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更新が遅くなり申し訳ございません。今回は大田区下丸子駅周辺を散策しました。 漫画「それでも町は廻っている」のモデルにもなっている街ですね。 まずは、駅を出て左手の大田区民プラザの方へ歩いてみます。こちら側は、かなり木々がうっそうとしている所があったり、緑が豊富ですね。 こんなに立派な木があったりします。それでは、駅の方へ戻り、商店街を歩いてみようと思います。この街の商店街は一本道じゃなくて、横道に入っても商店があったりしました。
このように、車道・歩道ともに綺麗に整備されています。買い物もしやすそうです。歩いて横道に入っていくと、風鈴の涼しげな音色が聞こえてくるこれぞ下町、といったような光景が広がります。
いいですね。こういう風景を見ると、何故か懐かしい気持ちになりますね。
これも、小学生時代を思い出します(笑) さらに歩き続けると・・・
このような立派な門が現れます。現在は、お寺のようですが、これは江戸時代の小大名の屋敷跡だそうです。貴重な文化財です。強い陽射しと蝉しぐれの中、駅と反対の方向へどんどん歩くと、あの有名企業に行きつきます。その有名企業とは・・・
そうです、キャノンです。下町の風景が残るこの街に、ハイテク産業の会社が籍を置いているんですね。なんとも、不思議な感じがする街でした。
文責 T・T
更新が大変遅れてしまい申し訳ありませんでした。 今回は、東急田園都市線の宮前平駅の紹介をしたいと思います。 宮前平駅…と聞いて何かピンとくるものが浮かぶ方は珍しいのではないでしょうか。ショッピングモールがあるわけでも、大きなレジャー施設があるわけでもなし(温泉施設ができましたけど)。いわゆるベッドタウンといったところでしょうか。 そんな宮前平の特徴といえば、急な坂道の多さです。 ![]() ![]() 宮前平駅を挟んで南北にかなり急な上り坂があり、他にもうねうね上ったり下ったり、街中の至るところに急な坂道が見られます。 住宅街のどまんなかにこんなに急な階段が見つかるほど。 ![]() ここで小さな疑問が。なぜ『宮前“平”』なのに坂ばかりあるのでしょう?全くもって“平ら”ではないのですが…。 どうやら宮前平の『平』はかつてのこの地域の大字から持ってこられたそうなのです。宮前平は隣駅である宮崎台と一緒に『みやざき』という地名で呼ばれていたようです。そしてその『みやざき』のもともとの漢字表記は、『宮前』だったようなのです。 これだけの急こう配だらけの街に“平”と名付けるとは何とも皮肉なものです。 ちなみに駅の北側の上り坂には『富士見坂』という名前が付けられており、天気の良い日には上り切った辺りから富士山を拝むことができます。 ![]() 残念ながらこの日は曇っていて見えなかったのですが…。 ![]() 富士山から遠く離れた小さな町にも『富士』とつく場所があるなんて、富士山の偉大さを改めて思い知らされた気分です。
今回は東急沿線のターミナルの一つ、蒲田を歩いてみたいと思います。 筆者は京急沿線に住んでいるので、蒲田と言っても まず降り立つのはこの駅、「京急蒲田」。 ![]() 駅の東側を通る国道15号線(第一京浜)を川崎方面に望むと、 かなり大掛かりな踏切があるのが分かります。 お正月、箱根駅伝でテレビにこの場所が映るのを見た方も多い事と思います。 ![]() 現在、この場を通る京浜急行は会社をあげて線路の高架化を進めており、 あと4年もすると写真の上の方にある高架を電車が走ることになります。 駅の周辺は作りかけの高架や機材などで物々しい印象を受けますが、 ここからJR蒲田駅の方向へ向かって歩いていくと穏やかな街らしい 雰囲気が出てきます。 ![]() 京急蒲田の駅前から伸びていくこの商店街は「あすと京急」。 薬局やコンビニ、靴屋などはもちろんのこと、坦坦麺を専門に 扱うラーメン店や、特徴ある国旗を掲げたネパール料理の 専門店、黒糖のドーナツを売るお店なども。よく見かける チェーンから個性あふれるお店まで、その顔ぶれは多彩です。 ![]() 因みに、あすと京急から枝分かれした路地に入るとその先に あるのが「蒲田八幡神社」。社そのものの規模は小さめですが、 立派な鳥居を備えています。 ![]() あすと京急を抜け、JR蒲田駅へと足を進めます。 駅前の通りは非常に広々とした印象。京急のバスがひっきりなしに 行き交っているのが目立ちます。 ![]() こちらが蒲田駅の東口サイド。目を引くのはやはりこの像でしょう。 ![]() ![]() モヤイ像は渋谷、新島、そしてこの蒲田と全国に三体あるようです。 表と裏で異なる表情が楽しめるのもポイント。 ![]() 駅ビル「GRANDUO」にほぼ隣接する形で、大田区役所があります。 内部は吹き抜けになっており、非常に開放感が高い印象を受けます。 羽田、穴森の昔の町並みを再現したジオラマや、対照的にこれから リニューアルする大田区体育館の完成予想図などの展示もあり、 区役所としてのみならず、博物館的な楽しみ方も出来る場所です。 ![]() GRANDUOの中を通って西口側へ行くと、東急の駅ビルである 「TOKYU PLAZA」が右側に隣接しているのが分かります。 ![]() 遠めに見てみたときの写真。観覧車が上にあるのが見えます。 ![]() 主軸となるバスも、こちら側は東急バス。東側と西側の違いは ここにも現れていますね。 そして西口側、東急蒲田駅の下をくぐり抜けるとその一帯はまさに 「ユザワヤの街」。街行く人々を見ても、赤、黒、白の三色に彩られた 大きな袋が目立ちます。そう、手芸雑貨の老舗ユザワヤの総本山こそ この蒲田なのです。 ![]() ![]() 生地、文具、模型など扱うジャンルごとに建物が分かれており、 西口側だけで7棟あるほか、蒲田全体を含めればユザワヤのビルは 合計13棟にも及ぶそうです。 周囲にあるお店やアーケードにも手芸、服飾関連の所が多く、 この一帯からは他に無い洒落た雰囲気が漂っています。 このように、東から西へ歩いてみるだけでもその違いに 驚くであろう蒲田の街。交通の要衝、乗り換え地点という 印象も強いですが、時にはゆっくり歩いてみるのもまた一興ですね。 文責:MT 次回は11月中に更新の予定です。お楽しみに!
今回も東急沿線とは少し離れますが、港北ニュータウンのご紹介をしたいと思います! 港北ニュータウンとは、横浜市都筑区にあり、駅でいうと横浜市営地下鉄ブルーラインの中川・センター北・センター南・仲町台、グリーンラインの都筑ふれあいの丘~東山田の各駅が最寄りとなります。 渋谷にも横浜にも、いずれも30分程度で出ることができ、公園や遊歩道が多く存在し、特に若いファミリーに近年絶大な人気を誇っている街でもあります。 さてそれでは、そんな港北ニュータウンの玄関口である中川駅から、散歩に出てみたいと思います。 まず、中川駅の地上に出ると… ![]() いかにもニュータウン、という感じの町並みです。 郵便局や交番もなんだかこだわりを感じます。 ![]() 駅からすぐのところから、緑道がはじまります。 この街にはこのような緑道がいたるところにあり、散歩するにはいい街です。 ![]() 途中、地下鉄(ブルーライン)が顔を出したり。 ![]() このような野球とサッカーが同時にできるくらい大きな公園も、港北ニュータウンにはたくさんあります。 ![]() この緑道は全部で5キロくらいありますが、今回は途中で抜け、センター北駅へ向かいます。 センター北駅周辺は、近年すごい勢いでショッピングセンターやマンションができています。 写真はまだオープンして間もない、ノースポートモールです。 この街には写真のような細長い形の建物が多いのも不思議です。 ![]() そして、都筑区のひそかな名物「都筑まもるくん」 意外に大きくて、初めてみる人はびっくりすることでしょう。 都筑区の交通安全を見守っています。 ![]() そして最後は、センター北駅前にある阪急百貨店と観覧車です。 ![]() わずかではありましたが、港北ニュータウンと都筑区の良さが伝わりましたでしょうか?? センター北からは東急線の綱島や鷺沼、たまプラーザへのバスも出ており、東急沿線とも馴染みが深い街です。 ぜひ一度、お散歩に、そしてショッピングに来てみてはいかがでしょうか? ☆次回の更新は10月中を予定しています。お楽しみに! 文責:三田代表
会員にあまり馴染みのない日本橋に行ってみたいということで、散策してきました(筆者は日本橋在住なので案内役でした)。 正午に浅草線日本橋駅集合。 とりあえず昼ご飯を食べようという事で、たいめいけんか、コレド日本橋にしようか、ほとんど迷わずコレド日本橋へ。 コレド日本橋は、日本橋の新名所の一つで、ショップレストラン&オフィスという丸ビルみたいな複合施設。 その4階レストラン街へ向かう。 と、そこに影…。 ![]() その正体は… ![]() 大隈重信! そうここ5階は、早稲田大学ファイナンス研究科・日本橋キャンパスだったのです! ![]() 置いてあった入学パンフレットを見ると、入学者の平均年齢は32.2歳。 金融街の中心で働くサラリーマンが中心かな。 さて、おなかも空いたので4階に降りよう!とエスカレーターを探すと、下りがない! 大学サイトをはじめとして、一度入るとなかなか抜け出せないのが早稲田の特性でありますが、ここでもまた… なので、こういうときは、エレベーターで下ります。 いろいろ見て回って食べたのはカレーうどん。写真はありません。 コレド日本橋を後にした私たちは、日本橋の「日本橋」を背後に京橋方面へ。 すぐに老舗百貨店・日本橋高島屋本店 ![]() さらに歩き、 八重洲通りにさしかかったところで突然、キリンが出現! もちろん野生ではありません。像です。東京駅方面に向かい、北海道物産館に寄り道し、ソフトクリームを食す。 呉服橋方面へ。 途中、さくら道。 ![]() 呉服橋を渡ると、日本の中央銀行・日本銀行本店 ![]() 収まりきらない大きさ。 ![]() その隣には、三井本館(三井住友銀行日本橋支店)。 ![]() ここの1階は天井が異常に高いです。 その向かいには、日本橋三越本店。 ![]() 越前屋という屋号で商いをしていた三井さん、だから三越なんですね。 玄関の装飾(わかりにくい写真ですみません…)。 ![]() 中に入ると、巨大な謎のオブジェが出現。 ![]() 天井はステンドグラス。 ![]() オブジェの向こう側。 ![]() 参議院本会議場に似ている? 別の出口から出てみると、 ![]() ライオンゾウが…。いや、像です。 このライオン像に誰にも見られることなく跨ることができれば、必ず合格するという伝説が受験生の間にあるとか。 どなたか試して、結果をお知らせください。 それにしても、完全に洋風の建物に、暖簾がシュール。 少し戻って、日銀の向かいにある貨幣博物館。入館料は無料。 ![]() 常設展は、古代中国~現代日本の貨幣を歴史に沿って展示しています。 今回の特設展は、古代中国の貨幣。不思議です。 世界の貨幣や日本の記念硬貨なども展示してあり、こちらはなかなか綺麗でした。 次に向かったのは、水天宮前。 水天宮仲通には小さな駄菓子屋やおせんべい屋さんがあります。 水天宮に参拝。ご利益は子授け・安産です。 水天宮のある蛎殻町は、昭和の大歌手・藤山一郎氏の出生の地。 なんと藤山氏は慶應義塾普通部卒なのです! それから人形町・甘酒横丁へ。甘酒ソフトがありましたが、北海道ソフトを食べてしまったので、お腹を壊さぬよう自制しました。 甘酒横丁を通った先には明治座。 筆者の通り道にあって、ずっと気になっていたものの入った事がなかったチーズ専門店なども寄ってみました。 それから茅場町方面に向かいます。 茅場町といえば、世界三大市場の一つ・東京証券取引所。 ![]() ![]() 一般見学もできるのですが、入館は16:00まで。タイムアウト。 仕方がないので、建物を一周します。 この後は茅場町のJAZZBARで少し飲んで、日本橋散策は終了しました。 文責:YK 次回の更新は9月下旬頃の予定です。お楽しみに!
大変ご無沙汰をしておりました。今年度も更新を行ってまいりますので、何卒よろしくお願い致します。 ![]() さて、今回ご紹介するのは六郷用水跡です。六郷用水は、多摩川沿いの地域に農業用水を供給するため江戸時代に開削された水路です。以来、第二次大戦期までの長きに渡って地域住民の生活に貢献してきました。現在では、東急多摩川線の多摩川駅から鵜の木駅にかけて、かつての流路に沿って遊歩道が整備されています。 多摩川駅から東急多摩川線に沿って歩き、中原街道下のトンネルをくぐると遊歩道が始まります。三菱山と住宅地に挟まれた流路には丸々と太った数多くの鯉が優雅に泳ぎ、ここが都内であることを忘れさせてくれます。春には流域に植えられた桜の木々が見事に開花して、多くの人で賑わっています。5分ほど歩いたところにある寺院「東光院」の近くでは、ミニチュアの足踏み水車や日光浴を楽しむ亀などを楽しむことができます。 東光院を出ると、一旦流れが非常にゆるやかになります。水路の近くには湧水地を覆うあずまやがありますが、あまり水量は多くありません。また、人工の小さな滝があり、岩の上から水が流れ落ちる様は一服の清涼感を与えてくれます。 ![]() 密蔵院の近くで再び豊かな流水を取り戻した用水は、多摩堤通りから一本入った閑静な通りを鵜の木の方向へ流れていきます。線路を挟んだ反対側を流れる多摩川は散歩コースとして有名ですが、たまには六郷用水に沿って、さまざまな発見をされてみてはいかがでしょうか。 次回の更新は来月を予定しています。
東急大井町線・目黒線の大岡山駅を出て、駅舎の方を振り向くと、そこには、蔦の絡まる不思議な雰囲気の建物がそびえ立っています。その建物をよく見てみると、「東急病院」の文字があります。駅ビルが病院なのでしょうか。今回は、この東急病院について、ご紹介したいと思います。 駅舎の上に覆い被さるようにあるこの建物、本当に病院なのです。かつて大岡山駅に隣接した場所にあった東急病院が平成19年11月に駅舎の真上に移転したことにより、現在のような状態になりました。駅の上に病院が建てられるのは、本邦初であり、さすがは鉄道会社の病院であると、その奇抜な発想に感服させられました。鉄道の線路がその下にあるという構造上、心配なのは、電車の走行による揺れが医療行為に影響を及ぼすのではないかということです。しかし、大岡山駅には、電車の発着に伴う振動を病院に伝えないよう、線路の下にコイルばね防振装置を設置するなどの工夫がなされており、そうした不安は払拭されています。また、改札付近に病院の入口があるため、鉄道を使って来院する場合にも、非常に便利です。「大岡山にやすらぎの丘を創る」ことをコンセプトに、地域の人々の健康な生活の実現に貢献しています。 道路を挟んで反対側には、東京工業大学。周辺は、商店街と住宅街。閑静な学園都市の空に突如として伸びるその建物は、まるでお城か何かのようです。 東急病院は、その下を走る東急線とともに、私たちの毎日に安心を提供してくれます。
今回は、前回取り上げました慶應義塾大学日吉キャンパスの中にある協生館について紹介させていただきたいと思います。 ![]() 東急東横線の日吉駅から見て日吉キャンパスの銀杏並木の右側、綱島街道に面したところに協生館はあります。 この協生館は、慶應義塾の創立150年記念事業の1つとして建てられたもので、今年の8月に完成しました。大学院や図書室、プールなど、大学の施設が入る一方で、飲食施設やスポーツ施設、ホールなど、一般の方々も利用することができる施設も数多く入っています。 並木道から協生館へ向かうと、入口の右側にローソン、左側にタリーズコーヒーがあり、まるで大学構内の施設ではないかのようです。タリーズコーヒーの奥には、セントラルウェルネスクラブがあり、一般の方々がトレーニングされている姿が見えます。これまでの日吉キャンパスを知っている学生としては、地域と渾然一体となった開放的な雰囲気に、違和感は覚えないまでも、不思議な印象を受け、驚きを隠すことができませんでした。 ![]() 建物の中に入ってみると、吹抜けと、そこから降り注ぐ自然の光が清々しく迎えてくれます。その風景は、あたかもどこかのショッピングモールのようです。ローソンの隣には、英国式のパブ「HUB」もあります。英国の大学では、構内にパブがあるのは当たり前だそうです。授業やサークル活動を終えた学生や先生方がここに集い、一日の疲れを癒すことができます。お昼も営業しており、英国風カレーなど、少し変わったメニューの昼食をいただくこともできます。 2階には、言わずと知れた石鍋シェフのフレンチレストラン「クイーン・アリス」があります。店内からは、日吉キャンパスの緑を望むことができ、優雅な時間を過ごすことができます。また、その他にも、講演会やコンサートなどに使われる藤原洋記念ホールや、慶應義塾紹介コーナーを設け、 慶應義塾オリジナルグッズの販売を行っているコミュニケーション・プラザなどがあり、慶應義塾と地域との連携の拠点となっています。3階以上は、大学院の施設や研修施設などが入居しており、一般の方々は、入ることができません。![]() 日吉キャンパスにそびえ立つ協生館。陸上競技場側から見るその姿は、非常に雄大です。このモダンな施設を中心に、慶應義塾と社会、地域との連携が強化され、共に発展していくことを願います。
![]() 今回は、東急東横線の日吉にあり、私たち田園都市倶楽部の活動の拠点でもある慶應義塾大学日吉キャンパスを紹介したいと思います。 東急東横線日吉駅から綱島街道側へ出ると目の前に現れる銀杏並木、それが慶應義塾大学日吉キャンパスの入口です。ここでは、慶應義塾大学の総合政策学部と環境情報学部、看護医療学部を除く学部の教養課程の学生が学んでいます。銀杏並木を抜けると、図書館や校舎などの建物が数多く並ぶいわゆる大学の風景が広がっていますが、少しキャンパスの奥まで足を運んでみると、そこには、「蝮谷(まむしだに)」と呼ばれる緑豊かな空間が広がっています。蝮谷には、主に体育会系の部活の練習場などがあり、その周辺には、街中の大学とは思えないようなうっそうとした雑木林があります。一歩足を踏み入れると、色々な生き物が迎えてくれ、授業の合間などに気軽に自然に親しむことができます。 ![]() さて、日吉キャンパスの歴史をひも解いてみると、意外にも東急との深いつながりがあります。実は、現在、日吉キャンパスがある土地のほとんどは、昭和3年に東急(当時は東京横浜電鉄)から慶應義塾に無償で提供されたものなのです。大正末期、慶應義塾は、学生数の増加などに伴い、三田キャンパスが手狭になり、大学の一部移転の候補地を探していました。そこに東京横浜電鉄から沿線の日吉台の土地72,000坪余を無償提供するとの申し出があり、「日吉キャンパス」が誕生することになりました。当初、日吉キャンパスには、大学の予科が置かれ、後には、現在の理工学部の前身である工学部(1944年、日吉にあった藤原工業大学が慶應義塾に寄付され設置)も置かれました。銀杏並木の奥にそびえ立つ慶應義塾高等学校の白亜の校舎(第一校舎)は、当時の面影を今に伝えています。 ![]() このような歴史を持つ日吉キャンパスは、慶應義塾創立150年の今年、大きな変革の中にあります。現在、東横線の日吉駅から見て銀杏並木の右側、横浜市営地下鉄グリーンラインの入口近くに、新たな施設が建設されています。「協生館」という名称で、新設される大学院が入るほか、研修施設や音楽ホール、体育施設などもあり、様々な交流や連携を生み出す複合施設として、今年8月に竣工予定です。また、これ以外にも、既存の校舎の建て替えなどが進み、日吉キャンパスは、長い歴史を持ちつつ、新しい時代へと踏み出していこうとしています。 ところで、銀杏並木の途中にある「来往舎」という建物で、去る7月9日、東横線開通80周年を記念するシンポジウムが開催され、7月8日から10日にかけては、東横線80周年記念写真展が開催されました。こうしたところからも、日吉キャンパス開設以来の慶應義塾と東急の関係をうかがい知ることができるような気がします。この来往舎では、普段から多くのシンポジウムやコンサート、展示会などが開かれ、塾内外の交流を深める拠点となっています。 ![]() 横浜市営地下鉄グリーンラインの開通や東急目黒線の延伸でますます便利になり、慶應義塾創立150年を迎えて構内施設が充実しつつある日吉キャンパス。これからの大いなる発展に、塾生としても期待しています。 参考資料 ・「塾」1996年NOVEMBER(No.201) 慶應義塾 ・「塾」1998年MAY(No.212) 慶應義塾
東急多摩田園都市、そのいずれの街へ行っても、大通りには美しい並木があります。他の街から多摩田園都市の区域に入った途端、並木が始まるところもあり、整然とした並木道は、多摩田園都市の象徴といってもよいかもしれません。 多摩田園都市には、植物の名を冠した地名が多くあります。そのため、例えば、横浜市青葉区にある桜台ならば桜並木というように、地名の木が植えられている洒落た並木もあります。そうでないところも、その街の雰囲気に合った木が植えられ、並木道を通る人々に四季の移ろいを感じさせてくれます。 このような並木道は、多摩田園都市に限らず、田園調布など、田園都市構想に基づく他の東急沿線の街にもあります。都市と自然との調和を目指す田園都市の伝統が、街を彩る並木に息づいているのではないでしょうか。 ![]() 深い緑のトンネルや、そこを吹き抜ける風は、家路に着く人々の心を癒し、日々の感性を豊かにしてくれます。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |