|
|
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
│<< 前日へ │翌日へ >> │一覧 |
今日はシャーシの穴開け、タップ立てと進めて、大きな部品の取り付けが終わりました。 これだけで9時間かかりました。 歯を作っている方が楽だと感じるのは気のせいでしょうか?? これで片チャンネルですので、 ステレオにするなら同じものをもう1台作らないといけません。 それが終わったら実際の回路を作り始めます。 けっこう厳しい。。
東京新聞Web版からの転載ですが、 Peak oil を過ぎてしまった今、 こういう方向で行くしかないでしょう。 で、問題は何を持って次の時代に進むかです。 全部は持って行けません。 ーー引用開始ーー http://www.tokyo-np.co.jp/feature/news/davos.html 初めまして、俳優をしております渡辺謙と申します。 まず、昨年の大震災の折に、多くのサポート、メッセージをいただいたこと、本当にありがとうございます。皆さんからの力を私たちの勇気に変えて前に進んで行こうと思っています。 私はさまざまな作品の「役」を通して、これまでいろんな時代を生きて来ました。日本の1000年前の貴族、500年前の武将、そして数々の侍たち。さらには近代の軍人や一般の町人たちも。その時代にはその時代の価値観があり、人々の生き方も変化してきました。役を作るために日本の歴史を学ぶことで、さまざまなことを知りました。ただ、時にはインカ帝国の最後の皇帝アタワルパと言う役もありましたが…。 その中で、私がもっとも好きな時代が明治です。19世紀末の日本。そう、映画「ラストサムライ」の時代です。260年という長きにわたって国を閉じ、外国との接触を避けて来た日本が、国を開いたころの話です。そのころの日本は貧しかった。封建主義が人々を支配し、民主主義などというものは皆目存在しませんでした。人々は圧政や貧困に苦しみ生きていた。私は教科書でそう教わりました。 しかし、当時日本を訪れた外国の宣教師たちが書いた文章にはこう書いてあります。人々はすべからく貧しく、汚れた着物を着、家もみすぼらしい。しかし皆笑顔が絶えず、子供は楽しく走り回り、老人は皆に見守られながら暮らしている。世界中でこんなに幸福に満ちあふれた国は見たことがないと。 それから日本にはさまざまなことが起こりました。長い戦争の果てに、荒れ果てた焦土から新しい日本を築く時代に移りました。 私は「戦後はもう終わった」と叫ばれていたころ、1959年に農村で、教師の次男坊として産まれました。まだ蒸気機関車が走り、学校の後は山や川で遊ぶ暮らしでした。冬は雪に閉じ込められ、決して豊かな暮らしではなかった気がします。しかし私が俳優と言う仕事を始めたころから、今までの三十年あまり、社会は激変しました。携帯電話、インターネット、本当に子供のころのSF小説のような暮らしが当たり前のようにできるようになりました。物質的な豊かさは飽和状態になって来ました。文明は僕たちの想像をも超えてしまったのです。そして映画は飛び出すようにもなってしまったのです。 そんな時代に、私たちは大地震を経験したのです。それまで美しく多くの幸を恵んでくれた海は、多くの命を飲み込み、生活のすべてを流し去ってしまいました。電気は途絶え、携帯電話やインターネットもつながらず、人は行き場を失いました。そこに何が残っていたか。何も持たない人間でした。しかし人が人を救い、支え、寄り添う行為がありました。それはどんな世代や職業や地位の違いも必要なかったのです。それは私たちが持っていた「絆」という文化だったのです。 「絆」、漢字では半分の糸と書きます。半分の糸がどこかの誰かとつながっているという意味です。困っている人がいれば助ける。おなかがすいている人がいれば分け合う。人として当たり前の行為です。そこにはそれまでの歴史や国境すら存在しませんでした。多くの外国から支援者がやって来てくれました。絆は世界ともつながっていたのです。人と人が運命的で強く、でもさりげなくつながって行く「絆」は、すべてが流されてしまった荒野に残された光だったのです。 いま日本は、少しずつ震災や津波の傷を癒やし、その「絆」を頼りに前進しようともがいています。 国は栄えて行くべきだ、経済や文明は発展していくべきだ、人は進化して行くべきだ。私たちはそうして前へ前へ進み、上を見上げて来ました。しかし度を超えた成長は無理を呼びます。日本には「足るを知る」という言葉があります。自分に必要な物を知っていると言う意味です。人間が一人生きて行く為の物質はそんなに多くないはずです。こんなに電気に頼らなくても人間は生きて行けるはずです。「原子力」という、人間が最後までコントロールできない物質に頼って生きて行く恐怖を味わった今、再生エネルギーに大きく舵を取らなければ、子供たちに未来を手渡すことはかなわないと感じています。 私たちはもっとシンプルでつつましい、新しい「幸福」というものを創造する力があると信じています。がれきの荒野を見た私たちだからこそ、今までと違う「新しい日本」を作りたいと切に願っているのです。今あるものを捨て、今までやって来たことを変えるのは大きな痛みと勇気が必要です。しかし、今やらなければ未来は見えて来ません。心から笑いながら、支え合いながら生きて行く日本を、皆さまにお見せできるよう努力しようと思っています。そしてこの「絆」を世界の皆さまともつないで行きたいと思っています。
これは70年代、僕が中学生の頃使っていたS社のラジオ付きテープコーダ(ラジカセという言葉はまだない)ですが、 当時は製品としての魅力がありました。 今見ても当時のことを思い出すのか、魅力を感じます。 このところの超円高と災害、他国の追い上げによって 日本製の高品質液晶テレビが売れない、、 もう日本は加工貿易では成り立たなくなってきているので、 どうにかしなくては、、 ということですが、 少なくともテレビは既にその役割を終えている製品だということです。 実際うちにはテレビはない、というか排除しました。 あまりにも低劣な番組が多いので、新聞と共にNHKもいっしょに解約しました。 違約金を取られたり、けっこう大変だったですけどね。 それも、もう10年前のことです。 ハードが売れないのは高すぎる、コンテンツが悲惨ということはありますが、 もうこれ以上の機能も性能も要らない、壊れたら買い替えすらしたくない。 ネットの方が楽しめるしね。。ということでしょう。 また、大量生産、大量消費の時代では無くなってきているというのはあります。 しかし、少量多品種生産で、パナソニックやソニーなどの大きな会社が存続できるのかというと難しい。 現代資本主義は大きな転換点に立っているといえるのでしょう。 これからPeak oil を過ぎて石油生産は急速に減退しますので、 工業生産品を大量生産、大量消費しようにも、物理的にできない時代はそこまで来ています。 こういった事態になるのは家電業界だけではないでしょう。 で、どうなるかというと、大企業は消えます。 汎用半導体や基本部品を生産する企業は細々と生き残りますが、 家電業界や自動車業界などのアッセンブリー系の大規模企業は消えざるを得ないでしょう。 新興国の需要が一巡する前に石油時代は終わる可能性が高いと思います。 個人の職人やガレージメーカーや中小の工場がいろいろと楽しめる「モノ」を作って、 みんなが楽しむ時代がくるだろうと思います。 うちは個人でやっていて、 少量多品種どころか、オーダーメイドの一品生産なので、 そういう事態が容易に想像できます。 「ものづくり」は楽しいですよ。^^; ーー引用開始ーー http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120205-00000206-yom-bus_all 読売新聞?2月5日(日)10時3分配信 読売新聞 製造業各社の業績が落ち込んでいる。 歴史的な円高やタイの洪水などのダメージに加え、ものづくりの基盤が揺らいでいるためだ。日本は、原材料を輸入して製品を輸出する「加工貿易」をお家芸としていた。しかし技術の優位性には陰りが見え、各社は従業員を維持できなくなりつつある。 パナソニックとソニー、シャープ3社が発表した2012年3月期の業績予想では、税引き後赤字の合計が1兆2900億円に達する。リーマン・ショック後の09年3月期(6036億円の赤字)の2倍規模になりそうだ。 タイ洪水の影響は、ソニーで約700億円、パナソニックで約600億円、シャープは約30億円の営業減益要因となっている。 加えてパナソニックは、統合した三洋電機の「のれん代」2500億円を損失処理し、赤字幅が拡大した。 テレビ事業は各社の主力事業の一つだ。だが、ソニーのテレビ事業の12年3月期の営業赤字は約2300億円と、ソニー全体の税引き後赤字額を上回る見込みだ。 「敗戦処理」も傷口を広げている。 ソニーは韓国サムスン電子との合弁解消に伴う損失を計上した。パナソニックとシャープは巨費を投じた国内のテレビ用パネル工場をスマートフォン(高機能携帯電話)など向けに転換する。その費用はパナソニックが2000億円、シャープが800億円に達する。 シャープの片山幹雄社長は「売れば売るほど赤字なので、日本からの(テレビなどの)輸出は不可能だ」と嘆く。ソニーはシェア(占有率)拡大から採算重視に戦略を転換したが、肝心の売り上げが伸びなかった。円高の影響もあるが、「製品としての魅力が世界市場で通用しなくなっているのではないか」(業界筋)との指摘も出ている。 最終更新:2月5日(日)10時3分
【送料無料】 第二のフクシマ、日本滅亡 朝日新書 / 広瀬隆 【新書】 野田総理は何を考えているのか?官僚だかアメユダさんに脅かされているのか?分かりませんが、 消費税10%、いやそれ以上でないと年金も医療福祉サービスも提供できなくなる、 財政は破綻する、とか言っていますが、 Peak Oil を過ぎ、どのみち現代石油文明は崩壊しますので、 どうでもいいことです。 そんなことより、 今回の一連の地殻変動は1100年以上前の状況と似ているらしく、 地震や津波はまだまだ始まったばかりで、 この数年~数十年に渡り警戒が必要です。 このところクジラが東京湾で死んでいたり、大平洋岸の砂浜に打ち上げられていたり、 地震に関連すると思われる前兆現象が各地で起こっているそうで、 警戒が必要です。 福島第一付近で起こりうる余震や東京直下型地震はもちろん、 富士山の噴火を伴い中部、関東地方を襲うM8クラスの地震、 房総沖~東南海~南海を震源とするM9クラスの巨大地震とそれに伴う20m級の巨大津波、 原発銀座の福井県で起こるかもしれないM8クラスの地震、 紀伊半島~四国地方~九州を走る中央構造線が動いたときに起こるM9クラスの地震、 ここには伊方や川内原発が並んでいるではないですか、、 要するに日本で地震や津波に安全な所はなく、 止まっていても、何年も冷やし続けるしかない原発が地震が起こりそうなところに多数建っています。 原発に関しては廃炉技術も核廃棄物処理技術もまったく確立していません。 地震や津波で冷却機能が失われたり、 破損するとメルトダウンと変わらないことになる使用済核燃料の安全管理技術さえ確立していません。 これまでの儲けがふっとんでしまうので、そういうことは先送りにしてきたのです。 地殻変動期は今後数十年は続くと思われますので、 原発の再稼働どころか、さっさと廃炉作業に取りかからないと、 地震や津波にともなう原発関連苛酷事故はまたかならず起こります。 日本だけではない、世界中は放射能まみれになって住むところがなくなりますよ。 #引用記事の関連記事に東京で地震津波が起こったときのサバイバル関連記事がありますので、 お住まいの方は読んでおき、避難方法、経路は日頃からシミュレートしておいてください。 地下鉄に乗っていたときの地震や津波で浸水したとき、どこから地上に這い上がれるか、などです。 ーー引用開始ーー 前兆現象がこんなに! M8M9大地震いよいよ本当に来そうで怖い 毎日揺れる日本列島 あの時と同じ・・・ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/31621?page=3 同じく産業技術総合研究所の招聘研究員で、各地の遺跡などに残る地震の痕跡から過去の巨大地震の発生履歴を探る「地震考古学」の提唱者でもある寒川旭氏は、こう警告する。 「現在の状況は、日本各地で巨大地震が相次いだ9世紀の状況に非常によく似ています。東日本大震災に匹敵する巨大地震だったと推定される貞観地震(869年)の前には、東北地方の内陸部で小規模の地震が続いた後、プレート境界型の貞観地震に繋がりました。今回も、'04年の新潟県中越地震など東北やその付近の内陸部で地震が起きた後、大震災が発生したという経緯があります」 869年の貞観地震は、東日本大震災と同様のM9クラスの地震であったことが、最近の調査で明らかになっている。寒川氏が憂慮するのは、1000年前と同じような「大地震の連続発生」だという。 「貞観地震の9年後、878年には関東南部でかなり大きい地震が起きています。これは菅原道真らが編纂した『日本三代実録』にも被害状況が記録されていて、現在の東京、神奈川にあたる武蔵国、相模国ではほとんどの建物が倒壊し、多くの死者が出たとあります。 この地震は、神奈川県伊勢原市付近を走る伊勢原断層か、その沖の相模トラフ(海溝の一種)周辺が震源になったと言われています。動いたのが伊勢原断層なら同じ場所が動く可能性は低いですが、その周辺の断層が今後動く可能性は十分あるのです」(寒川氏) 本誌でも何度か触れたが、相模湾沖は複数のプレートがぶつかり合っている複雑な地形で、巨大地震発生のメカニズムを解明するのが非常に困難な場所とされている。これは言ってみれば、「いつ何が起きるか分からない」ということを意味しており、現実に300年以上も大地震が起きていない房総半島沖付近の沈黙ぶりは、いかにも不気味だ。 ちなみに、1月1日に地震が起きた鳥島が乗っているフィリピン海プレートの北端部分付近に位置しているのが、東京・神奈川・千葉といった地域だ。 その一方で、関東周辺だけでなく、「西日本も安心できる状況ではない」と指摘するのは、元北海道大学大学院付属・地震火山研究観測センター長で、現武蔵野学院大学特任教授の島村英紀氏である。 「西日本では、1944年に東南海地震、1946年に南海地震が起きていますが、その前後に鳥取地震(1943年)、福井地震(1948年)などの直下型地震が続発し、大きな被害を出しています。現在の状況は当時と似ていて、西日本でも急に地震が増えています。東南海地震、南海地震の再発が近づいているのかもしれません。 また、3・11の地震の影響で、伊豆半島あたりから九州にまで甚大な被害を及ぼした、1707年の宝永地震と同じような巨大地震が起きる可能性も出てきています。かつて宝永地震はM8クラスと想定されていましたが、実際には3・11同様、M9クラスとも言われている。西日本はとても安心できるような状況ではありません」 西日本も要注意 東南海、南海地震は、100~150年周期で発生すると考えられているが、こうした周期も東日本大震災のM9の影響がある以上、実際にはどうなるか分からず、再発の時期が早まる可能性がある。 そして島村氏の指摘の通り、次の地震が、宝永地震タイプの超巨大地震となる可能性は否定できない。静岡大学防災総合センターの石川有三客員教授の研究によれば、宝永地震は東日本大震災をさらに上回る、M9・1~9・3に達していた可能性があるという。 そうした場合、本州南岸部を襲う津波の被害は、これまで想定された以上の凄まじいものになる怖れも出てきている。東京大学総合防災情報研究センターの古村孝志教授らの研究では、M9クラスの地震が起きれば、従来想定されていた高さの1・5~2倍に達する津波が各地の沿岸を襲う可能性があるという。 たとえば、高知県の土佐湾で20m、三重県付近で15m、愛知・静岡沿岸部で10m・・・という驚くべきシミュレーションだ。 その際、震源域に近い場所では5~15分で大津波が到達し、30分後には東海地方から近畿、四国、九州にかけた広大な地域に津波が押し寄せる。東京湾内や大阪湾内など、あまり津波被害が想定されていない地域にも1時間~1時間30分後には2m以上の津波が襲来する可能性があるという。 東京都では、基本的に直下型地震の被害想定・防災対策が中心になっている。ロクな堤防もない東京のウォーターフロント地区は、もし津波が来れば瞬時に水没する可能性もある。 「西日本には、愛知から四国を通り、九州の大分~熊本に抜ける、中央構造線という大断層もあります。有史以来、動いた記録がないこの大断層も3・11の影響を受けているかもしれない。中央構造線も必ずいつか地震を起こす断層ですから、十分に警戒する必要があります」(前出・島村氏) 「房総沖を筆頭に東海、東南海まで、3・11の影響によって今後大地震が起きる可能性があるのは、太平洋沿岸の広い地域になります。こうしたプレートが沈み込んでいる場所には歪みがたまり続けており、メカニズムとしては、いつ地震が起きてもおかしくないと言えます」(筑波大学生命環境系・八木勇治准教授) 専門家たちが警戒しているのは、数百年から1000年ほどの周期でやってくる"大地震・大災害の当たり年"に、現在の日本がなっている可能性だ。 たとえば、前出の東日本大震災と同タイプ・貞観地震の時代には、864年に富士山が噴火、869年に貞観地震、878年に関東地震、887年に南海地震と、大災害が連続した。 また、18世紀には1703年に元禄関東地震が起きると、1707年に宝永地震が発生、そしてその直後に富士山が大噴火、という連鎖が起きている。 こうした歴史的事実が示しているのは、今が決して安穏としていられる状況ではないということ。方向感覚を狂わせ、浜辺に打ち上げられた深海魚やクジラは、次なる大災害の「第一の犠牲者」なのかもしれない。 自然が教えてくれるサインを見逃さず、地震に備え身を守るために何をすべきなのか。次項では、そのサバイバル術を紹介する。 「週刊現代」2012年1月28日号より │<< 前日へ │翌日へ >> │一覧 │ 一番上に戻る │ |
|