こんにちは。チェです。
産業祭、ねぎサミット盛り上がりましたね。
その中にあって、どちらかというと端のほうに位置する深谷シネマ周辺も
大変な人だかりでした。
今回は、深谷シネマの前身の「十一屋 田中藤左衛門商店」について触れます。
(十一屋は田中藤左衛門商店の屋号で、近江商人が良く使う屋号です。
縦に書くと「士」となって元サムライであることをあらわしています)
十一屋、田中藤左衛門商店は享保元年創業の深谷宿きっての老舗です。
天明の頃にはその販路を江戸、信濃、上野、下野の諸国に広げ、
「七つ梅」は幕府大奥の御前酒となりました。
明治中期以降、十一屋も増改築を次々と行いほぼ現在と同じような配置となりました。
火事を最も恐れた酒造業はシンボルの煙突や精米所、
米蒸釜、馬小屋、塀などを煉瓦で構築していきました。
その後、関東大震災や昭和六年の西埼玉地震にも耐え、その姿を現在に伝えています。
煉瓦建造物は、日本煉瓦製造株式会社設立の目的でもあるとおり、当初は官庁や軍関連施設、鉄道などに多く使われ、民間の建物には殆ど使用されていません。
しかし、深谷に見られる煉瓦の使用例は、こうした常識を打ち破るものであり、
明治中期より一般の商家・民家にも多く煉瓦が採用されています。
十一屋、田中藤左衛門商店の建物群は保存状態も良好で、当地の煉瓦の普及を知る上で貴重です。
ぜひ、ご覧いただいていない方は見てください。
それではまた、バイバイねー