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へとへと~。 除湿機が壊れたので買い替えた。いつもの近所の電気屋さんで。 決して安くないけど、その電気屋さんが廃業になってしまうと男手のない我が家(同居人は役に立たない!)は大変困る。 電気屋さんというよりも便利屋さんですよね、と、昨日配達に来てくれたお兄さんに言ったら「それでいいんですよ!」とあかるく答えてくれた。 家電の買い替えはいつもお願いしている。高いところの電球の取り換えとかもお願いしちゃう。
人の言うことにいちいち振り回されないようにしたい。 目先のことと感情で動かないようにしたい。 自分で調べ、自分で考え、自分で納得して方向を決めたい。
先週の土曜日に休日出勤した代休をとった。 普段平日に休めないので、とても貴重な休み。金融機関に行き、固定資産税とか自動車税とか、こないだ終わった車検のお金とかを払った。 昼食は同居人がいそいそとマーボー豆腐ごはんを作ってくれた。 昼すぎ、実家に届く生協の宅配を取りに行き、そのあと一人で映画を見に行った。今日は「わが母の記」を見た。クライマックスで携帯が鳴り(マナーモードだったけど)ちょっと外に出て電話に出ると、仕事関係の問い合わせだった。…お休みの日にまですみません、と言われたけど。内容もさほど緊急ではなく、明日職場に連絡をくれれば十分間に合うことだったんだけど。…まあいいけどさ。 映画の後、一旦帰宅し、思い出してホームセンターに行き、風呂の蓋を買った。 いい休日だった。
通っていた整体院が今日で閉店。 午前中背中を押してもらいに行った。 前回、前々回と「見えない友達」関係の話をしたためか、今日は背中を押されながら「厄年ってどうなんでしょうね?」「風水ってどうなんですか?」という話になる。 東京での仕事場に出入りしている人に、風水や占いを気にする人が多いらしい。 厄年は「健康面や社会的な立ち位置が変化しやすい年」だと思っている。忙しくて健康診断にも行けないかもしれないが、そういうときに病気になると発見が遅れてあとが大変なので、注意しておきなさい、みたいな。結婚や仕事の面でも、他人と比較して焦るといい縁でないものをつかむことがあるので、あえて慎重にいきなさい、みたいな。 風水とかおまじないも、「その行為自体が幸運を呼ぶ」のではなくて、「そういうことまでして改善したいという思いと行動が幸運を呼ぶ」のだと思っている。西側に黄色いものを置くだけじゃ何も起きない。西側に黄色いものを置いて「お金を大切にする!!」と気合を入れ、大切なお金で無駄なものを買わないって行動をしてはじめて金運が良くなるってものだと思っている。 占い師も同様。いい易者はいいカウンセラーなので、クライアント自身から「何がしたいのか」「どう変えたいのか」を引き出すのがうまい。自分の希望を言語化できれば、半分解決したようなものだと思っている。占い師にできるのはそこまでで、どんなに相性のいい男とだって、「今度ごはん食べにいきませんか?」って声をかける勇気が自分になくっちゃ夢なんて実現しない。 …っというわけで、私は現実主義者。人生は自分で切り開くものだと思っている。 でも人智を超えた存在はあると思っている。あの世と俗に言われるところにいる人間(っていうのか?)は、常にモニターのようなものでこちらの様子をうかがい、時に応じて人や出来事を配置していると思っている。それらの存在と時々コンタクトをとりながら(霊感はないけど。あちらの人たちとコンタクトをとるのはその気になれば誰にでもできる…と思う)自由に人生を謳歌していくのが、こちらにいる人間のつとめだと思っている。 まあとにかく、いつもどおりに背中を押してもらって、施術終了。 「いつか、『あの○○さんが若いころに、私、毎週背中押してもらってたのよ』って自慢できる人になってくださいね」と言って出てきた。ご活躍ください。
トマト大福をいただいた。イチゴ大福のプチトマト版。 近所の農産物直売所で売っているらしい。 恐る恐る食べてみた。 不味くはない。トマトが非常においしい。プチトマトのまわりに白あん、そして大福の皮。 …トマトが非常においしいの。トマトが。 「トマトはトマト、大福は大福で食べたい!!!」
昨日の晩、電話で話していた相手の人が言った。 「その気になれば過去だって変えられる」。 よく、「未来と自分は変えられるけど、過去と他人は変えられない」なんて言ったりする。過去にあった「出来事」は変えられないけど、そのことが「よかったことか、悪かったことか」そのことを通じて「勉強になったか、ならなかったか」なんてことは、自分の気の持ちようでいくらでも変えることができるんだよ、って意味。 過去も未来も、自分で変えていける。
仕事関係の用事で時々行く場所の近くに、気になる店(食堂)があった。 半年前くらいにオープンした新しい店で、「カレーの店○○」と、かわいらしい子ブタのキャラクターを添えた看板が出ている。前を通るたびに一度ごはんを食べに立ち寄りたいと思いつつ、タイミングを逃していた。 今日、ちょうど夕食時に前を通ったので、寄ってみた。 店の看板や、外に出ている営業時間を記したボードの感じから、創作カレーを中心としたカフェっぽい店だと思っていた。 とりあえずドアをあけ、「こんばんは。一人ですけどいいですか?」と入って行って驚いた。 たぶん焼き肉屋だった店に居抜きで入ったと思われる、テーブルとイスとカウンター メニュー表には「カレー」「カツカレー」「砂肝カレー」「唐揚げカレー」「野菜炒めカレー」など、ガテンな香りのするカレーのほか、「サバ塩定食」「メンチカツ定食」などの定食メニューや各地の焼酎。 そしてカウンターの中には、カンニングの竹山みたいな雰囲気の、作務衣っぽい上着を着た店主さん。 そして、そして給仕のおねえさん(店主さんの奥さんかな?)は、パンクっぽい格好で目の周りをやたら強調したメイクで、両手にびっしりとタトゥーが入っていた。そしてなぜか、店のBGMはモーニング娘。だった。 とりあえず野菜炒めカレーを注文した。 わりと待たずに、すさまじく大盛りの野菜炒めカレー(カレーソースに野菜炒めが混ざっていて、型抜きご飯に添えてある。きゅうりのキューちゃんとゆで卵がおまけ)が出てきた。 店には私のほかに客はいなかったけど、もしかしたら店主夫婦?の知り合いの常連がたくさん来るかもしれない、そうなったらどうしよう、と思ったので、ちょっと急いでカレーを食べた。 味は悪くなかった。でも、何というか、インドのカレーにもなりきれず、かといって懐かしい日本のカレーでもない。店主さんの作業しているカウンターに、瓶詰めのスパイスがずらっと並んでいるので、オリジナルの配合で作っているんだと思うんだけど。つか、この大盛り、結構つらいぞ。 で、15分くらいでカレーを完食して、お会計して出てきた。 コンセプトのわからない店だと思ったけど、店側から見たら、ふらっと入ってきた中年女性の一人飯で、すごい勢いで無言でカレー食べて出ていった私って、不思議な客だったかも。
今日の午後、コミュニケーションについての講習会に行った。 講師はハリセンボンの春名のような女性だった。まあいいや 「人間関係を円滑に、思考をポジティブに生きましょう」みたいな内容だったんだけど、「I'm OK You're OK We're all OK!」でいましょう、と言いながら、講師の言っていることはそうではないのではないかという、妙な座りの悪さを感じた。 I'm OK You're OK We're all OK なら、たとえネガティブでも、コミュニケーションがへたくそでもOKなはずなんだけど、「ポジティブでコミュニケーション上手になりましょう!」と言っている時点で「OKじゃない個性」があるって言っているんじゃないか、ということ。 常日頃同居人が言っている疑問と同じだ。 同居人とともに暮らさなかったら、こんなことは考えていなかったかもしれない。
帰宅時間は大雨だった(今も大雨だけど)。 横殴りの雨で、傘さしていてもいなくてもあまり変わらないんじゃないだろうかと思った。 先日ひどいくつずれを作ったレインシューズは家に置いてきてしまったので、スニーカーにずぶずぶと水がしみる。またたく間に靴下まで水がしみて、くちゃくちゃと音がするようになる。 道を歩いていると空が光って、雷鳴がとどろく。雨はますます激しくなって、ズボンも鞄もずぶずぶ濡れる。 そんな中を鼻歌を歌いながら帰ってきた。 私は意外とこういう状況が好きだ。 これからスーツでおでかけというシチュエーションの土砂降りはさすがに嫌だけど、帰る家があってのずぶ濡れは結構好きだ。
私は生物学的に女で、べつに性同一障害というわけでもなく、自分を女性だと認識している。同性愛者でもない。 しかしだ。どうにも社会的・文化的な「女」ではいられない性分らしい。 今日、職場の人にしみじみ言われた。「liveは性別『ヒト』だね。」と。 「だからモテないし再婚できないんだよ」という余計な?一言もついていた。社会的・文化的な女の部分を捨てて生きているので、男性陣から見て魅力に欠けると、そういうことらしい。 「少なくともこれから結婚しようと思う(思ってないって)女は『女のコ』の部分を持っていないといけないし、そうでなくても年齢関係なく『女』でなければ『女』としては扱われない。しかしliveはすでに『ヒト』なので社会的には『女』として扱われないのは自明の理」だそうだ。 「ちなみにどんな人が『女のコ』なわけ?」と、同世代の共通の知人を例に挙げさせたら、「ああいうキャラクターには絶対になりたくない!!金積まれても、結婚できなくてもなりたくない!!」と常日頃思っている人が上がってきた。つまりは私自身が「女のコ」でいることを拒絶しているということだ。どんなに損しようと(損だとも思っていないが)女のコになるのは無理だ。 「すでに性別『ヒト』なので社会的に『女』として扱われない」というのは、聞きようによっては褒め言葉に聞こえなくもない。ということにしておこう。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |