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2012.04.28 楽天プロフィール Add to Google XML

Facebookへの移行のお知らせ
[ つれづれ ]    

「最近ブログの更新が滞っているけど何かあったのか」

と、

直接、または嫁はんを通じて問い合わせをうけているおいらです。




いやいや、特に何も変わった事はありません。


ただ最近は、Facebookの方をマメに更新しております。


やっぱりコメントや写真、動画のアップなど、
Facebookの気軽さには勝てず、
ついついあちらへの書き込みが優先になり、
こちらが疎かになってしまいます。


楽天では日記、エッセイもどきを中心に、
Facebookでは写真や動画のアップやつぶやきを中心にと
すみ分けていたつもりでしたが、
とりあえずFacebookの方へ集約する事にしました。
これからもヤップーンの旬の情報など、
たくさんアップしていこうと思いますので、
引き続きFacebookの方でのコミュニケーションを
宜しくお願い致します。


かちょー。こと
Kenny Yamashitaより。

FBではこれでお友達検索をお願いします。


では、See you soon!

最終更新日  2012.04.28 08:00:56
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2012.03.24

きんちゃんファミリーヤップーン来訪
[ つれづれ ]    

半年前に来訪してくれた大学時代の後輩Mに続き、
今回は、後輩のきんちゃんが家族旅行でリゾートに遊びに来てくれた。


きんちゃんは2年下の、サックスを担当していた後輩。
素直で裏表がなく、いわゆる「天然」のキャラは
20年経った今もそのままだったが、
今や「紀州のお母さん」として
立派に家族を牛耳って支えており、
優しいご主人と素直な子供たちに囲まれ、
とーっても幸せそうだった。


初日は到着の飛行機が悪天候で2時間近く遅れ、
翌日はさらに100ミリを超える大雨にたたられ、
一時はどうなる事かと思ったのだが、
次の日からは天候も回復し、
動物園やワニ園、プール遊びに乗馬にアーチェリーと、
ヤップーンらしいホリディを楽しんでくれたようである。


名残惜しい最後の夜は、我が家も一緒にディナーに参加。


ビラボンレストランにて。手前右がきんちゃん。

海老とマンゴーのブルスケッタ

子供チームはキッズステーキプレートを。量的には大人もこれでよかったかも。

ステーキに海老とイカリングののったメイン。

珍しく甘さ控えめのチョコレートプディング。


その夜は子供の教育から主婦の生活まで話が弾み、
楽しいディナータイムを過ごす事が出来た。
後半はきんちゃんのご主人が話のネタになり、

「ハワイ家族旅行前日に車に轢かれて骨折したが、
キャンセル料がもったいないと判断したきんちゃんが、
そのままご主人を参加させ、
ハワイでは熱を出して寝込んでいるご主人の横で家族は
心からバカンスを楽しんだ」


とか、

「父息子でびわこバレイにスキーツアーに行ったが、
帰りの集合時間に遅刻して添乗員に置き去りにされ、
当時幼稚園児の息子ちゃんにスキー用具をかつがせ
公共交通機関を乗り継ぎ、
深夜に和歌山までたどり着いた」


だの、

申し訳ないがそんな逸話に涙を流して笑いころげてしまった。


そこでおいらは、


「お母ちゃんも学生時代は『超ビビリ』で有名で、
応援団のくせに応援の太鼓がドーンと鳴る度に
いつも10センチ程飛び上がって怖がり、それを
後列の団員が皆で笑っていた」



という話を披露し、お父ちゃんに援護射撃をしてあげた。


ホテルのレセプションの前で記念撮影。A美と上のお兄ちゃんは同学年。




いやしかし、
卒業してから20年以上経った今でも、
こうして先輩を慕ってはるばる訪問してくれるなんて
本当に嬉しい限りである。


おいら達が入学した当時は、
吹奏楽部とはいえ応援団の組織の中に属していたので、
学年が1つ違うだけで気軽に話すことも出来ない
厳しい上下関係があり、
1回生にとって最上級生の4回生は
まるで「神」のような存在だった。


しかしおいら達の学年が4回生になった時、
そんなのはもう時代遅れだという事で、
秩序は守りつつも、出来るだけオープンにしようと心がけ、
少しずつ上下関係の壁を取り払っていく事に成功した。
賛否両論はあったが、こうして先輩後輩の垣根なく
その当時の部員同士が今でも
楽しい交流が出来ているという事を聞くたびに
非常に嬉しい気持ちになるものである。


場所柄、なかなか同窓会のようなイベントには
参加できないおいらであるが、
機会が持てたら、是非またみんなで集まって、
昔話に花を咲かせたいものである。


という事で、段取り宜しくね、きんちゃん。


こういう時だけ先輩風を吹かせるおいらであった。



最終更新日  2012.03.25 10:32:11
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2012.03.10

あるべき場所とは?
[ お仕事のこと ]    

先日、うちの会社のリゾート部門の会計を担当していた
責任者が退職した。


入社して1年間、それなりに頑張ってくれてはいたのだが、
いかんせん50代も半ばの、見た目も
「家で盆栽をいじっているおじいちゃん」みたいな
感じであったため(一応オージーです)、
新しいマネジメントへの移行をはじめとした劇的な変化に
なかなかついていけず、
最終的にはギブアップ、みたいな退職であった。


その件について、おいらは日本の本社に対して
退職経緯書を提出した。
もちろん「日本語の魔術師」のおいらなので、
文面に抜かりはない、はずであった。


すると、おいらのその報告書を受領した
海の向こうの直属の上司Fさんから電話がかかってきた。
彼はとても沈んだ声で、


「俺さぁ、かちょー。の報告書を見て、身につまされた思いに
なっちゃったんだよねー。」



と言った。


よくよく自分の書いた文面を見てみると、

「退職者は50代も中盤であり、今後の伸びしろも感じられない」

という主旨の一文が含まれており、
この上司Fさん、そしてそれ以降にこの報告書を閲覧される
取締役、常務、そして事もあろうに社長までもが
「50代中盤」を超えているという事に
この時ハタと気がついたのであった。


その時はFさんの「どうする?この文面修正する?」という
老婆心なアドバイスもいただいたのだが、
忙しかった事もあり、


「いいです。そんまま回しちゃってください」


と、おいらは強気に回覧をすすめてしまった。


最終的にその報告書は、上席のどなたからも
連絡が来ることはなく、
おいらの「毒」はFさん以外の
誰からも気づかれる事はなかったのだが、
それ以降Fさんとの仕事では、


「これ明日までにやってね!

なんせまだ伸びしろのある40代だもんな!」



と、自ら墓穴を掘る状態になってしまったのである。


前置きが長くなってしまったが・・・・
(これが本題と思っていたあなた。まだ甘いわね)


この経理のおっさん、
最近のアグレッシブな50代の皆様(←ここで一応フォロー)とは
全く趣の異なる、
チャンチャンコを着せて縁側に座らせたくなるような
腰の曲がった爺さんであった為、
一緒に仕事をするおいらは、


「おじいちゃーん、お熱を計りましょうねー」

「あら?おじいちゃんさっきご飯食べたばっかりでしょ」


みたいな感覚で、

「はい、じゃあ伝票入れましょうねー」

「あら、これ同じ請求書を昨日支払ったでしょー」

と、毎日老人ホームのヘルパー状態であった。


うちのオフィスのキッチンには
スタッフ共用のインスタントコーヒーがあるのだが、
このおっさん、自分のコーヒーを淹れた後に
コーヒー壺を元の位置に戻さず、
しかも蓋をちゃんと閉めないと言うのが
仕事以上においらのストレスであった。


通常はこの状態でなくてはならないものが、


本来のレイアウト



おっさんの後は必ずこうなっていた。


いつもこうなる


おいら自宅では右のものを左にもしないズボラな性格であるが、
一応会社は「公共の場」なので、
几帳面に整理整頓する事を心がけている。
なので、いつも気がついた時においらが元の位置に戻していたのだが、


ふとひらめいて、
じゃあもともとのレイアウトを
「おっさんが置くであろう位置」
にしたらどうなるか、というのを実験してみた。


実験的レイアウト



そしたら、



実験結果



こうなっていた。





敵もさるもの。



結局おいらのストレスは続くこととなったのであるが、
彼の退職とともに、このストレスからも解放される、
と安堵していた。


ところが、先日、
おっさんがオフィスを去ったにもかかわらず、
全く同じ現象、つまりコーヒー壺も元の位置に戻さない、
蓋もきちんと閉めない、という同一現象を発見した。



これは複数犯による仕業だったのか。


あるいは真犯人が別にいたのか。



この週末にキッチンに監視カメラを設置しようかと
企んでいるおいらである。



最終更新日  2012.03.10 09:19:55
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2012.02.25

計画は周到に 報告は正確に
[ ヤップーンの暮らし ]    

週末になると
我が家の嫁はんの口からは

「どうしようかねぇー」

の独り言が頻繁に発せられる。


それは週末をどう過ごそうかとか、
定期預金をどの銀行に預けようかとか
そんな悩みではなく、
何のことはない、向こう1週間の献立の事。
しかしそれは、我が家にとっては会社で言えば
定例役員会議に匹敵するほどの重要なものなのである。


この嫁はんの「自分内会議」には、
たまにおいらやA美も意見参考人として召集される。
しかしここで

「何か食べたいものある?」

という議長の質問に対し、

「何でもいいよ」

とか

「別に」

といった類の発言は決して許されない。
家族構成員たるもの常に当事者意識を持ち、
人任せではなく自らが家計を切り盛りしているという
目線で運営に参加する事を要求されているからである。


しかし会社における経営参加でもそうであるように、
例えば、

「たまにはグラタンが食べたい」

とか

「こないだネットで見たこういう料理を食べたい」

とか
積極的に企画を提案しても、

「それは弁当のおかずにならないから」

だの

「それは面倒くさい」

などという理由で、
おいら達の意見は結果的に嫁はんの独断でおおかた却下される。
自分の意見を合理的・理論的に通すのは
会社以上に難しいものがある為、
たまに自分の意見が採用された際には、
会社で企画書が通った時ほどに生きがいを感じる事がある。


かくして決定した1週間の献立は、
まるで料理の鉄人の道場六三郎のごとく
お品書きとして書にしたためられる。


Memo
(「書」のサンプル)


そしてそのお品書きに基づき、
1週間分の食材が調達され、それは週末までの1週間をかけて
極めて計画的に消化され、
果たして週末には冷蔵庫が完全に空となる。
そんな完璧なまでの購買在庫コントロールがなされているのが
我が家の家計なのである。
この人にかかれば、レストラン食材原価率10%もあながち夢ではない。


我が家ではこのように、計画的な台所運営がなされている為、
期間中の計画変更には厳格な事前申告が要求されている。


仮に外出の用事や接待商談などが理由で
おいらの弁当や夕飯が不要になった場合、
嫁はんの脳内会議において即座に計画変更、
すなわち献立の再構築が行われる。


例えば弁当が不要になった場合、


弁当不要→前夜のおかずの弁当転用の必要性回避→
→汁物・鍋系など簡単かつ単価の安い料理の採用→
→メニュー変更最終決定→食材変更→食材の冷凍処理や
リメイク、常備菜などへの転用→食材在庫繰越残高修正→
翌週の調達量下方修正→預金残高上方修正


このようなフローチャートが彼女の脳内で
瞬時にプログラミングされ、週末に向けての期中計画変更が
家計及び台所運営の生産性に影響を与えぬよう
最大限の考慮がなされるのである。


ちなみにこの事業計画変更は、

「近所の奥さんが魚を分けてくれた」

「賞味期限切れのパンがたたき売りされていた」

このような場合にもしばしば実施される。


上記の通りの厳格な運営体制のもとでは、
直前の計画変更が発生する場合、
まるで契約期限や支払期限を直近に控えた稟議書を
社長に持ち込むサラリーマンのように烈火のごとく叱責される。
ましてや申告なしでの「弁当いらなかった」とか
「夕飯食べてきた」などは言語道断。
戒告、場合によっては懲戒解雇(離婚)に匹敵するほどの
背任行為と見なされるのである。


そんな中、
先日、予期せぬランチミーティングが開催される事を知らされ、
当日持参した弁当が不要になってしまった。


弁当を持ち帰って自宅で夕飯として食べてもよかったのだが、
そうなると直前の事業計画変更となり、
台所運営及び在庫管理に影響を与えてしまう事となる。


そう思ったおいらは、咄嗟の判断で
I子ちゃんにおいらの弁当を食べてもらう事にした。


I子ちゃんは

「えっ?いいんですか?やったー」と、

喜んでおいらの弁当を引き受けてくれた。


弁当(イメージ)
(当日は別のメニュー)


そこでおいら、この事実を嫁はんへ事後報告するなり、
I子ちゃんへ口裏あわせをするなりの事後処理をきっちり
しておけばよかったのだが、
業務に忙殺されてそれを失念してしまった。
うっかり八兵衛以上のケアレスミスである。


翌日、嫁はんから

「昨日のお弁当美味しかった?」

と訊かれ、普通にうなずくと、

「ふーん、そうなの」

という意味深な返事。


実はその日、嫁はんがI子ちゃんに職場でバッタリ会った際に、

「お弁当美味しかったですぅー。ありがとうございましたー」

とお礼を言われたらしく、
おいらの虚言がすっかりバレバレになっていた事が
明るみに出てしまったのであった。


A美は「優しい嘘」とかばってくれたのだが、
弁当資産譲渡にも計画的な戦略と正直な報告が必要だ、
と悟ったのであった。



最終更新日  2012.02.25 16:52:20
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2012.02.18

自分を見つける旅
[ グルメ・ショッピング ]    

もたもたと帰省日記シリーズを
ひと月かけて綴っていた結果、
いつの間にか2月も半ばになっていた。
いかんいかん。もっとヤップーンの話題を提供しなくては。


という訳で、今日は
昨日初めてチャレンジした、
ヤップーンのもうひとつのタイ料理屋の話題を。


先日から、日本の上司のご子息Soくんが
ヤップーンに遊びに来られており、
彼とI子ちゃん、そしておいらの家族と一緒に
夕食をとったのが
この「Thai Tanee Yeppoon」である。


Tai Tanee

Entrance


ここはロッキーに本店があり、
好評でヤップーンに支店が出たという事実に違わず
どの料理も非常に美味しかった。
今までよく通っていたもう1軒のタイ料理と肩を並べる、
いや、もしかしたらそれ以上に美味しかったかも。

Chicken Toast

Mixed Satay

Green Curry and Jasmin Rice

Chicken Pad Thai

Seafood Pad Thai


しかもこの日のサービス担当は、
元うちの和食レストランのスタッフに、
今の職場仲間の娘さんと
ほぼ「身内」。
まるで我が家にいるかのようなアットホームなサービスで
とっても「美味しい時間」を過ごさせてもらった。


Green Tea and Black Sesami Icecream

Thai Iced Tea



楽しい食事の後、SoくんとI子ちゃんには
我が家まで足を運んでもらい、
テラスで蚊に刺されながら夜中の1時近くまで
よもやま話に花を咲かせる事となった。



実はおいらが15年前にヤップーンに住んでいた時、
Soくんも当時駐在員だった上司(彼のお父さん)とともに
ヤップーンに暮らしており、
今回は実に15年ぶりの再会、であった。
しかしその当時Soくんはまだ小学校低学年で、
彼の当時の記憶はほんの断片的なものだったのだが。



そんなSoくんも、今では外見や表情の一つ一つが
「お父さんそっくり」になっており、
まるでその上司と話をしているかのように
錯覚しそうになるほどであった。
唯一の違いは、
お父さんほど鹿児島弁がキツくないという事だけだった。



Soくんは春からの就職を前に、かつて自分が育った
このヤップーンの地を卒業旅行先に選び、
その断片的な昔の記憶を繋ぎ合わせる旅、をしている真っ最中。
おいらや嫁はんとの会話を通じて、
当時お世話になった人たちの事とか、
その頃に食べた移動販売車のパイの味とかを
思い出す度に本当に懐かしそうな表情を見せた。
そしておいら達も、Soくんのそんな自分探しの旅の
手伝いをする事が出来て
非常に嬉しかった。


with So-kun


なんだか、こういう目的の旅もいいもんだなぁ、
って思った。



おいらも、もし今そういう機会が持てたら、
学生時代に住んでいた京都の街や、
東京で働いていた頃に暮らしていた千歳烏山の街なんかを、
もう一度ふらっと徒歩や自転車で散策してみたい、
と思ったのだった。



A美も大きくなったら
第二の故郷となるであろうこのヤップーンの町をいつか訪れて、
ノスタルジーに浸りたくなるんだろうなぁ。
ふふ、しかし、
キミのヤップーンの生活、いや
今までの人生は、
キミ自身を含め、全世界の人がこのブログを通じて
知っているのだぞ、
しかも何と画像つきで、と言いたい
意地の悪い父親のおいらである。




最終更新日  2012.02.18 17:51:15
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2012.01.14

そしてまた夏のオーストラリアへ -鹿児島帰省日記10-
[ 旅行・交通のこと ]    

1週間弱という時間もあっという間に過ぎ去り、
翌週から自分との本格的な闘いが始まる父を勇気づけ、
後ろ髪を引かれる思いで、再び渡豪の旅路へ。


冬の衣類品揃えに乏しいオーストラリアへ発つ前に、
しっかりユニクロでヒートテック系のアンダーウェアを調達。
最近のユニクロは決して安いだけではなく、
そこそこのお金を出せば、
非常に機能性の高い衣類が手に入るのが嬉しい。


Underwear1Underwear2


ユニクロのヒートテックは本当に軽い着心地であったか。
吸湿性に優れ、薄いのに風を通さず、
冬太り+着膨れのダブルパンチを回避できるのが嬉しいところ。
これを着ていればマッチ売りの少女もきっと
凍え死なずにすんだであろうに。

Boarding

JAL


朝の飛行機でまずは羽田へ。
前の日記で触れた通り、今回はJALマイレージ利用であるが、
通常ならこの区間だけでも結構な金のかかる旅行である。


しかし最近はスカイマークが随分安くで就航しているし、
今後ジェットスタージャパンエアアジアジャパン
ピーチなどのLCCに、
このドル箱路線、あるいは成田線などにバンバン就航してもらい、
利用者の選択肢を広げてくれたらありがたいなと思う。


羽田からモノレールに乗り、
東京駅の大型コインロッカーにスーツケースを預け、
最後の買い物に。


JR Ticket
モノレール470円プラス30円で山手線内どの駅へも行ける
お得なチケットをゲット。


kamakura
有楽町には東北復興イベントでかまくらが出現。

Tenryu
足はやっぱり「天龍」へ向かってしまった。

Nex

Nex Seat
夕刻には成田へ。これに乗ると日本を離れるという実感が。


成田空港で借りていたSIMカードとポケットWiFiを返却し、
出国ロビーでジェットスターのチェックイン。


今回のジェットスター復路はカンタスのマイレージを利用。
3万マイル+税金と燃料代は別に2万8千円の実費。
帰路には通常の日本食財や生活用品でいっぱいの荷物に加え、
家に眠っていた楽器を運ぶために超過手荷物料金10kg分を事前支払しており、
33kgギリギリセーフ。


Jetstar Ticket


復路は足元の広い非常口席に空席がなかったので、
通路側にアサインしてもらい、無事にチェックインも完了。
出国手続きも済ませ、頼まれていた免税品類の調達も終え、
カフェテラスでささやかな晩餐。


Misokatsudon


後で機内食もあるし、日本で既に増えてしまったであろう
体重も気にはなったのだが、
「脂肪は腹に変わるけど、背に腹は変えられないわ」などと
日本語的に説明のつかない自己弁明をし、
自責の念にかられながらも最後の日本食として
味噌カツ丼をゆっくりと堪能するのであった。


JQ Boarding Gate
カンタス・JAL・ジェットスターの3社共同運航

JQ Ship A330
使用機材(A330)は出発準備中。

Seat1
エコノミークラス座席。この後ほぼ満席に。

Seat2
本当は夜行便の復路で非常口席が欲しかった。


しかし搭乗後、てっきり1泊2食つきの夜行便であると思っていた
おいらの予想に反し、
カンタス航空のマイレージ利用の場合は
ミールがオプションである事が判明。


さすがおいら。自分にその意識はなくても
胃袋がしっかりそれを予見していた。
あの味噌カツ丼がなければ、おいらはその夜
「メシ抜き罰ゲームフライト」となるところであった。
(機内で買えばいいんだけどね)


JQ OOL Arr
搭乗機は定刻にゴールドコーストへ。

JQ OOL Arr2
ほぼ同時刻に関空からも到着便。


機内餓死する事もなく、
シップは定刻通り、雨上がりのゴールドコースト空港へ到着。
今回は利用区間全てにおいて全く遅延や欠航がなく、
ディレイの神様のおいらにしては珍しく非常にスムーズな旅行であった。


が、
おいらの搭乗した成田便に加え、
同じジェットスターの関空便、そしてクアラルンプールからのエアアジア便と
午前6時台から7時台にかけては
立て続けに国際線が到着する時間帯であった為、
空港は到着旅客で大混雑。


午前6時25分にブロックインしてから、
入国審査を通過したのは7時前くらいであったが、
最終的においらの荷物がターンテーブルから出てきたのは
何と8時過ぎであった。


それから通関の長い長い行列に並ぶこと30分ほど。
おいらのスーパー人当たりの良い人相が幸いしてか
申告物があるにもかかわらず手荷物開被検査は免れた。
しかし乗車予定していたロビーナ駅行きの路線バスは
おいらの目の前で無常にもあばよとばかりに出発してしまい、
貧乏旅行には不本意ながら、
ブリスベンからの国内線(11時発)に間に合う電車に乗るために
タクシーを使って駅まで行くことになった。
うぅ。せっかく出発の日にタクシー代を節約したのに。


ゴールドコースト空港利用の皆さん。
出発時だけでなく、帰着時にも時間には余裕を持って
プランを組み立ててくださいね。
つうか州政府、この現状はちゃんと見直しすべきですぞ。
(と、選挙権もないおいらが提言)


てな事で、
最後にプチ焦ったシチュエーションになりつつも、
無事に今回の帰省旅行は終了した。
初めてのジェットスター利用であったが、
遅延や欠航がなかった事で、
おいら個人としてはそう悪くはない印象であった。


これでロックハンプトンからのコネクションが良ければ
また使う機会もあるとは思うのだが、
現在日本から就航しているケアンズ、ゴールドコーストともに
ロックハンプトンからの乗り継ぎが非常に悪いというのが現状。
おいら達ロッキー住民にとってはシドニーからのカンタス、JAL
またはブリスベンからのアジア系キャリアの方が
結果的にリーズナブルになりそうな気がする。


夏から冬へ、そして
地方都市から地方都市への移動の大変さを
しみじみと実感した今回の旅行であった。

最終更新日  2012.02.12 08:07:29
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2012.01.11

人間ドック -鹿児島帰省日記9-
[ 旅行・交通のこと ]    

実は今回の帰省では
もうひとつのメインの目的があった。
そう、自分自身のメディカルチェックすなわち
人間ドックの受診である。


わが社では40歳を超えると、会社が100%人間ドックの費用を
補助してくれるのだが、
おいらは40超えてからずっとこちらへ赴任しているので、
今までその恩恵にあずかれないでいた。
御歳40ウン歳にしての「初体験」である。


事前に自宅へ届いていた「検査キット」の中には
生まれて初めて目にするこんなものも同封されていた。


kenben


詳しい説明をするとこの日記を見ながら
飲食をされている方からドロップキックを食らわされそうなので
省略するのだが、
とにかく随所に衛生的な工夫がなされていた。


さすがにおいらはマッチ箱に入れていた時代の人ではないが、
昔に比べると「採取方法」から「運搬」に至るまで
非常に効率的衛生的に出来ているなぁ、と感激した次第である。


検査会場は、鹿児島市内の保健センター。
指定された時間より少々余裕を持って受付に行くと、
そこには既に、同じ柄の検査服に着替えた老若男女の受診者が
ずらり50人あまり。とにかく異様な光景であった。


検査は血液採取に検尿、
血圧測定、聴覚、視力などなど、
メニュー的には通常の健康診断とさほど変わらなかったのだが、
度肝を抜かれたのが造影剤による胃の検査であった。


最初に胃を膨張させる為に粉末の炭酸を飲まされるのだが、
これが駄菓子屋で幼少の頃に買い求めていたソーダ菓子のようで
はっきり言ってこれは想定外に「美味かった」のである。


soda
味のイメージ


検査技師の注意に従って、ゲップをしないように我慢しながら
その後に飲んだ「バリウム」はしかし
噂にたがわず飲みづらいうえに結構な量があり、かなり苦戦した。


しかし本当に苦戦するのはここから。


遊園地の絶叫マシンのような機械に乗せられ、
バリウムが胃全体に行き渡る様、体をあっちへねじり、こっちへねじり、
挙句の果てにはマシンごと体が回転。
さながらおいらはタイムショックで5問答えられずに
罰を与えられる回答者のようであった。


spin
こんな感じ。


しかしながら、最終的な検査結果には
絶叫する事はなく、1点を除いて全て健康な値である事が確認された。
問題の1点については
「まぁとりあえず検査をおすすめします」というレベルで
紹介状を渡されたのだが、
検査を行うには2日間くらいに渡って腸の中を空っぽにする必要があり
さすがにこの短い滞在中にそれを行う事は不可能だったので、
とりあえず後日検査を行う事にし、紹介状を持ってこちらへ帰ってきた。


後日その話をこちらのスタッフとしたところ、
うちの事務所のスタッフの一人も、その検査を受ける為に腸内を空にした際、
なんとそれだけで4キロも体重が減ったのだそうな。
あんた4キロも宿便があったの、と思いつつも、
検査を受けるだけでそんなに痩せる事が出来るんであれば
おいらもやっておけばよかった、と後悔するのであった。


こっちじゃあ医療費がとんでもない事になるから、
宿便出すのに何百ドルもかけるわけにはいかないなぁ。
あ、そっちがメインの目的じゃあないか、と
本末転倒になる前に、検査はしっかり早めに受けようと思う。




最終更新日  2012.02.10 21:23:08
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2012.01.10

盲点 -鹿児島帰省日記8-
[ 旅行・交通のこと ]    

ふと思い立ち、
久しぶりに日本の散髪屋さんに出掛けた。


3Qカット国分店


同じカットオンリーの店でも、
オーストラリアと日本とはやっぱり違う。


おいら行きつけの3Qカットでは、
券売機で事前に千円のチケット購入、
待合席には番号が振られ、番号順に空いた美容師のもとへ。
カット後は大型の掃除機のようなバキュームで
髪の毛を吸引するなどなど。
日本ならではの機能的かつ清潔なサービスに加え、
無駄を省いて料金を安く提供しようとする姿勢に
ここでもローコストキャリアに通じるビジネスポリシーを
感じるのであった。


なかなかよろしいではないか。
環境にもフトコロにも優しい、
こうしたビジネスモデルには頑張って欲しいな、うん。


マイナスイオン漂うこの散髪屋でしかし、
おいらは予想もしなかった衝撃を受ける事となる。


散髪も終盤を迎え、
美容師のお兄さんがハサミを置き、


「こんな感じでよろしかったでしょうか~」


と、
頭部全体がわかるように合わせ鏡でおいらに見せてくれた。
散髪屋さんでは良くある一コマである。


しかし普段ヤップーンで行く床屋さんでは
ハサミよりも口が滑らかに動くおばちゃんが
せいぜい手鏡で申し訳程度に襟足を見せてくれるくらいなので、
おいらがこうして自分の頭部全体を自身で目にしたのは、
実に4年半ぶりであった。


「え、こんなに寂しかったかしらアタクシ


これがおいらの正直な感想であった。


背中をつーっと流れる冷たい汗


それでもニッコリ笑っておいらからの返事を待っている美容師には
さすがにそんな事を言うのはお門違いも甚だしいので


「あ、はい、よろしかったでございます」


と口ではいいつつも、心の中では


「実は全然よろしくないんですけどぉぉぉぉーーー」


と叫びつつ、散髪屋を後にするのだった。


そういえば、


「最近はシャンプーやリンスの品質向上で、髪の毛の指通りが
スムーズになったなぁ」
と感じていた事や、


「あれ、今日は頭のてっぺんの寝癖が直ってないなぁ」
思っていた事が、


実は単に毛髪の絶対的本数の減少、
及び頭皮のハリの欠落に起因していたのだと
この時初めて気がついたのだった。


散髪終了直前までのすがすがしい気持ちにはどこへやら
あぁおいらはテッペンハゲタカ系なのか。
それならまだ前髪後退系の方がよかったかしら、
今夜はわかめうどんにしなきゃ、
そうそうヒジキも買って帰らなきゃね。
今年の書初めは「減量」から「育毛」に変更だわ。


などと、
薄くなった頭の中では様々な思いが交錯し、
冬の空にも似たどんよりとした気持ちを抱え、
家路に着くのであった。




最終更新日  2012.02.04 06:00:07
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2012.01.09

劇的ビフォーアフター 姉と庭編 -鹿児島帰省日記7-
[ 旅行・交通のこと ]    

空港には父と姉が迎えに来てくれていた、


はずだったが、
父の横には見慣れない年配の女性が一人。


それは、ズンバ効果でダイエットに成功した姉だった。


以前にも日記で触れたのだが、
姉はスポーツジムで衝撃的に出会ったズンバにハマり、
毎日のように通いづめて楽しみながらエクササイズをした結果、
驚くことに9ヶ月で30キロものダイエットに成功したんだとか。


以前の姿はまさに「ヨシコデラックス」という感じだったので、
その変貌ぶりには、事前情報は得ていたものの
やはり驚きを隠せなかった。


あまりの変わりように、
実は「ヨシコデラックス」の着ぐるみが
家の物置に置いてあるのではないかとか、
いや、もしかしたら実は「マトリョーシカ人形」みたいに
外側のヨシコちゃんがこたつでみかんを食べているのではないかとか、
様々な憶測がおいらの頭の中をかけめぐるのであった。


_1_~1.JPG


姉は生まれ変わった自分をエンジョイしており、
保育士としてバリバリ働く傍らで、ズンバだけでなく
長女(大学生)の着なくなった「逆おさがり」を着て
やれ旅行だのショッピングだのと、
失っていた青春時代を取り戻すかのように生き生きとしていた。


その一方で、やっぱり元気がなかったのが父。


年末の保健センターの検診でひっかかり、
翌週から入院をする事になった父は、
生まれてこの方病院の世話などには一度もなった事のない
「超」がつくほどの健康体。
80歳を超えてからホールインワンと「エイジ・シュート」
達成したほどのゴルフの達人である。
息子がその血を1滴もひかなかったのが残念極まりないのだが。


award.jpg


※エイジ・シュートとは?(以下ウィキペディアより引用)
自分の年齢よりも低い打数で1ラウンドを終了(エイジ・シュート)した者は、
「エイジ・シューター」と呼ばれ、ゴルファーの尊敬を集める。らしい。



それだけに、今回の入院は本人としても相当ショックだったらしい。


残念ながらゴルファーとしての血は受け継がなかったものの、
父親だなぁと実感するくらいおいらと性格が似ているところは、
毅然として見えて実は小心者で心配性という点。


案の定翌週からの入院を控え、ここんとこは色々な事を考え過ぎて
眠りにつくことも出来なかったと、父は珍しくその心境を吐露した。
頑固で、表向きにはこうした弱い所を
全く見せる事のなかった父親しか知らなかったおいらだけに、
やはりこうした姿を目の当たりにするのは複雑な心境だった。


帰国前は、本来なら実際に入院してから帰省した方が
良かったのではないかとも思ったのだが、
入院前のこうした不安な気持ちを抱える1週間に、
父と一緒にいる時間を作り、気晴らしさせる事が出来た事で
かえってよかったのかも、と思うのだった。
散髪や買い物に連れ出したり、洋服をお互い交換したり、
荒れ放題の庭の手入れを入れたり(すいません業者を使いました 汗)、
久しぶりに親子の時間をたっぷり持つ事が出来た。


100_6578.JPG
近所の料理屋さんにて。左からおいら、父、伯母、姉、甥

sashimi.jpg
やっぱ鹿児島は魚が最高に旨い。

kibinago.jpg
酢味噌でいただく「キビナゴ」。子供の頃は嫌いだったのに今は大好物。

IMG062.jpgIMG064.jpg
荒れ放題だった庭(ビフォー)


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アフター。おいらの仕事は庭師さんへお茶を入れただけm(_ _)m

IMG066.jpg
隣の伯母さんちのたわわに実った「はっさく」


電話交換手を使っていた昔と違って、
今はケータイ同士で安く簡単に電話やメールは出来るし、
昔ほど「離れている」という実感は正直なかったのだが、
やっぱりこうして自分の目で耳で状況を確認する事は
必要な事だよなぁ、と
「長男」としての重責を今あらためて感じるのであった。



最終更新日  2012.01.29 07:48:51
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2012.01.08

萌え萌えの秋葉原から羽田空港へ -鹿児島帰省日記その6-
[ 旅行・交通のこと ]    

言うまでもないが
ネットブックにケータイにデジカメ用の充電器にと
おいらの持っているぜーんぶの電子機器は
ソケットがこの形である。

Plug.JPG


その為、モノが豊富な東京にいるうちに
変換プラグを買いに行くことにした。
はからずもホテルから秋葉原へは徒歩数分の好ロケーション。
朝食後にフロントで荷物を預かってもらい、身軽になって
電気街へと出掛けていった。

panda bus.jpg
上野ではこんなキュートなバスにも遭遇。


しかしながら暫くぶりの秋葉原でんでんタウンは
いわゆる「アキバ」と化しており、
街には「萌え萌え」の広告が溢れかえり、
それ系の皆様方が大勢いらしたのはさすがに驚きを隠しきれなかった。


donki.jpg
聖地には朝から多くのAKBファンが。

100_6574.JPG
前日にはこんな催しもあったらしい。

mimikaki.jpg
この街ではこんな商売も成り立つ。



目的のプラグを購入後、
ゆっくりとPC関係アクセサリーやデジタルビデオカメラなども
見て回りたかったのだが、
飛行機が午後一番の出発だった事と、
なんだかこの街に40半ばのおっさんが独りで徘徊しているのも
場違いな気がして、
早々に引き上げてしまった。
裏のストリートまで見て回れば、もっと面白いネタもあったのだろうが。



御徒町の駅まで歩き、JRとモノレールを乗り継いで
羽田のJALターミナルへ。
今回の鹿児島までの往復はJALのマイレージを利用。
カンタスのマイレージを使う時は、国内線でも税金や燃料付加料金は
別途徴収(または追加マイル)されるのだが、JALの場合は追徴ナシ。
あっぱれ日本の航空会社と、税金や燃料代ではなく、自分のために
1,000円を払い、その場でJ Classへアップグレードするおいらであった。


100_6576.JPG
随分すっきりきれいになったJAL側ターミナル。


お土産名店街や書店などをのぞきつつ、
適当に腹ごしらえできるレストランを探したのであるが、
さすがに日本、さすがに東京。
人気店は行列が出来るほどの混雑ぶりに加え、
ちょっと小洒落たレストランに至ってはランチで軽く1,000円超え。
弁当男子、いや弁当オヤヂたるおいらは
さすがに昼飯ごときに14ドルは出せんぜよと、
地下のモノレール駅まで戻り、パン屋のイートインで軽く済ませる事にした。


kako-n0EGGfyxtbRe2IWs.jpg
カレーパンにチーズドッグ、クラムチャウダーに大根サラダ。
泣きそうなくらい旨かった。




しかし、
こんな気軽なベーカリーショップでもクオリティの高いこと!
コンビニでもパン屋でも駅の立ち食い蕎麦屋でも
食べ物に外れがないのはさすが日本だなぁとあらためて実感した。
ヤップーンの町中のパン屋の店主を呼びつけ、
おまえらここで1ヶ月くらい修行して来いと言いたくなるくらいに
絶品のおかずパンの数々であった。




鹿児島行の出発ゲート付近には
携帯の無料充電コーナーやビジネスデスクなどもあり、
設備も充実。
WiFiにも無料でアクセス可能であり、非常に快適。


IMG039.jpg


ゲートでの出発案内も昔とは随分様変わりし、
優先搭乗から一般搭乗まで、
係員がラウンジ放送でやたらと「がなりたてる」のではなく、
液晶モニターによる案内と優しいチャイム音、そして
穏やかなアナウンスでボーディング開始を知らせる、
非常に静かな出発であった。
従来の「きっぷ」ではなく、ICカードで「タッチ&ゴー」する人も多く、
空港の風景も様変わりしたなぁと感激した次第である。


IMG040.jpg


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窓からは嵐JETも見えた。


コーヒーも随分美味しくなった。
たかだか千円ぽっちのJ Classなのに
「かちょー。様 ご搭乗ありがとうございます」
名前を呼んでくれたのには感動。


IMG101.jpg


目覚ましのはずの機内サービスのコーヒーで
いつの間にか睡魔に襲われ、
2時間弱のフライトもあっという間。
富士山から潮岬を過ぎ、日向灘を越えると
2年7ヶ月ぶりの故郷はもう間もなくである。



最終更新日  2012.01.28 18:51:10
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