今日から試験が始まったのだが、また見つけてしまった、カンニング。外国語学院2年生。学生も馬鹿だ。間抜けだ。見つからないと思っているのだろうか。または他の人は見つかっても自分は大丈夫だと思っているのだろうか。私は、よくカンニングを見つける。そして手口を学生に話す。カンニングしやすい先生としにくい先生が分からないのだろうかと思う。人物を見る感性がないと、将来うまく生き抜いていけないぞ。ちょっと心配だ。
今回の手口は、後ろを向いて3番の答えを教えてと3本の指を立てて「三」と声を出している。私は3本指は「答えが3だよ」と伝えたのかと思ったが、そうではなかった。
事情を聞くにも、彼らの日本語はまだまだで、私の中国語もまだまだだから、結局日本語学科の先生を呼んでケリを付けざるを得なかった。今回、長引いた原因は自分の罪を軽くしようとして、罪をなかなか認めようとしなかったことにある。カンニングしたという事実は消えないのだから、やったことを認め、ありのままを話せば、彼らの日本語でも私の中国語でも何とか理解できたはずなのに、結局複雑になり、時間もかかった。
勉強で良い点を取るには、カンニングという楽な道を選ぶのではなく、地道な勉強でいい点を取れと言いたい。何度も言うことだが、中国人学生の印象がまたちょっと悪くなった。こっちの方がよほど残念だ。