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kang.の日記

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2009/05/17 楽天プロフィール Add to Google XML

空耳アワー

子供はお母さんの歌を聞くのが大好きですよね。

自慢じゃありませんが
ワタシだって母親のはしくれ、双子の「歌って」リクエストには
どんな曲でも応えています。
「ザ・人間ジューク・ボックス」です。


「ゾウさんの、うたって」 のような基本は
♪ぞーさん ぞーさん お鼻が長いのね♪ と難なく対応。


「リンゴの、うたって」や「青いの、うたって」
と突然の思いつきで出てきたリクエストにも
♪わったしは 真っ赤な りんごですぅ~♪
♪青~い山脈~ ゆきわり桜~♪ と懐メロ・名曲集で対応。


「ハッキョジョンの、うたって」などと韓国語童謡を要求されても
♪ハッキョジョンイ~ テン、テン、テ~ン♪
と意味は分からないけど、動揺せずに対応。


「だいのそ(dinosaur)の、うたって」 のような変化球にも
♪パンパーン、パンパーン、パララーン パパン パンパーン♪
(ジュラシック・パークのあのテーマ)で柔軟に対応。


「ベチュ ベチュ シャイローの、うたって」
のような瞬時には翻訳不可能な言語にも 
♪Itty bitty spider dancing on the web♪
と母親の直感を駆使して対応。


しかし、そんな「スーパー・ジューク・母ちゃん」
の異名を欲しいがままにしていたワタシにも
応えられなかったリクエストが2曲ありました。


その1 「エルモの、うたって」

と言われ「まっかせなさい」と
セサミストリートの♪Elmo's world~♪を歌ってやったら
猛烈にブーイング。

セサミストリート シリーズであれこれ攻めてみたものの
「ちがう!エルモっかな、ってうたうしょぉぉぉぉぉぉぉぉ(歌うでしょ)!!!」
と双子のサラウンド・ヒステリーに降参した後、夫がポツリと

「♪どうして おなかが エルモっかな?♪ ってやつじゃない?」と一言。
なんと。。。正解! (外国人の耳にはそう聞こえてるのでしょうか?)

♪どうして おなかが エルモっかな、 (正しくは ”減るのかな” です)
♪ケンカをす~ると エルモっかな (正しくは ”減るのかな” です)
♪仲良ししてても エルモんな~ (正しくは ”減るもんな~” です)

と歌ってやったら双子、満足。。。



その2 「明日ゴミ出すことの、うたって」

は?3歳児が「ゴミ出しのうた」をリクエスト?
しばし考えましたが「それはお母さんにも分からない」 と早々に降参。
するといつもの大音響ステレオヒステリーで
「だって、だって、おかしゃん(お母さん) しゃっき(さっき)
明日ゴミ出すこ~としゃ~、って歌ってたにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ(のにぃ)!!!!」

そのちょっと前に無意識にワタシが口ずさんでいたのは
昭和の名曲
♪分かりはじめたMy Revolution, 明日をみだす事さ~♪ by 渡辺美里

この部分しか知らないので、きっとエンドレスに繰り返していたらしく、
しかし、双子の耳には

♪分かりはじめたMy Revolution
♪あしたゴミ出すこ~とさ~♪ に聞こえていたらしく、

さすがのワタシも悶絶するほど笑って歌にならず、
双子さらに真顔でブーイング。



最終更新日  2009/05/17 10:15:35 AM


2009/04/23

手紙 ~親愛なる子どもたちへ~

「手紙 ~親愛なる子どもたちへ~」という
作者不明のポルトガル語の詩をもとにした
親から子達へ宛てたメッセージがあります。
樋口了一という人が曲をつけたり書籍化したりしたそうです。

年老いた親が、何度も同じ話をする姿に嫌気がさした時は、
自分が子どもの頃、何度も同じ絵本を読めとせがんだ自分に
根気良く付き合ってくれたその親の姿を思いだすべきなんだ、
という当然の事なのですが、それを改めて気付かされる詩です。

詩は、旅立ちの前の準備をしている年老いた親が
一人称になっています。

「あなたの人生の始まりに私がしっかり付き添ったように
私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい」
と恩着せがましい程ストレートな言葉を使っているのに、
ダークなワタシでも、何故かすんなりココロに響きました。

最後は
「私の子供たちへ
愛する子供たちへ」
で結ばれています。

CDになった歌の詞でもあるため原文を紹介できませんが、
公式サイトでは全文が公開されており、その詩を読むことが出来ます。

旅立ちはある日突然やってくることもあり得るのです。

介護疲れで自殺しちゃった清水由貴子氏、
欽ちゃん並みにワタシもショック。



最終更新日  2009/04/23 11:29:52 AM

2009/01/31

ラジバンダリ?!

日本から戻ってきて3週間ちょっと経ちました。
生活はすっかり日常に戻り、
友人達と、食事に呼んだり、呼ばれたり、ラジバンダリ。
雪かきしたり、忘れた頃に筋肉痛がやってきたり、ラジバンダリ。
(↑日本で覚えて、ずっと使ってみたかったラジバンダリ)

さて、2004年頃ワタシは、
はたちで他界した母の兄(ワタシの伯父)の事を
インターネットのチカラを借りて探っておりました。
2005年に伯父の旧友3人(内2人はこのブログで紹介済み)と
連絡を取ることが出来、ワタシの知らない時代の母や祖父母の話を
聞かせてもらい、密かに大興奮していたのですが、

2006年9月に我が家のPCが死んだ際
伯父の旧友達の連絡先を全て失ってしまいました。
その後「下らない事は覚えており、重要な事だけ忘れてしまう」
というワタシのselective memory loss障害のため
見事に旧友達のお名前を失念してしまい
ここ数年が過ぎておりました。

ところが、今回母の葬式で帰省し
母の遺品を片付けていたら、ワタシが母宛に出した手紙に
伯父の旧友達の名前を3人とも発見!
内1名の方は、伯父の墓参りに行ってくれた写真を
メールしてくれていたため、メールアドレスも発見。

その時、たまたま実家にあった
「嫌われ松子の一生」という小説を読んでいたのですが、
会った事の無い死んだ伯母松子を探る甥の笙と、
会った事の無い死んだ伯父を探る自分とが
シンクロしてゾ~ッとしてしまいました(笑)。

そしたら数日前、
「あなたのお母さんの幼馴染です」という某紳士から
突然メールをもらいました(驚)。
ひょんな事から母の死を知って、
熊本にいる母の従兄弟に連絡先を聞いたそうです。

「幼稚園から小学校3年生まで同じ学校に通っていた。
家が隣で、夜遊びに行くと、おとうさん(ワタシの祖父)
が映写機を回してくれた」なんて話を聞かせてくれました。
ワタシの知らない、母の子供の頃の思い出話の中に
懐かしいワタシの祖父母が居ました。
もう顔にニヤけてしまって仕方ないです、うひひ。。。

熊本の小学校入学時に一緒に玄関前で撮ったという
貴重なセピア色の写真も送って下さいました。
写真に写る母の目線の先には、若い頃の祖父母がいるのです。

伯父の旧友達の名前や連絡先が出てきたり、ラジバンダリ、
母の幼馴染氏から突然連絡をもらったり、ラジバンダリ、
「嫌われ松子」をたまたま読んでしまったりラジバンダリ。

特に「運命」などは信じていないワタシには
ただの「偶然」の重なりでしかないのですが
ラジバンダリが重なると(←は?)
「謎や不明点の多い」母や伯父や祖父母の熊本時代を
今探ってみる時期なのかな?母がそれを望んでいるのかいな?
などどいう気分になってしまいます。


* 2005年5月23日の記事に「伯父探り」の経緯を書いています。



****** 私信 **********************************

メッセージを下さった
ばーちゃんと同じ61歳で、同じ病気で闘ってらして、
お嬢さんが中国の方と結婚されてイギリス在住という
イニシャルOSさん、
すみません!メッセージに今気付きました。。。
ありがとうございます!
近日中にお返事させて下さい。kang

***********************************************





最終更新日  2009/02/01 02:55:15 AM

2009/01/11

ばーちゃん逝く

先月5日に、ばーちゃん(ワタシの母)が逝きました。
享年61歳でした。

癌と分かってから、なんと3年10ヶ月(Wow!)も、根性で長生きしました。
「2年」と見積もっていたワタシの計算を見事に裏切り、
命のおつりをたっぷりもらって逝きました。
医師たちには「ばーちゃんは、がん患者の平均余後をグンと伸ばしましたよ」
と言ってもらえました。

ただ、最期だけはあっけなく
ワタシや孫達を待たずに逝ってしまいました。
もう一日、頑張ってくれたら双子を触らせてやれたのですが
「あと2~3日でしょう」と言われた後、ほんの数時間で逝ってしまいました。
ワタシが、航空券の手配と荷造りを大慌てでしている最中に
ばーちゃんは息がとまりました。

ばーちゃん、おそらく待ちくたびれたのでしょう。
もしや、「10月に会いに行くから」という約束を
はたせなかったワタシへの仕返しだった?

病院で母についていた妹から
「人工呼吸器をつけるかどうか決めて、わたしゃ決められん」と電話があり
母の遺言通り「付けません」と断わったのは、このワタシです。
でもあの時付けていたら、たとえ口は聞けなくても
最期に、ぬくもりのある母に触ることが出来ていたかも。

死ぬ半年前、普通の食事も、歩くことも出来ない身体で
医師の反対を押し切って、診断書持参で
車椅子に乗ってアメリカへやって来たあの時が
生きたばーちゃんに会った最後になってしまいました。

うーん、あの時もっともっと「双子とばーちゃん」の動画を
沢山撮っておけばよかったかも。

ばーちゃんの声を最後に聞いたのは11月の終わり。
3ヶ月振りに聞いた声でした。
1週間の一時退院中、起き上がれる日に話しました。
双子が歌う「ちゅーりっぷ」を聞かせてやれました。

死ぬ前に、もう一目会うつもりでいたので、
聞いておくべき大事な話も聞きそびれてしまい、
言っておくべき大事な事も言いそびれてしまいましたが

がん発覚後、家族でハワイ旅行も出来たし、
不妊治療が成功して孫を一度に二人も抱かせることが出来たし、
孫二人の記念すべき「初歩き」を成功させたのもばーちゃんだったし、
孫達に「ばーちゃん、ばーちゃん」と言われ甘えられる事も経験させられたし、

遺言通り、出棺時に♪愛、さんさんとぉ~♪と
♪私のお墓の前でぇ~泣かないで下さい~♪を流してやれたし、

確かに、してやれなかった事の方が格段多いのですが
こうして、してやれた事だけを考えて、心穏やかに
「ばーちゃん、お疲れさん」と見送ってやれたと思います。

と、いうよりは、
何をしでかすか分からない、ウルトラ・ワイルドな双子が居たため
遺族の者はハラハラドキドキ、テンションがあがったままで、
誰一人として哀しみに浸る余裕がありませんでした。

遺体と最後のお別れの際に双子の「ちゅーりっぷ完全音外しバージョン」が
火葬場に響き渡った時には、お棺のばーちゃんも
一瞬、薄目を開けたような気が。。。

ばーちゃんの遺品を片付けていると
ワタシ、妹、父宛に、それぞれ小さなノートにメモが残されており
印鑑証明の印はコレ、××銀行の口座番号はコレ、暗証番号はコレ、
国民年金支払いはコレ、生命保険はいつにいくら支払って終わり、
どこそこに置いてある花柄の袋にコレが入っている、などなど。。。
随分前から準備万端だった様子。
ワタシも自分が逝く時の参考にさせてもらいます、ばーちゃん。

あ、ばーちゃん、仏壇の脇に、ビニール袋に入った「折鶴」を発見したよ。
誰一人として「千羽鶴」など折ろうとしなかったドライな我が家。
占い、おまじない、迷信の類には、一切興味の無かったばーちゃんが
いったい、どんな思いで自分に千羽鶴を折っていたのでしょう。
藁をもすがる思いで生きたかったつよねー。

最期は、痛みが去って落ち着いた後
付き添っていた妹が仮眠を取り始め、ナースも部屋を出た
ほんの10分の隙に一人でひっそり息を引き取ったらしいばーちゃん。
何を考えていたのかなー、ばーちゃんらしいです。
いつかワタシが逝く時は、ワタシの娘と息子はワタシの傍にいるのかな。



最終更新日  2009/01/11 04:34:07 PM

2008/11/25

毒を以って。。。

我が家と一軒家を共有している階下に住むファミリーは
大変「大らか」というのか。。。「だらしの無い」方々で
ズボラ夫婦のワタシ達はとても気が楽で
助かっているのですが

2ヶ月前から家の前に出しっぱなしの
ハロウィン用カボチャ、リスに食い散らかされ
朽ち果てました。が、まだ放置。
見かねて、思わず片付けてしまいました。

10日程前、配達された電話帳、
郵便受けに入らないため、ドライブウエイに置かれたまま放置。
雨風にさらされ風化してきたので
見かねて思わず片付けました。

夏に、珍しくドアのペンキ塗り替えをしたと思ったら
ペイント、ブラシ、トレー、脚立、軍手、のセット一式
玄関前に放置。
恐ろしいことに、脚立以外は全て
嵐でどこかへふっ飛んで行ってしまいました。
ある日の散歩途中、3軒先のお宅の前で、ペイントブラシ発見。
見かねて思わず持ち帰りました。

クリスマス用のイルミネーションは
3年前からずっと下げられたまま、放置。
今年も電飾付くのでしょうか。。。

トランポリン、自転車、アーチェリーのセット、
チャージして動く(乗って運転出来る)オモチャの車
などの高価な物も、使った後、片付けた試しが一度もなく、
たいがい、錆びたり、壊れたり、風化したり、嵐でふっ飛ばされたり
朽ちて土に返ったり。。。

ワタシと夫の「自称ズボラ」など、口ほどにも無いようで
思わず見かねて、掃除してみたり、片付けてみたり
してしまう私達夫婦は「とても几帳面な夫婦」と尊ばれています。



最終更新日  2008/11/26 01:10:13 PM

2008/11/20

エルモのちから

娘、外出先で、さっそく挫折(やっぱり!)。

余所ではエルモの補助便座が無いので
「ダメ、怖い。。。。」だそうです。

「おかひゃん、シーが出る」

「ダメ、怖い。エルモ(の補助便座)でする」

「オムツにシーしちゃったの」

本日、外出した先々で、このパターンを3度繰り返し
遂に不憫に思えて帰宅。

実は、近所のお友達が乗り降りする
スクールバスに強い憧れを抱いている娘に
「おトイレでシー出来たらスクールバスに乗れるよぉ」
などと言い聞かせていたのですが

今日の失敗の後から、自ら
「シクルバシュ(スクールバス)乗れないよ」
を繰り返す娘。

なぜか自慢気な口調なのが
気になるものの。。。やはり不憫。

エルモ氏、やはりアナタは偉大です。

対策は、あえて無し(←あは!)。
のんびりやります、やっぱり放置。

ちなみに帰宅後は100%失敗無し!エライ!


最終更新日  2008/11/21 02:57:18 PM

2008/11/19

親は無くとも

娘、2歳7ヶ月、オムツが外れました。。。(感涙)

2歳になった時にはじめたトイレトレーニングは
実は、親のワタシがたったの3日で音を上げて中止。

あの時のすさまじい様子は
書いていたら本が一冊書けてしまう程の量なので
一言で書きますと

「双子はトイレが大好きで、ハイパーで
お互いの世話を焼くのも大好きで
とても大変でした」

その後、「トイレに誘う」などのトレーニングを全くせず、
小児科医の「3歳からでいいわよ、大変でしょ、双子だし、性別違うし」
の言葉に甘えて完全に放っておいたのですが

ある日(11月11日11時AM)、
「ウンチくんしてるの、今」と
ふんばっている娘を、気まぐれに脱がせて
トイレに座らせてみたら、あっさり成功。

その後、自発的に「シーが出るよ」と
トイレに行くようになり、
11月17日朝から本日までずっと
オムツを一度も濡らしていません!

まぁ、まだ3日目だし、この先
長時間の外出などしたら
失敗があるとは思うけれど、母は嬉しい!

息子もトレーニング無しで
自発的に外れるまで放っておこーっと。。。
オムツ代より、ココロの健康、
いいの、コレがワタシ流。。。


最終更新日  2008/11/20 11:48:39 AM

2008/11/15

成長か?気まぐれか?

朝目覚めると
「大きいパン食べる」「ヨーグルト食べる」
と言いながら起き上がる双子。

友人宅で普通サイズのおにぎりを5つ食べて
「もっと」とせがみ、あきれられた娘。

大人のカレーを普通に食べ終えて
炭酸飲料を一気飲みし、驚かれた息子。

ランチビュッフェで、大人並みに食べた為
2歳半だというのに、大人料金の半額づつ
請求されてしまったウチの双子。
(請求されるほど食べさせていません!
とはとても言えず、支払いました)

いつも、目の前から食べるものが全て無くなるまで
延々と食べ続ける、食に対して異常なほどに貪欲なウチの双子が、

今日、スーパーの試食コーナーで
「ひとつだけだよ、いいね?」とよーく言い聞かせてから
クッキーを与えたら、なんと、二人揃って
「おうち帰ってから食べるの」と言って

買い物中も、レジの超蛇の列に並ぶ間も
「おかーしゃん、おうち帰ってから食べるよ、コレ」
とクッキーを食べずに、ずーっと手に持っている。

帰路の車内で「ちょっとだけペロペロするよ」と
クッキーをペロッと舐めて、まだ手に持っている。

信号待ちの時「クッキー食べないの?」と聞くと
「おうち帰ってから食べるの、うふっ!」

スゴイ。。。育ちの良い子供みたい。。。(感涙)
いつも意地汚い姿ばかり他人様に見られているので
このセリフを記録に残したいと思い

「今のもう一回言って!クッキー食べないの?」
と思い切り「ヤラセ」で、カメラを回してしまいました。
ウチの双子じゃないみたいな、ステキな動画が撮れました。
母の一生の宝物。。。。

信号はとっくに青。



おうちに着いて、
嬉しくて仕方ない母は運転席から飛び降り
後部座席の双子を、それはそれは激しく褒めてやりました。

いつもは自力で車外に出させるのに、本日は特別に
「抱っこ」で車外に。。。。
と、娘を抱っこしたら手に持っていたクッキーが
ワタシの体に当たり、折れて落下。

本日雨天につき「3秒ルール」不適用、ああ、無情。。。
ゴメン、娘!



最終更新日  2008/11/16 11:52:59 AM

2008/11/11

ひいちゃんとオートミール

ワタシが8つの時に93歳で他界した曾祖母を
ワタシは「ひいちゃん」と呼んでおりました。

年老いたひいちゃんしか知らないワタシには
にわかに信じがたいのですが

ひいちゃんはワタシの母がが幼少の頃の1950年代に
すでに「ホワイトソース」や「パンケーキ」なる物を
メリケン粉、バター、牛乳を使って料理していたような
ハイカラな人でした。

*ホワイトソース:今で言うクリームソースorベシャメルソースってやつですな。
*メリケン粉:小麦粉の事ですな。

元々料理の腕は玄人はだしだったひいちゃんは
クリスチャンだったのですが、
熊本に渡来してきた宣教師の奥さん達に
西洋のハイカラ料理を教わったそうです。


上京後のひいちゃんは、ワタシの祖父と千葉で暮らしており
寝たきりになった晩年、祖父が自宅で介護をしておりました。

柔らかく、のど越しの良い物しか食べられ無くなったひいちゃんに
祖父は、好物の「卵豆腐」を作ってやるのですが
何度も何度も失敗し、寝たきりとは言え頭のハッキリしている
ひいちゃんは「あはは、卵豆腐はもう良かよ、作らんで」
と笑って言ったそうです。

ある日、祖父はワタシの母に電話をよこして
「ひいちゃんに、何んなら食わるかて尋んたら
オートミールて言わしたとばってん、 オートミールて何んね?」
訳)「ひいちゃんに、何だったら食べられそうか聞いたら
  オートミールって言ったんだけど、それって何だ?」
と訊ねたそうです。

あいにく、母も当時(1982年)オートミールなる物を
見たことも聞いたことも無く、
商店街を端から端まで一軒一軒尋ねて回っても
オートミールを置いている店も無く、
ひいちゃんは唯一「食べられそう」と思ったオートミールを
食べる事無く、ある日、眠ったまま安らかに大往生したのでした。

ワタシは「卵豆腐」「オートミール」と聞くと
ひいちゃん、祖父、母、のこの話を思い出すのです。


さて、十数年前、留学生だったワタシは
貯まったマイレージで母をアメリカに招待しました。
大学内のカフェテリアで朝食を取った時
「コレたい、ひいちゃんの食べたかったもんは」と
メープルシロップをかけた、オートミールをよそってやりました。

母は「はぁ、これがオートミールね?でも、ごめん、食べられん。。。」

ひいちゃんを思い出し、胸が一杯なのかと思いきや、
オートミールの「暖かさ」と「ビジュアル」がダメだったそうで。。。

分かるよ、母。ワタシも全く同じ理由で食べきらんとよ(笑)。



最終更新日  2008/11/12 05:32:04 AM

2008/11/08

そ、そんなつもりでは。。。

夕飯の後、洗い物をしている自分の姿が
すぐ右手の窓ガラスに写ります。

いつもながら、あまりの猫背に驚いて、
横向き姿を窓ガラスに映しながら
背筋を伸ばし、肩を後ろにそらせて、胸を張り、
しばしその姿をイメージトレーニングのために眺めていたら、

ふと、窓ガラスの向こうに
裏のお宅のご主人の怪訝そうなお顔 発見。
「うわ。。。ヤバイものを見た」とでも言いたげに
そそくさと、部屋の奥へ姿を消されました。

え?ワタシ、もしかして。。。
裏のご主人に、一生懸命、無い胸を披露している
卑猥なオンナだと思われたりしてます??
違います、違います、誤解です!

そんな事があったのが数週間前。


そして先日、夕飯の後、洗い物をしていたら
息子と娘が「おかーあしゃああーん!」とワタシの両足に
しがみついてきて、履いていたズボンが膝まで脱げました。
(ウエスト、ゴムなので)

「わははー、ちょっと見て~。双子に脱がされた~」と
夫に声を掛けて、ふと右手の窓の外を見ると、
はっ!そこには裏のお宅のご主人が、また!

手に泡が付いていたため、しゃがめず
とっさに、中腰スクワット。

うちの窓の高さはワタシの腰よりやや低いけど、
我が家は2階、裏のご主人は一階。
どうか死角でありますように。

警察に通報されるんじゃないかと
スリリングなエブリデイな今日この頃。。。



最終更新日  2008/11/10 12:44:42 AM


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