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INSIDE TRACK
INSIDE TRACK [全97件]
福岡国際マラソン当日朝。夜明け前の朝6時ごろ、 選手たちのコンディションをチェックしようと、博多駅前のホテルからタクシーで出かけた。2キロ周回のジョギングコースがある大濠公園ではレースを昼に備えた選手たちが黙々と走っていた。 ところが出場する選手以外にもそこをジョギングしている顔ぶれの豪華さに驚く。まず、エスビー食品監督の瀬古利彦さん、91年世界選手権金メダリストの谷口浩美さん、世界陸上ヘルシンキで男子マラソン銅メダルの尾方(中国電力)、そしてQちゃんこと高橋尚子・・・。福岡を視察にきていたシカゴマラソンのディレクターも走っていた。さながら30分ほどの散歩で何人ものメダリストに遭遇したこの場所は世界のマラソン人物パークみたいだった。
仙台に日帰り出張。全日本大学女子駅伝の取材だった。 唐突だが、仙台出張の楽しみはやっぱり「牛タン」。 去年、アテネ五輪でも笛を吹いた仙台在住のサッカー女性審判員の方によると、いち押しは「利休」らしい。市内に14店舗あるらしいが、この日は一人だし、日帰りだし、JR仙台駅の中にある牛タン通りの「利休」へ。 15分待ちの行列。塩焼き定食1・5人前は2480円と、ちょっと高めだがその価値はあるね。
切なかった。ヴェルディのJ2降格が決まった。 記者になって最初に担当したチーム。2年間試合を見続けてきた。 東京に異動して、最初に書いた原稿もヴェルディ。 15歳の森本と33歳のエムボマの「年の差18歳の2トップが先発する」というたった24行の原稿だったけど、自分にとっては大事な第一歩だった。今年の元旦には、聖地、国立競技場であのジュビロを破って天皇杯優勝。1月1日から夜なべして、優勝原稿を書かせてもらった。客観的に試合は見たつもりだが、選手たちに毎試合後、話を聞くうちに、やっぱり思い入れは募った。 若いチームは、カズ、ラモス、武田らがいた全盛期とのブランドイメージと実力のギャップに悩んでいた。だが、もうその時とは全く別のチームだ。当時のスター選手2人分の年俸で、今の全選手が買えるのだから。でも、お金のせいだけじゃない。「危機感のなさ」というか、「ゆるい」雰囲気が感じられるときもあった。 降格決定後、唯一、電話でインタビューに応じてくれたOBの北沢豪さん。 那覇空港で電話をかけてきてくれた。「悲しい。でもこれがサッカーの難しさでしょう」と言葉をかみしめていたのが印象的だった。
ジェフユナイテッド千葉のホーム、市原臨海競技場に出没する「ナンデダヨーおじさん」って知ってる? 大宮アルディージャ戦があった18日もちゃーんと来てました。記者席近くのいつもの席に陣取り、ジェフの選手がミスするたびに、甲高い声で「ナンデダヨー!」を連発するもんだから、おかしくってたまらない。ジェフの担当が長い記者によるとこのおじさん、5年以上ジェフを応援し続けながら「ナンデダヨー!」と叫び続けているらしい。市原臨海競技場のスタンドでは断トツに目立っている。 本人はいたってまじめだ。笑うのは失礼に当たるかもしれない。だいたい「ナンデダヨー!」という場面は、周囲のだいたいが「ナンデダヨー」と思うプレーだから、なおさらおかしいのだ。決定的な場面でシュートをはずしたり、何でもないボールをクリアミスしたり。そこで間髪入れず「ナンデダヨー!」と叫び声が上がるのだ。 この日は大宮に2―0で快勝。ジェフは7位に浮上した。それほど予算が潤沢とは言えないジェフは応援したいところだが、取材に行ったときはおじさんの「ナンデダヨー!」がもっともっと聞きたくもある。
浜松コンコルドホテルにチェックイン。 JリーグジュビロVSヴェルディ戦をヤマハスタジアムで取材後、浜松に入った。浜松はこの日ミスチルのコンサートがあったとかで、ホテルの予約に四苦八苦。ようやくこのホテルで一室シングルが空いていた。 深夜のJR浜松駅。緑のレプリカを着た男性サポーターがベンチに一人腰掛けていた。「残念でしたね」と声をかけると、しかめっ面でうなずいた。ヴェルディはこの日も0対6の大敗。ガンバ、レッズ戦の2試合連続7失点から、2試合引き分けを挟み、また大量失点の敗戦。肩を落としていた。 「今季は全試合応援してまわっている」「ヴェルディのサポーターは4つの別々の団体で成り立っている」などと、身ぶり手ぶりで話してくれた。どうやら彼は、吃音(どもり)らしかったが、しっかりと話はできた。「これから深夜1時すぎの夜行で東京に帰る」という彼の話を聞いて、仕事でサッカーを見て、ホテルに泊まる自分が少し申し訳なくなった。 ヴェルディの大量失点病は、監督の更迭話が出るまで深刻化している。来週はあのレアル・マドリードとの親善試合だが、いったい何点とられるのか。ジュビロ一色の敵地に一人たたずむサポーターを見て、改めて今のヴェルディの現状を痛々しく思う。まずは1勝を彼にプレゼントしてほしい。
千歳から羽田に戻ってリムジンバスに乗っていると携帯がなった。 「プロレスラー橋本真也急死」を知る。夜に「ハッスル!」の小川が会見するという。プロレスはスポーツか?と首をかしげながら、とりあえず「行きます」と返事。前日までの陸上競技モードから格闘技モードに、自分自身のスイッチを切り替える。夕刊フジや読売の夕刊はもうその時点で活字になっていた。遅れをとった。 夜7時半、北青山のDSEに行くと報道関係者が長蛇の列。本社ビルは階段がなく、エレベーターでピストン輸送するから、なかなか前に進まない。しまいに社員が、予想外に記者が多いので「2部に分ける」と言い出す。ただでさえ乗り遅れているのにと、強引にエレベーターに乗り込み「1部」の会見にぎりぎりセーフ。この世界、遠慮は通用しない。 窒息するかと思うほど寿司詰めの会見後、橋本の弁護士が横浜のホテルで別の会見するというので急行。結局深夜まで振り回された。 橋本にあまり思い入れはないが、40歳で迎えた死には同情した。痛めた肩の手術後リハビリに専念していた矢先で、復帰間近だった。団体崩壊で背負った借金や離婚などのトラブルもあったという。弁護士の会見は、つかみどころがなく、「自殺説」を否定する趣旨にも取れた。橋本、武藤、蝶野の闘魂三銃士のインタビュー本を買い、1ページ目から読み始める。周辺の話に触れ、改めてその本を読むと涙が出た。結局徹夜で原稿を書いたが、いつのまにか、苦労と破天荒の「太く短い」橋本の人生に引き込まれていた。
富山に行った。なんと、この日は35度の暑さ。 その分、夜のビールはうまかった。 タクシーの運転手に聞いて「えび寿司」に行く。 その名の通り、「白えび」など、えびのたぐいが旨い旨い。 ホタルイカは、季節外れということでありつけなかった。 K社のS記者と2人で行って、食って飲んで1万円以内。 なかなかでした。 |一覧| |
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