パレスチナ自治政府議長(当時)だったヤセル・アラファト(写真=1994年ノーベル平和賞を授賞したアラファト。中央と右は、共同受賞したイスラエルのペレス外相、ラビン首相=いずれも当時)は、2004年11月11日、脳出血のため移送されたフランス、パリ郊外クラマールのペルシー軍病院で死去したが、イスラエルによる毒殺説も根強かった。
◎軟禁中のイスラエルによる暗殺嫌疑
実際、妻のスーハさんは、フランス検察当局にアラファト毒殺の疑いで告訴していた。遺品や墓を開いて得た遺体の一部から強い毒性を持つ放射性物質ポロニウム210が検出されたとも報じられた。
毒殺したとすれば、当時、アラファトを軟禁下に置いていたイスラエルが疑われる。実際、「核保有国」とみなされるイスラエルなら、希少なポロニウム210を保有することは可能で、普通のテロリスト集団の持てるものではない。
スパイ小説ファンにも、たまらない話題だったが、アラファト毒殺説は、夢想に終わりそうだ。
◎検出されたポロニウム210は天然のラドン222の崩壊で生成
告訴を受理していたフランス検察当局は去る21日、捜査の結果、毒物など犯罪を構成する証拠は見つからなかったとの見解をまとめた。これにより、フランスでの予審の手続きが打ち切られる。
報道によると、遺体から検出されたとされるポロニウム210は、天然に存在する放射性物質ラドン222が崩壊する過程で生成されたものとして説明できるという。またアラファトが体調を崩す直前の尿も検査され、そこでもポロニウムは検出されなかった。
アラファト毒殺説は、イスラエルの国際的名誉を棄損させるためにパレスチナ自治政府やファタハなどが流してきたものだが、アラファト病死=自然死はこれで揺るがないものとなったと思われる。
◎イスラエルにアラファト毒殺の利益は全くなかった
実際、客観的に見ても、イスラエルがアラファトを毒殺する必然性は乏しい。アラファトはイスラエルによって軟禁下に置かれ、イスラエルと闘っているハマスに影響力は全くなかった。政治的にはほとんど役割を終えていた人物である。そんなアラファトを、暗殺してもイスラエルには何のプラスもない。
このポロニウムによる毒殺説は、ロシアの情報機関、連邦保安局(FSB)元中佐であるアレクサンドル・リトビネンコ氏の亡命先のロンドンでのFSBによる暗殺との関連で一躍注目された。
失意のうちに夫を亡くした妻のスーハさんには気の毒だが、アラファト謀殺説は「真夏の夜の夢」で終わったということだろう。
◎関連日記
・14年8月16日付日記:「ポーランド紀行:キュリー夫人の生家と博物館、そしてポロニウム」
・11年10月26日付日記:「知ってましたか? タバコに強い放射性のポロニウム210が含まれるという警告を、でも……」
昨年の今日の日記:「イタリアのある小新聞の休刊とイタリア社会主義運動史の示す現代世界の一断面」