20数万年前に氷河期のヨーロッパに現れ、おそらく現生人類ホモ・サピエンスと
の生存競争に敗れて2.8万年前に絶滅したと考えられるネアンデルタール人は、旺
盛な代謝を維持するために、これまで肉食に特化していたと考えられていた。実際、
ネアンデルタール人の骨の元素同位体分析研究で、彼らの食性は肉食のオオカミやホ
ッキョクギツネと似たものであったことが分かっている。
◎イラクとベルギーの化石歯の歯石から穀物調理の証拠
しかしネアンデルタール人は、ある種の調理をして、その土地で利用できる多様な
野生植物を食用にしていたことを、アマンダ・ヘンリ、アリソン・ブルックスら、ア
メリカ、スミソニアン自然史博物館の人類学研究チームが発見した。アメリカ国立科
学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences、PNAS)の
昨年(2010年)の12月27日付オンライン版で報告された。
同チームは、イラク、シャニダール洞窟(
写真上)出土のシャニダール3号(
写真中央=1960年代の発掘時)とベルギー、スピー洞窟(
写真下)出土のスピー1号
、2号の歯に残った歯石を分析し、顕微鏡観察である種の植物化石とでんぷん粒を見
つけた。それらには、今日でもヒトに利用されているナツメヤシ、豆類、ムギ類の草
本類種子が含まれる一方、あまり食用にされていないものも検出された。
草の種子のでんぷん粒は、調理に特徴的な損傷も受けていた。ネアンデルタール人
は、野草や穀類を、火加減を調節しながら上手に調理して食べていたと考えられると
いう。
◎肉食であったのは確かだが
イラクという温暖な東部地中海沿岸地方でも、ベルギーという寒冷な北西ヨーロッ
パでも、緯度の差を超えて、ネアンデルタール人はその土地に自生する様々な食用植
物を利用し、しかもそれを食べやすいように調理をしていたことが判明した。彼らの
食生活は、これまで考えられていた以上に洗練されたものであったらしい。
これまでネアンデルタール人の遺跡であるムステリアン遺跡で、植物類をひいて粉
にしていたことを証明する石器類などは見つかっていない。その一方、食用にした動
物の骨、動物を解体するのに用いた石器類は、例外なく見つかっており、また寒冷な
氷河期のヨーロッパで簡単な毛皮1枚で過ごすのに1日4000キロカロリーもの活
発な代謝を行っていたと骨格から推定されていた。
その肉を得るために、危険な大型動物にも果敢に狩りを挑んでいたらしく、ネアン
デルタール人の化石には、多数の骨折跡が観察されている。
◎ネアンデルタール人の植物食の科学的証拠は初めて
上記の理由から、ネアンデルタール人肉食説は揺るがないものの、肉食一辺倒では
なく、植物食も頻繁に利用していたことが判明した。ちなみにネアンデルタール人が
植物食を摂っていたことが科学的に証明されたのは、これが初めてのことである。
なお最古の自生穀物の利用の証拠は、すでに一昨年12月18号にアメリカ科学週
刊誌『サイエンス』で10万年前頃にさかのぼる証拠が報告されている
。アフリカ、モザンビークの洞窟で発見されたMSA(中期石器時代)石器からイネ
科植物ソルガムの種子をすりつぶした跡が見いだされた例がある。