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フィンとリーフのトラキア博物館

フィンとリーフのトラキア博物館

頂き物の部屋(特別小説編・その5)

フィン:またまた『天ノ菊嬢』の天菊様からキリ番小説を頂きました!!この場を借りて天菊様に厚くお礼を申し上げます。本当にありがとうございました!!

今回も数回に分けてにお送りいたします。

今回のお話はフィンとラケシスの次男坊アースをメインに孫世代キャラクターが暴れまわります(^^)


<主な登場人物紹介>
アース:フィンとラケシスの息子で、デルムッド・ナンナの弟であり、フィラスの双子の兄である。

ラセノーン:ユングヴィの第二公女で、ファバルとマナの娘。アースがお世話になっている下宿先ではお向かいさんにあたる。

ミューズ:ヴェルトマーの第一公女で、アーサーとフィーの娘でありグリフの妹。アースとは面識があり、アースにひとめぼれ。以降彼のことを『王子様』と呼んで彼のことを追い掛け回す。
ちなみにミューズの兄のグリフは、アースの双子の妹フィラスに好意を寄せているらしい・・・

最終更新:09年5月28日に『熱い女とビビる男』(その2)をアップしました。


『熱い女とビビる男』(その1)

きゃあきゃあきゃあ。
下宿先の自室で生意気な黒猫と格闘しているアースの耳に華やいだ声が入ってきた。ふしゃーっと全身の毛を逆立てながら引っかいてくる黒猫の首根っこをつかんで顔から離し、そいつの寝床であるクッションにぼすっと投げたアースはきちんと閉じられた扉をじっと見つめて、そして何事もなかったかのように視線を猫に戻して襲い掛かる鋭い爪を避けた。華やいだ声はもう聞こえない。

この下宿屋に来てから聴いたことない声を不思議に思いつつ、飛び掛ってきた猫を面倒そうに避けたついでにアースは棚に置いてあったねこじゃらしを手に取り、敵意むき出しの困った飼い猫に向けてさりげなく標的を変えさせた。その際に棚から何かが落ちたので適当に拾って懐へとしまい、ねこじゃらしで猫を誘う。これを作ったアースの双子の妹フィラスの匂いがまだするのか、猫は少しおとなしくなってねこじゃらしで遊び始めた。フィラスには懐きすぎて助平行為に出る猫が自分には懐かないことに相変わらず腹を立てながら、その腹いせにねこじゃらしをわざと届きそうで届かない高さに持っていって猫をいじめてやる。その近くにある机の上にあるかごで眠っているもふもふの小動物は微動だにせず、夜行性を理由に安眠をむさぼっていた。

もともとは実家の近所でフィラスが拾ってきた子猫だったこの猫。飼いたいと願ったフィラスと一緒に2人でこっそり育て、騎士ハウノ一家の手助けも受けつつ、この猫を新しい生活の場であるバーハラまで連れてきた。バーハラに行くことになったとき、猫はもちろん命の恩人であるフィラスについて行きたがったが、彼女が通う学校は特待生とはいえペットはダメだったので、アースがペット可の下宿先で飼うことになった。そのせいか、大好きなフィラスと離された猫はもともとあまり懐いていなかったアースに牙をむいてうっぷんを晴らすようになった。あるときは引っ掻き、あるときは物を壊し、あるときはいたずらをし・・・。近所の下宿仲間にもからかわれてしまうほどの暴れっぷりだ。ちなみに名前は付けていない。いくらかわいい妹に怒られようともこれだけは譲れない。名前をつけたら負けだと思っている。

(フィラスにおとなしくさせてもらうのが一番だけど、会わせたくないし、今はバーハラにもいないし・・・)

まったくいうことを聞かない猫をどうにかしてもらおうかと妹に相談しようと思ったアース。それでも猫は無垢な顔して助平だ。オスらしくとっても男子だ。ある時はフィラスの豊かになってきた胸を肉球でさわり、ある時はスカートの中に入って下着を見ようとし、ある時は水が嫌いなくせにフィラスとお風呂にまで入ろうとしたりしている。人は偶然だと言うが、そんなことはまったくない。凡人にはだませてもおにーさんの目にはごまかされないのだ。そしてそんな猫をうらやましくないといったらうそになる自分がすごく嫌だ。ついでに今フィラスは先生の手伝いでエッダにいる。今どうにかしようとしても、無理だ。
『お前をペットにするんじゃなかった』

はぁ~、と重たいため息を吐いてこの猫を飼い始めたことを後悔するアースだが、この猫も使えるときは使えるので一応それなりの世話はしている。それでも報われないのが辛いところだ。せめて懐いてくれれば、と頭を痛めてもう一度ため息を吐くと、先程から聴こえてきた華やいだ笑い声がキーンッと耳を貫いた。耳鳴りがするほどの声に驚いたのはアースだけではないらしい、遊んでいた猫も一旦動きを止め寝ていた小動物も寝ぼけ眼できょろきょろしている。何事かと思ってアースがそっとあけて廊下を見渡すと、同じように近所の下宿仲間たちもびっくりした顔で顔を出していた。猫もついでのちょこんと足元に座る。

「よぉ、お坊ちゃん。お前もか」
「・・・私もですよ」

まず声をかけてきたのは左斜め前の部屋に下宿しているミレトス出身の青年。ここでのアースのあだ名である『坊ちゃん』を定着させた一人である。アースより6つも年上で、物書きをしているらしいという基本データ以外謎の男にアースは耳に残っている声について訪ねた。

「何なんですか、さっきの声は」
「さあな。俺に聞くより、お前の隣に聞いたらいいじゃないか」
「え、僕ですか?」
しかし、物書きはけらけらと笑いながらあっという間に部屋に戻り、アースは物書きに指名された同郷の少年の方を向いて訊く。この隙に脱走しようとした黒猫の首根っこを掴みながら。

「君は何か知ってる?」
「さあ・・・。僕にもさっぱり・・・」
右隣に住む同郷の彼は南の人間で、出稼ぎにバーハラまでやってきたらしい。
彼も物書き同様首をかしげたが、何か思い出したように手を叩いて口に出す。それにあわせて手を引っ掻いて猫に怒ったアースは黒猫を部屋にほおり投げてばたんと扉を閉めた。大丈夫ですか、と一旦中断して心配する同郷の彼には気にしないように言い、話を続きをするようにと眼で伝え、彼も頷いて話し始めた。

「でも、女の子の声でしたよね。だったら坊ちゃんの向かいの人じゃないかな」
「・・・向かいの人なんていたんですか?しかも女性・・・?」
「もちろんいるよ。・・・って言っても、彼女が引越ししてきた一度しか見たことがないんですけど・・・。すぐにどこかにいっちゃったし」
「ほぼ男所帯なのに、よく女性一人でここに下宿しようと思いましたね」
向かいはてっきり空き部屋だと思っていたアースは意外な事実に、同郷の彼が言う彼女がどんな人物なのか気になった。ここの下宿場は一階にある食堂を含めて旦那さんと奥さんとお嬢さんの3人家族が営んでいる。ついでにアースが飼っているペットもいるので完全に男だけというわけではないが、それでも男だけに囲まれて何も思わないのだろうか。
「しかもほとんど帰ってきていないなんて。下宿代の無駄だと思うんですけど・・・。何してるんでしょうか」
「奥さんの話だと、なんでも学校に会う奴がいるらしいから月に数回だけやってきてここで泊まるらしいぞ」
もっともらしいアースの疑問に答えたのは同郷の彼の向かい、つまりアースの右斜め前に住むバーハラ出身の医師。医師ではあるが、診察の方ではなく主に薬つくりをしている怪しい人物だ。この下宿場の古株で風邪薬から用途不明の薬まですべてを扱うこの男は製作中の薬を混ぜながら詳しく教えてくれた。

「ユングヴィの公女で弓に長けると聞く。目がすごくいいらしいから、のぞきに注意したほうがいいらしい。あの女、坊ちゃんがいないときに引っ越してきたからな、お前が知らないのも当然だ。物書きも部屋で本書いているから集中しすぎて気がついていないし。そういう俺も後ろ姿しか見たことがないから、奥さんの話を鵜呑みにするしかないんだ」
「うーん・・・。挨拶だけでもしておこうかなぁ」

医師の話を聞いたアースは腕を組んで考えた。たまにしか帰ってきていないらしい向かいのご近所さんに挨拶しないままではいけないだろう。ちょうど今日は帰ってきた日のようで、今日までにしておかないと次がいつになるか分からない。思い立ったが吉日、アースは二人に別れを告げて部屋に戻り、引っかかれた手の手当てをしてから、何かプレゼントできるようなものを探した。
ちょうど、今日の朝、下宿屋の郵便受けに入っていた手作りのお菓子があったので、それをバスケットに入れてあわただしく部屋を出て向かいの扉をノックした。トラキア半島では引越ししてきた人を迎えるためにお菓子や果物などを持って歓迎する習慣がある。『バーハラに入ってはバーハラ人のようにしろ』という言葉があるので母国の文化で接するのはいささか失礼のような気もしたが、ここは引越し当日に挨拶ができなかったおわびも含めて、作り手不明のお菓子を持って彼女を訪ねた。

その1・完
その2に続く・・・

『熱い女とビビる男』(その2)
ノックをした後に現れたのは一人の少女。毛先が内向きにくるんとなっている夕日色のやわらかい髪質がまずアースの眼に飛び込んできた。そして背の高いアースの顔を見上げて開口一番。

「あら、いい男ね」
「それはどうも」

ぐいっと顔を近づけてきた少女をやんわりと拒否してアースさっさと用件を告げる。

「私がいないときに越してこられたようなので、いまさらですが挨拶にやってまいりました」

今にも飛びついてきそうなご近所さんをけん制するようにアースはバスケットを突きつけて爽やかな笑顔を向ける。相手が女性だからといって侮ってはいけない。隙を見せたらとって食われて大変なことになってしまうからだ。

「私はアース。新トラキア出身の新米傭兵です。お嬢さんは?」

バスケットを渡した途端に距離をとったアースににやりと笑った少女は彼の腕をつかんでぐいっと自分の部屋に導こうとした。

「私はラセノーンよ。一応ユングヴィの公女だけど、ラッセって呼んでくれたら嬉しいわ。ねぇ、それよりも一緒にお茶しない?友達も来てるからさ」
「いえ、私は・・・」
「この中身も貰ったお菓子なんでしょ?女から貰ったものをほかの女にプレゼントするなんて、モテる男は物に困らなくていいわね。でもちょうどお菓子が欲しかったところだったから助かったわ。ほら、誘われたんだからさっさと入る!」

アースの遠慮もあっという間にぺらぺらとしゃべる彼女に跳ね返されてむなしくずるずると部屋の中に引きずり込まれてしまう。この強引っぷりに圧倒されて拉致を許してしまったことにアースは少し後悔した。女性相手の本気で抵抗して足を踏ん張るわけにも行かない、と思ってしまったのも悪かった。ばたん、と力強く閉められた扉の音を聞いて、さて、どうやって早めに切り上げて帰ろうか、と考えをめぐらせようとしたとき

「きゃぁあああああ!!」

同質からうら若き乙女の黄色い悲鳴がアースの全身を貫いた。不意にやってきた大音量に堅く眼をつぶって身を縮こませてしまった。しかしどこか懐かしい気がする。恐る恐る眼を開けて声のした方向を見ようとしたら、今度は何かが全身全霊でぶつかってきた。これもまた不意打ちだったせいでアースは大きく後ろに倒れて背中を思いっきり扉にぶつけてしまった。さらに不幸は重なり、体を支えようとしたらドアノブを誤ってひねってしまい、そのまま廊下に倒れてしまった。あまりにも大きな音に近所の住民皆が廊下に顔を出し、下の食堂で働いていた奥さんまでもが様子を見に来てしまった。

「よぉよぉ、お坊ちゃんよぉ。昼間っからお盛んだねぇ」

まず、ニヤニヤしながら声をかけてきたのはこの部屋の右隣の物書きで、

「わぁ、坊ちゃんの彼女ですか?いいなぁ」

羨ましげに、そして温かく見守るようににこにこしているのは左斜め前の同郷の彼。

「いちゃつくのは構わんが、もう少し静かに頼む」

少し迷惑そうに薬を混ぜているのは左隣の医師で、

「おやまぁ、何事かと思ったら可愛いことしてるねぇ。おばちゃんも若いころを思い出すよ」

階段付近で思い出に浸っているのはこの下宿屋の奥さん。

「ちょ、ちょっと、皆さん!違いますってば・・・!」

そして誰かの下敷きになりながらも懸命に各々の言葉を否定するアースに、

「王子様ぁ!会いたかったわ~!」

甘い声を出して感情のままに彼のまっさらな唇を奪ったのは、

「みゅ、ミューズ・・・公女?」

約4年前に会ったきりのヴェルトマーの公女だった。


その2・完
その3に続く・・・

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補足

『バーハラに入っては、バーハラ人のようにしろ』・・・When in Rome do as the Romansdo(ローマに入ってはローマ人のようにしろ=郷に入っては郷に従え)のアレンジです。

引越しの文化・・・引っ越してきた人を近所の人が挨拶をする文化はアメリカの文化で、引っ越してきた人が近所の人に挨拶をしにいく日本とは逆の習慣だそうです。

フィン:この続きは『頂き物の部屋(特別小説編・その6)』に移ります!!


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