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![]() ビートルズを輩出したリバプールの The Cavern Club 彼らが演奏していた頃のカバーン クラブは取り壊され駐車場になっていて、現在あるのは、後に同じレンガをつかって地下に再現されたものです。 週4回の夜と、土日の午後から音楽が楽しめます。 平日は鍵がかかっていて入れませんが、観光のマジカル ミステリー バスツアーが到着するころ鍵を開けています。 The Cavern Club Mathew Street Liverpool Merseyside L3 1DP Tel: 0151 236 1965
![]() ビートルズだけではなく、 豊富な観光名所に博物館と見どころもいっぱい ユネスコの世界遺産としても登録されることになった デューク・ストリート(Duke Street)、 ウィリアム・ブラウン・ストリート(William Brown Street)周辺だけでなく、 町のあちこちに歴史的なおもむきある建物があふれています。 またアルバートドックをはじめとする繁華街には、 おしゃれなパブやレストランもいっぱい、 そんなリバプールの街を、2年間の滞在中に集めた 数多くの資料を出来るだけご紹介していきたいと思います。
今年から卒業後初めての仕事をしています。 おかげでこのブログも全く更新していないのが現状、日本に帰ってからいったい私は何をしてるんでしょうね~ 大好きなビートルズは毎日聴いているので、気はまぎれますが、なにか物足りなく思ってます。 とりあえず、ビートルズの和訳の続きでも始めようかな? リクエストがあればメールしてくださいね~
2002年夏、、 夕方6時10分前にお友達のデビッドはウェーバートリーにある私のフラットまで迎えにきてくれましたが、知合って2ヶ月が経ち何度も 会っているので彼は必ず挨拶のキスをしてきます。別れのときもそうです。 日本人の風習には挨拶にキスをすることが無いので、始めのうちは抵抗がありましたが、リバプールの女の子も普通でしているのでだんだん慣れてきて、私のほうからしやすいように顔を少し上げるようになっていました。 ![]() David Deevey in front of The Grepes. 車で15分ぐらいのマジーサイドに住んでいるデビッドのお家へ行くと、フィルと彼女のジェーンともう一人女の子が来ていて、パーティーの準備はもう出来上がっていたので、私はロンドンで買ってきた日本酒をデビッドに渡し、日本酒から飲むことを勧めました。 ジェーンのお友達ナンシーとは初対面だったので、かるく挨拶を交わしみんなで話していると、デビッドは10年ほど前に東京のビートルズの曲を演奏しているお店で、リバプールからのお客さんということで2ヶ月ほど働いていたときに日本酒を飲んでいましたが、あとの3人は初めての体験だったようです。 空けたとたんに注ごうとしたので、私は燗をしたほうが日本流だと言い私が熱燗にして、みんなに勧めました。 ここイギリスではアルコール類を温めて飲む風習はあまりなくて、あっても、アイリッシュコーヒーぐらいなので、不思議そうに飲んでいましたが、小さなコップに2~3杯飲むとこんな美味しいお酒は初めてだ!と大好評 1時間も経たないうちに2升のお酒は空になってしまいました。
The Albert Dockアルバート・ドック(The Albert Dock)は、19世紀に倉庫として作られ、この建物群は現在、カフェバー、レストラン、ショッピングモール、ザ・ビートルズ・ストーリー、マージーサイド海事博物館、リバプール生活博物館、テート・リバプール美術館、ホテル・ホリデーイン・エクスプレス、アルバート・ドック、プレミア・ロッジなどが入る魅力的なトータル観光サイトです。 最近ではなんと1億ポンドもの費用をかけ再開発、リバプール一のめまぐるしい国際的な中心地、また継承遺産の観光地として生まれ変わりました。
リバプールでは毎年8月の最終週にビートルズウェークと言うイベントがあり 世界中のビートルズファンが集まってきます。 私がイギリスに訪れたのは高校生のときで ビートルズファンだった両親を説得して連れて行ってもらったのが 初めてのことです ロンドンではラッセルスクウェアー駅近くのプレシデントホテルに 泊まり、市内観光とビートルズの足跡を追うためアビーロードへ行き、その後今はポールの妹さんのお家になってるところで写真を撮ったりしました。 ![]() ホテル ブリタニア アデルフィー 三日後ロンドンを後にしてユーストン駅からバージニアエキスプレスでリバプール、ライムストリート駅まで行き、イベントのメイン会場となるホテル ブリタニア アデルフィーで1週間の滞在 マジカルミステリーツアーのバスで市内観光をして、翌日レンタカーを借り、もう一度ゆっくりと見て回りました。 夕方からはお父さんの得意分野のパブめぐり、私は当事未成年だったので何杯も紅茶を飲むだけでしたがパブの雰囲気が、気に入っていつかここでお酒を飲める日のことを思いながらお父さんの付き合いをしていたことを思い出します
リバプールではバスのことをボスと発音するんですよ~ なまりのきつい街ですね~ ![]() Mersey Bus 私の夏休みの日課は朝10時ごろ起きて軽い食事の後、フラットの裏にある prescotparkという大きな公園をゆっくり時間をかけて散歩をすることから始まります。 今日はお友達の二人の夏休があと10日しかないので3人で予定を建て直すことにして、私のフラットに集まり8月の最終週の世界ビートルズフェスティバルは、外せないので必ずリバプールにいることにしました。 それ以外の日にアイルランドに行くことを決め、出発を2日後にし2泊3日の予定で首都ダブリンのBBに宿泊予算は一泊30£で決まりました。 4月にリバプールへ単身やってきて約5ヶ月、初めて出会った日本人の女の子、良子と昌子、ビートルズツアーのガイド阿部さん、オーストラリアのOLキャロルそれにバンドの2人フィルとデビッド、いろんな出会いがあり、多くの友達ができました。 悲しい出来事もありましたが、私にとってかけがいのない経験です。 あと1年半どんな出会いが待っているのか楽しみで、わくわくしながら日本にいる両親に手紙を書いて休むことにしました。
インバネス市内に予約してあるBBの 前にイタリアレストランがあったので軽い食事を済ませ 私の部屋に集まりました。 今夜が4人での最後の夜なので、キャロルとのお別れ会をすることにして、コンビニでビールとスコッチを買い、話しながら飲んでいるとキャロルは「今回一人旅のつもりできたけど、貴方たちに出会えて旅が楽しくなって本当によかった!」 オーストラリアにきたら是非連絡して欲しい!とお互いの住所と電話番号を交換し再会を約束しました。 翌朝BBで朝食をとりインバネスからエジンバラまで4人で行き、キャロルは下車して飛行機でアイルランドへ、私たちはそのままリバプールに帰ってきました。 ![]() ライムストリート駅 4日ぶりのライムストリート駅、なんだか懐かしい気持ちで電車を降りタクシーで私のフラットに着いたのは夜の9時を回っていました。
ネス湖はハイランド中部に位置し、インバネスから南西に10キロ程で、長さ約40Km、幅約2Km, 水深約230mの、河のように細長い氷蝕湖です。 ネス湖にはもう廃墟と化したアーカート城という城が建っていて、 この城はスコットランドでも最大といわれる城跡で、ネス湖に突き出す岬の上に13世紀に建てられ、17世紀には政府軍によって爆破されたと云えられています。 ![]() ネス湖とアーカート城 ネス湖は炭泥が溶けこんでいるためとても透明度の悪い湖の上 全長40Kmあまりもあっていかにも怪獣が住んでいそうですね~ 私たち4人は、ネッシーに遭うため遊覧船に乗ることにして、ネス湖の観光案内所で乗船券を買い、チケット売り場のおじさんに今日はネッシーが出そうな天気だよ!と言われ、少し心を躍らせながら船に乗り込むことにしました。 8月の半ばと言うこともあり、インバネス地方は短い夏の終わりを告げるように、少し肌寒いみなもからの風を二日酔いのまだ残っている火照った頬に心地よく受けながら、遊覧船はどんよりとした湖面を走り続けました。 40~50分ほど走ったとき、突然後ろにいた観光客が、あれはなんだ!と叫んだので一瞬、来たか!と思ったら、ただの流木でした。 その後船は、アーカート城を船上からゆっくり見上げて、Uターンをはじめ船着場へと戻りはじめました。 結局この日はネッシーの機嫌が悪くて水中深く潜っているのだろう とガイドさんのアナウンスがあり見られずに、すばらしい景色だけをたんのうしながら船は着岸しました。 ネス湖を3時ごろ出発して、インバネス駅周辺のBBを探すため インフォメーション センターに寄って少し高いけど市内で 一番大きいといわれてるBBにチェックインすることにしました。
買い物を終えて返ってきた日本人の二人は、空になっているグラスをみてあきれてしまい、まだ飲むようだったら食事に行くよ!って言われ、よく考えたら朝食をとってから何も食べてなかったので、4人でどこか食べに行くことにしました。 少し市街地を歩いていると、☆☆☆ホテルの1階に感じの良いレストランがあり、でそこで夕食をとることにしました。 私はスコットランドに来る前に、スコットランドへ行けばローストビーフを食べることを勧められていたので2人前を4人で食べることにして、まだお酒を飲んでない二人もワインを注文しました。 実は、もうこの時点でキャロルと私はそうとう出来上がっていて気がつくと、しらふ組とよっぱらい組に分かれて食事をしていて、やかましい日本人とオーストラリア人の女の子二人が何度もスコッチ最高~と叫んでいたようです。 と、記憶があるのはここまでで、後でしらふ組に聞くとレストランでもスコッチを注文して2人で1本空けてしまい、タクシーでBBまで連れて帰るのにかなり苦労したとのことでした。 せっかくのローストビーフも食べた記憶がなかったのです。残念! この日までお酒を飲むと記憶がなくなることを知りませんでした。 翌朝ひどい頭痛で目がさめダイニングに向かいましたが、ボリュームたっぷりの朝食は食が進まずトマトジュースだけをいただき、2日間お世話になったBBを後にすることにしました。 BBのオバサンは満面笑みを浮かべながらいつまでも手を振ってくれたのが、今でも記憶に残っています。 4人はエジンバラの駅でインバネス行きのチケットを買い30分ほど待っていると電車がはいてきて、電車はエコノミーでしたがエジンバラ発でほとんど乗客はいなかったので、私は二日酔いを治すためにすぐに寝ることにしました。 どのくらい寝ていたのかわからないけど、昨日のしらふ組にインバネス駅に後10分で着くと言われ、起きてみるともう二日酔いはおさまっていました。 インバネス駅でネッシーの着ぐるみを着た少年が出迎えてくれて、緑色のネッシー風船をもらい、インフォセンターで、ネス湖行きのバスのチケットを買って、しばらく待っているとバスはやってきました。 其の6に続く、、 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |
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