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夢みるきのこ [全1525件]
ゴマダラカミキリくん Anoplophora malasiaca あらなんともなやきのうは過ぎて誕生日 芭蕉もどき 何やかや言ってもこの歳になると誕生日というのは年齢を久々に意識するだけのもので、何とか無難に過ぎてまた現実を忘れて若ぶりたい一心なだけであることがよくわかりました。 そんな1日が過ぎてホッと一息つくと、また新しい仲間が気がかりに。そんな誕生日明けの日はゴマダラカミキリくん Anoplophora malasiacaが訪ねてきてくれた。この貴公子はわが町のスズカケの街路樹の幹で繁殖しているらしく、これからの6~8月、その樹皮を噛んで1粒ずつ産卵し、幼虫は材部を食害しながら2年目に成虫となり飛びまわる。ただ時折り卵はフクタヒメコバチに寄生されることがあるという。よくぞ無事成長して訪ねてくれたものだ。記念撮影のあと、マンションの高階から、また来てねと言いつつ放してやると、玉虫そっくりのおよそかっこよさとはほど遠い大の字飛翔で飛んで行きました。 触覚が鞭状の♀のヒゲコメツキ 同じく寝コロンボ状態 本日はヒゲコメツキくんのお嬢様も訪ねてきてくれたので、早速コメツキの名の通りの実演をしていただくことにした。この女性は、しばらくネコロンボ状態にしておくとペッチンと自分でコメツキ特有の運動をして起き上がったのでおもわず、「やっぱりコメツキちゃんだ」とつぶやいてしまった。そこで、今日も数匹手すりの溝に潜んでいた男前くんに同じ動作をしてもらおうと試してみたが、1分経っても2分経っても、丈夫な触覚をもつカミキリくんみたいな真似をしてヒゲで起き上がろうとあがいている。おそらくペッチン運動も出来るのだろうが、警戒心が強いか、飽くまで立派と自賛する触覚に頼り過ぎるヒゲ依存症なのかもしれない。結局今日も♂のほうのペッチン体操に見れずじまいとなった。 たくましいヒゲが自慢げな♂ 寝ころんでもヒゲでささえようとする。
自称マタンゴ娘からの素敵な交友録のバースディ・カード。 山口のきのこ姫から彼女の交友録を誕生祝いにとうれしいメッセージ。たか女さん。本当にありがとう。いただいた交友録は若さが溢れていて余白に乏しいのですが、きのことのおつきあいは絶えず余白を設けるように心がけるときのこは貴女の最良の友となるでしょう。仏教の曼荼羅図の中心には今朝の金環日食で意識にのぼった太陽と月の結婚になぞらえられる大日如来が占めています。これこそが実にダイナミックな余白だと僕は思っています。 ぜひ貴女のきのこ曼荼羅の中心にはこれから白い窓を残してくださいませ。それが貴女にとっての過去、現在、未来を見つめる窓となります。この窓があることでまわりのきのこたちが生きてきます。どうぞお試しくださいませ。 この5月の誕生日よりは僕にとっては新しい何かがはじまる特別の年。薫風に乗ってそんな木の葉の便りがちらほら舞いこんできています。 5.21 AM7:50 F5.6 1/290 EV-0.7 煤ガラスに古い赤外線フィルター そんな便りのひとつが今朝の金環日食。今朝、雨天と思って目覚めると晴れ。レースのカーテン越しに浮かぶおてんとさまはすでに食がはじまってるよってささやきかけています。ものぐさな僕ですが、さっそく飛び起きてワンコイン眼鏡にろうそくで煤をつけてにわか観測グッズを制作。わが町ではリングとはならないので醍醐味にはかけるなと、あくびまじりで家の窓からしばらく眺めていましたが、急ピッチで欠け始めるとバカチョンのデジカメでも撮影できるのではと気を取り直し7時30分を過ぎてからいろいろ準備してカメラも超望遠方向にセット、眼鏡フィルターや赤フィルターを交互にレンズの前に置いていろいろ撮りました。やはりその中では7時48分から49分のクライマックスを過ぎた直後の7時50分の映像が僕の現状にぴったりのものでしたのでお目にかけましょう。これが僕の現在の姿そのもののようですな。 占星術では、食と彗星の運動は、それぞれの星座にとって大きな意味を持たせていますが、天体の動きというものは数千年先まで予測可能なもので偶然の要素の入り込む余地は全くありません。しかし、それが人の運命に相わたるとすれば、人の心のほうにそうした寸分の違いもなくめぐる星空のドラマに自身の特異日を望むものがあるからです。日常そのものの運動に非日常を強引に見るのは天体ではなく人の方に切実な欲求があるからなのです。 そんな意味で、僕の親父の命日の墓参、25年ぶりの天体のドラマである金環日食、そして明日のわが誕辰と特異日のラッシュアワーとなるこの5月は僕がイクリプスにかこつけて新生の気を重ねるのです。 それはなんといっても、人生の途上にてもうひと働きしたい欲求に根差しているものなのです。この欲求が僕をここまで運んできたものの正体で外的要因はすべてぼくがご都合主義で取捨選択するだけの道具にすぎません。この歳になると無垢な魂をもてあそんできたさまざまな人たちの健気なふるまいが透けて見えてきます。 みんな去年のまんまだよ。ちっとも足んねえものは無い。 加齢とともに、おのずと手を合わせて祈るような事象や素晴らしいと思える人や生きものが増えるにつれて、人の悪意に満ちたはからいの嘘が面白いほど見えてきます。幸せな嘘をつくなら光年単位のライフサイクルを持つものを目指したいものです。 どうぞきのこちゃんそんな幸せな嘘を教えてくださいましね。
ぼくたちの旅は、まず身近な自然の中に身を置き、リフレッシュすることにはじまり、この世界が人間以外の無数の生きものたちが助け合って成り立っていることを頭ではなく身体で再認識すること。そこから自らの中に眠る野性の声に耳傾け、その声の銘ずるままに人生模様を編みあげていくことなのです。 身のまわりの生きものの観察からそれぞれの表現に至る道のりは、単なる学習から、それを自分なりに咀嚼し、表現する個性化の過程を経ることによって固有の表現になります。そしてきのこアートをはじめ特殊世界の表現には、言葉による動機や意図をたんなる説明ではなく、同次元の表現として対置させる必要があると僕は考えて、アーティストを志す人には、あらゆるアートに通底するベイシックアートとしての言語表現をすすめてきました。 身のまわりの世界に少し意識を傾け始めると、今まで気づかなかった多くの生きものと出会うことになります。それをまずは図鑑やエッセイで確認し、その記載を参考にしながら、自身の印象を言葉に置き換える努力をはじめるのです。たとえば自然観察会や山歩きの会で1日楽しんだあとは10日かけてもその記録をあなた自身の言葉で残す習慣をつけるべきなのです。この作業が、あなたの一時の出会いを決定的なものにし、その積み重ねの上にあなた自身のアート世界が実現していきます。 「はじめに言葉ありき」。聖書の言葉としてではなくあなた自身のアートライフの初心の言葉として座右の銘にしてください。 キマダラヒカゲ(奈良・竹林寺) キマダラヒカゲ(三田市中央公園) そうした日々の中から、たとえばこのジャノメチョウ科のいきものにも個性的で微妙な差異があり、食草の違いでサトキマダラヒカゲ、ヤマキマダラヒカゲがあり、さらに春型、夏型でも体色ほか個体差が大きく、これに似て小型のものはヒメキマダラヒカゲ、そして似て非なるものはキマダラモドキと一言では言いきれない複雑な奥行きをもっていることが理解されてきます。 ムジナタケ ユウゲショウ 鳴川峠への道途中で出会ったムジナタケにしても、普通はもっと群生していて、盛期には赤レンガ色を呈しており、こんな淋しげな様子は微塵も感じられない。きのこのむずかしさは同一種の中での変異がすごいことに尽きます。 また、同じく生駒山麓の道端で出会った多年草・アカバナ科のユウゲショウ (Oenothera rosea)にしても、鑑賞用に栽培されたものが野生化し、夜開花することから「夕方に化粧してお出かけ」の意味の和名となったらしいが、三田市でも随所に見られ日中もずっと咲いている。ただ面白いのは果実は濡れると果皮が烈開し、種子は雨滴によって散布されるなど、キノコのツチグリ、チャダイゴケと同じような性質をもっていることだろう。 ガガンボ べッコウガガンボ こちらは「僕の新しい仲間たち」でいずれ紹介したいと思った本日の珍客だが、僕はてっきり蜂の仲間と思った。が、よくよく調べてみるとガガンボの仲間で、きわめて普通種であるという。本日、おたのしみのところを邪魔して撮ったガガンボと同じ仲間であるとはその肢体の堅牢さ、派手さからは想像もつかなかった。僕が出会わなかっただけのことのようだが、せいぜい3000種余りのきのこの世界では自分が知らなかっただけというよりは、似て非なる変異が多すぎて疲れるが、一見明瞭な特徴をもつ昆虫の世界にしてこうだから、「この世界知らないことのみ多かりき」と思い知らされる。 けれども、実はこの発見こそが僕たちの宝なのだ。これが生物多様性やエコのお題目の嘘を見抜き、人間の人生に決して相わたることのない無用きわまりない生きものがかくも多彩で何かを物語っている事に一日も早く気づくべきなのだ。それはきのこのようなほとんど無意味な生き物に愛情をそそぐあなた自身の存在の無意味さをみつめることでもある。 他者というもののこうしたいつくしみにも似た捉え方こそが、僕の目指す地球を最底辺から支えるきのこに代表される生きものたちの文化創造の最初の一歩となるはずだ。そしてその表現はここで見てとったように図鑑の記載をなぞっているだけなのに注目して個性化ということがこうして得られることを学びとってほしい。 表現のためのレッスンとして ムックきのこクラブでは、夜の顔俳句会できのこポエムや17音詩でその言葉のプラクティスの場を設けています。また、少数の同好の士と散策し、訪れた土地の記憶を全感覚を駆使して学びとる訓練もきのこ探訪会の名目でいずれも月1、2度程度開いていますのでぜひご参加ください。
きのこの彼方に見える世界は、無葉緑植物のギンリョウソウの彼方に 見えてくる菌類の働きとシノニムである。 アートする目のみがそれを 捉えることができる。 僕のきのことの出会いは山に憧れつづけ自然回帰を目指した果てのもので余りに決定的なものであった。そのとき、これまでの宗教文化や詩文学、さまざまな芸術の中にぼくが模索してきた身体性と精神性のないまぜになったアートがきのこにすべて注がれていることを直観した。ぼくにとってきのことはそういう生きものの徴(しる)しだったのである。以来、アートという形式でそんなバランス感覚に満ちた表現作品と人とを集め、それらを集成する形で優勢種となった人間のふるまいと地球の未来を考える文化を創造しようと考えてスタートしたものだ。しかし、これは「きのこと地球を考える」という余りに射程距離が長くはるかなものであることから足元の自然に釘付けになった人たちにはなかなか理解しがたいものであった。しかし、千里の道も一歩からというように遠ければ遠いほど一時も早く着手し、1歩でも先に進み、次の世代にバトンタッチしていかなければならない。そんな思いから、J-FAS日本キノコ協会を発足させた。きのこの第一次ブームの到来を先取りしてのことであった。それから20年、きのこ、キノコと言い続けてなんとか僕の想定していたように現実化してきのこファンが定着しはじめている。いよいよきのこ暦第3期の課題が実現できる要件が揃ってきた。 Dr.マダラーノフが提唱してきたきのこを通して(T・T・K=Through The Kinoko)とは、煎じつめれば、きのこの文化はきのこに(=ハードウエア―)ではなく、きのこの彼方にひろがる世界(=ソフトウエア―)にこそあるということなのだ。 これは、生活びっちりの人には決して理解できないものだ。生活に専念しながら、その現場から少し浮いたところで物を考えたいと願う人たちにしか理解不能な世界だ。しかし、世界をリードし、人類を1歩でも先に運んで行こうと願う人たちというのは、地面(現実)から少し浮いた考え方を持つ人たちであることはこれまでの歴史が証明している。それを僕は「常にちょっと背伸びを」と言いならわしてきた。ちょっと背伸びすることで生活から少し浮きあがりもろもろの現実と自身の理想との間に不即不離のポジションが得られるからである。僕がきのこを研究ではなくアートとして捉えているのは、そしてその実践活動としてムックきのこクラブで毎月行ってきたきのこ探訪は、そんなきのこを通してそれぞれのソフトウェア―を開発していくヒントを得るための直観力(きのこ目)を養う旅なのである。 一方きのこを通して微生物・菌類学の世界を見つめそれを形にした人がいる。近いところではマツタケと松の関係を調べ広く菌根菌の砂漠緑化への応用、菌類の生理、活性などを究明した小川真、衣川堅二郎氏だ。しかし、これには大変な努力が必要で、アマチュアや研究者を育てる学問システムが全く欠如しているわが国の菌類学にあっては、稀有な例である。これはきのこの素晴らしさに目覚めた人たちにとっては不幸と言うほかない。 しかし、貴重な休日を野外や芸術活動で過ごし、自然という究極のアートに親しみ、洗練された文化に触れその表現の魅力を身につけ、なによりも思いっきり遊びながら菌類学、ひいてはきのこのアートの裾野を広げることは僕たちにもできる。これが僕の初心であり、きのこをメジャーにすることを生涯のライフワークに据えた理由でもある。「MOOKきのこ」13巻で示し得た少数の世界に通用する優れたきのこ愛好家やアーティストたちのお蔭できのこはすでに立派に市民権を得ていることも僕の考えを強く後ろ押ししてくれている。 いよいよ「潮もかないぬ いざ漕ぎ出でな」の心境である。
さて弥生下弦の月の一日、後半は千光寺から鳴川峠を経て東大阪の瓢箪山へ下る鳴川越えの旅。真言宗醍醐寺派の千光寺は役小角が大峯山を開く前にこの山で修行し寺を開いたところから元山上と言われている。清滝石仏群と呼ばれる八尺地蔵(鎌倉中期)、貝吹地蔵(室町)、ゆるぎ地蔵(鎌倉後期弘安22年)ほか無数の無名の作家の手になる造形物がちりばめられ、退屈しない。千光寺奥には大峯と同じ行場があり、前行をここで行って大峯入りするならわしだという。この日も数名の山伏が法螺の練習をしていた。 清滝のリラ(ライラック)の花 鳴川集落のゆるぎ地蔵 鳴川集落の農の庭ではリーザ、サーシャが「シレ―ニだ!!」と目ざとく見つけたリラの花が満開。またエノキ、ソメイヨシノ、カキの大樹の洞に群がって越冬しこの時期、梢に上りそろそろ産卵期を迎えるサシガメくんがお出迎え。インド、中国、九州に生息、戦後京阪神地域で見かけるようになったと言う国籍不明の昆虫である。 清滝 八尺地蔵(部分) ヨコズナサシガメ Agriosphodrus dohrni 清滝石仏群の貝吹地蔵 元山上・千光寺 ヒメシロコブゾウムシDermatoxemus nodosus 鳴川 千光寺では、同じく鞘翅目中、膨大な種類を誇る馴染みのゾウムシがご挨拶。うれしい出会いでした。 千光寺から鳴川峠までの1時間余りの峠路は涼風を受けながらの快適そのものの山道でムジナタケ、フミヅキタケなどが道のべで手を振っていた。 イタチタケと同じグループのムジナタケはこれからの季節、出会う機会も多いので初学者のためにコメントしておこう。傘の表面と柄にフエルトのような繊維状麟片が覆うことがその特徴で、胞子をかぶり暗黒色となる綿毛状のツバを持つ。 ムジナタケPsathyrella velutina 鳴川道水車小屋跡から大阪平野を望む
クリイロチャワンタケPeziza badia カワウソタケ Inonotus mikadoi カワウソタケはタバコウロコ科の1年生のサルノコシカケ。傘の表面は厚く粗毛におおわれ黄褐色、成熟するとさび褐色であることが特徴。サクラ類の枯木に群生、柔軟だが、乾燥するともろくなる。 鳴川道で拾ったマスコットホルダー 東大阪市四条町の記念の不発弾 鳴川峠は歴史的なトポスである北の暗がり峠、南の十三峠とは異なり、修験の山伏たちが利用した庶民の生活路。峠より夕陽を追いながら一挙に瓢箪山駅まで駈け下りてあとは・・・しらなみ。
林内の落葉、落枝を分解するベニカノアシタケ。沼や池の辺の湿地に多く発生する。 次に、この美しくも可憐なキノコはベニカノアシタケ Mycena acicula。僕は25年にわたるキノコ人生の中で5度目の出会いだ。この近縁のコウバイタケにいたってはたった1度だけで終わっている。 このキノコの和名は、ベニカノアシタケとキカノアシタケの2つあり、それはそれぞれの命名者の出会いの時が紅色から黄橙色へと変化するその成長のステージの違いで名付けられたもののようで、なんとも可哀想。学名は上記のようにひとつで、属名のMycは<菌>を意味するギリシャ語由来の語幹から。きのこらしいきのこのグループということか?。また種小名のaciculaはacicularis <針状の>を意味する。 この日同行した人たちにとってこのキノコとの出会いは、忘れてしまえばそれだけのことだ。食えるとか食えないに全く無縁の世界の出来事だから。しかし、一生で幾たび出会えるかといったこのような心もとない出会いは、このキノコに限らず、日々のふとした局面で無数に生じているといっても過言ではない。こうしたささやかな出会いを心に焼きつけ生涯保ち続けることができるなら<暗黙知の了解>はいともたやすい心の動きとなって身につくだろう。 要は、単に利用するとかしないとかいった便宜的なつながりではない、もっと全感覚を総動員して他者や自然と交流していくことだが、そのためには無限抱擁的な凛とした母親的な愛情が根底になければならないように思える。それが僕の言うところの大地母神的抱擁、女性原理の復興ということなのだ。それは経済や政治というよりも文化の問題だと僕は考えて、遠回りしてでもそんなヘテロでキノコ風味の文化を創造することを僕の人生の目的にしたいと考えている。 きのこを単に訪ねて歩くということは僕にとってはそういった意味合いが込められている。
さて、いよいよ僕の時代がはじまった。 「きのこを通して人類が見舞われている地球の諸問題にコミットし、さらに明日への展望を得ることができるか?」これが僕を捉えて離さない唯一の命題であった。 「それはもちろん、可能だ。」 僕にとって、きのことはそういった意味合いにおいて正にオ―ルマイティな生物なのだ。このことの真実をこれから少しずつ以心伝心のような形であと一歩の地点まで到達している人たちに伝え、可能ならそんなオールマイティなキノコを相手にしたワクワクするような共同事業<きのこシアタープロジェクト>を始めたいと考えている。そのためにはまず、きのこをこれまで誰もが想像だにしえなかった方法を通じてメジャーにしなければならない。 その最初の一歩が<暗黙知>なのだ。マイケル・ポランニ―が「われわれは語り得ることより多くのことを知ることができる」と語った知のありかた、暗黙知(tacit knowing)のことだ。暗黙知といっても天啓のようなものではなく、経験に裏付けられたものであることには変りはない。きのこが理解を超えた生きもののように見えるのは接触の機会があまりに乏しく、体験が蓄積されていないことがあげられる。スーパーでパックにおさまった食用きのこ以外の野性のきのこは一般の生活人にはとても馴染みのうすい生きものにはちがいないから。そんなきのこの同定が、どういう能力によっているかを知ることが、「きのこ目」を養う第一歩なのだ。たかがきのこと思うなかれ。このきのこの同定能力を磨くことがきのこを通して地球の明日を考えることにつながる。図鑑片手に野山に出てみればただちに了解できることだが、きのこは植物や昆虫とちがって図鑑がほとんど役に立たないと思った経験はないだろうか?。そこにはきのこが自分にとって未知のものというだけではなく、部分(個々の特徴)をつないでいっても全体に到達しないもどかしさがある。きのこを理解するには個々の経験の能動的な統合作用が必要だと僕には思える。この能力、すなわち暗黙知は、科学上の発見や芸術上の創造にもかかわるような経験の総合化の行為なのだ。 たとえば、生駒の旅で出会ったきのこ、カンゾウタケは類似の良く似たキノコがないことから同定はきわめて簡単とされてきた。現在では遺伝子解析とその褐色腐朽型からマツオウジ、ハナビラタケなどと同系列のきのことされている。しかし、それは別としてこのキノコは一目瞭然のはずだ。しかし、以下の図をごらんになって即座に同定できる方は何人いるだろうか?。
カンゾウタケ-1 カンゾウタケ-2 イタチタケ-1 イタチタケ-2 このイタチタケだが、図鑑に載っている姿は2のほうがより近い。1を即座にイタチタケと同定できる人は名人でも少ない。しかし、これも経験をただ積むだけではなく、出会いのときめきの失せぬ間に言葉に還元できない部分を含めて全ての特徴を頭にいれてしまうことで理解できるようになる。言葉に出来る部分とは、ナヨタケ属のきのこでポキポキ折れやすい中空の柄、傘の縁に白い被膜のかけらがついていてヒダは密、白から紫褐色に変化する、広葉樹の朽木に発生などなどで、この特徴は多くのナヨタケ属に共通のものでしかない。 このキノコはO君がしばらく眺めた末に言い当てたキノコでオキナタケ科のヤナギマツタケAgrocybe cylindraceaだ。しかし、常識的にヤナギマツタケは言葉で表現すれば広葉樹の朽木、生ま木の腐朽部に束生する。よだれかけのような膜状のツバが特徴で自身の胞子で暗褐色を呈するという位だ。このキノコは土から出ているようにみえるので、科学的な?精神からは到底この判断は受け容れがたい。しかし、このキノコは中実の柄の堅固さ(3)をはじめ、乾燥でひび割れた傘の表情など総合的に見てヤナギマツタケに相違ないと判断できる。
ヤナギマツタケ-3 正体不詳のキノコ-A それではO君が即座にアセタケグループのキノコと判断したきのこ-Aはどうだろう?。このキノコは、しかし、アセタケグループでは決してない。だったら何というキノコかは断定することができない。傘の表面が繊維状あるいは麟片状との肉眼的な把握がそう言わしめた理由だが、裂けた傘の表面からのぞく肉の部分のテクスチャ―が、その判断が早計であることを語っている。このテクスチャーはアセタケInocybeグループのキノコにはない特徴を示している。どちらかと言えばワタカラカサタケLepiotaグループの傘が過乾燥でひび割れたといった印象が強い。これが暗黙知の了解に属する知のありようなのだ。キノコはこれまで述べたような<近代科学の知>の限界を突く生きものなのだ。これを中村雄一郎は<パトスの知>、受苦、痛み、人間の弱さの自覚の上に立つ知だと言っている。 「<科学の知>が人間の強さを前提とする操作的、分析的な知、機械論的自然観にもとづく知によって、事物や自然をひたすら対象化し、それらの法則を知ってそれらを支配することに専心してきたのに対して<パトスの知>は環境や世界がわれわれに示すものをいわば読み取り、意味づける方向で成り立っている。それは、われわれのまわりにあるすべての物事の兆候、徴し、表現について、それらのうちにひそむ重層的な意味を問い、私たちの身に襲いかかるさまざまな危険に対処しつつ、濃密な意味をもった空間をつくり出す知である。科学の知がひややかなまなざしの視覚の知であるのに対して、パトスの知は身体的、体性感覚的な知であると言える。」 これが近代文明に行き詰まりを感じている西欧人の東洋の知の体系への憧れにも似た希求の本体であろうと僕は理解している。 「この体性感覚こそが、触覚、筋肉感覚、運動感覚を含む全身の基礎的な感覚で内触覚と言われるコスミックな感覚もこの体性感覚にほかならず、五感(諸感覚)の統合されたいきいきとした全面的働きとしての共通感覚もこの体性感覚の上にのっとっている」と語っている。 僕のいう動物の生存本能を磨き、環境の中で受動的に即断しながら生きる感覚を磨くということに通じる。そうした感覚に依拠すれば、原子力のような本能で対処できない超未知の物質世界の利用はデータや論理でどう丸めこまれようと自然かつ即座に危険以外の何物でもないと拒否できることに通じる。
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