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インドのあれこれを、アルファベットのキーワードで綴ってみます。 [全33件]
![]() 国連安保理首脳級会合、「核なき世界」目指し決議採択 国連安全保障理事会は24日、核軍縮と拡散防止に関する首脳級会合を開き、米国が提出した、「核兵器なき世界」を目指す決議を全会一致で採択した。 決議は「核兵器なき世界」に向けて「核軍縮分野でのいっそうの努力」を呼び掛け、すべての国に核不拡散防止条約(NPT)への加盟を促した。 ただ、イランや北朝鮮の名指しは避けた。 会合では議長を務めたオバマ米大統領が、「この会合を開いたのは、すべての国と民族の安全を脅かす核兵器の使用と拡散について、首脳レベルで対応するためだ。」と表明。 向こう1年が、核軍縮と拡散防止に向けた取り組みの成功を左右する極めて重要な年になると強調した。 (2009年9月24日・ロイター) 日本は核廃絶に向けて先頭に立つ~鳩山首相 国連安全保障理事会は現地時間24日、アメリカ・ニューヨークで、核不拡散と核軍縮に関する首脳級の会合を開き、「核兵器のない世界」を目指す決議を全会一致で採択した。 鳩山首相は演説で、「日本は核廃絶に向けて先頭に立たなければなりません」などと述べた。 鳩山首相、「日本は核兵器による攻撃を受けた唯一の国家です。 しかし、我々は核軍拡の連鎖を断ち切る道を選びました。 それこそが唯一の被爆国として、我が国が果たすべき道義的責任と信じるからです。 近隣国家が核開発を進めるたびに、『日本の核保有』を疑う声が出るといいますが、しかし、それは被爆国としての責任を果たすため、核を持たないのだという我々の強い意志を理解していないからです。 私は今日、日本が非核三原則を堅持することをあらためて誓います。 世界は核拡散の脅威にさらされています。 北朝鮮やイランの核問題、テロ組織による核物質や技術入手の可能性など、核不拡散の取り組みが重大な局面を迎えているというのが厳しい現実です。 だからこそ、日本は核廃絶に向けて先頭に立たなければなりません。 今年4月に(アメリカの)オバマ大統領が『核兵器のない世界』の構想を示したことは、世界の人々を勇気づけました。 今こそ我々は行動しなければなりません。」 (2009年9月25日・日テレNEWS23) 「核兵器のない世界」「核兵器なき世界」「核なき世界」・・・何て心地良いフレーズなんでしょう。 残念ながら今までの世界情勢からは、そう簡単には信じられない選択肢ですよね。 もちろん本気で現実化して行くのは、困難と挫折を伴う茨の道のり・・・。 でも少なくともその第一歩の【決める】が、嘘みたいに始まってしまったのかもしれません。 ニュースを見ていて、オバマ大統領の是非に答えて挙手する各国の首脳達に鳥肌が立ちました。 日本は唯一の被爆国・・・という鳩山首相のスピーチも心に響くものがありました。 アメリカと日本、原爆を落とした国と落とされた国・・・。 バラックとユッキー(このネーミングは本人のご希望なのだそう)は、過去のロンとヤスやジョージとジュンとはちょっとばかり次元の違うお二人なのかな。 疑い深くて不信感の塊である私でも、全ては可能と想い続けるパワーが実現化を呼び込む事は解っているんです。 マス・メディアの大好きな叩く&攻撃する、これって良いヴィジョンの場合にはオトクではないですよね。 どんなプロセスを経ようとも真に平和で自由な世界がマニフェストするならば・・・やっぱりしつこく【イマジン&ドリーム・オン】。 ![]()
![]() ↑今にもクル~ンと右回りに回転して、マーブル模様になりそうな図形ですよね。 さらに回転して行けばグレーに・・・っっとこの白と黒は絵の具ではなくって光と闇。 光と闇では圧倒的に光の方が強いので、光の量が増えてさらに輝いて波動が上昇するんです。 闇とは本当は・・・単に光の不在に過ぎないんですね。 【ケヴァ・アドヴァイタ(絶対一元論)】はヴェーダの真髄、簡単に言っちゃうと【ワンネス】の事です。 [ケヴァ]は絶対、[ア]は否定接頭語、[ドヴァイタ]は二元論。 このワンネス、つまり大いなる全て、又は宇宙そのものをインドでは【ブラフマン】、中国では↑の陰陽図の【太極】、日本では【天之御中主神】(?)などと表現したりします。 北極があれば南極があるように、プラスとマイナス、白と黒、明と暗、昼と夜、善と悪、光と闇、ポジティブとネガティブ・・・この地球の特性と言えば【2極性】。 当たり前ですけど誰でも光に満ちたポジティブな体験は大好き、でも漆黒の闇のようなネガティブな体験は嫌なものですよね。 昔の私は不愉快なのは嫌な出来事や嫌いな他人様や物であって、↑の陰陽図で言えば黒い部分が居心地が悪いのだと思い込んでいました。 だから現実を何とかしなくっちゃみたいな・・・。 でも実は不快に感じているのは分けている事、↑の白黒を境界している分離の線の存在、つまり判断して、押しやって、受け入れられないでいる葛藤に消耗している事に気がつきました。 起きている事はいつも中立、出来事には良いも悪いもないんです。 たとえどんな事が起きたとしても、見ていて穏やかでないのは私達のマインドに過ぎません。 自分にとって良い事は受け入れやすく、悪い事は必死で切り離そうと抵抗します。 でも自分の中が1つに統合されていれば気持良い、バラバラに分離していれば疲れる、ただそれだけの事なんですね。 過去は私。 その人(それ)は私。 (私には)嘘みたいに効果的なこのマントラを、凹んだ時にちょっと言ってみます。 マヤの偉大なお言葉、【インラケチ(あなたはもう一人の私である)】と似ていますね。 【言霊】を使って、分離した出来事や他人様や物と一体化してみる・・・この簡単さが絶妙で、不思議に展開が起きるんですよ。 光の中で光は見えない、でも闇の中で光は輝いて見えます。 ネガティブを歓迎するつもりはありませんが、闇の中で発見する、闇の中でこそ培えるクオリティーってあるんですよね。 強さや忍耐力ですとか、思いやりや共感性ですとか・・・。 私達ってもしかしたら自分自身を強化して、キャパシティーを拡大するためにここに居るのかも・・・。 独りでは自分の事が良くわからないので、たくさんの人間に分かれて、様々な人種による多様な文化を創造して、国境線を引いて分離して、闘って戦争までしている状態を体験しに来ているのかもしれません。 宇宙の意図的な分離、プランされた2極性・・・。 さらに調和した、もっと力強い、豊かな豊かな【1】に再統合するためのグレイト・エクスペリメント。 お話は飛びますが、今晩は黒一色の朔(新月)でございます。 スーパー・カワイイ(?)↓はインド初の月探査機・チャンドラヤーン1(月の乗り物という意味です)、ただ今無事に(!)月の軌道を周回中。(なんちゃって、じゃないですよ。) ![]()
![]() コロナにプロミネンスにダイアモンド・リング、真昼間なのに水星や金星やシリウス・・・日本の陸地では46年ぶりの皆既日食は、超ビューティフルな天体ショーでしたね。 しかも【七夕&満月】と【日食&新月】が同月に重なるのは21世紀では【2009年の7月】だけ、おまけに22日はマヤ暦のツォルキンが1周するKIN260の日でもあったんですよ。 インドの神話では、日食や月食が起こる月の昇交点が【ラーフ】(Rahu)、降交点が【ケートゥ】(Ketu)と呼ばれ、この2人の擬人化されたアスラ(魔族)によって食が起こると考えらていました。 (ケートゥが彗星や流星である場合もあります。) ≪交点≫とは白道(月が地球を回る軌道)と黄道(地球が太陽を回る軌道)が交差するポイントの事、この付近を太陽や月が通る時に食現象が起こります。 ↓ラーフ&ケートゥの神話↓ インド版の天地創造である乳海攪拌の後、神々とアスラは不死の霊薬アムリタをめぐって争い、アムリタは神々の手に渡りました。 神々は集まってアムリタを飲みましたが、神に化けて混ざっていたラーフ(アスラ)もアムリタを口にしてしまいました。 それに気づいたスーリヤ(太陽神)とチャンドラ(月神)は、ヴィシュヌ神に知らせます。 ヴィシュヌ神はその4本腕の1つの手指でいつも回転させている、チャクラ(円盤状の武器)を投げてラーフの首を切断しましたが、首は不死になってしまいます。 天に昇ったラーフの首は告げ口された事を怨んで、太陽と月を飲み込んで日食や月食を起こす悪星になりました。 一方で切断されたラーフの胴体も天に昇り、ケートゥという凶兆の星になりました。 胴体のないラーフが太陽と月を飲み込んでも、すぐに太陽と月が現れてしまうので日食や月食が起こるようになったのです。 古代インドの【ナヴァグラハ】(9つの惑星の意味・九曜占星術の事)では、スーリヤ(太陽)、チャンドラ又はソーマ(月)、マンガラ(火星)、ブッダ(水星)、ブリハスパティ(木星)、シュクラ(金星)、シャニ(土星)の≪七曜≫(つまり1週間ですよね)に、このラーフとケートゥを加えます。 そしてそれぞれの神々は、自分の名前のついた曜日を守護していると考えられています。 凶兆とされているシャニ(土星)やラーフやケートゥも、南インドなどでは逆に厄除け的に手厚く信仰されていたりもするんですよ。 ナヴァグラハは古代中国において【宿曜経】として翻訳され、ラーフは羅候星、ケートゥは計斗星と漢訳されました。 この中国経由の≪九曜≫(又は曜日の概念)を日本に輸入したのは弘法大師空海さま、ですから真言密教では節分時などに星供養を行っている寺院もありますよね。 ラーフは仏陀の息子の名前のラーフラ(Rahula)、漢訳では羅候羅(らごら)としても用いられました。 ラーフラは転じて≪障害をなすもの≫の意味とされ、一説では≪出家の障害になる者≫が生まれたので仏陀が息子にこの名前をつけたとされています。 一方古代インド語ではラーフは【ナーガ】(竜)の≪頭≫、ケートゥはその≪尻尾≫という意味もありました。 そしてシャカ族のトーテムがナーガであった事から、ラーフラは古代インドの言い回しで【竜の頭】であるとも考えられ、≪ナーガの頭になる者≫が生まれたのを歓喜した仏陀がこう名づけたという説もあるんです。 この説の根拠としては、古来インドでは一族に跡継ぎがなければ出家する事が出来ないので、出家を願っていた仏陀にとって息子の誕生は又とない吉報である事や、仏陀の父の浄飯王もこの命名を喜んでいる事などが挙げられています。 本当の所はどうだったのか・・・いずれにせよ仏陀は出家し、ラーフラもその十大弟子の一人に、後には十六羅漢の一人にも数えられていますよね。 日本では熱狂と大興奮で迎えられた今回の≪日食≫、でもよりによって事もあろうに聖地ヴァラナシでも≪皆既≫だったんでスーリヤ!! 何せ食は凶兆と考えられているインド、沐浴シーンで有名なガンジス川のガート付近には太陽の復活を祈る群集が押し寄せて大パニック、死傷者さえも出たとか出ないとか・・・。 それでも太陽が再び現れて輝き出した時のインド人達の表情は、この上なく幸せそうに見えました。 安堵したのか、終わり良ければ全て良し、一種のカタルシス効果もあったかも・・・。 ラーフラの誕生だって、皆既日食だって、≪起きている事はいつも中立≫、本当は良いも悪いもない、吉兆も凶兆も一時のマーヤー(幻想)、でもそれを捉える人々の≪心・意識≫で全ては変わって来ますよね。 ![]()
![]() 恵みの梅雨のおかげさまで、スッキリしない毎日が続いています。 ちょこっと心身が重たく感じる時には、とっても気持の良~いシロダーラ。 アーユルヴェーダの中ではアヴィアンガ(全身のオイル・マッサージ)と共に、最も知られているトリートメントかもしれませんね。 サンスクリット語で【アーユル】は≪生命≫とか≪生気≫、【ヴェーダ】は≪科学≫とか≪知識≫という意味です。 同じく【シロ】は≪頭≫で【ダーラ】は≪流れ≫、こちらは見たまんまですよね。 この≪生命の科学≫は南インドのケーララ州の、スパイスやハーブがてんこ盛りのジャングル地帯で生まれました。 その後インド中に広まり、今では世界中でこの≪生気の知識≫が実践されていますよね。 アーユルヴェーダのドクターは、脈診と問診(いくつかの質問)だけで個々の患者への治療法を決定します。 昔々とある北インドのヨーガ施設で、それまでの旅の疲れ(世にも過酷な仏跡巡り~)とひどい風邪の症状でパニックになっていた事がありました。 そこに突然現れたのがどこかで噂を聞きつけた、ゴットゥムさんという若いアーユルヴェーダのドクター。 ご親切にも私の脈を取っただけで即、ドロドロとしたクリーム色の薬草スープを作って来てくれました。 そのスープを飲んで(超おいしかった~)ぐっすりと熟睡、翌朝にはもう嘘みたいに完全治癒していました。 ゴットゥムさんを日本風に発音すればゴータマさん、偶然にもあのシッダルタさま(仏陀)と同名のドクターだったのでした。(合掌) シロダーラは別名【脳のマッサージ】とも呼ばれ、脳の深~い部分までリラックスさせてくれます。 オイルを垂らす眉間の第3の目(アジナ・チャクラ)の奥には、快感物質であるエンドルフィンやドーパミンやメラトニンなどを分泌する脳下垂体と松果体があるからなんですよ。 額の一番敏感なその部分に一定量&一定温(体温より1度高いくらいの温度)のオイルを垂らし続ける事によって、一種の瞑想状態がもたらされます。 身体は眠っているのに意識は在る、その意識がゆらゆらと行きつ戻りつし、もう自分がどこにいるのかさえわからなくなる、シロダーラ中に涙を流される方もいらっしゃるとか・・・。 とてつもなく心地良いのでほとんどの方が眠ってしまうのですが、頑固な方や緊張や不安の強い方などは中々深い感覚を体験する事が難しいようですね。 それでも何回か施術を受けているうちに身体や心が柔らかくなって、深い感覚を体験出来るようになって行きます。 中枢神経を深くリラックスさせるシロダーラは、【心の治療法】とも言われています。 インドでは精神的なリラクゼーションを必要としている人、不眠症、不安、鬱、神経症などの精神疾患、皮膚疾患、白髪、脱毛、円形脱毛症、頭皮の痒みなどのトラブル、パーキンソン病、麻痺の兆候(脳から指令が上手く伝達されていない)、高血圧、脳卒中の後遺症、過度の精神疲労などの治療としてシロダーラが行われています。 毎日が非常に忙しい、頭脳を酷使する、パソコンをよく使う、ストレスが大きい、たくさんの悩みを抱えている、頭痛がひどい、夜眠れない・・・そんな方や、アルツハイマー、脳梗塞などの脳疾患をお持ちの方、リュウマチで苦しんでいらっしゃる方などには特にお勧めだそうですよ。 極楽気分のシロダーラ、チャンスがありましたら是非1度お試しあれ~。 ![]()
![]() つまり地下足袋・・・登山後の泥だらけでごめんなさいませ・・・しかもエアー!! このスーパー・スグレモノ、ご存知でした?! 今一押しのマイ・ブーム、超おススメのアイテムでございます。 (山伏さん達もご愛用、各地のお祭りでも大活躍。) 最近ではミュールなどにも採用されていますが、ほぼ毎日が素足にサンダルのインドでは親指をくるんでポイントするのが伝統的なデザイン。 足の親指をベルト状の部分にスライドさせるアレや、鼻緒の付いたタイプがインドのチャッパル(サンダル)のフツーです。 これが身体的にも中々グッドでして、両足の親指に力が入ると重心がちゃんと中央に来ます。 全身の中心線がしっかり通るので、背筋もスッと伸びやすい。 足裏のウェイトが内側だとそこの大半が土踏まず、接地面積が少ないので疲れにくいのですよ。 点で支える無圧構造・・・みたいなものですね。 そもそもの伝統文化がヘルシーな日本国、草履(ぞうり)に草鞋(わらじ)に下駄(げた)に雪駄(せった)などと種類も豊富。 そして地下足袋は・・・もちろん≪つま先チョキ≫でございます。 地下足袋体験後の私はスニーカーからの脱却を決意、安価(¥3~4000くらい)ですしウォーキングにも最高っ そう決めた途端に何とあのナ○キ社が、≪つま先チョキ≫のスニーカー(諸外国では通称Ninja)を出している事を発見してしまいました。 さらにル・コッ○・スポルティーフ社に至っては、京都のメーカーとのコラボしておしゃれ~なデザイン地下足袋まで展開中。 密かにじわじわ~とグローバル化しつつある地下足袋・・・日本のメーカーによる和柄のデザイン地下足袋もカワイイ・・・黒の地下足袋で決めれば気分はもう忍者。 先日などは≪つま先チョキ≫のロング・ブーツ(ヌメ皮)を履いた、若い女性まで目撃いたしました。 おしゃれ~ではない王道タイプの地下足袋は、街の作業用品屋さんで購入する事が出来ます。 新緑が美しい5月の中旬、お初の地下足袋を履いて奈良県の大峯山系にある【弥山】に登って参りました。 近畿最高峰の八経ヶ岳(1915m)、そのすぐお隣のピークが弥山(1895m)です。 (低目が嬉しい関西の山々・・・。) 山頂に祀られているのは弥山大明神、麓の天河弁財天の奥宮ですのでインドならばサラスヴァティー女神さまですね。 弥山はそれにつながる【熊野古道】などと共に、2004年に世界遺産にも登録された【大峯奥駈道】の一山。 大峯奥駈けといえば歴史的にも修験道のメッカ、以前は遠い神秘的な世界のように感じていました。 世界遺産登録名 【紀伊山地の霊場と参詣道】 (Sacred Sites and Pilgrimage Routes in the Kii Mountain Range) 【巡礼の道】が世界遺産だなんて、時空を超えたエネルギー的なアイディアですよね。 伝説には役行者小角さま、弘法大師空海さまなどなど、法螺貝の音の似合う深山幽谷、今でも大峯山上ヶ岳だけが守り続ける女人禁制の掟。 (山中には古めかしい女人結界門・・・。) それでも世界遺産効果なのか最近では登山者が急増中らしく、奥駈け修行も段々と身近な存在になりつつあるようです。 登りは禊の雨で寒さや悪路にエネルギーを奪われちょっとキツかったけれど、下山後には心身ともにスッキリと清浄爽快な気分でした。 地下足袋を履いていると登りでも小走り気味、下りは安心して地面や岩上に着地出来ます。 何も登山靴のように足首をガチガチに固めなくても、≪つま先チョキ≫ならば大丈夫である事も体感&実感済み。 ガードするよりもバランスの方がより効果的、これって深いですよね。 身体のダイナミックス(力学)・・・興味深いです。 メイド・イン・ジャパンの誇る地下足袋、今後はヒマラヤ巡礼なども絶対にこれっ
![]() WBCで決勝タイムリーを放ったイチローの試合後のコメント。 「やあ、もう苦しい所から始まって、苦しいが辛いになって、心が痛んで、最終的に笑顔になった。日本のファンの人たちに笑顔が届けられて最高です。」 試合後ドジャースタジアムを大きな日の丸を持って1周。 「気持ち良かったですねえ。ほぼ、行きかけました。日本の全ての方に感謝したい。」 10回の決勝タイムリーについて。 「僕は持ってますね。【神が降りて来た】という感じ。日本中のみんなが注目しているだろうと思って、自分の中で実況して、普段は結果が出ないんだけど、それで結果が出て、壁を越えたと思います。」 (by 日刊スポーツ) 日本中が歓喜と感動の渦、もちろん私も大興奮いたしました。 皆が1つになるのってホント~に楽しい、何故なら私達は元々1つなのですから。 でもそれって意外と電光石火、案外とっても簡単だったりもするんですね。 バラバラに分かれて分離し続けているのは、挙句の果てに戦争なんかもしちゃったりして・・・。 気の遠くなるほど長~い年月の間習慣化しているこの状態の方が、実は物凄~い力を使ってかなりの努力をしているような気がしますよ。 数々の感動のドラマの末の優勝でした。 これはニューエイジなどでは再三言われているように、日本という国の存在が世界へアピールすべき時代の背景を現象化した出来事なのかもしれませんね。 ここ1番っていう時には神様が降りて来てしまう清清しい【日本力】、皆が突然1億総日の魂となれてしまう調和力、イチロー(【1】)という名前の象徴的な意味・・・。 全ての日本人の意識があの瞬間に1つになり、そのパワフルな光が物質界という固い壁を破って結晶化しました。 この良い気分は即、株価にも影響があったようですね。 がんばれ日本。 見えない所に物事の本質は存在し、見える所はその現象に他ならないのですから。 祓い給え、清め給え、神ながら、守り給え、幸え給え。 このシンプルにして美しい言霊の国。 WBCという禊によって古くて新しい日本が【国生み】アゲイン、そこんとこにフォーカスしているとそんなサインがあちこちでチラホラ・・・。 野球選手ってマジで【侍】の転生者が多いのだとか、刀とバットってちょっと似たものがありますでしょ?! なおこのお話は・・・信じなくてもOKです。(笑) (横浜の桜木町にある伊勢山大神宮の御祭神は天照大神。)
![]() (ハワイの癒しの手法 ≪ホ・オポノポノ≫ by イハレアカラ・ヒュー・レン博士) ゴームクはガンジス川の今の源泉の1つである聖地で、【牛の口】という意味です。 ↑写真の少し窪んだあたりから氷河の氷塊が音を立てて崩れ、牛の口のような裂け目から一つの整えられた流れとなってほとばしり出ています。 氷河ゆえにいつも流動的な源泉は、昔はガンゴートリという少し下流のガンガー女神を祀る聖地にありました。 ゴームクは標高4255m、ガンゴートリは3140m、ガンジス川は富士山+数100mの高度からリシケーシ、ハリドワール、バラナスィーなどの聖地をトランジット、約2500kmの距離を流れてベンガル湾に注ぎ込んでいます。 たとえそれがどんなに冷たい氷河の水の中であろうとも、聖なるガンジス川では沐浴して身を清めるのがインド人。 そしてガンガー巡礼には欠かせないクンブ(壺)に川の水を入れて、故郷に持ち帰るのが彼らの習慣です。 ガンガー女神はこのガンジス川の化身で、最高神の1人のシヴァ神の側室のひとり。 元々は地球に生を受けた女神ではなく、天界を流れる【天の川】でした。 川の流れで先祖の灰を清めたいと願う人間の王に応じた神々が、彼女に頼んで地上に降臨してもらったのです。 ガンガー降下の際の激しい流れを一時的に受け止める役を、先ほどのシヴァが担いました。 するとガンガーは、「いくらシヴァだって、そう簡単に受け止められてたまらないわ~。」と彼の頭に向かって一気に!降下して行きます。 ガンガーに侮られていることに気づいたシヴァは、川を頭で受け止めたばかりか一時的に髪の毛の中に封印しました。 もちろんそれでは王様の願いは叶いませんから、ガンガーは解放されました。 それでシヴァの絵は、髪の毛からガンジス河が流れているような描かれ方をしているのです。 天の川で身を清め、天の川を壺に入れてお持ち帰り、そう思うとちょっと楽しいですよね。 川の神様としては他にもヤムナー、サラスヴァティ、ナルマダなどがありますが、いずれも女神です。 でも大地母神であるチャンディーやドゥルガーとはかなり性質が違い、泥臭さがほとんどありません。 地球生まれの大地母神が時に醜悪で恐ろしいイメージがあるのに対して、宇宙より降臨した川の女神は人々を包み込むように優しく健康的なイメージを持っています。 大地母神を祀る時の人々は闇にまぎれ人目を避けるように祈りを捧げるのに対し、川の女神に捧げる祈りは大家族による巡礼という華やかな形が一般的です。 サドゥー達が守る聖なる秘境のゴームク、ガンガーは上流に行くに従ってキラキラと光が溢れて来るようです。 ガンゴートリまで来ると頭が軽~くなって意識が飛びそう・・・この輝く光の中では暗く重たいネガティブな思考を保ち続ける事がとても難しい感じです。 白雪を冠したヒマラヤ山脈はひたすら美しく、ただ眺めているだけでもう幸せ。 心が透明になり命が蘇える、
![]() 1度は見てみたい地球の出、そして夜空に輝く地球・・・。 地球ってきれいな、かわいい惑星ですよね。 例えヴァーチャルでもこのくらいズームを引いて見ていると、何だか オバマ氏が【アメリカの素朴な夢】と信じているのは、「夜、子供達を寝かしつけながら、彼らが衣食足りて、危機から守られている事を実感できる事。」である。 だから、メキシコに工場が移転して失業した労働者が病気の子供の薬代に困っている事に同情する、イラク戦争で息子を失った家族の生計を心配する・・・そして「失業者には職を、ホームレスには宿を、我々はそれを実現する。」と訴える。 その (from 朝日新聞) 人の痛みを感じ、理解出来るたなら、そしてそこから考え、発言し、行動出来るたなら、もしも皆がそうだったなら、そこはまるでこの世の極楽?!天国?! 日本でも今年のNHKの大河ドラマの主人公の直江兼続が、兜に【愛】という文字を掲げているのもきっと偶然ではないのでしょう。 オバマ氏の緊急景気対策は、2年間で300万人の雇用創出を目指し、保健医療やエネルギー、教育への投資を優先的に実施する内容。 代替エネルギーの生産の倍増、連邦政府庁舎や住宅のエネルギー効率改善、医療記録の電子化、学校施設の改善、ブロードバンド通信網の拡充、科学技術分野への投資が盛り込まれている。 (from CNNニュース) 米国のサブプライム問題に端を発する世界同時株安、100年に1度と言われる世界規模の大不況、その結果が今の深刻な日本の派遣切り・・・。 何か問題が生じた時には、起きている状況よりもその本質を検証してみる事が有効な場合もありますよね。 金融危機・・・株式などの投資で利益を生み出しているのは実は数字の世界、具体的には実体の無い世界のように思えたりもします。 では人間が超具体的に実感を持って携われる世界の1つは・・・農業! 輸入が途絶えたら一瞬で危機に瀕するほど食料自給率の低い日本、今ここに多大な創意工夫と【大量の人材】を注ぐ将来的なメリットはきっと計り知れない事でしょう。 自動車産業の派遣切り・・・日本に限らず、アメリカのビッグ・スリー(GM、フォード、クライスラー社)も大変な事になっているようです。 ではこの問題が加速させようとしている未来への変化とは多分・・・エネルギー転換! ハイブリッド、電気自動車、窒素バッテリー、又は水だけで動くですって?! 例えば1例を挙げればエリーカ、もしもこんな自動車が大量生産&ロー・コストになって行ったなら・・・。 そしてエネルギー転換のためには、【大量の雇用】だって創造可能ですよね。 「21世紀の日本はエコ先進国になる。」、という話をよく聞きます。 何故なら古来自然と調和して生きて来た日本人の感性が、エコロジーとマッチしているからなのだそうです。 もしも2009年に地球環境にも人間にも 皆様にとって素晴しい1年になりますように、
![]() とてつもなく取り込んでおりまして(大変だったぁ~~~)、長期にわたって意識が全く違う所に行っていたにも関わらず、いきなりブログに舞い戻ってしまうくらい興奮してしまいました。 過去のU.S.A.に住んだ事のある者ならば、夢ではないかしら?と疑ってしまいたくなるようなCHANGE(変革)、初のアフリカ系アメリカ人合衆国大統領の誕生! それはネット上でバラック・フセイン・オバマ・ジュニア氏に小額の献金をした人々、普段は行かない選挙に出向いて一票を投じた人々によってもたらされたものなのかもしれません。 「本当の人間の価値は、全てが上手くいって満足している時ではなく、試練に立ち向かい、困難と戦っている時にわかるものだ。」 (by マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師) CHANGE(変革)の本番はこれから・・・U.S.A.も地球も・・・Yes ! We can change, or ? 1964年にノーベル平和賞を受賞した公民権運動の指導者、故キング牧師の有名なスピーチをもう1度聞いてみたくなりました → YouTube ↓長過ぎますので・・・もしも気が向きましたら・・・お暇な時にでもどうぞ~。 【 I have a dream (私には夢がある) 】 by マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師 on 1963年8月28日 at リンカーン記念堂に向かうワシントン大行進にて (↓スピーチ全文) 私は、我が国の歴史の中で、自由のための最大のデモンストレーションとしてに歴史に残る集会に、今日、皆さんと共に参加できて幸福です。 今から100年前に、我々が今日立こうしてその像の下に立っている偉大なるアメリカ人(=リンカーン大統領)が、奴隷解放宣言に署名しました。 この重要な宣言は、燃えさかる不正義の炎に焼き焦がされてきた何百万もの黒人奴隷達にとって、希望を示す大きな光でした。 それは奴隷制度のもとでの長い夜の終わりを告げる喜びの夜明けでした。 しかし、あれから100年たった今、黒人が、未だに自由ではないのです。 100年たった今、黒人達の生活は、人種隔離の手かせと人種差別の足かせに縛られています。 100年たった今、黒人達は物質的繁栄の広大な海の中で、貧困という孤島に暮らしているのです。 100年たった今、黒人達は、いまだにアメリカ社会の片隅で苦しんでいて、自分達の国の中で島流しにされているのです。 私達は、この恥ずべき状態を広く世に訴えるために、今日この場に集まりました。 ある意味で、私達は、小切手を現金に換えるために、私達の国の首都に来たのです。 私達の共和国の建設者が、憲法と独立宣言のすばらしい言葉を書いた時、彼らはあらゆるアメリカ人が継承者となる約束手形に署名したのです。 この手形は「生命、自由および幸福追求」の「譲ることのできない権利」が全ての人(そうです白人と同様に黒人も)に保証されるだろうという約束でした。 有色人種の市民に関する限り、アメリカがこの約束手形の履行をおこたっている事は、今日明白です。 この神聖な義務を守る代わりに、アメリカは黒人達に不渡り小切手(「残高不足」とマークされて戻った小切手)を与えているのです。 しかし、私達は、正義の銀行が破産していると思うことを拒否します。 私達は、この国家の機会の大きな金庫が残高不足になっていると信じることを拒否します。 したがって、私たちはこの小切手(我々に自由という富と正義の保証要求に応じて与えてくれる小切手)を現金にするために来たのです。 我々は、又、アメリカに今の激しい緊急性を思い出させるために、この神聖な場所に来ました。 今は、クーリングオフの贅沢に係わったり、漸進主義という精神安定剤を飲んでいる時ではないのです。 今こそ、民主主義の約束を実現する時です。 今こそ、隔離され暗く荒涼とした谷から人種平等の太陽に照らされている道に上ってゆく時です。 今こそ、私たちの国を、人種差別の泥沼から、兄弟愛の硬い岩へと持ち上げる時なのです。 今こそ、神の子の全てのために正義を真実にする時です。 国家が現在の緊急性を見落とす事は致命的でしょう。 自由と平等のさわやかな秋になるまで、黒人の正当な不満によるこの蒸し暑い夏は終わらないでしょう。 1963年は終わりではなく、始まりなのです。 国家が今まで通りの事をするなら、黒人はうっぷん晴らしをしなければならなくて、現状維持を願っている人々は嫌な思いをするでしょう。 黒人に公民権が与えられるまで、休息も平静もアメリカにはあり得ないでしょう。 正義の明るい日が出て来るまで、反乱の嵐は我が国の基礎を揺るがし続ける事になるでしょう。 しかし、正義の殿堂にいたる情熱的な入り口に立つ仲間に言わなければならない事があります。 我々の公正を得る過程で、我々は悪い行為を犯してはなりません。 自由への乾きを、恨みと憎悪のカップから飲むことで満たそうととしてはなりません。 我々は尊厳と規律の高い次元で我々の闘いを永遠に実行しなければなりません。 我々の創造的な抗議が物理的な暴力に陥るのを許してはなりません。 何度も繰り返します、私たちは魂の力で物理的な力と対決するという厳然とした高みに上らなければなりません。 黒人社会をのみ込んだ素晴らしい新しい闘志が、全ての白人の人々に対する不信に至る必要はありません、なぜならば、白人の兄弟の多くは、今日ここに彼らが存在することで明らかなように、彼らの運命が我々の運命に結びつけられると理解するようになったのです。 そして、彼らの自由が我々の自由と密接不可分に結びついていると理解するようになりました。 我々は、単独で歩く事は出来ません。 そして、歩く時、私達は前進し続ける誓いをしなければなりません。 我々は引き返す事が出来ません。 「あなた方は何時になったら納得するのでしょうか?」と公民権運動に献身する人に尋ねる人々がいます。 黒人が警察の残虐行為による言葉に表せない恐怖の犠牲者である限り、我々は決して満足する事が出来ません。 私達の旅の疲れで重くなった身体が、高速道路のモーテルと都市のホテルに宿泊する事が出来ない限り、私達は、決して満足することが出来ません。 私達は、黒人の基本的な移動性がより小さなゲットーからより大きなゲットーに移るだけである限り満足することが出来ない。 私達の子供が彼らの個性を取り除かれて、「白人専用」の標識によって彼らの尊厳を失わされる限り、私達は決して満足することが出来ません。 ミシシッピーの黒人が投票することが出来ない限り、ニューヨークの黒人が投票する何もないと信じている限り、私たちは決して満足することが出来ません。 いいえ、いいえ、我々は満足していません、そして、「正義が水のようにこぼれ落ち、公正さが強力な流れになる」まで満足しないでしょう。 (アモス書5-24) 私はあなた方の何人かが、ここに来るために大変な試練と苦難を経た事に無頓着ではありません。 あなた方の何人かは、狭い刑務所の独房から出て来たばかりです。 あなた方の何人かは、自由を求めながら迫害の嵐に見舞われ警察の残虐行為の暴風によろめくままにされている地域から来ました。 あなたは創造的な苦しみのベテランでした。 不当な苦しみこそ救われるべきであるという信念で働き続けて下さい。 戻ろうミシシッピーへ、 戻ろうアラバマへ、 戻ろうサウスカロライナへ、 戻ろうジョージアへ、 戻ろうルイジアナへ、 戻ろう私たちの北部の都市のスラムとゲットーに、 何とかして、この状況を変える事が出来る、変わる事を知っていて。 絶望の谷を転げ回るのをやめましょう。 わが友よ。われわれは今日も明日も困難に直面しているが、 それでもなお私には夢があると言いたい。 それはアメリカン・ドリームに深く根ざした夢なのだ。 私には夢がある、つまりいつの日か、この国が立ち上がり、「我々は全ての人々は平等に作られている事を、自明の真理と信じる」というこの国の信条を真の意味で実現させる事だ。 (アメリカ独立宣言) 私には夢がある。ジョージアの赤土の丘の上で、かつての奴隷の子孫たちとかつての奴隷所有者の子孫が同胞として同じテーブルに着く日が来るという夢が。 私には夢がある。今、差別と抑圧の熱がうずまくミシシッピー州でさえ、自由と正義のオアシスに生まれ変わり得る日が来るという夢が。 私には夢がある。それは、いつの日か、私の四人の幼い子ども達が、肌の色ではなく人格そのものによって評価される国に住んでいるようになる事だ。 今日、私には夢がある! 私には夢がある、いつの日かこのアラバマでも、 目下のところ悪意に満ちた人種差別主義者に牛耳られ、州知事が「(連邦政府の)干渉排除」や「(連邦法の実施の)拒否」を唱えているアラバマ州においてさえ、 将来いつの日か、幼い黒人の少年少女たちが、幼い白人の少年少女たちと手に手を取って兄弟姉妹として歩ける日が来る夢が。 今日、私には夢がある! 私には夢がある、いつの日にか、すべての谷は隆起し、丘や山は低地となる。荒地は平らになり、歪んだ地もまっすぐになる日が来ると。「そして神の栄光が現れ、全ての人々が共にその栄光を見るだろう。」 〈イザヤ書40:4-、5〉 これが私達の希望なのだ。 この信念をもって、私は南部へ戻って行く。 この信念によってこそ、絶望の山からも希望の石を切り出すことが出来るのだ。 この信念によってこそ、私達は祖国にうずまく不協和音を人類愛のすばらしいシンフォニーに昇華することが出来るのだ。 この信念によって、自由がいつか来るのだということを信じながら、私達は共に働き、共に祈り、共に闘い、共に投獄され、共に自由のために立ち上がることが出来るのだ。 そしてその日が来れば、その日が来れば神の子はみな押しなべて、新しい意味をこめて「我が祖国よ、美しい自由の国をたたえ私は歌う。父が骨を埋めた国、開拓者の誇りとする国。全ての山々から、自由よ鳴り響け」と歌えるのだ。 (「アメリカ(我が祖国My country 'tis of thee)」・・・国民的愛唱歌) 真にアメリカが偉大な国となるためには、これを実現しなければならないのです。 だから、自由の鐘を鳴らそう、ニューハンプシャーの偉大ないただきから。 自由の鐘を鳴らそう、ニューヨークの悠々しき山々からも。 自由の鐘を鳴らそう、ペンシルヴァニアにそそり立つアレゲニーの山からも。 自由の鐘を鳴らそう、雪を頂くコロラドのロッキー山脈からも。 自由の鐘を鳴らそう、カリフォルニアのなだらかな山々からも。 それだけではない、 自由の鐘を鳴らそう、ジョージアのストーンマウンテンからも、 自由の鐘を鳴らそう、テネシーのルックアウトマウンテンからも。 自由の鐘を鳴らそう、ミシシッピーのすべての丘やほんの小さな塚からも、 全ての山々から、自由よ鳴り響け。 そうすれば、私達が自由の鐘を鳴り響かせば、全ての村、全ての集落から、全ての州、全ての街から、自由の鐘を鳴らせば、 全ての神の子が、黒人も白人も、ユダヤ人も非ユダヤ人も、プロテスタントもカトリックも、全ての人々が手に手を取ってあの古い黒人霊歌を共に歌える日がより早くやって来るのだ。 「ついに自由だ、ついに自由になれた。 全能の神に感謝しよう。ついに我々は自由になったのだ」と。
![]() (↑【ポタラ】の名は観音菩薩の住むとされる補陀落のサンスクリット語名【ポタラカ】に由来する。) まず最初に、暴動や地震や災害などで亡くなられた方達のご冥福を心からお祈りいたします。 そして今現在も困難な状況下で苦しんでいらっしゃる方達にも、大いなる光や無条件の愛が共にありますように。 暴動発生で【!】、サイクロンで【!!】、そして大地震で【!!!】 ●▲■●▲■●▲■ (真っ黒な暗闇・・・。) 暗闇とは浄化、暗闇は大きく飛躍するためのエネルギー、暗闇は光へのゲート・ウェイ、心のの深層ではピンチはチャンスと感じてはいるのですが、毎日大量に流されるメディアのニュースを見る度に痛くって、辛くって、悲しくなって来てしまいます。 政治的、社会的な強度な圧力によって人々が苦しんでいるような地域付近で、大規模な自然災害が起きたというシンクロニシティー。 ガイアさま(地球)は体表でのネガティブなエネルギーの噴出に耐えられなくなって来たので、身体を大きく揺すって、深呼吸をして、バランスを取りたくなってしまったのかもしれませんね。 地球上には60億もの多種多様な人々が存在しているのにも関わらず、制限に満ちた考え方を一方的に押し付けようとする、そしてそれに従わない人々を強引に力で押さえつけようとするようなやり方。 ダライ・ラマ法王さまのお言葉をお借りすれば【悪いというよりも古過ぎる】、もう21世紀も2008年だというのに随分遅れた発想ですよね。 日本語の自由(Free)は漢字で、【自らを由(よし)とする】と書きます。 人間が他者を力で押さえつけようとする所まで行ってしまう時は、自分が自分を全くOK(由)とは感じられない、先の見えない危機的な状況なのではないでしょうか。 内実は不安や恐怖で戦々恐々としている、満ち足りていない、だからこそ誰かを抑圧したり、攻撃して行かざる得なくなっている状態なのかもしれません。 ↓偶然見かけたフライヤーに、この【慈悲の冥想】というのが載っていました。 私は幸せでありますように 私の悩み苦しみがなくなりますように 私の願い事が叶えられますように 私に悟りの光があらわれますように 私の親しい人々が幸せでありますように 私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように 私の親しい人々の願い事が叶えられますように 私の親しい人々に悟りの光があらわれますように 生きとし生けるものが幸せでありますように 生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように 生きとし生けるものが願い事が叶えられますように 生きとし生けるものに悟りの光があらわれますように 私の嫌いな人々も幸せでありますように 私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように 私の嫌いな人々の願い事が叶えられますように 私の嫌いな人々にも悟りの光があらわれますように 私を嫌っている人々も幸せでありますように 私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように 私を嫌っている人々の願い事が叶えられますように 私を嫌っている人々にも悟りの光があらわれますように 生きとし生けるものが幸せでありますように by アルボム・レ・スマナサーラ長老 スリランカのテーラワーダ仏教(上座部仏教・小乗仏教)の僧侶 (ミャンマーもテーラワーダ仏教の国。) 【敵に塩を送る】ではありませんが、意外にも前の3つよりもむしろ後ろの2つのパラグラフによって、他ならぬ自分自身の心が自由(Free)になり、解放(Free)され始めます。 他人様を嫌って、判断して、責めているような時には心の中が分離している、自分とその方達を確実に分けて、切り離して、全く別の存在として見ようと努力をしています。 それとは逆にとっても気持ちが良くて心地良い時、平和や幸せを感じている時には全てとつながれている、心が1つに統合されている、つまりワンネス。 心のメカニズムって実はとってもシンプルでもある、あまりにもシンプル過ぎてついついシンプルである事自体を忘れてしまうのですけれど。 【自分自身→親しい人々→生きとし生けるもの→嫌いな人々→嫌われている人々】、この順番はとってもさり気ないけれど絶妙です。 祈ったりイメージ(冥想)したりする事しか出来ないなんて、私達ってそんなにも無力な存在? でもそんな私達には、祈ったりイメージしたりする力があるんですよね! チベット問題に関してもっとお知りになりたい方は良かったらこちらをどうぞ。 |一覧| |
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