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四国八十八ヶ所お遍路、なんとか結願。
デイサービス「陽だまり」開設。 それいけフッサ Keep on Strat!
フッサストラットの日記 [全759件]雨の日曜日、何年かぶりに風邪をひいた俺は、最悪の体調の中、夜明けからRCを聴くために車をブッ飛ばした。 その後家に帰り着いた俺は、サニーサイド・アップの目玉焼きと雪印ネオソフトを塗りたくったトーストでブランチを済ませ、「マイルドセブン・スーパーライト6ミリグラム」にライター「TOKAI VESTA」(百円)で火をつけ、村上春樹訳、レイモンド・チャンドラー著「さよなら、愛しい人」(なぜ、「さらば、愛しき女よ」ではいかんのか?)を読み始めた。 「ロング・グッドバイ」(なぜ「長いお別れ」ではいかんのか)でも感じたが、丁寧に訳しているぶん、ミステリを読むときに不可欠な「スピード」に欠けるとは思う。しかしまあ、当然その描写にはうっとりしますわな。 「大鹿マロイ」をいきなり、「いえ、本当は「ヘラ鹿マロイ」です」とか言われても困るが、困るのはおじさんだけで、村上訳ということで初めてこの小説を読むであろう若いコたちは、ちっとも困らないであろう。 「小説って面白いんだなあ」と思ってくれるだろうから、文句は言わない。 次は「かわいい女」だそうだ。これも当然、「リトル・シスター」となるんだろうな。 個人的にこの小説は特に好きなので、期待してしまうぜ。
日曜日、車をぶっとばしながらRCの曲を聴いたあと、クリント・イーストウッド監督・主演の映画「グラン・トリノ」を観にいった。 僕はもう、イーストウッドの映画しか映画館で観ようという気にならない。 それも、イーストウッド「主演」でなければならない。 この映画はイーストウッドの「引退作」と言われているようであるが、僕は信じたくなかった・・・のだが、観終わって、「もしかしたら・・・」と思わざるをえない。そういう映画であり、小林信彦が言うように、「クリント・イーストウッドが引退したら、映画は終わり」であるならば、これは「映画というメディアの終焉を飾る、最後の超傑作」ということになる。 映画は、妻の葬儀から始まる。頑固(というより、笑えるほどハードボイルド)な老人は独居となり、折り合いの悪い2人の息子から、老人ホームへの入居を勧められたりする。あのクリント・イーストウッドが(!)。 朝鮮戦争の英雄であるこの主人公は、直截的に、同じく監督・主演作「ハートブレイク・リッジ」(86)のトム・ハイウェイのその後を連想させる。 老人の住む場所は、アジア系の住民が多い地域で、隣にラオス(?)のモン族の一家が越してくる。 一家の息子タオ、タオの姉(魅力あり)との交流(というほどヤワではない、当然ながら)が中心になるが、年若い牧師(でいいの?)との「生と死」についての問答が、物語世界を大きくする。 タオは同じアジア系のチンピラどもに付きまとわれていて、老人はこの青年を助けようとする。 このクライマックス、僕は本当に本当に感動した。 テレビ西部劇・マカロニ・ウェスタン出身、「ただのアクション俳優」、暴力主義の象徴(ダーティ・ハリー)、等々、いわれなく差別され続けたこの「映画の血をひく最後の男」が、自らの最後にどんな「決着」をつけたか。ぜひ、映画館で見届けてほしい。 ラスト、タイトルに載って、イーストウッド自らが歌う主題歌「グラン・トリノ」が流れる。 本当にこれで終わりなのか・・・。 ポール・ニューマンでさえ、晩年は脇にまわったりした。 クリント・イーストウッドは最後まで「主演」で通した(このあとも、主演映画を作ってくれることを望むが)。 本物のスーパースターがここにいる。 クリント・イーストウッドがついに、「生きる伝説」の高みまで昇りきったことに、僕は深い感動をおぼえる。また同時に、清志郎と同じように、いつかこの人にも会えなくなる日が来るのだと思うと、僕の胸は張り裂ける・・・。 清志郎が亡くなって、もう1週間も経つんですね。まだ実感が湧きません。 棺に向けてギターを掲げるチャボの写真を、ずっと見ていました。 昨日は「青山ロックンロール・ショー」が開催されたとのこと、僕は「仕事がある」という理由で、出席できませんでした。歳はとりたくないものです。 お詫びとして、今朝RCの曲を聴きながら車で走りました。「わかってもらえるさ」、「セラピー」、「世間知らず」、「からすの赤ちゃん」、「僕の自転車のうしろに乗りなよ」、「まぼろし」、「アイディア」、涙で前が見えなくなって怖かったです。 ジョンが亡くなったとき僕はまだ二十代で、バイトを辞めてただただボッーと「もうジョンには会えないんだ」と泣き暮らしました。 でももう僕は五十代なので、どんなに辛くても仕事はしなければなりません。 仕事の合間にふと、城山三郎のように、「そうか、もう君はいないのか」とつぶやくだけです。
朝のニュースで、清志郎さんが亡くなったことを知りました。 今はただ、落ち着かなくてうろうろ立ったり座ったりを繰り返しています。 気持ちの整理がついたら、いろいろな思いを書かせてもらおうと思います。 清志にいさん、長い間お疲れ様でした。 本当にありがとう。 いちばん苦しかった時、「わかってもらえるさ」や「誇り高く生きよう」、その他多くの素晴らしい曲を知らなければ、もうとっくに僕は潰れていたに違いありません。 勇気がわいてくるよ 挫けそうだった心に 誇り高く生きよう 喜びにあふれ さようならにいさん。 ゆっくり休んでください。
わしの最近の楽しみは競馬だけじゃ。 軍資金6000円(しかなかった。涙)から始めて、単複勝負で連戦連勝、現在4万まで来た。楽しみとはいえ、遊びじゃねーからな。バカだと思われてもいい。自分の給料分は競馬で捻出するっ!。 まあね、このブログはホントはテキトーに面白おかしくやり続けたいのよ。ホントはね。 なので、ケーハクであることは承知で天皇賞の予想を書くぞ。でもって勝つぞ。 本命はしょーがねーな、アサクサキングスだ。それほど強いとは思わぬが、今年は他が弱すぎる。 対抗はヒカルカザブエというスゲー名前の馬。これが本命でもいいが、申し訳なくも、秋山真一郎が天皇賞を勝つシーンは思い浮かばぬ。 ▲はジャガーメイルとスクリーンヒーロー。アサクサを負かすとすればこのどっちか。。 モンテクリスエス、アルナスライン、ドリームジャーニーはまとめて△ね。 3着の大穴としてトウカイトリック。 なので買い方としては、 アサクサキングスの単勝3000円(1着になるってことね。あまり信用できないので、2倍台ならやめる)、複勝5000円(3着までに入るってこと。これは大丈夫だと思うけど、150円付かないようならやめる)。 儲けが出ないようなら、 アサクサから、ヒカル・ジャガー・スクリーン・トウカイに馬連1000円(トウカイは買わないわ。なんせ3着なんですもの。うふっ)、ワイド3000円(トウカイのみ1000円ね。でへっ)。 まあすごい。フッサさんったら明日のお米もないくせに、いちまんさんぜんえんも競馬に賭けちゃうのね。すてきっ。バカだけどすてきっ!。
久しぶりに、起業仲間のH君から電話があった。 彼は法人ではなく、個人で開業したのだが(介護関係ではない)、非常にクリアかつピュアな心の持ち主で、話していると元気が出る。 会話の半分以上はグチのこぼしあいなのだが、僕が給料を一応もらって、大部分をそのまま返してるというと、彼は「いいなあ、儲かったら返してもらえるんでしょ。僕なんか月4万しかない月もあるけど、誰からも返してもらえないよ」と笑ってた。なんと素晴らしいヤツ。 そうなんだよね。利益がでれば返してもらえるんだ。 二人の共通の認識は、「やってみないとわからないことはいっぱいあって、やってみて初めて気がついたことすべてを、周りにうまく伝えることはできない」ということであった。 「グチをこぼしたくなったら、いつでも電話して」 僕より一回り以上年若い彼は、そう言ってくれた。 サンキュー・エブリボデー。おじさんも頑張るからね。 というような感じで、僕はちゃんと生きております。一部の方々、ご安心あれ。
これだけ間が空いてしまうと、照れくさくもあるし冒頭の言葉に困りますね。 とりあえず、「やあ、元気?」というところで、お許しねがいたい。 今月から安定して黒字になるはずが、世の中うまくはいきませんね。 中旬から、バタバタバタと、利用者3名が入院し、売り上げが一気に40万円減になりそうです。 「陽だまり」は、登録者が少なくひとりひとりの利用回数が多いので、こうなるとお手上げです。 やっと資金繰りから開放される・・・と安心していたので、また一から出直しなんだと思うと正直気持ちが萎えそうですが、しょうがないです。僕は粘ります。 ブログを更新できなかったのは、何度か書いたAさんに付きっきりだったせいもあります。 徘徊の強烈なAさんへの対応について、スタッフから「Aさんにだけ全力投球なのはおかしい」という不満が出て、僕は、「利用者全員に全力投球」しているつもりだったので頭にきて、それ以後は僕がほぼひとりで対応していました。 昨日も利用日で、僕が対応しました。 帰りは天気もよかったので、「陽だまり」から家まで一緒に歩きました。 「良い状態」のAさんは、ニコニコして僕と並んでゆっくりと歩いていました。 途中で、満開の桜の下も通りました。 「良い状態」のまま送り届けた・・・と僕は信じたいのですが、その5時間後、午後9時半、徘徊中に、車にはねられました。即死だったそうです。 今日も利用日だったのですが、同居の奥さんが朝電話をくれ、「今日は休みます」ということだけで、電話は切れました。 Aさんが亡くなったことを、僕は昼のテレビニュースで知りました。 「悪い予感」とか「胸騒ぎ」というものが実際あることを、知りました。 Aさんの周囲は僕を含めて、ここ2・3日みんなそういうものを感じていたようです。 なにもできなかった・・・という思いと、それでも僕は少なくともAさんにイヤな思いはさせなかった・・・という感情が交錯します。 どうか、最後に歩いた満開の桜の色が、Aさんの心に映し出されていましたように。 今はそう祈るだけです。 |一覧| |
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