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【6月2日・土曜日】 今週の月曜日から3日間で4~5回もカルカンの卵の煮ものを食べたせいか、水曜・木曜あたり、血圧が少し高くなった。 いくらとか筋子、明太子などは塩味が強いので高血圧にはよくないと思うが、薄味で塩気もあまりないのに、どうして高くなったかというとたぶん栄養価が高すぎるのかも。 何万匹分ものカルカンを食べてしまったことになるから、カルカンの親が怒ったのかもしれない。ごめんなさい。 それに外食も多かったので、トルコ料理は味が濃いし・・・ そういうわけで、その後の食事はちょっと気をつけて、あんまり栄養価の高いものは食べないようにしようと考えているのだが・・・。 では問題の、魚の卵の続きとそれ以降の料理、 というか、1人分にしては食べ過ぎているのかもしれない私の食事。 カルカン子、ツナとラディッシュのサラダ、昆布の佃煮 5/29 カルカン子をトッピングしたうどん、ブロッコリー 5/30 また磯辺巻き、5/31 これも栄養価高し、牛たたきとブロッコリー、昆布の佃煮 5/31 これも栄養の塊のような、ウナギ、ブロッコリー 6/01 キョイビベルの煮物、ブロッコリーとラディッシュのサラダ、澄まし汁 6月2日、本日以降、粗食・少食に移行するよう、方針転換しなくては・・・いまさら出来るか知らないけれど。 お知らせ ◎※△ 海泡石(リュレタシュ)がネットで買えます! イスタンブール唯一の海泡石アトリエ、シナン・ウスタの作品がついにネットで購入出来るようになりました。追々品数も増やしていくとのことです。ぜひご覧ください。
【6月1日・金曜日】 誰かが背中に上ってきました。 「ミャ~ (お母さん)」 「あれ、マヤちゃん、なあに?」 「ミャミャ、ミャ~ (抱っこしてもいい?)」 「いいよ~、こっちにおいで~」 椅子の背もたれに乗り移って、背伸びをして私を覗きこむ 可愛い可愛い女の子、マヤ。 可愛いマヤ、わが家にもすっかり慣れてなかなかのおてんば娘になりました。 去年12月初め車に轢かれたか、骨盤がめちゃめちゃに砕けてしまっていたのをアルズさんに運び込まれ、12月4日オズギュル先生の渾身の手術で蘇生しました。その頃、推定8月初旬生まれの生後4ヵ月くらいの子猫だったとか。 しかし貰い手がないままクリニックの狭い檻の中で1ヵ月半もうずくまっていた小さなマヤ。 わが家に来てからも4ヵ月半。いまではすっかり普通に歩いたり走ったり、高いところにも跳び乗れるようになりました。 駅馬車ごっこさながら、大きなオグリやシェビィを追いかけて走ります。 やっぱりわが家の子供にしてよかった、と思っています。 お知らせ ◎※△ 海泡石(リュレタシュ)がネットで買えます! イスタンブール唯一の海泡石アトリエ、シナン・ウスタの作品がついにネットで購入出来るようになりました。追々品数も増やしていくとのことです。ぜひご覧ください。
【6月1日・金曜日】 おととい、キウイとタンブルがめでたく退院、再びわが家はすごいことになっています。 退院したばかりのキウイとタンブル タンブルはまだカラーを着けたままです。 でも久々に全員集合の、と言っても1ヵ所に集まってくれるわけではありませんが、それぞれに追いかけまわして写した最新のポーズをご紹介します。年齢順。 キウイ 実は、カラーを着けたまま外に出て、周囲が見えないためぶつかって下に落ちそうになったので外しました。これなら外に出ても大丈夫。 ![]() ミディエ ![]() タマオ ![]() シェビィ ![]() アルス ![]() タンブル ![]() オグリ ![]() マ ヤ ![]() お知らせ ◎※△ 海泡石(リュレタシュ)がネットで買えます! イスタンブール唯一の海泡石アトリエ、シナン・ウスタの作品がついにネットで購入出来るようになりました。追々品数も増やしていくとのことです。ぜひご覧ください。
【5月31日・木曜日】 大正13年5月31日生まれの父が米寿を迎えたので、朝7時、さいたま市の家に電話をかけた。 日本にいる間も、トルコに来てからも、元旦の挨拶と父の誕生日には電話でお祝いを言う習慣を欠かしたことはない。 電話には父が出たので「お父さん、米寿おめでとう。元気ですか?」と言うと、「はいはい、うん、ありがとう。お前も元気か?」と嬉しそうな声が返ってきた。 「あ、この前はお前、レンガをありがとうな」 「 わ~、お父サマ~、今度はレンガになっちまったか。 「いや、レンガじゃない、タイルだ、タイルだ。立派なタイルをありがとう」 やばいなあ・・・・・(たぶん、おやじギャグで私をからかっている) 「そうよ、あれは風呂場のタイルじゃなくて、トルコの歴史的なモスクとか宮殿のタイルと同じものですからね。長生きしてほしいと思っているんだから、脅かさないでね」 「大丈夫だよ、100までは軽くクリアーするから心配するな」 キュタヒヤ「Altın Çini」社謹製のオスマン様式タイル クォーツ(水晶)85パーセントの高品質装飾用です。 がんの摘出手術のあと、軽い脳梗塞を患ったとのことで、頭に浮かんでいても名前がすぐ出てこない、と言うこともよくあるらしい。私より前に掛かってきた電話に出ようとしたのに、なかなか腰が立たず、切れてしまったという。 「V子がな、朝電話してきて、今度の土曜日に来ると言っていたぞ」 「あら、それはよかったわね、お父さん。たとえ孫でも飲む相手が出来て」 「馬鹿を言え、俺は1人でも飲んでるよ。60年以上も吸ったたばこもきっちりやめたんだ。酒ぐらいいいじゃないか」 それから父は昔から大好きだった相撲をひとくさり批判した。 「あんな立ち会いの一瞬ではたき込みだのけたぐりで勝負が決まるなんて邪道だよ。相撲ファンを馬鹿にしている。勝ちゃぁいいってもんじゃないんだ」 母は買い物に出て留守なのだそうだ。両親ともに血のつながりはなくとも、私にはいまだに親と呼べる人がいる、というのは幸せなことである。 まあ、100歳まであと12年、軽くクリアーして貰いましょう。 お知らせ ◎※△ 海泡石(リュレタシュ)がネットで買えます! イスタンブール唯一の海泡石アトリエ、シナン・ウスタの作品がついにネットで購入出来るようになりました。追々品数も増やしていくとのことです。ぜひご覧ください。
【5月30日・水曜日】 昨日の夕方、アヤソフィア博物館の副館長から「許可証関係で聞きたいことがあるので、明日昼までにご足労願います」と呼び出しを受けた。 申請者の飯島英夫さんの書面には連絡先が書かれていなかったので、私を呼んだ、とのことだった。 撮影の希望日について許可が出るか出ないかの大事なことかもしれないので、朝のうちに白髪を染め、メールで来ている他の頼みごとをいくつか手配してからタクシーで家を出た。 昨日の晩、ジハンギルでベンセンさんと出会い、購入した写真のパネルを受け取ったとき、空模様が怪しくなって雨が降り出したのだが、今日は雲こそ多いもののまずまず晴れている。 アヤソフィア博物館は青空と白雲を背景に堂々とそびえており、観光客は門前に列をなしていた。副館長は今年交替したのか、以前の顔なじみの人ではなく、白いひげを蓄えた痩せぎすで神経質そうな人だった。 入口付近が大混雑しているアヤソフィア博物館 取材と言う形で文化観光省の許可を取り、博物館の休館日に三脚や交換レンズなど道具を持ちこんでの撮影は、1枚17.5リラ×撮影枚数の料金を払わなければならない。 つまり、シャッターを1回押すごとに、日本円でおよそ750円ずつ払う勘定である。これは取材者の義務なので、取材許可申請を出して撮影する以上は個人でも企業でも逃れられない。 副館長の用事は、それとは別に博物館維持のために、この申請者は寄付をいくら出せるか、と言うことだった。 「さあ、それはご当人に聞いてみなければわかりません。その寄付も義務ですか? たとえば、撮影料はもちろん払うとしても、寄付の方は出来ない、と答えると許可が出なかったりすることもあり得るのですか」と私。 「いや、寄付は義務ではありません。しかしこの申請書は営利目的の撮影なので、義務ではないが博物館維持のために協力し、寄付をしてくれるかどうかを聞きたいのです」 私は飯島英夫さんの本「トルコ・イスラム建築」を副館長に差し出した。 「見て下さい。この人は営利目的で本を作っているのではありません。自分の足で見て回ったトルコのモスクについて、詳しく説明しています。少しでも多くの日本人に、トルコをより深く知って貰いたい、という思いからだと思います」と私は飯島さんを弁護したが、副館長は本にはちらと一瞥を与えただけだった。 「本の内容について私どもは関知しません。申請書に、12月に発行予定の本は1万部印刷、販売すると書いてあるので、これは完全に営利目的とみなします」と言う。 営利目的であろうとなかろうと、既定の撮影料を納めた上に、寄付をするかしないかを前もって確認する必要があるのだろうか。義務ではないのなら、わざわざ目の前に呼び出さなくても、電話だけでもことが済むのではないか? あるいは撮影当日、撮影者本人に打診すればいいのではないか? こんなところで反骨精神をあらわにしてもしょうがないので、私は言った。 「副館長さんのおっしゃることを、うまく電話が通じれば私からご本人にお伝えしますが、6月11日の撮影に許可は出していただけるのですね」と念も押した。2~3日後に許可は出すという。 去年の12月、男性雑誌「LEON」の取材でジローラモさんが来た時、通訳・コーディネーターの私に、撮影料を払って下さい、とは言ったが、当時の副館長は寄附金のことなど全然言っていなかったはずだ。 なんとなく釈然としないまま私はアヤソフィア博物館を後にして、気分直しにイスタンブール世界遺産歴史地区のあたりを少し散策した。 5月25日に、飯島さんと一緒にグランド・バザールまで行ったとき、ブルーモスク横のベンチ広場の前を通ったが、僅か数日の間に工事のため周辺が大変貌していた。ベンチが取り払われ、広場や車道が敷石工事のために掘り返されていたのである。 観光客におなじみの、ずらりと並んだベンチが姿を消し、 ブルーモスクの前は雑然紛然、小型ショベルカーなどが見える。 これは今の大イスタンブール市ファーティヒ区長の方針で、歩く人にやさしい道になるよう、段差を減らす工事をしているのだから異論はない。 年を取った、膝を痛めた、などで私ももはや健脚とは言えなくなり、でこぼこの石畳の道は昔の風情はあるが、躓いて転び骨折や打撲傷を負う人の話もよく聞くので、災いは少しでも減った方がいい。 さて、その工事を横目で見ながら緩い坂道を下り、私はキリム問屋の「アラプギル」に立ち寄り、お昼をご馳走になった。キリム修理職人のサワッシュ・ウスタ(親方)は料理の名人でもあり、出勤してくると最初に賄い食を用意する。 左からニハット社長、サワッシュ・ウスタ、右はジュマリ君(社長の弟) シェフリエリ・パタテスリ・タブック・チョルバス (ヌードルとポテト入りの鶏スープ) 食後、社長のニハットさんが、最近始めた新しい試みを見せてくれた。 エーゲ海地方の村々から買い集めた伝統的民族衣装(古着として)だそうで、綿100パーセント、生成りの布地の裾に刺繍をした長い貫頭衣風なのを、クッションカバーなどに再生しているのだそうだ。 それは、エジプトの服にも似ていた。その中の1着は未使用だという。私はそれでピケ(夏場の肌がけ)を作って貰うことにした。袖を取り、身頃を平らにして裏地をつけて縫うのである。 昼寝をするときお腹にかけるとちょうどよさそうだ。といっても、昼寝をしたことなどまずはないが・・・・ こんな風に裾の手刺し刺繍が素晴らしい。 首のところを繰り抜き、頭を出す。長袖のアッパッパ。 カフタンと呼ばれる長い上着。オスマン朝時代の気分に・・・ キュタヒヤでも、こんな縞柄の民族衣装を見た。 ワンピースにもなりそうな可愛い服、手つかずの品。 可愛い柄なので、ピケに作り変えて貰うことにしました。 早速、社長とウスタが縫い目をほどく、というよりびりびり引き裂く ガイドのチェティンさんが昨日ツアーから戻って、今日は日本語会話の約束をしているので、そろそろ待ち合わせの場所に行こうか、と思っていたときに、珍しい人が店に入ってきた。 2005年に友人の紹介でこの店を最初に訪れた時以来、親しくしていた若いキリム修理職人のフュセインだった。 彼はその後日本に行ったりアメリカに行ったりするようになり、4年以上も出会うことはなかったのだが、紆余曲折を経て今はアメリカ、ロサンジェルスで店を開く準備をしているという。 ハンサムな青年なのに、ムショ帰りのようにひげ伸び放題でした。 とてもロスで店を開こうという成功者に見えません。 大学の獣医学部卒で、イスタンブールはペット・ブームだというのに背を向け、彼はキリムに魅せられて10年も前に修理を学ぼうとサワッシュ親方の弟子になった変わり種である。 何はともあれ、旧交を温め、今度ゆっくり会おうと約束して別れた。 先週金曜日の朝、緊急入院させたキウイのことは一度も見舞ってやれなかったが、オズギュル先生に電話してみると、キウイも、10日間入院していたタンブルももう退院できますとのこと。 チェティンさんと待ち合わせて彼と一緒に迎えに行ってやることになった。急遽タクシーを拾い、待ち合わせのフンドゥクル公園停留所に3時頃到着、その先はバスでクリニックまで行った。 入院費を清算すると、今度は買い換えようと思っていたガスコンロの分が消えた。まったくなあ・・・でも元気を取り戻した2匹の方が私には大事さ、と自分を説得し、またタクシーで家に戻り、チェティンさんにジハンギルのケーキ屋で待っていて貰って、猫の餌を煮て配ってから再び家を出た。 8時頃から会社帰りのエミコさんも加わって、チェティンさんに夕飯をご馳走になり、10時過ぎまでトークが弾んだ。彼の日本語も次第にスムーズになっていくような気がする。 そしてエミコさんにも友達や知り合いが増えて行き、いつかそういう人々の協力で、彼女の仕事がうまく行くようになると信じている。 お知らせ ◎※△ 海泡石(リュレタシュ)がネットで買えます! イスタンブール唯一の海泡石アトリエ、シナン・ウスタの作品がついにネットで購入出来るようになりました。追々品数も増やしていくとのことです。ぜひご覧ください。
【5月30日・水曜日】 オグリはテレビやパソコンの細いコードを噛み切るのが大好き、タンブルはゴミ袋として台所やサロンの片隅に引っかけてあるビニール袋を噛み切るのが大好き。どっちも困るよ、被害甚大だ。 そういう癖が、「猫草」を与えると治るとか少なくともコードを噛む回数が減る、それに毛玉を吐き出すのにいい、そういうことに繋がるらしいので、この前いつものペットショップから取り寄せた。 2週間ほど前に買って、説明書通りにやってみたのに結果はこんな。いくら猫草についての知識がない私でも、こりゃあ駄目だとわかるわ~。芽が出るのも遅かったし、出ても糸のように細いし。第一、猫が見向きもしないのよ、置いてやっても。 種と土が紙箱に入っていて、外装の写真ではびっしり緑色だというのにこれか? 発芽してから10日以上経ってもこんな風なので、クレームをつける気ではないけど、ご用聞きに来たカプジュのオスマンに見せて、ろくに草が生えないとショップに言って貰ったら、違うメーカーの別な草を8リラのところ、6リラにおまけしてよこした。 普通、こんなもの、新品と取り換えてくれるだろうが! ま、仕方がないからせめて次のを早く発芽させようと、能書きどおりにやってみたところ、種をまいてから5日目にしてこの発育ぶり。これが普通じゃないのかな? これなら納得できます、看板に偽りなし。 生えそろうまでは猫にいたずらされないように、寝室で育てたのだ。そろそろ猫達に出してやってもいいのだが、その前に記念撮影。生えそろうと、あとあと伸びてくるので1週間以上は猫達が楽しめるのだそうだ。 4~5日でこんな風に面白いように伸びてくるので、今のところ猫より私が楽しんでいる。 お知らせ ◎※△ 海泡石(リュレタシュ)がネットで買えます! イスタンブール唯一の海泡石アトリエ、シナン・ウスタの作品がついにネットで購入出来るようになりました。追々品数も増やしていくとのことです。ぜひご覧ください。
【5月29日・火曜日】 石川啄木の「故郷の訛り懐かし停車場の・・・」をもじって題名をつけたのは、届いた小包が故郷の友人おととさんこと、ミツコさんからの贈り物だったからである。 3月末の日本行きのとき、ミツコさんとも連絡を取って、2人の中間点で出会うとか、郷里の公園で花見でも出来たら、と思っていたのだが、2度ほどお宅に電話した折、たまたま留守で連絡が取れなかった。 イスタンブールに帰って来てから改めて電話してみたところ、やっぱりミツコさんは留守で夫君と話し、持ち帰ってしまった土産とカリグラフィーをこちらから送ったのである。ところが友達はありがたいもの。 たいしたものを差し上げたわけではないのに、そのお礼にとミツコさんが、私の日本で見つけられなかった桜の塩漬けを見つけて、小包を作るためにわざわざ野田に行って醤油や野田の煎餅、また私の大好物将門煎餅なども買い揃えて送ってくれたのだった。 八王子の堀先生にもキッコーマン醤油を頂いたので、当分故郷の香りの中で暮らせそうである。それに先日、飯島英夫さんには切らしていた出汁昆布を頂いたので煮物が楽しみ。 紫の、野田の香りが漂ってくるかのよう。 桜の花の塩漬けは桃屋の瓶詰。Niluferさんのプレゼントと 合わせると、たくさんの友人に楽しんで貰えそう。 おなじみキッコーマン卓上瓶のストラップ、可愛い~。 ミツコさんとは2007年に日本に行ったときに初対面を果たしたが、もともとは猫つながりのブログ友達。ところが郷里が近いし年齢もほぼ同じ。共通の話題が沢山ある。 その上妹さんが、私が若い頃に勤めていた職場の同僚と結婚している、などということもわかったときは、俄然親しみが増したのだった。 ミツコさんは元美容師、引退後は写真を勉強し、お仲間達とあちらこちらに撮影旅行に行ったり、5匹いた愛猫の面倒を見ていたが、その猫ちゃん達も老いて、ブリちゃんとかイワシちゃん、シラスちゃん、メダカちゃんなどを次々と亡くし、今は14歳のタラちゃんだけしか残っておらず、寂しくなってしまったという。 私の8匹の猫はもうじき満5歳のキウイを筆頭にミディエ満4歳、タマオ、シェビィ、アルス満3歳、タンブル、オグリ満2歳、マヤが7ヵ月とみな若い。 当分大丈夫だろうけど、その分わが家は常時オクラホマ平原のごとく埃を蹴立てて、駅馬車ごっこも続くわけである。 ミツコさん、ありがとうございました。 お知らせ ◎※△ 海泡石(リュレタシュ)がネットで買えます! イスタンブール唯一の海泡石アトリエ、シナン・ウスタの作品がついにネットで購入出来るようになりました。追々品数も増やしていくとのことです。ぜひご覧ください。
【5月29日・火曜日】 昨日の月曜日は午後遅くなって晴れ間が出てきた。夕方まで家にいたのでさぞかし掃除がはかどったかと言うと、写真をたくさん載せたカドゥキョイ編のブログの編集画面がほぼ出来上がったところで、ネットの接続が切れているのに気付かず、送信ボタンを押したため、海の写真を載せたせいでもあるまいが、苦心作が海の藻屑と消えてしまったのだった。 このところサーバーのsuperonlineの調子が悪いのか、あるいはほかの原因なのかしらないが、ネットがしばしば繋がらなくなることがある。それも日に何度もである。 それでとうとう夕方まで掃除を再開できずに、メールに尋ね人のお願いはくるわ、ホテル探しのお願いはくるわ、コンサートのお誘い、展示会のお誘いはくるわ、返事を書くだけでもかなりの時間を要するのである。 それに、もうもう何ヵ月も前に頼まれた、とある、半ばボランティアの翻訳仕事の原稿がファイルの中に見当たらなくなり、他のファイルに紛れ込んでしまったのかとわけもわからぬくせにいろいろなファイルを開いては探しまくり、おおいに無駄な時間を過ごしてしまった。 メールで来たのだから、受信トレイを探してもう一度ダウンロードすれば済む話なのに、おバカさん。 で、あとで考えたら、メールが来た時見るには見たのだが、取り掛かるときダウンロードすればいいや、と見ただけだったことを思い出した。耄碌しちゃったのか、このところドジばかり踏む。 本日は朝、9時少し前頃だったか、風呂を汲み終わって、さあ、入ろうかと思った時点からいろいろと電話が来て、2時間以上それに取り掛かりきりとなり、風呂は冷めてしまい、朝食は逃し、さっきやっと熱湯を注いで風呂を温かくして入り、洗濯物を干したところである。 それでも、ようやく5月らしい天気になった、と思う。昨日の夜はエミコさんと待ち合わせてジハンギルで夕飯を食べ、お茶とケーキでひと時を過ごしたのだが、そのときは寒くて、ケーキ屋の取り払われたガラス戸を恨めしく思いながら、厚手のショールを借りて座っていたのである。 今日はいくらか昨日より暖かくなりそうだ。(暑く、じゃないですよ) 裏庭を隔てた向かいの家にはもう10日以上前かと思うがとうとう入居者が来て、窓にカーテンを取り付けた。 幸い、どぎつい色ではなく、白い薄物のレース風な生地に縦に花柄がところどころ線条に入っているだけなので、飛行機はとりあえず映る。でもなんだかさびしい。 今日も飛行機は飛んできた。2~3分に一機現れる。超過密なアタテュルク空港! 緑の濃い裏庭。寅次郎柿健在です。 まだまだ可愛い1センチ角くらいの大きさ 洗濯物を干しながら写した飛行機の写真と、可愛い小さな実をのぞかせる寅次郎柿で本日のブログはお終いです。 などと書いていたら、下の入り口からピンポーンとチャイムの音がした。 「キム・オ?(どなた?)」と聞くと、 「ポスタ」と答えが・・・ さあ、何だろう。 お知らせ ◎※△ 海泡石(リュレタシュ)がネットで買えます! イスタンブール唯一の海泡石アトリエ、シナン・ウスタの作品がついにネットで購入出来るようになりました。追々品数も増やしていくとのことです。ぜひご覧ください。
【5月28日・月曜日】 朝のうちから雨模様なので、洗濯もやらずにいる。室内でも22度しかなくて外は肌寒いほどなのだ。 昨日、カドゥキョイのバルック・パザール(魚市場)で買ってきたカルカン(いぼカレイ)の卵を今朝は煮てみた。 煮汁にはほんだしと砂糖を入れ、醤油と塩はほんの僅か、味にしまりをつける程度にして、生姜の薄切り、ニンニクを数粒一緒に入れた。 ぐつぐつと煮えるに従い、たまらなく美味しいにおいが~~! うまく煮えたので朝からyokocanさんに電話して、こんな美味しいものをどうしてトルコ人は食べないのか、という話から始まって、ディヤルバクルのモスクの話とか、バイリンガル教育がどうのこうのと話が発展、喋りながらその間にナスを直火で焼き、朝昼兼用の食事のおかずが出来上がった。 (前の電話だと、受話器がハンディではなかったのでこういうことは出来ない) カルカンの卵煮つけと焼きナス、ほうれん草、松茸澄まし汁 カルカン子(たら子風に命名)の煮物。味のしみた生姜と。 午後は少しお掃除の予定。おととい掃除したところすら、もう汚れてしまったのである。 そうそう、夕べ帰宅したら、風呂の蛇口、洗面台の蛇口、ともにポトポトと水が滴っており、風呂は大したことがないけれど、洗面器に水がいっぱいたまっているのを見たら、「うあ、やっぱり~」と怒るより先につい、笑ってしまった。 オスマンに言うと、「ジャポン・テイゼ、ムスルック(水栓)をコンピレ(すべて)取り替えよう。俺が全部付け替えてやるよ、近々カラキョイへ買いに行ってこようぜ」と何事もなかったがごとくに涼しい顔である。 う~~ん、そういうときはもう、いくら私でも水道屋に頼むがな~、おっさん。 お知らせ ◎※△ 海泡石(リュレタシュ)がネットで買えます! イスタンブール唯一の海泡石アトリエ、シナン・ウスタの作品がついにネットで購入出来るようになりました。追々品数も増やしていくとのことです。ぜひご覧ください。
【5月28日・月曜日】 部屋の掃除はやりかけでも、外猫の餌だけは帰ってすぐに食べさせられるように煮て缶詰肉と混ぜておき、私は3時少し過ぎに家を出た。ジハンギル・タクシーでは車がなかったので、ボアズケセン通りのガラタサライ・タクシーを頼んだ。 日曜ごとにチュクルジュマ通りの坂の少し下で、新築ビルのコンクリート打ちをしているので、朝から晩までクレーン式注入機の腕を伸ばした大きなトラックが道を塞いでしまっている。ジャーミイ(モスク)の前まで行って待っていたが、タクシーは一向にくる気配がなかった。 もう一度電話した上に違う道を途中まで歩いて、ようやく送られたタクシーに乗ることが出来たが、3時半の連絡船はとうに逃し、4時の連絡船出航5~6分前にやっとカラキョイ埠頭に着いた。途中のボアズケセン通りも道路工事で塞がれており、迂回、迂回で遅くなったのである。 船路行く、シミットかじる、チャイを飲む。 イスタンブールの連絡船は数年前から新型を導入、民営となってより一層きれいに。 こちらも新型導入、あの古めかしいお盆型は姿を消した。 オスマン朝時代の面影を残すチニ(装飾タイル)の船着き場 オスマン朝末期にドイツの技術で建てられた駅舎 カドゥキョイ埠頭から見たハイダルパシャ駅 そういうわけで5時少し前にやっとカドゥキョイのカフェ・オクロックに到着した。ここでは、飯島英夫さんが昔の碁の教え子達と再会し、みんなと対局することになっていたので、その合間に飯島さんにyokocanさんを紹介するために行ったのだった。 テレビの事前調査の時に協力してくれたサーデットさんには、お土産のタコ焼き器を渡すいい機会でもあった。 「和風総本家」の事前調査や撮影で何度も足を運び、オーナーのエルハンさんはじめ顔なじみも多いカフェ・オクロックに行くと、碁の大先生の飯島さんが1人の若者と対局しているところだったので、そばで待たせて貰った。 ほどなくyokocanさんも到着、じきに勝負もついたので、店の奥のバフチェ(庭)に席を移して飯島さんに改めてyokocanさんを紹介すると、どちらも出会いをたいそう喜んでくれた。ここまで飯島さんを追ってきた甲斐があった。 3~40分のつもりが、話が弾んで7時近くなってしまい、恩師との対局を楽しみにしている人達に悪いので暇乞いをした。 yokocanさんの打てば響くような聡明さに飯島さんも好感を持ってくれたようで、彼女が日本に帰ってからも付き合いが続くように、とメールアドレスを交換しお別れしたが、「私がいるうち、出来ればもう一度ご一緒しましょう」と飯島さんは私達に言われた。 帰途、カドゥキョイの魚市場を通ったら、魚卵を売っている店があったので聞いてみると、カルカン(いぼカレイ)の卵だという。 卵もたらこや数の子に比べると巨大でぶよぶよとグロテスクで、あの親にしてこの子ありかあ、と思ったが、迷わず1パック10リラで買い求めた。親魚の美味しさからしても、卵だって煮たら美味しいと保証できそう。 カドゥキョイの船着き場から、出てゆく船を見る。 サライブルヌと呼ばれるヨーロッパ側。昔のコンスタンティノープルです。 また連絡船に乗り、そのあとタクシーで家に帰りついたのが8時45分頃。アパルトマンの扉の前に通りの猫のほかに、裏庭の猫達までが表に出てきて今か今かと私の登場を待っていた。あたりはもう薄暗くなってきている。急げ、急げ。 これだからもう夜遊びなんかはもってのほか、日が暮れると帰りを気にする真面目なシンデレラばあさんにならざるを得ない。 さあて、そのカルカンの卵、今朝早速生姜とニンニクを少し入れて煮てみた。この写真はあとの記事でご覧いただきます。 お知らせ ◎※△ 海泡石(リュレタシュ)がネットで買えます! イスタンブール唯一の海泡石アトリエ、シナン・ウスタの作品がついにネットで購入出来るようになりました。追々品数も増やしていくとのことです。ぜひご覧ください。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |
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