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こんにちは、 以前、一関市の手づくりジェラートのお店「ポラーノ」さんをご紹介した際、
こんにちは、むぅ です 本格的に冬になったと感じずにはいられない雪模様の朝 我が家の愛犬と来たら、私のお布団の中で丸くなっていました 寒くなってきたので、お車の方も、歩行者の方も、 交通安全にはくれぐれもお気をつけてくださいね さて、先週の金ケ崎取材「鳥海柵」の後は、歴史の流れ追いかけるように、 【大林城跡】へ 大林城跡 とは、 奥州総奉行 葛西清重の家臣 柏山(かしやま)氏が 代々居城してきた中世胆沢郡最大規模の城跡 中世300年以上もの間、胆沢郡の政治・経済・文化・軍事の中心としての役割を 果たしてきたそうです “柏山館”“松本館”“生城寺館”の3つの郭から成り立つ 城郭の総面積は約33万平方メートル スケールの壮大さにビックリ 東京ドーム7個分です 今年5月に順路表示(28ヶ所)や 説明案内版(5ヶ所)が設置され、 堀跡や、土橋跡などを巡ることができる散策路が完成したそうです 1番から順に巡っていくと、 「搦手(からめて)」・裏口からめぐっていくことになりますが、 ポイントごとに説明案内版があるので、 今、自分がお城のこのあたりにいるのかな~なんて、想像したり、 「あの辺りから陶磁器が出土したんだ~」 「あそこに見える辺りが“宿”と呼ばれた城内集落のあったところなんだ~」 など、目に映る景色に歴史を重ねあわせられるロマンたっぷりな空間でした 少し高台になっているところからは、金ケ崎の街が一望でき このような景色を見ていたのかな~なんて思うと、 ちょっと、特別な気分です この大林城は、 1590年、柏山氏が豊臣秀吉の小田原城攻めに参陣しなかったため 葛西氏と共に居城追放され、廃城になってしまいました そして、金ケ崎から石巻までの広大な葛西領は、あの伊達政宗に与えられたそうです その後、南部藩と伊達藩の藩境をめぐる論争が約50年続いた1642年、 駒ケ岳から、現在の釜石市唐丹まで直線にして約130kmにわたって塚が築かれたました それが、国指定史跡の南部領伊達領境塚 金ケ崎には約3kmにわたって、 大塚5個、小塚50個が残っているそうです 道路のすぐ脇にあり、その道路もあと数mで、北上市という立地 今の市町村境に重なるようにキッチリしてますよね 時系列をたどり、歴史の流れを感じる、コースでした 金ケ崎の旅はまだまだ続きます 大林城跡 岩手県胆沢郡金ケ崎町永栄西柏山(県南青少年の家隣接) 南部領伊達領境塚 岩手県胆沢郡金ケ崎町西根遠谷巾1-15 │<< 前日へ │翌日へ >> │一覧 │ 一番上に戻る │ |