ベーシック・インカム公約のところを
応援して行く。

私の偏見が入ってしまっているが、このブログを偶然見て、なにか解釈が出たり、
また実際に本を読んで何か発想が出る人がいたら、ブログを書いて良かったと思う。

私としては、麻生総理はもっと奇策をどんどん出してくる人なのかなと思っていたが、
私が最初に感じていたイメージよりは、通常の路線のような感じが今日時点ではしている。

しかし、当事者はほんとにつらい状況だが、以前にも、10年も20年もホームレスに
なってしまった人はいたのに、今は、マスコミもそういうピンチの人をとても紹介して
くれている。10年、30年という長いスパンで見ても、この機会は、ホームレスに
なってしまいそうな人を助ける構造を生み出せるチャンスになっている。

麻生総理からのベーシック・インカム宣言が出たら、このブログも嬉しくて嬉しくて
どういう内容になるかというところだが、

漫画が好きでそういうストーリーに対するセンスを持っているはずの麻生総理に、
奇策を期待したいのだが。

今日の毎日新聞の「記者の目」は、政治部の高塚保記者が、定額給付金の撤回を今からでも
総理はせよという内容だが、そうではなく、上地雄輔さんが言ったように、「期限付きお金」にするとか、それこそベーシック・インカムにするとか、定額給付金の範疇で、追加されるアイデアを出して欲しいという内容で書かれていたら良かったのに残念なところだった。
もちろん、私は格段に高塚記者より、実態が見えていないわけだが、2兆円はあくまで定額給付金の範疇でも、奇跡を起こしてくれるという発想を持っても良いのではないかと思うのだが。「景気・雇用対策」としては、また別のお金が使われているのではないか。ここが独断
になってしまって独り言ブログの悪いところではあるが。

でも、たしかに1度限りの1人あたり12000円では、生活危機は脱せず、景気対策としての方法になる。だから「期限付きお金」といったり、エンデがゲゼルの考え方を紹介したところに行くのは道順が通っていると思うのだが、前にテレビで、景気対策なのか、保護対策なのかはっきりしていない。と言っていた人がいたが、高塚記者は、異常事態になってしまったのでもっとはっきり保護政策として2兆円を使って欲しいという提言なのだと思う。



































































Last updated  2008.12.23 18:12:38

2008.12.22

22歳差婚続き

(10月20日のブログに反貧困大集会のリポートを書きました)
(31日のブログにズームインで辛坊さんがBIに近い発想を述べられた記述しました)
<ベーシック・インカム実現を一日も早く願います。>

反貧困大集会参加から2ヶ月が経過してしまった。

正月休みというのは、懐かしいような、周囲との楽しいイメージのある時期であるのに、
派遣切りなどをこの時期に行われるということは、転職活動も休みとなるところが多いと
思うので、逆のつらい時期になってしまうというのに、関口宏さんが言われていたように
この時期にというのが余計、ひどい決定なのだなと思う。

その割に、政治家よりも、そういう企業の決定のほうが非難がなされていない感じが
テレビや新聞でもするのはなぜだろうか。

やはり、新産業イノベーションによる、産業移動とか、ベーシック・インカムとか、
大きな変革を出さないと政治は評価されないくらいの変動期なのかも知れない。
それだけ政治は期待されているからなのだとも思えるが、なかなか大変革の政策と
いうのは、出にくいものなのだな。

明治維新とか、所得倍増計画とか、これは以前と違うなというような断層を感じさせるような
アイデアが求められているところが、なかなか従来の仕組みの上で政策がなされているからだろうか。

今朝のズームインだったと思うが、上地雄輔さんが「期限付きお金」というアイデアなら
その期間内にお金を使おうと思い、消費するだろうと言われた場面を再放送していたが、
それだけそれを期待したい編集だったかも知れず、大変革とはまた違うところかも知れないとしても、今からでも定額給付金を期限付きにしてみるなど、起きないのだろうか。

テレビでも定額給付金は、景気対策なのか、保護対策なのかはっきりしていないと言っていた
コメンテーターがいたし、景気対策なら、「期限付き」のお金のほうが確実性が出るような
気がする。それを実際にやるとなると事務的にどこに難しさが加わるのだろうか。

テレビは随分と、毎日のように、生活困窮に陥ってしまっている人の状況を伝えてくれている。やはり、麻生総理のもう一歩踏み込んだ、国民に大丈夫だからという演説がここらで
必要なのかと思う。定額給付金を最初に発言した演説の時は力を感じたのだが。
年内には間に合わなかったことだし、発言が嘘のようになってしまったところは残念なところである。

少しだけ、古館さん司会のニュース番組を見た。河野さんを久しぶりに見た。
やはり、不景気と、生活困窮のリポートがされていた。

生活は大丈夫ですかと国や自治体の人が全世帯を調査してまわって直接話しを聞くことで
アイデアを得るということは無いのだろうか。

画期的なアイデアも出てこないが、冒頭のフレーズを記憶力に自信が無いので、習慣化できないかも知れないが、毎回つけるというのも、なにかの拍子ではじめてこのブログを見た人に
わかりやすいだろうか。

一代で創業して大チェーンを出現させてしまう人なども実際いるのに、そういう能力の秘密がわからないので、私には不可能が多いように思ってしまうのだが、
出来ることで少しずつでもということしか思い浮かべられないな。

ブログはこうやって出来ることだから。気持ちだけでも。

とにかく、冒頭の2組のカップル、おめでとうございます。

しかし、ニュースゼロを見てみたら、33歳の人がホームレス10日めという
インタビューを受けていて、その人は気丈夫に対応していたが、ダンボールを囲いに
して寝るところの映像だった。

長年、ホームレス状態の人たちがそのままにされてきたことが異常なことだったのでは
ないだろうか。これも労働とお金が必要以上にリンクされた考えに陥ってしまった
ことで生じてしまったのではないだろうか。
労働と切り離された状態になってしまった人を最低限度保護する住宅と最低限度のお金の
支給が確実にある仕組みはどうして作れないまま今があるのだろう。

住まいと生活費に困り、収入がストップした人のセーフティーネットを第一に考える
仕組みになっていればもっと対応ははやいような気がするが、ホームレスの人たちは、
何十年も前からいて、その問題をクリアできていないのではないのだろうか。
なにがその問題解決への壁になっているのだ。

もう一度憲法25条を再確認してみよう。

「1、すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2、国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」

素直に2組のカップルおめでとうで済ませられれば良いのだが、また別の話なのかも知れないが、ホームレスの人のニュースを見てしまうと、井端選手は2億円も稼いでいたり、井端選手だけではなく、スタープレーヤーは石川遼選手も祝福されたが1億円プレーヤーなのだし、それは今にはじまったことでなく、様々な業界で億万長者の人がいるのだが、
実力とそういう世界へ選ばれる才能と努力があったわけだが、資本主義の仕組みというのは
なぜこんなにも大きな差を生じさせてしまうものなのだろう。ちょっと嫌らしい対比をして
しまったのだろうか。しかし、資本主義の仕組みがこんなに急激な差の無いものならば、
こういう発想自体が無かったかも知れないのだが。難しい。

ニュースゼロでは、トヨタが2兆4千億円のダウンで59年ぶりの1500億円の
営業赤字になる見通しだというニュースがなされた。
トヨタの社長が100年に1度の異常事態で、急激に不況が広がっていると述べていた。
そんなに急激に短期間で違ってしまうものなのか?

苦難には、分かち合い、シェアリングを行える企業だとしたら、たしか織り機から車に
転じた頃のスピリットが思い出せる企業だとしたら。

なにも出来ない立場のほうからこういうわけのわからないことを言ってもどうしようも
ないかも知れないが、なにか資本主義という不可解な良し悪しの大きすぎる事態に
新しいほっとするようなパラダイムシフトをなにか発揮してくれないだろうか。
それは思いがけないこと。私には思いつかないこと。

私に解決できるわけがなく、資本主義とはなんなのだという恐ろしさを感じてしまい、
素直どころか、嫌らしいようなブログに今回もなってしまった。

3歳くらいの子供だろうか、外で遊んでいるのを昼に見たが、生きていることそのものが
楽しそうというような感じであった。あの子には、1億円とか見てもわからないけれど、
それでも生きていることだけで楽しく感じられているのかもしれない。

たくさんお金を稼ぐ能力のある人はその過程までですごく努力をされたのだと思うし、多くの
税金を支払って元々されてきたのだろうが、緊急事態の時は、お金のことは、お金をたくさん
もっている人の協力しかないようにも思えるし、

しかし、政治という、市場社会とまた違う面を持つところの新発想の力が試される局面なのか。

原始時代には、お金の格差はそんなに無かったんだろうか。製品もそんなになかったのだろうか。それでも生命を繋いでこられるだけの社会の仕組みがあったのだろう。だから、子孫の一人として私もいるのだろう。そういうご先祖様の力が、私のどこに受け継がれているのだろうか。

反対に、生命維持のための基本的インフラに、お金がそんなに必要とされないような社会構造があれば、お金は幻想だったということになる。

それがお金のためだったのかなんのためだったのか、第二次世界大戦のようなことになったり、暴動が起こるなどということは、間違いだと言い切れる社会であり続けて欲しい。
どれだけの多くの人がこれまで反戦の願いを続けてきたことだろうか。

お金に惑わされない知恵を人類全部で見せて欲しい。

先進国と言われてきた社会が混乱しては、
未開社会と言われてきた人たちがとても悲しむだろう。




























Last updated  2008.12.23 00:03:49

22歳差婚

(10月20日のブログに反貧困大集会のリポートを書きました)
(31日のブログにズームインで辛坊さんがBIに近い発想を述べられた記述しました)
<ベーシック・インカム実現を一日も早く願います。>

天気が荒れた日になった。今も荒れている。

沢尻エリカが高城剛氏というクリエーターと結婚のニュースが出たが、22歳と44歳という
22歳差の結婚は、ある意味、高城氏は特殊な立場の人ではあるが、私もそうなってしまっているのだが、40歳、50歳になっても結婚していない人も多いらしく、勇気づけられる話ではないかと思う。高城氏はたいしたものだ。

このところ見なくなっていたが、テレビ朝日の河野明子アナウンサーが中日ドラゴンズの
井端選手と結婚というニュースが出て、来年3月でテレビから姿を消すらしくとても残念である。あの凛とした姿勢が良かったのだが。このところ10年以上だと思うが、プロ野球をしっかり見ていないので、井端選手のことはまったく知らなかった。すごい選手だったのだな。
これではかなり他の人とプロ野球などでは話題が合わなくなってしまっていると思う。
プロ野球の話は周囲の人とあまりしたことが無かった。

これも20年以上ぶりかも知れないが、ふと『水戸黄門』にチャンネルを合わせて、見てみようと思ったら、何度も泣ける話で、このごろテレビなどで泣いたことは無かったのだが、
両目から涙が流れ落ちるほど泣ける話だった。

隠密は知られたら一緒にいられないのです。という女性を引き止める、意地悪に思えた姑の
優しいところや、夫の真っ直ぐさと、上様に私から大丈夫にしてあげるよと言った黄門様の
言葉にもぐっときた。

強い人が、困った人を助けてあげられる物語。

終えてから、教育テレビに少ししたら、派遣切りで1日置きにご飯を食べているような人の話があって、その人が、それでもずっと食べられない人よりは良いと思うと言われていて、人間らしい生活に戻したいとも言っている人がいて、

憲法25条は、完全に守られていない部分だなと再認識してしまう。

「1、すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2、国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」

水戸黄門様みたいに、上の人が、スーパンマンのように助けてくれる人たちだったなら。

そういう立場になるまで努力されたところはすごくて、私などはなれなかったわけだから、
こう言うのもなんだけれど、やはり憲法25条はまったく守られていない部分だ。

『図解雑学 現代思想』小阪修平(ナツメ社)を読み進めて、
小阪さんはとてもわかりやすく書かれていて整理されているのだが、それでも私の能力不足で
わからないところが多いが、アドルノの、同一性の思考への批判や、ドウルーズ-ガタリの
スキゾフレニー、ボードリヤールの消費社会分析などは、私がもっと理解したい何かにヒントを含んでいるような感じがする。フーコーにページを多くとられているが、今そこら辺を読んでいるところ。フーコーもヒントがあると思う。

別の似たような本でエッセンスを自分なりに身につけたいと思うのだが。

どこかの本で、実際に訳書だとしても原本を読むことだと言われていた人がいたかも知れないが、コンパクトにエッセンスを紹介している本を読むことも、なにかを感じられたほうが
良いのだと思う。
デリダのところは良くわからなかったが、テキストが読まれるうちに差異を生じていくところが大切というようなことが書かれていたと思うので、自分が何を感じられるかだと思うし、
よけいわからない原本ではまったく感じないかも知れないし、どこか部分的に感じることができるかも知れないし、わかったと確信したものだけ書いていてはそれも何か足りないのだと思う。

フーコーのところに書かれていたのだったか、あまりの正義や正確さの追求は、排除されてしまうものを生じさせてしまうということがあった。しかし、不正義というのか、それも嫌な気分を与えるものだし、どっちがどっちになってしまうことも嫌なことである。
難しいものである。サルトルやフーコーは考えるだけでなく、行動も伴っていなければいけないと思っていたように捉えてしまったが、

ベーシック・インカムにしてもなんにしても、ブログで言わないよりは良いのだろうが、
インパクトはなかなか無いのだろうなあと無力を思う。
このブログでベーシック・インカムを知った人がいるとしたら、家族や友人に口コミして
くれるといいなあと思う。















Last updated  2008.12.22 23:52:04


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