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ロゴス・オブ・ループリア

ループリアは光を伝える天空の扉
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ロゴス・オブ・ループリア [全584件]

2008/01/05楽天プロフィール Add to Google XML

2008舞台出演予定 
[ 舞台&YOSAKOI ]  

 さて、明けて2008年。二つの舞台に立つことが決まっています。どちらも一般の参加者を中心とした舞台ですが、お金を払って観に来て下さるお客様に喜んで頂けるよう一生懸命稽古しています。もし、興味がありましたらご覧になって下さい。
 チケットは公演日時、チケットの種類(大人、こどもなど)、枚数を指定の上、私まで御用命下さい。指定場所にお届けもしますし、郵送も出来ます。「オシャレな果実」に関してはコンカリーニョなどでも販売していますし、「ピアニャン」に関しては札幌サウンドアート専門学校他でも取り扱っています。



 まずは一つ目。

平成19年度文化庁芸術拠点形成事業
温故知新音楽劇「オシャレな果実」

公演日
2008年2月9日土曜日 18:00~
     2月10日日曜日 14:00~
開場は開演の30分前
10日の公演後に地域座談交流会を開催

会場
生活支援型文化施設コンカリーニョ
札幌市西区八軒1条西1丁目 ザ・タワープレイス1階
(JR琴似駅直結徒歩1分)

チケット
中学生以上 前売り500円 当日800円
小学生    前売り100円 当日300円
*未就学児は保護者の膝の上なら無料

 このお芝居は大正時代の琴似地区を舞台にしたもので、二組の農家をお話しの軸として、新しい文化が急速に入ってきて時代が変わっていく中で、人々のとまどいや驚き、そして変わらない心意気などを描いた物語です。基本的にコメディなので、老若男女誰でも楽しめるものになると思います。演出は斎藤ちずさんです。
 私の役柄は無声映画の弁士役で、最初と最後の方に出てきます。当時無声映画の弁士というのは役者以上の大変な人気だったそうですが、トーキー映画の登場と共に無用の長物となり、やがて酪農に挑戦していくと役柄のようです。


 さてもう一本はミュージカルです。

ミュージカル「ピアニャン」

公演日
2008年3月2日 日曜日
 一回目 開場16:00 開演16:30
 二回目 開場18:30 開演19:00

会場
札幌市教育文化会館 大ホール
 札幌市中央区北1条西13丁目

チケット
 おとな券  前売り2,000円 当日2,500円
 中高生券 前売り1,500円 当日2,000円
 こども券  前売り1,000円 当日1,500円
 おやこ券  前売り2,500円 当日3,000円

 札幌サウンドアート専門学校のプロジェクトとして一般参加者50名以上を集めたミュージカルで、博多出身の野良猫ピアニャンが札幌へやって来て、様々な挫折を経験しながら強くたくましく生きていく物語。演出は金田一仁志さんです。
 私の役はコマーシャル撮影現場の“カントク”で、主人公ピアニャンを食い物にしようとする悪徳芸能ブローカー・サクラの手先で、悪役です。この舞台も出番は少ないですが、エキストラ役でも数回出ます。ミュージカルなので当然ダンスシーンもあります。
 「たった一度の人生だもの、楽しく生きなきゃ損じゃん」をテーマに、未就学児から70代までの参加者が頑張っています。尚、主役であるピアニャンと他数組の役はダブルキャストとなっていますので、一回目と二回目は違う役者が演じます。

 楽しんで頂けるよう精一杯演じさせて頂きます。お時間があれば是非ご覧になって下さい。


Last updated 2008/01/06 0:01:32 AM


2007/02/11

再び舞台に立つ 
[ 舞台&YOSAKOI ]  

 約1年ぶりに舞台に立つことになった。芝居のノリは松竹新喜劇風。ほんとはちょい役の筈だったのが、なんだか出番が増えて結構目立つ役になってしまった。ちなみに私の役は“元雄”という任侠かぶれの劇団の用心棒で、色恋にはからきし弱い純情なおじさん役である。劇中で芸事のお師匠さんとの恋物語もあるのだ。

「蝶よ、花よ~琴似新劇団物語~」
日時:2月25日日曜日 午後1時半開演~
               午後6時開演~
劇場:コンカリーニョ(札幌市西区八軒1条西1丁目 JR琴似駅直結ザ・タワープレイス1階)
チケット:前売り500円(小学生100円)
     当日800円(小学生200円)
     未就学児は無料
☆尚、チケットは直接販売の他に、予約して頂ければ取り置きして当日前売り料金での精算も可能です。

脚本:高橋聡
演出:斉藤ちず
音楽:橋本幸
衣裳:佐々木青


 琴似新劇団は1929年(昭和4年)に琴似の商店主らで結成され、「琴似館」という劇場で時代劇や創作劇を上演していた実在の劇団である。地元の歴史を参考にしつつ、当時の演劇に打ち込む人達の様子を大胆なフィクションで賑やかな音楽劇に仕立て上げる。
 主催は“芸術文化によるコミュニティ再生支援事業実行委員会”で、NPO法人コンカリーニョが主体となって運営する。出演は大半が地元の西区民で、小学生や主婦を中心に24名が参加している。演劇を通して琴似地区に興味を持ち、仲間を増やして貰おうという試みである。


Last updated 2007/02/11 11:06:52 PM

2006/06/06

第15回YOSAKOIソーラン祭り 開幕へ 
[ 舞台&YOSAKOI ]  

3年ぶりにYOSAKOIソーラン祭りに踊り子として復帰することになった。チームは「舞DoCoMo」。今年も火消し半纏を着てコミカルに舞い踊る。

7日水曜日  西8丁目ステージ 
          20:22~
9日金曜日  西8丁目ステージ・ソーランナイト 
          17:35~
         四番街
          18:48~、19:06~
10日土曜日 JR札幌駅
          11:06~
         本郷通西
          13:06~
         清田
          14:36~
         大通り南パレード
          16:55~
11日日曜日 ファイターズ通り
          11:18~
         羊ヶ丘展望台
          13:05~
         東札幌
          14:36~
         一番街三越前
          15:28~
         ☆セミファイナル
          17:20~18:30
         ☆ファイナル
          19:00~21:15


Last updated 2006/06/06 8:42:58 AM

2006/02/24

言葉を超えて伝えるもの 「エア」 
[ 舞台&YOSAKOI ]  

 ついに「エア」公演まであと一日となった。5か月を掛けて創り上げてきた舞台がいま目前にある。誰も見たことのないU字型巨大スクリーンが客席まで包む異空間の中で、私達が言葉を超えて何を伝えることが出来るのか? その挑戦がいよいよ始まる。
 私が演じる役は謎の光を守り続けてきた一族の長。そして主人公ウレイの父親。その視点から書いた「キクト伝説」を以前にここで一部公開したが、その後全面的に書き直したものを今ここに全文掲載することにした。ただし、この文章を書き上げた直後に脚本は大幅に変更になったので、細部の設定はかなり異なるし、結末も違っている。そしてこれは物語の表面に出てこない裏の物語を中心に書いているので、これと同じ内容を舞台に期待するとガッカリすることになると思う。
 ストーリーの骨格はほとんど変わらないので、これから実際の舞台を見てくださる方々は、舞台を見てからこの先を読むことをお勧めする。ネタばれになるし、私はかなり自分で演出して書いているので、たぶんあなたの想像力の方が勝ってしまうだろう。舞台を見に来られない方に私達が創り上げてきた想いを知って頂きたい。何人かのキャストはこの裏ストーリーを心の中に感じつつこの舞台に立ってくれている。
 さあ、光の中に進み出る時は来た。



   真・キクト伝説
    光導きし鏡

 その者達は神代の古代より御光を守り、御光に仕える特別な部族だった。ウサイとウレイの父は、この部族の古代よりの長の直系子孫から続く末裔として生まれ、生まれた時から「御光と人々とを繋ぐ社となる」と預言されていた。しかし、その部族そのものはすっかりかつての栄華を失い、その文化も衰退して一般社会の中に紛れて暮らしており、御光や教えについても僅かな伝承があるだけで、彼等がその一族の血脈として社会の表面に出てくることはほとんどなかった。伝説に残る御光はもう長い間出現することはなく、彼等の宗教的な行為も御光が出現しなくなってから迫害を受けるようになり、地下に潜って伝承されている程度だった。
 彼の妻となった者も、同じ血筋の系統にある家から選ばれ、この夫婦は世が世なら王と王妃とも言える過去から連綿と続く長の系譜であり、一族の象徴であった。また、彼女には巫女としての優れた資質があった。それゆえ子ども達に呪文を授け、先祖からの教えを伝えていた。しかし、長は与えられた大きな使命とは裏腹に幼い頃からごく普通の子であり、さしたるカリスマ性もなく、預言を完全に信じてもいなかった。長と言っても今の時代に大きな実権はなく、ただその血筋にあることを教えられただけで、ごく普通の暮らしをしていて自分がそのようなさだめにあることを信じ難かった。しかし、一族の象徴として様々な儀式のために彼は長期間家を空けることが多く、生活は妻が小さな印刷工場を切り盛りしてなんとか暮らしていた。
 子ども達も大きくなりウサイが小学校6年生、ウレイが小学校2年生の頃、彼は伝説の御光が復活したとの噂を聞くようになり、やがてかつて聞かされた使命を思い出し、それが真実なのかどうかを確かめる為に同じ部族の者達と連れだって旅に出ることにした。そして約3か月の探索の旅の後、ついに、ある山中でその伝説の御光に出会う。その光は触れる者に幸福感を与え、希望を甦らせる力を有しているようだった。御光は自ら意志を持っているようで、彼等を導くように移動し、彼等は山中深い鍾乳洞へ辿り着いた。その奥に入っていくと、ある場所で御光が一閃し、土砂に埋もれた別な洞窟の入口が彼等に示された。彼等が入口を掘り起こし中に入ると、そこには驚愕すべき異文明の痕跡があった。数万年、もっと前だろうか、弥生でも縄文でもなく、巨石に刻まれた文字は見たこともないものだった。だが、明らかに現代に近い器などがあり、恐らくはつい100~200年くらい前までは、儀式の場として使われてきたことが感じられた。そして、洞窟の奥には小さな円柱形の石棺があり、それを開けると美しい玉があった。
 長がその玉を手にすると玉は急に光り出し、今まで彼等を導いてきた光の意識そのものが突然長の心の中に入ってきて合一した。そしてその玉が歩んだ過去の歴史と光の意志を一瞬にして感じ取った。彼の先祖の系譜はずっとこの御光とそれへ繋がる鍵のようなものである聖なる玉を守り続けてきたのだった。
 一週間ほど彼等はこの洞窟の中に留まり、長は毎日瞑想してこの場所に刻まれた様々な文字の意味を知ることになる。そこには様々な警告があり、また数々の秘密の言葉があった。だがその遭遇以後も彼自身に大きな力が与えられたわけではなく、同じ部族の中で霊能力に於いて大きな力を発揮し、弁も立つ同族のザムザが旅の中で次第に影響力を高めていた。ザムザは人々の心を読み、予言を行い、演説をふるって多くの仲間達に支持された。やがて自分は全ての点で長よりも上であり、自分が全ての力を伝承すべきであると思うようになっていった。
 だが、唯一つ大きく違ったのは、ザムザは御光を見ることは出来ても御光の意志に直接接触する力はなく、もちろん光と一体となることもできなかった。長は部族の中でただ1人、御光の“意識”に直接触れることができたのであり、御光の本当の意味・正体を知っているのは長だけだった。
 野心を抱いたザムザは仲間を集めて謀反を起こす。御光と通信する為の手段であり、聖なる力を閉じこめた玉を奪い、一族の伝承の中にある御光の大いなる力の一部である、“想いを現実化させる力”を持って全ての頂点に立とうとした。
 長はその部族の長い迫害の歴史の中で、一族が自分達の身を守るために伝承されていた武術の達人ではあったが、武器を持ち大人数で不意をついたザムザ達に襲われ、為す術もなく危うく命を落としかけた。しかし、ボロボロになりながらも4ヶ月振りに自宅に逃げ帰った。追ってきたザムザ達は彼の家に迫る。家族に危機が迫ったと知った時、妻は聖なる玉を手にし、意を決して古くからの教えの中にあった伝説の破邪の呪文「アリア」に力を与えた。この呪文によって召還される光は邪悪なものを滅する力があると言われていた。そして自己犠牲を伴うとも伝えられていたが、聖なる玉と共にしか働かない呪文であり、無論今まで誰も使ったこともなく、使ったのを見たことがある者も当然いなかった。邪悪さに支配されていたザムザはこの呪文によって危うく死にかけたが、持って生まれた霊能力の強さからなんとか生きながらえた。そして呪文を使った妻は御光の御許へ帰っていった。
 長もまさかこの呪文が術者の命すら奪うとは思っていなかった。長にとって妻は最愛の人であるばかりではなく、何よりも一族の長としての自分の役割・使命についての唯一の理解者であり、力のない自分をいつも支え続けてくれた魂の片割れのようなもの、それを失った痛みはたとえようもなく、彼は全てが終わったかのように感じた。御光と人々とを繋ぐ社となると言われたことは何だったのか? 自分にはそんな力などなかった。しかし、光の意志を彼は直接知っている。そこから離れることはもはやできなかった。
 我が子ウサイには「人殺し!」と恨まれ、彼はどうしたらいいかわからなかった。やがて、このまま自分がここにいれば再び子ども達に危害が及ぶ可能性があるので、彼は子ども達を残して再び御光に仕える旅に出ることにした。しかし、それは実は表面的な理由だった。彼は使命に自分の逃げ道を求めたのだ。癒しようもない悲痛、愛する息子からの恨み、自分の無力さ、彼にはそれを超えてそこに留まる事はできなかった。光と共にあることが自らの使命だと逃げるしかなかった。聖なる玉は自宅に隠し、自分が御光と共にあればザムザ達の目は自分に向けられると考え、御光の導くままに再び旅に出た。
 精神的にも肉体的にも傷つき果てた彼は、光の導きによって旧知の呪術師の老婆の家を訪ねた。しばらくの間そこに身を隠し、傷を癒す事にしたのだ。その家には老婆の孫である小学生の娘がいた。名をヘリオと言い、まだ幼いが人の心を読み、未来を感じる力を持っていた。長にとっては息子と同じくらいの年代であり、僅かな期間ではあったが、彼女をとても可愛がった。
 12年の時が経ち、ウサイとウレイは自分達だけで印刷工場を切り盛りし、御光の噂も途絶えていた。だが、長はその間に御光に導かれ、少しずつかつての部族の末裔や、遠い過去に過去生として光を護る一族を生きた仲間を捜し出し、共に旅を続けていた。ある者は旅の最初の頃に光に導かれて長に出会い、幼い頃から教わってきた一族の教えを新しい仲間達に分かち合い、実務的なことを一手に取り仕切って来た。人の見えないものが見え、人の聞こえないものが聞こえるが故にいじめられ、居場所を失って山中を彷徨っているうちにこの仲間達に出会い、受け入れられて共に旅をするようになった者。教えや儀式に興味があり、それを学びたくて旅に加わった者。人の感じられないことが感じられる特殊な能力から自分の生きる道を探し、やがてここに辿り着いた者。生まれた家に、御光と聖なる玉についての古文書があり、長と同じ正統な一族の教えによって巫女として育てられ、光の導きによってこの旅を続ける仲間達を知り、自ら最後に加わった恐らくは長と同じ血統を引く者。様々な過去を持ち、様々な個性を持つ仲間達であったが、彼等はもともと普通の社会で暮らす一般の人間であり、それぞれに特殊な異能はあるものの、普通の人と同じように感情もあり、悩みもすれば苦しみもする。
 彼等は御光を守り、讃える儀式を続けていった。それは旅をする場所や人に霊的な祝福を与えるものである。だが、かつての弾圧や迫害の記憶から、人々に見つけられても特に自分達から交流は持たず、御光の教えを説き回ることもなかった。縁あって導かれてきた者は受け入れてきたが、彼等はただ無限の恵みの源である御光に純粋に感謝を捧げ、人々に幸福と希望が広がるように祈っていた。御光の恩恵を受けた人々は彼等を神の使者として歓迎し、宿や食事を提供してもてなした。
 御光は意志を持って彼等を様々な場所に導く。やがて、12年の時を経て、長は自分の郷里に導かれた。だが、子ども達に会いに行く勇気もなく、森の中で密かに御光と共に儀式を行っていた。
 一方ザムザも彼等を捜して各地を旅して歩いていた。しかし、人々の前にあからさまに御光が出現することはそれまでにはなく、長達を見つけることはできなかった。だが、ある日とうとう彼等を見つけてしまう。ザムザは玉の力を利用したかったが、再び12年前と同じ事が起こることをひどく恐れてもいた。それゆえ慎重に周りの人間を利用することを考えていた。
 長はずっとひとつのことを考えていた。かつて一族の老予言者から聞かされた「悲しみの極みと悟りが出会う時、“最後の言葉”を使え、その時人々は真澄の鏡を超えて御光に直接触れるようになる」という言葉を。そして「その言葉を使う時は、お前自身が御光に帰還する時だ」とも言われていた。
妻が亡くなったのは最大の悲しみの極みだったが、そこに如何なる悟りも得られはしなかった。彼は予言者から言い渡された言葉の意味が掴めず、困惑していた。



 投稿順序を逆にしてこの下に続きを読めるようにした。一つ前の日記をご覧頂きたい。


Last updated 2006/02/24 8:38:53 AM

言葉を超えて伝えるもの 「エア」・続き 
[ 舞台&YOSAKOI ]  

 一度に一万文字しか入らないので二つに分けて掲載する。



 現代において詩人が勝手に名付けた名で、「キクト」と呼ばれた彼等は特に人から隠れることもなかったが、人に積極的に接触を求めることもなく、彼等の周りに人が集まっても特に何かを自分達から説いたりすることもなかった。迫害と弾圧の歴史の中で、人々を扇動するようなことは結局自分達の活動を脅かすことになることを知っていたからだ。自分達が御光を守り、仕えることで、御光の祝福が人にも場所にも与えられ、希望が甦ることをただ広めていった。
 しかし、彼等が長の郷里に入った時は状況が変わってきた。人々は御光の出現と共にそれぞれの内面の課題に直面するようになっていった。御光が再び聖なる玉に近づいたことによって、新たな意志を表し始めていたのだ。ウレイはただ家を守ろうと必死で働いてきただけの人生から恋の喜びを求めていた自分の心に。ウサイはがむしゃらに妹を守ってきたのにその妹も自分からある意味巣立とうとしている事への苛立ちと、そして父とあの現象そのものを恨み続けていた自分の心に。詩人は厭世的な詩ばかり読んでいたのに本当は希望を求めていた自分の心に。ヘリオは力を奪われることによって、全てが自分の思うがままになるかのように慢心していた自分の心に。ミルメは夫との関係の中で我慢していた本当にやりたい事への渇望に。ヌレオはなんでも無理矢理自分の考えを押しつけて妻をコントロールしようとしていた自分の心に。そしてザムザは自らの邪悪さに・・・
 これこそが一族の中に伝承されてきた『真澄の鏡』の出現だった。しかし、この時、長自身もこのことには気付いてはいなかった。預言は成就に向けて確実に動き始めていたのだが。

 やがてザムザが人々を扇動してキクトのところへ向かう。長を見つけ、自ら復讐を焚き付けたウサイに長を殺させようとする。長は内心動揺はあったが、愛するわが子ウサイに刃を向けられるならそれも仕方がないと感じていた。自分の行為の結果により、自分の妻であり彼等の母を奪ってしまったことに変わりはないのだから。しかし同時にウサイに人を殺すという罪も決して犯させたくはなかった。真っ直ぐにウサイの目を見つめ、彼はただ心を開いた。ウサイはこの時本当に自分の心を見つめ、刃を向けるべきはザムザであることに気付いた。しかし、詩人がそれを止めに入る。
 その時、聖なる玉を持ってウレイが駆けつけた。彼女もまた一族の直系の血筋。巫女としての資質があり、天界の母から「誰かを護らなければならない時、命懸けでこれを使いなさい」と夢の中で教わっていた。いつも唱え続けていた「ツカズソワズニネガワジュ」は彼女をアリアの呪文が使えるまでに霊的に成長させていたし、「大切な人を守る為」に彼女はそれを使うことにためらうことはなかった。もう決して自分の愛する人を失いたくなかったから。だが、長にとってそれはさらなる悲劇となる。彼は叫んだ。
「ウレイ、やめろ!」
 しかし、ウレイにとって大好きな優しい父を、大切な兄を、愛する詩人を救えるのは今自分しかいないんだと感じていた。うろたえるザムザの前でウレイは玉を掲げて言った。
 「アリア!」
 眩い閃光の中にザムザは消滅した。だが、同時にウレイは命を落とす。
長はまたしても目の前で最愛の娘を失った。『また護れなかった・・・』その思いの中で彼は泣き崩れた。そしてこの悲しみの極みの中で、自分が本当に大切にしなくてはならなかったのは、自分の心に真っ直ぐに向かいあい、一番大切な家族を素直に愛することだった事を悟る。それぞれにとって相対から相補へのパラダイムシフトの時が来た。彼は今こそ“最後の言葉”を使う時である時を知った。
 自分の迷いから結局ウレイに呪文を使わせてしまったウサイは、父を憎んでいた自分の愚かさを知った。しかし、ウレイはもう帰ってこない。長はウサイの悲しみを見つめたあと、涙を拭い自分の左腕のバングルを外し、愛する娘ウレイの腕に嵌めた。そして、玉を持ち、立ち上がって仲間達の前に歩み寄った。皆の顔を見つめ、最後に旅に加わった女性の前に彼は立った。彼女は長と同じ直系の血筋を引き、幼き頃より御光の教えの中に生きてきた人であり、巫女として傑出した能力を持っていた。後を託せるのは彼女しかいない。長は右腕のバングルを外し、彼女の手を取り腕に嵌めてしっかりと手を握った。哀しみを超えて、無言でじっと瞳を見つめあっていた。彼女はこれから何が起きようとしているのかを感じていた。長が二度と戻らないことも。
 それは長にとっても特別に辛い別れだった。その彼女は、長が妻を失って12年目にして初めて再び本気で愛することの出来た女性だったのだ。しかし、長がその想いを彼女に告げることは最後までなかった。妻への感謝の想いもあるが、妻は許してくれるだろうと感じていた。しかし、何よりも子ども達にこれ以上の悲痛を与えることは、どんな事があっても彼自身許すことは出来なかった。
 意を決した長はウレイの傍に戻り、玉を置いてその前に座った。そして真っ直ぐに前を見つめた後、最後に視線をウサイの横にいる人物に向けた。それは成長したヘリオだった。かつて一時期ではあっても我が子のように接し、一族の教えも伝えた子。その子が占い師として様々な慢心、挫折、苦悩を経て、今真実に目覚め、自分の力を光の道に使おうと変わり始めていることを長は感じていた。町の人々のことは彼女が導いてくれる。万感の想いを込め彼女に向けてうなずいた。ヘリオもまた今何が起きようとしているのかを強く感じていた。
 彼は深く玉に向け額ずいた。そして合掌し祈り始める。

 「大いなる御光よ、あなたはその至上の愛にて我らを導き、護り、限りなき恵みを与え続けました。しかし人はあなたとの繋がりを忘れ、闇を纏い、我欲のままに生きて数知れぬ艱難辛苦を生みだしてきました。今、時満ちて我らは真澄の鏡の前に立ち、それぞれの隠された本質に出会っています。願わくば、我ら一人一人が逃げることなく真実の自分に向かい合い、その怖れを超えて再びあなたと繋がり、希望と歓喜の光に浴することを許し給え。」
 彼は印を組むと、こう唱えた
「エドム・エル・アヒム・サヴァートヅー・アドム」
それは光の扉を開く秘密中の秘密の呪文。彼は天を仰ぎ、再び御光の意識と合一すると共に、御光の権威と力を自らの中に召還した。

 「大地の精霊、水の精霊、炎の精霊、風の精霊よ。今こそ、光の御名に於いて命ぜん!我を社となし、聖なる光を人々に繋げ、我が残り火をこの子に託せ!」 
 精霊の力を合わせ、彼は自らの体の中にエネルギーを集約させる。
「ハァァァァァーッ!」
 自らの体をエネルギー変圧器となし、限界まで耐える中で彼は一瞬、父の顔に戻ってウレイを見つめ、そして呟いた。
 「ウレイ・・・ありがとう」

 “最後の言葉”を使う時が来たのだ。
 「光よ甦れ! ドゥール・イー・ウルラ!!」
 凄まじいエネルギーが彼を貫き、閃光と共に彼は全ての力を解き放った。

 光が弱まっていく中で、長はその場に崩れ落ちた。彼は駆け寄るウサイを微笑みを以て見つめ、最後に残った力でウレイに手を伸ばし、その額に手を触れた。長が息を引き取ると同時にウレイに命の灯火が再び灯った。
 ウレイは一瞬何が起こったのかわからなかった。しかし、傍には救おうと思った父が倒れていた。そして、彼女には何故かその時父の声が聞こえた気がした。
「ウレイ、父さんはいつもお前と共にいる」
 ウレイは遠くの空が不思議に輝いていることに気付いた。それが今まで自分が見ることの出来なかった御光なのだと気付くと同時に、全ての人の目に映っていることを感じた。そして彼女の心には詩人のあの詩が響いてきた。

「心と 心を込めて創るものとの間に
創られたものと それを見る人との間に
見た人と 感じる心との間に
コトバがある」

 ヘリオは自分がこれから何をすべきなのかを気付いていた。力は甦った。人々の羅針盤となるために。そして詩人に声を掛けた。
「今です」
「え?」
「これは創作ではありません。力は戻りました」
「・・・・・」
「大丈夫、あなたの言葉は伝わります」
「あれが、エアです」

 その時を境に、人々は自分達の心の内との和解を得て、誰もがエアと呼ばれる御光を見て感じることができるようになった。エアは人々の希望の集合意識に神の力が直接顕現したもの。それを見、それに触れる者に希望を与え、幸福を生み出す。信じ、一歩前に踏み出す者に夢を実現させる力を与えるのだ。長は自らが社となり、最終的に御光と人々とを繋ぎ、預言を成就させたのだった。



Last updated 2006/02/24 8:37:02 AM

2006/02/12

ファイナルカウントダウン 
[ 舞台&YOSAKOI ]  

 2月25日土曜日、26日日曜日に「ちえりあ」で上演される「エア」の宣伝のため、一時的にこのサイトを再利用することにした。既に公演まで2週間を切り、稽古は連日夜11時頃まで続いている。今日はこれから真駒内の青少年会館を借りて、フル衣装での通しリハーサルだ。
 昨日、最終幕シーン14の脚本が修正され、やっと物語の完結が見えてきた。まだ細かい修正があるだろうけれど、感動的な結末になるだろうと思う。私も全霊を懸けて挑む気持ちになれる内容だった。
 しかし、日々の稽古はだんだんと厳しさを増し、特に演技の方では未経験の子や経験の浅い子を中心として、皆とても苦しんでいる。細かなところは自分で考えて作るように求められるし、上手く出来ていなければ容赦なく「面白くない」と作り直しを命じられる。演出自体はとても優しく、思いやり深く、根気よくやって頂いているのだが、お金を取って舞台に立つ以上甘えは許されない。程度の差はあれみんな苦しいのだ。
 中には夜も眠れず、食事も喉を通らなくなり、稽古場に来るのが苦痛になってしまっている子もいる。私に出来るサポートはしているが、代わってやることは出来ない。壁は自分で撃ち破らなくてはならないのだ。体のケアもいくらかはしてやれるが、心が病めば身体も病む。倒れるのではないかと心配な子もいる。
 私自身も腰椎椎間板ヘルニアと頸肩腕症候群が悪化しており、昨日の稽古終了時には立つことも歩くこともやっとの状態になってしまった。今も腰を曲げることが出来ず、靴下を履くのも大変な状態である。だが、5か月懸けてみんなで創り上げてきた舞台だ。なんとしても成功させたいし、自分達にも見に来てくださる方々にも想いを響かせ合いたい。産みの苦しみは歓喜を以て終焉する。いままで人生では別な面でもっと大変な状況も乗り切ってきた。まだ出来ることはあるはずだ。
 「エア」公演の詳細は以下の通りである。

「エア」
2月25日(土) 14:00~/18:30~
2月26日(日) 14:00~/17:30~
会場:札幌市生涯学習センター ちえりあ ホール
   札幌市西区宮の沢1条1丁目1-10(地下鉄宮の沢駅直結)
   駐車場はすぐ隣の西友の立体駐車場が指定で2時間無料
入場料:2,000円(全席自由席)
チケット:チケットぴあ Pコード366-739
     ローソンチケット Lコード16861
     大丸プレイガイド
     4プラプレイガイド


Last updated 2006/02/12 11:54:22 AM

2005/12/01

キクト伝説 
[ 舞台&YOSAKOI ]  

『そこは出来て間もない地球。音と光が散乱している。生命も思いのままにそこにある。しかしヒトはまだいない。地球の温度が上がっていき、生命がいなくなる。地球の温度が下がっていき、雪に覆われる。すべての活動が止まり、ただ雪原の白がそこにある。気の遠くなるような長い時間が流れる。やがて、雪の中からヒトが現れる。ある場所が明るくなる。聞いたことのない音楽が流れる。明るさにヒトがゆっくりと集まってくる。ヒトたちは明るさの中心から玉を掘り出す。その玉に大いなる光が集まり、ヒトたちは幸福感に包まれる。しかし、ヒトが玉を奪い合うと、光は消えてしまう。ヒトは反省し、玉を埋め、祈りを捧げる。場所に明るさが戻る。ヒトたちは玉を見守ることにする。誰かがこのヒトたちを「キクト」と呼び、玉に集まった光を「エア」と呼ぶのは、ずっと後のことである。』

 2月に上演される先進的創造活動プロジェクトの舞台「エア」のプロローグ部分である。実際の舞台の物語はずっと後の世界で、昭和40年代くらいのとある雪国でのお話しである。
 私は脚本の中に出てこない裏のストーリーを主人公ウレイの“父”の立場から書き上げてみた。もちろんこれは私の勝手な創作であり、このような設定になるかどうかはわからない。しかし、もし私が“父”役をやるとするならば、このような想いを込めて演じることになるだろう。


キクト伝説

『その者達は神代の古代より御光を守り、御光に仕える特別な部族だった。ウサイとウレイの父はこの部族の長の直系子孫から続く末裔として生まれ、生まれた時から「御光と人々とを繋ぐ社となる」と預言されていた。しかし、その部族そのものはすっかりかつての栄華を失い、その文化も衰退して一般社会の中に紛れて暮らしており、御光や教えについても僅かな伝承があるだけで、彼等がその一族の血脈として社会の表面に出てくることはほとんどなかった。伝説に残る御光はもう長い間出現することはなく、彼等の宗教的な行為も御光が出現しなくなってから迫害を受けるようになり、地下に潜って伝承されている程度だった。
 彼の妻となった者も、同じ長の血筋の家から選ばれ、この夫婦は世が世なら王と王妃とも言える一族の象徴であった。彼女には巫女としての優れた資質があった。だから子ども達に呪文を授け、先祖からの教えを伝えていた。しかし、長は与えられた大きな使命とは裏腹に幼い頃からごく普通の子であり、さしたるカリスマ性もなく、預言を完全に信じてもいなかった。長と言っても今の時代に大きな実権はなく、ただその血筋にあることを教えられただけで、ごく普通の暮らしをしていて自分がそのようなさだめにあることを信じ難かった。
 子ども達も物心ついたある時、彼は伝説の御光が復活したとの噂を聞くようになり、やがてかつて聞かされた使命を思い出し、それが真実なのかどうかを確かめる為に同じ部族の者達と旅に出ることにした。そして旅の中でついにその御光の場所にたどり着く。地面が光っており、そこを掘り出すと玉が出現した。その時その玉を手にした長はその光の意識そのものと合一する。そしてその玉が歩んだ過去の歴史と光の意志を一瞬にして感じ取った。
 だがその遭遇以後も彼自身に大きな力が与えられたわけではなく、同じ部族の中で霊能力に於いて大きな力を発揮し、弁も立つ同族のザムザが旅の中で次第に影響力を高めていく。ザムザは人々の心を読み、予言を行い、演説をふるって多くの仲間達に支持された。やがて自分は全ての点で長よりも上であり、自分が全ての力を伝承すべきであると思うようになっていった。だが、唯一つ大きく違ったのは、ザムザは御光を見ることは出来ても御光の核心に直接接触する力はなく、もちろん光の意志に触れることもできなかった。長は部族の中でただ1人、御光の“意識”に直接触れることができたのであり、御光の本当の意味・正体を知っているのは長だけだった。
 野心を抱いたザムザは謀反を起こす。御光と通信する為の手段であり、聖なる力を閉じこめた玉を奪い、伝承の中にある御光の大いなる力の一部である、“想いを現実化させる力”を持って全ての頂点に立とうとした。
 長はザムザ達に襲われ、危うく命を落としかけたが、ボロボロになりながらも何ヶ月振りかで自宅に逃げ帰った。しかし、追ってきたザムザ達は彼の家に迫る。家族に危機が迫った時、妻は意を決して伝説の破邪の呪文「アリア」に力を与えた。
 中略
 長はずっとひとつのことを考えていた。かつて一族の老予言者から聞かされた「悲しみの極みと悟りが出会う時、“最後の言葉”を使え、その時人々は真澄の鏡を超えて御光に直接触れるようになる」という言葉を。そして「その言葉を使う時は、お前自身が御光に帰還する時だ」とも言われていた。』

 本当はこれでまだ半分以下でこれから先がドラマチックな展開になっていくのだが、これ以上は物語の核心の謎に関わってくるので公開出来ない。後は2月の舞台を実際に見て頂きたい。



 さて、11月10日の日記にも書いたが、諸事情によりここを移転することにした。今度はひっそりとやって行くつもりである。御来訪下さった皆様、ありがとうございました。

さようなら!


Last updated 2005/12/01 1:16:48 AM

2005/11/30

年賀状 
[ 日常 ]  

 やっと来年の年賀状をオーダーしてきた。毎年恒例の自分で撮った自分の写真の年賀状。だが、予算の関係もあり、今年も去年に続いて枚数を減らした。前回は70枚作ったが、今回は50枚。でも、それでも年内に書ける自信がない。それくらいスケジュールはびっしりだ。
 もう20年くらいも続けており、毎年楽しみにしてくれている人がいるので、やっぱり続けていきたい。今回の写真は今までと少し趣を変え、一瞬の動きの瞬間を撮っている。表情はいまいちだが、動きとしては最高の瞬間が切り取れた。私もまだこんな美しいフォームができるのである。誰に出すかはこれから選定しよう。


Last updated 2005/12/01 0:30:36 AM

『ハムレット』~清水企画解散公演~ 
[ 舞台&YOSAKOI ]  

 仕事を終えて一旦帰宅してから琴似へ走る。今日は「エア」の脚本・演出をやって頂いている清水さんの劇団である「清水企画」の解散公演を見に来た。なんで解散なのかと思ったら、ある程度簡単に作りたい作品ができるという居心地のいい環境から抜け出たかったからだそうだ。
 ただ単にハムレットの芝居ということなら見には来なかっただろう。清水さんがどういう芝居を作るのかを見ておきたかったという興味の方が強い。「ハムレット」自体は名前は知っているものの、どんな内容のものなのかは知らないで見に行った。原作も読んだことないし、あんまり文学作品に興味がないので学生時代に少しは内容を教わったことがあるかもしれないが、全くストーリーはわからない状態だった。
 面白いかどうかで聞かれれば少し唸ってしまう。冒頭の7分間もの雨だれだけのシーンはあまりに長すぎて、これから始まる舞台に期待を抱かせるより、イライラと退屈さだけを募らせた。もしあれが芝居の一部ではなく待機のパフォーマンスなら別の手段を考えた方がいい。
 それと亡くなった王と、王の弟が二役で、ほとんど変化のない出演だった為、ストーリーを知らない私は最初かなり話がわからず混乱した。また部分的にワザと崩しているところがあるが、笑いを取ろうとしたと思われるところは悉く滑っており、客席から笑いは生まれなかった。
 人間の心のドロドロな部分が描かれた純文学のストーリーに私はあまり面白さというものを感じないので、内容に惹かれないのだが、だからといってこの芝居が面白くないわけではない。とにかく演技の迫力が凄かった。最前列の席で見たせいもあるが、すぐ目の前で繰り広げられる各役者の熱演には胸打たれた。
 特にオフィーリア役の女性の演技は引き込まれるものがあり、なかでも狂気を演じるシーンでは一見明るい演技ながら、その奥に秘められた正気を失う過程のあまりに悲しい悲劇がしっかりと込められており、心動かされた。
 約1時間45分。体が自由に動かせなくてちょっと辛かったが、十分生の演劇のパワーを体感させて貰った。あんな演技は今の私には全く無理だが、少しでも近づけるよう頑張っていきたい。


Last updated 2005/12/01 0:21:55 AM

2005/11/29

リズム感は育てられるのか? 
[ 舞台&YOSAKOI ]  

 久し振りに高橋先生のダンス稽古。最近は踊りの先生方もよく練習を見に来られる。キャストそれぞれの適性を見極め、誰を踊らせるかを選定する時期でもある。今日も少し早めに練習を終わって踊りの先生3人での会議だとのこと。今日の稽古でもいいとこ見せないとと思うのだが、私は憶えて即座に結果が出せるタイプじゃない。なかなか難しいものがあった。
 じっくり時間をかけてストレッチをしたあと、今日はいきなり歩く練習。しかも音楽のリズムに合わせながら「普通に歩く訓練」である。これは脚本のなかに『無機的に行き交う人々』というのが出てくるので、それのテストではないかと思う。特に音楽に合わせてシナをつくったり何かを演じたりもせず、ダンス的な動きもせず、かといってぎこちなくなってはならず、ごく普通に歩くというのは意識するとなかなか難しいものだ。
 それを少しづつ変化させて、同じペースで歩きながら周りをごく自然に見回したり、振り返ったりしながらリズムを崩さないで歩く。でもこれは私は比較的スムースにできた。あまり問題は感じなかった。
 が、そのあと、スキップをして、そのスキップのリズムを変形させ、さらにステップを組み合わせてリズム形の踊りにしていくともうついていけない。途中でリズムが変化してしまうとどうしても対応するのに時間がかかってしまう。でも若い子達はやはりダンス経験がなくても憶えるのは早い。まだ格好良く魅せる動きにはなっていないものの、動きそのものはこなせるので、上達は早いだろう。う~ん、私はこれでアピールするのはほとんど無理である。リズム感のなさは致命的にさえ感じる。これは育てることができるのだろうか?
 だが、そのあと武闘形の踊りになり、これは私にとってはそんなに難しくないので力が入りすぎて固くならないように気を付けながら踊った。もう、汗はパンツまでビショビショの状態で、頭を振れば、頭に巻いた布の端から汗が周りに飛び散っていく。周りの人に迷惑が掛かるので、とても気になる。こんなに汗をかいているのは私一人だ。体質が変われるものなら変わりたい。

 いつも演技の稽古でない限りはほとんど誰とも会話することもなく帰りの時間になってしまうのだが、今日はやっと思い切って自分の班の子に声を掛けて少しだけ話をすることができた。なかなか関係を深めていく機会がないことが歯がゆい。他にも確実にオーラは響きあっている人もいるのだが、却って意識してしまって話し掛ける勇気もない。もう少し一歩前に出る努力をしなければ。


Last updated 2005/11/29 11:41:14 PM

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