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空 山の日記 [全166件]
去年の夏、初めて日本で開催されたマトリックス・エナジェティックスセミナー講師、リチャード・バートレット博士 & メリッサ・ジョンソン ![]() 去年夏、セミナー受けた友人からマトリックス・エナジェティックスの話 を聞いて、私も驚きの体験をしました。 セミナー嫌いなのですがこのエネルギーの興味には負けました シアトルにてプラクティショナーを受講し、 今月行われたセミナーにも参加してきました 現在はプラクティショナーの認定書をいただくのに60時間のセッション が必要なので練習ワークをしつつ、 マトリックス・エナジェティックスを使ったワークを開発中です。 なるべく早くお届けしたいと思ってます☆ 人それぞれの変容を可能にしてくれる ヒーリングとも違う、一瞬にしてつながるとても面白いワークです ハートに降りてフィールドにつながるとあらゆる可能性につながる 不思議で楽しいワークです♪ 本も2冊出されています。 【送料無料】マトリックス・エナジェティクス(2) 【送料無料】マトリックス・エナジェティクス 以下はナチュラルスピリットHPよりメリッサさんのお話です。 私のマトリックス・エナジェティクスとの出会いについては、最初は単なる偶然だと思っていました。 でも今では、偶然はないということも、偉大な計画の一部として出会うべくして出会っていたのだということも分かります。私は以前、製薬業界で医薬の開発とマーケティングの仕事に携わっていました。その後、より倫理的に正しいように思えた研究分野に移りました。でもその後で分かったのは、病気の治療のために医薬品を提供する仕事は、実際には私の進むべき道にまったく馴染まないものだったということでした。 私は7年間にわたって病気に苦しむこととなり、有効な治療家や治療法を求めて、代替医療やホリスティック医療を探求する旅が始まりました。そんなとき、ホリスティック療法を行うあるカイロプラクターから、リチャード・バートレット博士というクレイジーなドクターがマトリックス・エナジェティクスという何やら素晴らしいエネルギーワークをやっている、ということを聞いたのです。 私はバートレット博士のセミナーを受けに行き、そこで見たものをすぐに理解できなかったものの、ものすごく興味を持ちました。セミナーの間中、これがずっと私が 探し求めて来たものだ、という私の中の静かな声が自分に語りかけて来たのです。ステージに上がるように声をかけてもらいたい、そうすれば病気も完全に癒されるかもしれない、と思いました。ところが、バートレット博士のデモンストレーションの相手役として手を上げようとする度に、その同じ静かな声が「手を上げてはいけない。癒すべき病気はもうない。戦わなくてもいいんだよ。ただ受容と恩恵の状態に身を置いて、自分の目の前に何が現れるか見ていればいい。」と言うのです。 そのセミナーが開催された週末の間、自分自身の統合をより意識化するために、自分の何らかの無意識のレベルにおいて体を衰弱させる病気という経験を実は 自分自身で創り出していた可能性があったのではないか、と考え始めました。この新しい、そしてこれまでと大きく違った方法で自分の病気を体験していくと、病気の症状が消えていきました。そして私が統合されず自分本来の力を発揮していないときにだけ、症状が再発したのです。このセミナーの体験は、私の人生を根底から変容させました。 私たちが繰り返すパターンや症状、病気は、実際には自分自身の混乱の状態を表しているのだと思います。私たちが自分が何者であるかを忘れた時、混乱したと感じるのです。私たちは自分たちのことを肉体という物質であると認識していますが、それは幻想です。そうではなく、私たちは物質の世界を通して自らを体験する多次元的意識の存在なのです。 マトリックス・エナジェティクスは、そのエネルギーと交わる人の誰もが本来の自分に気付き、そうした混乱から抜け出し、繰り返し起こしていたパターンを変えることを可能にするパワフルな変容のための手段です。 私自身マトリックス・エナジェティクスを体験したことによって、この混乱状態からすっきりとクリアな状態にシフトすることができました。その体験があまりに素晴らしかったので、その年の内にバートレット博士の下で学び始め、トレーニングを重ねて行くうちに、不治の病と言われていた病気がすっかり治りました。2008年にはリチャードと共に共同講師としてセミナーのステージで教えることとなり、現在全米および全世界でのセミナーすべてをリチャードと共に教えるようになりました。 マトリックス・エナジェティクスとは何か 私たちはマトリックス・エナジェティクスについて、明確な定義づけをしたくないと思っています。なぜなら定義づけをして、ラベルを貼ったとたんに限界をつくってしまうことになるからです。マトリックス・エナジェティクスが、何千もの人々にとって素晴らしいパワーを持った意識のテクノロジーであることはすでに証明されています。決まった一つのやり方があるものではないため、これはテクニックではありません。「ステップA、次にステップB、それからステップCで、結果は必ずDになる」と言うようなものはないのです。 私たちはこれを「意識のテクノロジー」と呼んでいますが、それは個々の人に固有の、そして個々の人を構成する光と情報のパターンに固有の交わり方をするものだからです。すべての人にとって一人一人違って現れるのです。 また変容のための手段とも呼んでいますが、その理由は私たち自身が行うものではないからです。私たちはマトリックス・エナジェティクスの形態場に一緒に入り、その情報が私たち自身に対するものとは異なった交わり方を促すようにするのです。 マトリックス・エナジェティクスのセミナーに参加する セミナーが行われる週末の間では、予め準備されたプロセスを行っていきます。私たちの講義はその時々の参加者に合わせたカスタムメイドのセミナーであるため、このプロセスがどのように現れてくるか事前には分かりません。でも最後には、毎回必ずやるべきことをすべてカバーできる形で現れる結果となるのです。 セミナーでは、まず始めにパワフルなハートの領域にアクセスする方法を学びます。「2ポイント」と呼ばれるテクニックをお伝えします。これは、私たちが「存在するすべて」のグリッドのどこにアクセスしたらよいかを認識する能力を飛躍的に向上させる測定ツールです。さらに「タイムトラベル」も併せて使うことによってハートの領域や意識を通じた過去や未来へのタイムトラベルが可能です。次にパラレル・ユニバースまたは並行宇宙(または並行自己-両者は同じことを意味します)にアクセスしてこれまで同調していなかった自己の一部を見つけ出して今の現実に統合する方法をお伝えします。 パラレル・ユニバースからさらに元型へと深めていきます。私はこれを「右脳と左脳の同期」のように意識していますが、つまり右脳と左脳をつなげるといったようなことです。元型には、記号的な性質があり右脳が使用する言語で、とても楽しくて多彩な解決方法を提供してくれます。 また、人間の治癒を司ると考えられている「画期的な21のキー周波数」もお伝えします。21までの数字の数え方が分かれば、この21の周波数を使うことができます。この周波数には独自の知性があるのですべて自分でやるべきことをやってくれるのです。これを楽しく使うために、モジュールやテンプレートを使って情 報の領域に アクセスする方法をお伝えします。 この週末セミナーでは参加者の皆さんにお伝えする特別なカリキュラムをご用意していますが、その順序は場合によって変わることもあります。カリキュラムはセミナーに参加してくださっている皆さんにぴったり合った順序で進行されることになります。 ヒーリングスペース そら 最終更新日時 2012.01.29 12:29:03
![]() ![]() 新しいクリスタルボウルが入荷します。 11月27日お披露目させていただきたいと思います。 □ 場所 たまプラーザ駅から徒歩6分 グレースビーノ301号室 □ 10時~12時まで ボウルと遊ぶ会 参加費 2千円(お茶、お菓子、場所代含む) □ 14時~18時まで ボウルの販売会 参加費 無料 是非、この機会に沢山のクリスタルボウルに囲まれてクリスタルボウルのエネルギーを感じてみて下さい。 お問い合わせは ヒーリングスペース そらへ 最終更新日時 2011.11.15 11:20:26
印所のパン屋さんにパンフレットにふと興味をいだき エンディングノートという映画を見ました。 すてきなご家族と心優しいご主人の考え方や日常が映し出されたドキュメンタリー 最後のときに自分はどうしたいのか、どう過ごしたいのか、やるべきことは・・・といろいろ考えさせられました。 ![]() 娘さんが父親を主人公として撮った作品 私の名は砂田知昭。享年69になります。毎年欠かさず受けていた検診で胃ガンが発見されたのは会社を引退して2年目の2009年5月のこと、発見時はすでに手術が不可能な状態でございました。何よりも「段取り」を重視してきた元熱血営業マンの私は、何事も事実を正確に把握し、自らの手で物事を進行したいという性分です。そんな気質が今更抜けるはずもなく、死に至るまでの段取りは、私にとって人生最後の一大プロジェクトとなったのでございます。ガン告知の後、まず最初に取り組んだのは”エンディングノート”と呼ばれるマニュアル作りでございました。”エンディングノート”とは簡単に申しますと遺書なのですが、遺書よりはフランクで公的な効力を持たない家族への覚書のようなものです。自分の人生をきちんとデッサンしておかないと、残された家族は困るでしょうから・・・。 最終更新日時 2011.10.22 17:13:48
子供の頃、”空海”を知り、そして求めました。 静かに深くゆっくりと ![]() 東京国立博物館 平成館 (上野公園)で2011年7月20日(水) ? 9月25日(日)開催中の 『空海と密教美術展』 素晴らしい書と神々しい仏像、仏具 沢山の人ごみの中、 静かな時間と空間に引き込まれるひとときを楽しみました☆ 今まであまり気にしたことがなかったのですが 今回は照明のあてかたや配置等が仏像、美術品、仏具をよりよく輝かせていました。 弘法大師空海(こうぼうだいし くうかい)は、延暦23年(804)、密教を求めて唐に渡り、2年という短期間のうちにその奥儀(おうぎ)をきわめます。奥深い密教の教えは、絵画などを用いなければ理解できないと空海自身がいうように、密教では造形作品が重視されます。この展覧会では空海が中国から請来(しょうらい)した絵画、仏像、法具、また空海の構想によってつくられた教王護国寺(東寺)講堂諸像など、空海ゆかりの作品、さらに空海の息吹が残る時代に造られた作品を中心に、密教美術の名品を展示します。現存する空海自筆の書5件を、各巻頭から巻末まで展示するので、書家としての空海も存分にご堪能いただけることでしょう。出品作品は99点で、98.9%が国宝または重要文化財という、質、規模ともにこれまでにない展覧会です。(空海と密教美術展HPから) 最終更新日時 2011.08.21 10:42:35
印象派好きなので早速ワシントンナショナル・ギャラリー展に行って来ました 「美術館展」の開催が極めて困難な美術館 ワシントン・ナショナル・ギャラリーでは、作品寄贈者の意向などにより所蔵作品の多くは、貸し出しが厳しく制限されています。このため同館は、一度に多数の作品を紹介する大規模な「美術館展」の開催が極めて困難な美術館のひとつになってきました。日本で初めて「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」が開催されたのは1999年。今回はそれ以来、12年ぶりの開催となります。 これを見ずに、印象派は語れない ワシントン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する12万点の作品の中でも、特に質の高さと絶大な人気を誇るのが、その数およそ400点の印象派とポスト印象派の作品群です。本展では、その中から日本初公開作品約50点を含む、全83点を紹介します。 クールベやコローらバルビゾン派や写実主義を導入部とし、印象派の先駆者といわれるブーダンやマネを経て、モネ、ルノワール、ピサロ、ドガ、カサットら印象派に至り、セザンヌ、ファン・ゴッホ、ゴーギャン、スーラなど、それぞれの表現によって印象派を乗り越えていったポスト印象派に続きます。 17年ぶりに来日するエドゥアール・マネの《鉄道》、日本初公開のフィンセント・ファン・ゴッホの《自画像》、ポール・セザンヌの《赤いチョッキの少年》、そして同じくセザンヌが父を描いた初期の名作《『レヴェヌマン』紙を読む父》など、いずれもワシントン・ナショナル・ギャラリーの「顔」、美術史において印象派、ポスト印象派を語る上で欠かせない名作の数々です。まさに、「これを見ずに、印象派は語れない」。 ![]() いつもよりは随分空いていたので、はじめてゆっくり見れました ヘッドホンでアナウンスを聞きながらゆっくり見れて 気になるのは何度も見直しできました。 私の好きな モネ、ルノワール、セザンヌ、ピサロ、スーラ、ドガ 大好きなゴッホの絵は座りながら ゆっくり眺められたのでとても満足できた美術館展でした。 ゴッホの自画像は言葉にならないくらい素晴らしい そして「薔薇」も感動ものです☆ 開始直後はねらい目なのかもしれません また2回目行きたいと思ってます。 最終更新日時 2011.06.13 10:24:23
おせんべいが好きなのですがついつい食べ過ぎてしまうので 最近、変わりに炒り玄米を作って食べてます ![]() 炒り玄米 玄米を洗って、5時間くらい水につけて 鍋で40分くらい炒めます。 最後に軽くお醤油をかけます。 私はおせんべいの代わりなので お醤油やお塩で味付けしたりしますがそのままでも美味しいです 非常食にもなるし、 お出かけ先にも簡単に持っていけて気軽に食べれます。 お味噌汁のおだしに使ったり、料理のアクセントに使ったり、 玄米クリームも作れるようです☆ 最終更新日時 2011.05.30 13:55:23
地震前の3月上旬 まだ雪の残ってる秩父の三峰神社へ ![]() 東京から片道4時間弱(池袋から電車で1時間20分西武秩父駅からバスで1時間30分) 秩父の静かな山の中 圧倒される自然のエネルギーの中、それ以上に 力強くたくましい力をもった神々の偉大なエネルギーに触れ ただただ感謝の時間を過ごしました ![]() 温泉もあっておそばもおやきも美味しくて 素晴らしく良い所です。 夏までにまた是非行きたいです。 当社の由緒は古く、景行天皇が、国を平和になさろうと、皇子日本武尊を東国に遣わされた折、尊は甲斐国(山梨)から上野国(群馬)を経て、碓氷峠に向われる途中当山に登られました。 尊は当地の山川が清く美しい様子をご覧になり、その昔伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉册尊(いざなみのみこと)が我が国をお生みになられたことをおしのびになって、当山にお宮を造営し二神をお祀りになり、この国が永遠に平和であることを祈られました。これが当社の創まりであります。 その後、天皇は日本武尊が巡ぐられた東国を巡幸された時、上総国(千葉)で、当山が三山高く美しく連らなることをお聴き遊ばされて「三峯山」と名付けられ、お社には「三峯宮」の称号をたまわりました。(三峰神社HPより) 最終更新日時 2011.05.02 18:06:02 |一覧| |