我々現生人類、ホモ・サピエンスは、考古学、古人類学、そして遺伝学の研究成果
から、20万年前頃にアフリカで誕生し、その後7~8万年前頃に紅海南部の現バブ
・エル・マンデブ海峡を突破して西アジアに進出したと考えられている。
◎遺伝的多様性の少ない現代人
つまり我々ホモ・サピエンスは、有名な北京原人ともジャワ原人とも無関係なアフ
リカ人だったのである。それに異論を唱える研究者は、今では(中国の古い一部研究
者を除くと)ほとんどいない。
ホモ・サピエンスは、最も近い親類種である現生チンパンジーと比べると、驚くほ
ど遺伝的多様性が少ないことも分かっている。見たところ我々にはどこのチンパンジ
ーも同じように見えるが、個体群間での遺伝的差違は、白人と黒人との間よりもずっ
と大きい。しかも遺伝的多様性の少なさから、我々はかつて1度大きく人口を減らし
、数百人、数千人レベルから再拡大したらしいことも分かっている。
その差は、約800万年に及ぶと見られるチンパンジーの歴史とたかだか20万年
しかない我々との歴史の差以上の違いとも言える。
◎西アジアへの拡散はトバ山噴火の前
上記のようにホモ・サピエンスの歴史について異論はないが、それでは、なぜ西ア
ジアへの拡散が7~8万年前頃までなされなかったのか。なぜアフリカに10数万年
間もグズグズしていたのか。
これについては、明快な解は、まだない。このシナリオの粗筋を描いたイギリスの
考古学者ポール・メラーズ(
写真上)も、その理由は不明としている。
しかし『破壊する創造者』を読んで、現生人類ホモ・サピエンスの全世界制覇のシ
ナリオの新たな着想を得た。
ちなみにリブパブリは、今から4年半前にあるブログで、7.3万年前のスマトラ島トバ山
の大爆発が1つのきっかけではなかったかという日記を書いたことがある。しかしその後、ホモ・サピ
エンスの西アジアへの拡散はもっと早かったという調査結果が発表され、今はこのシ
ナリオも再考を余儀なくされている。
◎ゲノムの半数近いガラクタ遺伝子はなぜ排除されなかったのか
『破壊する創造者』で目を啓かされた点はいくつもあるが、中でも印象に深く残っ
たのは、内在性レトロウイルス、すなわちHERVの存在である。これが、我々の全
ゲノムの約9%を占めていることは第1話で簡単に紹介した。レトロウイルスの断片
らしい配列(LINEとSINE)も含めると43%にもなる。
これほどたくさんの配列を我々が抱えているのは、それだけ過去に無数のレトロウ
イルスの攻撃を受けたとの証しだと言える。しかし、レトロウイルスが我々の生殖細
胞に入り込んでも、それが有害無益なものであれば、自然淘汰をへて、いずれ排除さ
れるだろう。それでもたくさんの「ガラクタ」配列を抱え込んでいるのは、何かメリ
ットがあるのではないか。
◎最も新しいレトロウイルス感染の名残HERV-K
その謎の考察は第9話日記に譲ることにするが、謎を解く突破口になったのが、1
986年に発見された内在性レトロウイルスに「HERV-K」(
写真中央=赤く着
色されている粒子)である。HERV-Kは、HIVを除けば、ヒトに感染した最も
新しいレトロウイルスの名残であり、今では温和しく我々のゲノムに納まっている。
このウイルスが元はどの動物から来たのかわからないが、HERV-Kにとってヒ
トに感染したのは大成功であった。何しろ今や70億人にまで個体数を増やしたヒト
に共生し、しかも1人は60兆個もの細胞から構成されているのだ。これだけ数を増
やせたレトロウイルスは、他のいかなる動物に感染する仲間も「繁栄」していると言
えるだろう。
さて、このHERV-Kである。個体間での変異がほとんどないので、起源動物は
分からないが、ヒトに感染したのはおそらくつい最近のこと--と言っても10万年
前前後--だったと思われる。
◎致死的だったか? 現生人類を襲ったレトロウイルス
その最初の感染、未知のレトロウイルスと現生人類ホモ・サピエンスの最初のコン
タクトがどのようなものであったかは、1981年にAIDSが初めて確認された初
源期のことを思い出せばよい。その時、治療方法がなかったこともあり、致死率は9
8%にも達したとされる。サルから新たな宿主を得たHIVは、新宿主のヒトに激し
い攻撃を加えたのである。
HERV-Kの基になったレトロウイルスは、性交を通じてアフリカのホモ・サピ
エンスに瞬く間に広がったに違いない。それは必殺の時限爆弾だった。数年という潜
伏期をへて、突然に牙を剥いたレトロウイルスによる日和見感染で、感染者はバタバ
タと死んでいったに違いない。
1つの集団で成人が死に絶えれば、子どもも生き残れない。ホモ・サピエンスのバ
ンド(血縁で結ばれた単位行動集団)は、全滅に近いことになったことは想像に難く
ない。
◎生き残った集団に開かれた広大な新天地
しかし、ここで思い出していただきたいのは、我々ホモ・サピエンスは有性生殖を
するということだ。そのおかげで、生殖
的に隔離された少数集団というボトルネックをくぐり抜けた末に、我らが従兄弟のチ
ンパンジーなどと比べるとはるかに遺伝的多様性が乏しいけれども、最低限の多様性
が生まれた。
だからもしアフリカのあるバンドに、この恐ろしいレトロウイルスに抵抗性を持っ
た集団がいたとしたら、どうだろうか--。レトロウイルスには感染しただろうが、
発病はせず、レトロウイルスは内在性レトロウイルス化してHERV-Kになった。
生き残ったバンドにとって、野生動物が豊かなアフリカ全大陸は無人の処女地のよ
うなものとなった。
一般に環境収容力というタガをはめられた狩猟採集民は人口はほとんど増やせない
が、無人の処女地に進出した場合は、2~3%という農耕民並みの人口増加率を示す
と言われる。人口が増えれば、新たな狩猟採集の土地が必要となる。
◎バブ・エル・マンデブ海峡の突破
しかも彼らは、長距離交易網、装身具、発達した石器・骨器など文化的な現代化も
すでに達成していたのだ。
爆発的に人口を増やし、増えた人口を養うためにバンドは次々と分裂して、それぞ
れ新天地を求めて分布域を広げ、ついには1つ、また1つと、次々とバンドがバブ・
エル・マンデブ海峡も越え、アデンから西アジアに足を踏み入れたに違いない。
バブ・エル・マンデブ海峡(
写真下)は、現在でも海峡の幅は30キロほどしかな
いが、氷河期で海水面が低下していた時は、もっと幅が狭く、ひょっとすると歩いて
渡れるくらいに狭まっていたかもしれない。
たどりついた西アジアの行く手には西のヨーロッパにはネアンデルタール人が、東
のアジアにはデニーソヴァ人がいた。彼らは、そこで異種交配をしつつ、優れた文化
で分布域を拡大し続け、ついに4.5万年前にはオーストラリアにも渡った--ので
はなかろうか。
◎「夢のない」ストーリーも
上記のシナリオは、リブパブリの頭の中だけの思考に留まる。あるいはまだ知られて
いないもっと別の要因があるのか、そもそも何の要因もなく、ただ人口が増えたから
はみ出されたバンドが西アジアに進出したという夢のないストーリーだってあり得る
。
生物にドラマはめったにないので、実際は「夢のないストーリー」のとおりだった
かもしれないが。
(この項、続く)
☆これまでの「『破壊する創造者』を読む」シリーズ日記
▼12年2月2日付日記:「『破壊する創造者』を読む(第7話):新種を生み出す
異種交配、ヒトも?」
▼12年1月31日付日記:「『破壊する創造者』を読む(第6話):ミトコンドリ
アとの共生にも関与した?ウイルス」
▼12年1月29日付日記:「『破壊する創造者』を読む(第5話):遺伝子を他種
に移動させるウイルスとウミウシ」
▼12年1月27日付日記:「『破壊する創造者』を読む(第4話):鳥インフルエ
ンザはパンデミックを起こさない!?」
▼12年1月25日付日記:「『破壊する創造者』を読む(第3話):サルと平和的
に共生していたHIV」
▼12年1月23日付日記:『破壊する創造者』を読む(第2話):共生者としての
レトロウイルス」
▼12年1月20日付日記:「ウイルス像を一変させる刺激的書物『破壊する創造者
』を読む(第1話)」
昨年の今日の日記:「大相撲八百長騒動、そして新段階に入ったエジプト革命」
Last updated
2012.02.04 04:24:09

今週の週刊誌は、いっせいに「首都圏直下型大地震」の大特集を組んでいる。これ
は読売新聞が1月23日朝刊の1面で特報した東大地震研究所グループの「首都圏直
下地震4年以内に70%」に反応したものだ。
◎東大地震研グループと京大防災研グループの発生確率の大きな差
広告の見出しだけ見ると、おどろおどろしいタイトルが並び、まるで明日にでもM
7以上の直下型大地震が首都圏を襲うかのようである。
これに読売新聞とつれて週刊誌が飛びついたのは、政府予測である「30年以内に
70%」よりもはるかに切迫感を備えているからだ。
ところが事態は、その後、複雑化した。2月に入って、各紙が京大防災研の研究グ
ループの別の予測を報道したからである。ただし、こちらは前者よりおどろおどろし
くはないから、扱いはずっと地味だった。
京大防災研の研究グループの発表したM7以上の東京直下型地震が起こる確率は、
「5年以内に28%」である。
全然、違うではないか。いったいこの違いは何なのだ?
◎地震予知は「占い」なのか
ちなみに読売新聞の特報した「4年以内に70%」という情報は、リブパブリのアン
テナに入ってこなかった。各紙・NHKは、読売に追随せず、したとしても地味な扱
いにしたので、見落としたのかもしれない。
最初に、このニュースを知ったのは、ある読者からの質問である。その
時、このニュースは知らなかったので、把握していないので判断できない、という愛
想のないリプライとなった。
それにしても、どうしてこんな違いが出てくるのか? 地震予知というのは、言っ
ては悪いが、しょせんは「占い」のようなもので、科学ではないのではないか、と考
えてしまう。
前にも書いたがリブパブリは、地震予知などできない、と考えているので(11年1
0月25日付日記:「『地震予知』幻想はすっぱりと捨て去るべし、被害を大きくす
る予知幻想の大いなる歪み」を参照)、研究者によって大きなズレが出てくるのも当然、と冷静に見ている
が、どうやらデータの取り方の違いがあったらしい。
◎「後」からの情報が正確なのは当たり前だが
ちなみにいかなる情報といえども、最初に出された情報より後から出た情報の方が
正確であるのは、理の当然である。だから京大防災研グループの「予知」の方が信憑
性が高いとは、直感的にも理解できるが、データの取り方の違いの「実態」を知って
、実は呆れてしまった。
京大防災研グループが使ったデータは、昨年3月11日の東日本大地震の発生直後
から今年1月21日までの約10カ月間の首都圏で起きたM3以上の地震を気象庁の
観測データから抽出したものだ。そのデータを基に、規模が大きい地震ほど発生頻度
が低いなどの様々な法則を組み合わせて統計的に推計した。それが、前述した「5年
以内に28%」なのである。ちなみに30年以内とタイムスパンを長く取ると、確率
は64%に上がる。だが「30年」という長い先まででも、東大地震研グループの確
率より下回る。
◎東日本大地震直後の不安定期の半年だけのデータ
こうした大きな違いになるのは、東大地震グループは、東日本大地震発生直後から
9月までという半年という短い期間のデータを拾ったからだ。M9という超巨大地震
の発生直後から半年間は、東日本一帯の地殻は不安定で、大きな余震や誘発地震が頻
発していた。この時のデータだけ取っていたのだ!!
9月以降になると、地震回数も大きな余震も減少する。京大防災研グループは、直
近までのこの期間も加えたので、確率が下がったのである。今後、より発生頻度の下
がった時点で計算すれば、発生確率はさらに小さくなるだろう。例えばあと1年先の
データまで加えて1年後に再計算すれば、もっと確率は小さくなるのは必定だ。
東日本大地震発災前のデータも含めて、できるだけ長いレンジで判断すべきものだ
ろう。極端な話、東日本大地震前のデータだけで推計値を出せば、確率はほとんどゼ
ロ%に近づくかもしれないのだ。
◎東大地震研グループは意図して出したのか?
逆に東日本の地殻は大いに不安定になっていて、大きな余震や誘発地震が相次いだ
時のデータだけ抽出して推計すれば、高確率が出るのは子どもでも分かる理屈だ。
それによって人心を惑わし、週刊誌が騒ぐ。行政も、住民からの不安を訴える電話
やメールを受けて対応を迫られる。
意図して出したとすれば、これは詐欺に近い。ただ研究者なら、いくら研究費が欲
しくても、こうまであこぎなことはしないだろう。
リブパブリが推定するに、試算に近いものを特ダネに焦る読売新聞記者が引き抜き、
「飛ばし」記事を書いたのではないだろうか。
だからプロ野球も含めて読売新聞は、信用ならない。
昨年の今日の日記:「アフリカ、マダガスカル島のキツネザルの偶然;進化が生んだ
多様化」
Last updated
2012.02.03 05:32:39