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3月11日
日常が一変し、非日常が始まる。 街は1ヶ月あまり経過した今でも信じがたい光景が続いている。 地震による被害は皆無。 家屋の倒壊は愚か、怪我人すらも数える程度だった。 全てを破壊したのは津波だった。 死者は確認されただけで間もなく1000人になろうかと言う所。行方不明者は1200人を越えている。 但し、これはあくまでも申告が有った数でしかない。 一人暮らしの人や、家族全員が被災した人間を考えると、計り知れない数の人の姿が見えなくなっている。 避難所で生活している人間は数知れず、一時期では避難所の数が90を越えた。 しかしこれもまた把握出来た数に過ぎない。 把握仕切れていない数も入れれば100は越えるだろ。 現に私の避難所は市の避難所リストには入っていない。 避難民名簿にも、我々の名前は無いのだ。 これには色々事情がある。 市の対応が悪い訳でも、自治会長が仕事をしてない訳でもない。 まぁ、その話は後日。 悪い事はまだまだ続く。 自宅は大規模半壊。 ライフラインの復旧は遅れに遅れ、特に水は未だに復旧の目処すら立たない。 それにより、各修理が遅れ、家に住めるかどうかを検証する事すら出来ない。 そんな中、会社も被災している為に解雇を言い渡される。 もはや言葉では表現出来ないほどの状況である。 しかし、暗い話ばかりではない。 私の所属している地元バンド 『気仙沼市民吹奏楽団』 『アート・オブ・ジョイ・オーケストラ』 両団体共に、通常とは行かないものの活動を行う事が決まった。 吹奏楽団は4月24日に市民会館前の公園(野外)で慰問演奏。 アートは5月を目処に慰問演奏を行う との事。 何もかもを失ったメンバーもいる。 大きな爪痕を刻まれたメンバーもいる。 そんなメンバーが、被災したメンバーが音楽を行う。 慰問と言っても、被災者のために、なんて哀れんだ気持ちはこれっぽっちも無い。 同じ町に住む人が、同じ被災者として。 我々に残された唯一の財産。 音楽で繋がりたい。 それだけだ。 先日、吹奏楽の方で被災後初の合奏を行った。 たった15人の合奏。 たった数十分の合奏。 嬉しかった。 涙が出るほど嬉しかった。 皆が声をあげて笑った。 辛いことなんて無いんだ。 皆がいるから。 だから頑張ろうと思う。 町の住民には、こんな時にと怒られるかもしれないけど。 こんな時たから、元気に演奏を続けて行きたいと思う。 仲間と共に。 今はここにいない仲間も、 近くこの地を離れる仲間も、 全ての仲間と共に。 音楽よ! 繋がれ!! 平成23年4月24日(日) 午後2時半~ 気仙沼市民会館前の公園 気仙沼市民吹奏楽団 ミニ演奏会 どうぞ皆さん、お聞きにいらして下さい。
しばらくです
あなたの街で 暮らしの中で いつも輝く 久里津真子です ウチのレディ・ガガ発信の噂で震災の苦難を二人三脚で乗り越える事を決めたと伺いました。 素晴らしい その話を聞いて震災後ずっと暗雲が立ち込めていた私の心にひとすじの光が射しました。 『いつまでも鬱ってちゃいけない。そうだ、街は自分たちで照らしていかなきやにいんだ』 そんな風に思う事ができました。 立ち上がる勇気をありがとう そしてきっと素敵な未来におめでとう 明日の演奏聴きに行けるかわからないけれど、頑張ってください。 (2011.04.24 00:22:05)
コメントありがとうございます。
レディー・ガガより、誤字を憂いているとお伺いしました。 誤字なんて関係ありません。 お気持ちは伝わりました。 余談ですが、先日『村長』さんとお会いしました。 皆さん、本当に辛い事が有ったのに、笑顔で私を気遣ってくれた村長さんに涙が出る思いでした。 皆さんの辛い、本当に辛い経験の前では、私達の行いなど何の意味も無いことです。 それでも、皆さんの気持ちを少しでも和らぐ事が出来たのなら、私達も本当に嬉しいです。 小さな事にクヨクヨせず、誤字にも負けず村長さんのように頑張って下さい。 それでは、皆さんによろしくお伝え下さい。(2011.04.25 18:29:30) │<< 前へ │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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