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思い立ってこれからはこちらのブログを使います~。 よろしくお願いします。 http://profile.ameba.jp/mahiro-174
今日はひさびさに休日にお休み。完全オフはほんと久しぶり!! 9時半まで寝かせてもらいました。というか、おきれなかった・・・ そこから少し部屋の掃除をして、本を読んで。子供たちは家の中でプロレスごっこ。元気だなぁ~。 今日は子ども館でチェス教室の日だったので午後からお出かけ。上の兄ちゃんたちは子ども館の2階へ。みいみは1階でひたすら遊ぶ。
大好きなボールプール。もぐったり、バタ足したり。ぜったい飛び込んでいくんだよね。
足がぴょんと出てしまうほど大きくなった。ガソリンを自分で入れないと走れないんだって。もちろんセルフ給油だそう。 1時間しっかり遊んだあと兄ちゃんたちも合流。どうやらゆうゆがチェスで卑怯な手段をつかったらしく大喧嘩をしていたそうな・・・ああ、先生困っただろうに。ごめんなさい。 ボールプールのボールをぶつけ合っているうちに喧嘩解消。兄弟ってすごいなぁ。 その後はみいみのお誕生日祝いを兼ねてスシ〇ーへ。
どんだけたべるんだか、というくらい食べます。今日は50皿突破しました。これだけ食べても吐かないようになった。回転すしはずっとだめだったんです。たべながら吐くか、夜か次の日に吐くか・・・それが慣れたのか、ちゃんと排便排尿で消化できるようになったのか、おいしくいただける様になった。ありがたいです。 ほんとはいいものを食べさせたいけど、おすしでいいものというと1万軽く超えてしまう。スシ〇ーは下手なところよりずっとおいしいから、ついおすしが食べたいというと行ってしまいますね。もちろんお刺身を買って家で食べることのほうが多いけど。 外食は家で食べるのと違ってテーブルマナーを教えるにはとてもいいと思っています。 食べ終わってもすぐに席を立たないこと、よそのテーブルに乗り込まないこと、騒がないで食べること。そんなことを教えるのにはすごくいいと思うのでできれば時々は外食させてあげたい。ま、一流の味だとさらにいいんだけれど。 でもほんと大きくなったなぁとおもいますね、このお皿の量。 中学の制服の採寸もしました。一番小さいサイズでもぶかぶか。 これから大きくなるんだもんね~。照れて仏頂面してますが・・・ 子どもたちの成長ぶりとやさしさにいつもいつもほろりとさせられます。 写真には写ってないけどゆうゆもこのごろすごい成長ぶり。 周りが見えるようになってきたんだと改めて思います。 さぁ、明日はみいみの最後のお遊戯会。楽しみだなぁ・・・
今日はみいみの6回目の誕生日。我が家の末っ子もおおきくなったもんです。 おいわいをしてあげたいのに今日私はお料理教室があるし、夜からは山村塾なんだよね~。 何でこんなに忙しくしてるのかなぁ、と思ったんだけど、たぶん喜んでもらえることで自分自身が元気をいただいているからだろうなぁ。でなきゃとっくにやめてます。特に料理教室ってほんと神経つかうわ、準備大変だわ、でけっこう毎回一苦労。でも食事って大事なことだと思うし、誰かのために命をかけて時間をかけて何かを作り出すってとってもやさしいことだと思うし、それをシェアしたいと思うし、やめられない・・・
そうやって家族(結構冷たい)や教室に来てくださった方が笑顔になればすごくうれしいし、またやろうかなって思う。きっとずっとずっと続けていくんだろうなぁ~、求めていただけるうちは・・
みいみのお祝いは日曜日かな。ちょうどお遊戯会もあるし、スシローにでも行くかも・・・ このところスシローは食べられるようになって、子供たちはまってます、ははは。
ブログもこうやって時間かけてアップしてんのはなんでかなって思うけど、私にとっての整理であったり、排毒であったりしてる気がする(消化といった友人がいてその表現は好きだわ)自分の中のぐちゃぐちゃを書くことで整理し、道を見つけていく作業。自分だけの日記とは違って誰が読むかもわからないから表現も気をつけるし、うん、いい感じかもっておもう。
さて、昨日知らん子に足を引っ掛けられて転ばされ怪我をしたともぴ。さすがに嫌になったらしく、(私もいやだ)いろいろとお話してました。で、なにか絶対意味があるはずだよ、と神様カードを引いてみることに
イザナミノミコト ひきました。 あなたは今非常に大切なときを迎えています。よく確かめ、おきていることの原因を追うのです。かくされている世界の広大なパワーをあなたに送りましょう。それは必ずあなたに豊かさをもたらします。
肝心要の時だということ、感情をきちんと見ること(怒りの下には悲しみがあり、支配のおくには恐れがある)視野を広く持つこと。
そんなことが書いてあり、ふ~む、と何かを感じたようでした。
私はコノハナサクヤヒメ ありのまま、自然に任せて時が来るのを待ちましょう。花咲く時期がめぐってきたようです。内なる力と自然の恵みであなたはすばらしい花を咲かせるでしょう。でもあなたは新緑のときも紅葉のときも、葉を落として冬を越える姿もどれも本当に美しいのだということを知ってください。
ありのままの自分を美しいと感じ、自然体の自分自身が最高のパワーにあふれていること、力強く自己を表現できることを励ましてくれるカードでした。
そうだよね、冬は寒くて縮こまって苦しいけど、その下には春の息吹が息づいているし、しんしんと雪が降る様子はとても美しい。
いま、ともぴが苦しんでいることは必ず花開くときが来るって信じてあげないとね。ちなみに私は「あなたは絶対いい男になる!いまでもいい男だけど、人の気持ちがわかるいい男に絶対なるよ、保障する。自信もっていいんだよ」って伝えてます。
今日はゆうゆやみいみにもひいてみたらって言ってみようかなぁ。けっこう好きみたい。
今日は料理教室の準備のため3時におき、いま玄米を炊きながら書いていたんだけど、子供たちが起きてきたのでここまで~。
ネットにつながってはいないのでアップがいつになるかわかんないけど、皆さん、今日もいい一日をお過ごしくださいね。
土曜日に市PTAの研究大会があって5つの小学校(たまたま小学校ばかりでした)の研究発表を見てきました。 家の学校は今年ローテーションであたりではなかったからね。受付業務しただけで済みました。 PTAとしての発表、子育て委員としての発表、広報委員としての発表などなど、すべてテーマが与えられていて、そのテーマに沿って今年活動してきたことを発表するんです。 みんながんばってましたね~。そっか、こうやって形にするってすごい楽しいんだって見ていて思った。私たちの役員会もとってもみんな仲がいいので発表校だったらたのしかっただろうなぁ、と思ったりしたのでした。大変そうだけどね。 残念だったのはほとんどの学校がコミュニケーションとか学校、地域、家庭のつながりを、といってる割に役員の活動報告だけに終わってしまっていたこと。 先生の反応、子どもたちの反応、進んで地域の人の声などをもっと知らせてほしかったなぁと思ったりしたのでした。求めすぎかしらん? でも、県PTA連合会の会長中山さんが新聞記事にあったのですが、と前置きしてお話してくださった言葉が心に残ったんです。 「よい先生はかみくだいて教える。すばらしい先生は考えさせる。偉大な先生は心に火をつける」 すごいんじゃないでしょうか。 わたし、考えさせるまでは考慮に入れてたけど、心に火をつける、というのは抜けてたなぁ。てんつくとかまさしくこれだよなぁ。 とおもってせっかくの発表なんだから聞き手の私たちが火が付くといいのにな、と思っちゃったのでした。すみません、生意気言ってます。 でも、ほんと発表自体はがんばったなぁ、という感じで面白かったです。自分の子どものころもこうやって親たちはがんばってくれたんだなぁ。(母は子ども会の会長をやって12指腸潰瘍になってます・・・)わたしもがんばったことは子どもたちの心に残るといいなぁと思いました。だって、母という人が外に出て何かをするってやっぱりすごく大変だと思うから。家はぐちゃぐちゃだし、子どもにはとばっちり来るし。それでもやっただけのことは必ずあるんですよね。 26年度はうちの地区から県PTAの副会長を出すそうです。子どもは中学校にいるけどゆうゆが1年生だから、まだおとなしくしていられるはず。かげから応援しようって思ってます~。 みんな、PTA大変だけど、おもしろいよ~。
今日は久しぶりにお休みの一日。通級にも久しぶりに行きました。 そこで「コミュニケーション」についてともぴが勉強してました。 昨日読んでいた本にコミュニケーションについてかかれてた。コミュニケーションって相手の言うことを理解するだけじゃない。相手が言わんとしていること、つまり裏側までちゃんと捉えて分かり合ってこそのコミュニケーションだってあって、「そうだよね~、馬鹿って言われてもかわいくてばかって言うときと腹たっていうときとあるもんな」と妙に納得していたのですが(その言葉の機微を捉えるのが今の子はすごく下手だって、着物を着ないとか、感覚にふたしてるとかそういう時代背景があるって書いてありました)まさしくそれに近いことを勉強してた。 「自分にとって嫌なことを言われたとき。へこんじゃったりするよね。でもそんなときは自分自身の味方になってみよう」っていうお題で「チビといわれたとき」「めがねっこといわれたとき」「デブといわれたとき」という3パターンで自分自身をほめるやり方を勉強してました。 チビだってバランスいいからナイススタイルだよ!とかめがねだってかっこいいじゃん、とかおデブだって癒し系だよね、とか。コミュニケーションをとる上で自分を手放さないのは大事だからね、いたずらに傷つかないためにも大事かも。というか、小学生にこういうコミュニケーションツールの本があることにもびっくりしたけど、できているようでできていなかった私に大反省! いいじゃん、そのまんまでかっこいいよって言っていたけど、もっといろんな言葉でともぴを認めてみよって思ったのでした。もちろんほかの子やパパも。 というか、ゆうゆもみいみもここまで困らないのに、ともぴは手がかかるなぁ~。ほんと毎日無事に帰ってくるとほっとします。みんなだけど。 今日も一日無事でありがとうございます。とお仏壇に御礼をする毎日。感謝だなぁ~。 今日の新聞に深刻ないじめを受けながらも毎日登校している女の子の記事がありました。私も中学時代いじめられたから気持ちはちょっとわかるけど、ここまでの陰湿さはなかった。 「泣け泣け~」とかきもちわるいとか言われたときに絶対負けるもんか、と思ったのを覚えているけど、この強さはどこから来てたのかなぁ。ともぴはちょっとちょっかいかけられただけで「もう学校行かない!」と騒ぐんだけど。 記事の女の子も空手ができるけど、ひとを守るためのものだから相手を傷つけるためには使わない。いつか間違ったことをしていると気づいてくれるはず、といってました。 なんて強いんだろう。この強さがあるから普通はもみ消されてしまういじめがここまで公になって万人の目に触れることになったんだと思うんだよね。ここまできたら学校も見てみぬ振りできないかならぁ。(ちなみに私は先生にやられるほうが悪い、といわれて先生は信用しちゃならねぇ、と思ったのを覚えている)自分をきちんと持つということは周りを巻き込んでいく力があるんだなぁと思ったのでした。 ちなみにともぴは「いじめられる自分が悪い」と言い張るので「それは絶対違う、あなたは悪くない」と毎日伝えてます。感覚が鋭いのでちょっとしたこともいじめに捉えてしまいがちなのもかわいそうだけど・・・(じっさいいじめられているのも確かだけど、やはり学校側はそんな大事にしないでも、という姿勢ですね、寂しいです) いじめがなくなることはないと思うのがわたしの考え方です。余剰エネルギーはどうしても弱いところへ流れていく。抑圧されて生きている今の子どもたちがいじめないわけがない、と思う。だけど、それに負けないだけの自己肯定間を持ってもらえたら、生きていけると思う。 「僕って結構やるじゃん」って思えるだけのものをもてるよう、私はこれからもがんばるんだろうな、と思ったのでした。なんにしろこれまでたいした怪我もなく家族みんなが元気でいられたことにまず感謝。 使命が終わって光に還る子供さんはたくさんいるから。 子どもが亡くなったという話を聞くたびに使命を終えるには早すぎる、とどうしても思ってしまう。でも寿命はわからない。できれば私のほうが先に逝きたいけど(逆さ仏は辛いです)、こればっかりは神のみぞ知る、世界。生かされていることに感謝して、その子がその子の使命を果たせるよう、「僕ってすごい」と思えるよう育てて生きたいと思います。
今日は後期セミナーでした。直傳靈氣の後期セミナーは遠隔と性癖治療を勉強します。 今日の受講生さんはすごく敏感で性癖と普通の靈氣のエネルギーの違いもわかったし、遠隔の送受信のエネルギーも感じてくださいました。これってなかなかわからないものなんです。 だからすごい、とかわからなかったら使えない、とかそういう意味ではないのですが、わかると使いたくなるのが人というもの。彼女は自分のものにしたな、という感覚がありました。 特に性癖は面白い。自分の中に嫌な部分があったらそれを性癖治療で癒していくのですがその過程で、違う問題が浮上してきたりします。そうするとこれは何かな、と思う。 けっこうそれが本質の問題だったりして、それをまた癒していくと自分自身クリアリングされていくんです。私は人にやっていただくヒーリングを否定しません。すっごく気持ちいいから好き。 だけど、自分自身を癒すのは自分だと思ってる。きっかけをいただくことがヒーリングなのかな、と。 病気にしても心のわずらいにしても結局自分がどう生きていくか覚悟を決めたときに道が開けると思っています。そのために性癖治療がかなり役立ってますねぇ。 今日の子どもたちはとってもいいお顔をしてました。怒鳴りつけたのがよいとは思わないけど、応援してる、大事に思ってる、ということがわかってもらえたのかな、と。 大地の母のようにいつもすべてを包み込める存在でありたいと思います。女性は大地とつながることがとっても大事だからね。丁寧に生きて行きたいと思います。
いいのか悪いのかわかんないけど今日は切れました。ぶっちぎれ。3時間子どもたちと真っ向から向かい合って最後の1時間は怒鳴りまくり。 はじめから切れるつもりはないよ。ストローク不足してるんだろうし、一生懸命がんばってるのわかるし、気持ちを聞いてあげたいし、宿題も見てあげたい。ってことで最初の2時間はふんふん、と話をきき、一緒にブレーンストーミングしてみたり(乗り気じゃなかったから途中でやめたけど)マッサージ(この言葉は細かく言うと法律違反です)してみたり。 けど、みいみがお味噌汁をこぼしたときぷちっと切れたですよ。私にとってご飯を粗末にされるのは許されない行為なわけ。しかもいやいややってたわけで「ふざけんな!」と。 こればかりはよほど余裕のあるとき以外は私は怒る。 本気で怒る。気合入れて怒る。 子どもたち恐れをなしてました。このやり方がベストとは思わないけど、時に「私は本気なんだ」と伝えるのは大事なんじゃないかなぁ。 だってそのとき思ったんだけど、「本気じゃないと物事は動かないんだな」って感じたんだもの。私がなにをやっても「でもさ、だってさ、いやだし~」とぐずぐず言ってたともぴが「あなたなら乗り越えられるよ、いつも見てるから。いつも応援してるから。大丈夫だから」に「わかった」って答えたもん。 ほんとにわかったかどうかはわからないし、ストロークが満たされたかどうかもわからないけど本気で大事に思っているのは通じたみたいだった。 思ったんだ。いくらお金をつぎ込んでもいくら勉強しても本気じゃないと現実は変わらない。 いままで私が携わってきたことは私は常に本気だった。こどもやパパとの関係をよりよくしたかったし、体調も整えたかった。だからこそいまお伝えする立場にいさせていただけているのだろう、と思う。もちろんまだまだだし、生涯勉強していくのだろうとおもうのだけど気を抜いていられない、と追い詰められているからこそ気合入れて取り組むのだろうな、と思ったのでした。 みいみはお漏らし減りました。本気になったからだと思う。こちらからの働きかけではなく自分で気づいてほしかったんだけど、トチローさんに上手に乗せていただいてかなり意識しているみたい。 上の子たちも同じように私が乗せたので自分でいろいろ考えてやってます。 これも本気になったから、だね。本気で向き合うすごさを感じてます。 いつも、いつでも本気で遊んで本気で仕事して本気でリラックスして、本気で勉強します。 そして余裕を持って丁寧にまいにちくらすのだ。
「学校行きたくない」とともぴが言いました。ま、いつものことです。 いつもは「どうしたいの?」と聞きます。「休みたい」というと「じゃぁ、休めば?その代わりお母さんはお仕事行くけどいいよね」といいます。本人はいちにちゆっくりして次の日から学校に元気に行きます。 その繰り返しで今まで来ているんだけど、今回はちょいと深刻。「学校の波動が低い。学校いくと吐き気がする。がんばれがんばれっていわれて苦しい」うーむ、どうしたものか。 ということで何人かの人にアドバイスを仰ぎました。別に学校を休むのは本人が決めることだし、休養したら行くのでいいんだけど、苦しくて行くのがつらい、というのはかわいそうだ。 で、いろいろいただいたわけですが「ストローク飢餓状態」ということでして・・・ ああ、なるほどな、と思ったのです。自分が自分であってよい、自分のことを自分で認めてあげる。これができていなかったのだ、と思った。前の私ならここで「そこまで追い詰めた私が悪いのだわ」と思ったとこだけど、詩人塾いってだいぶ自尊感情できているのでね、「じゃぁ、私ができることはなにかな」と思ったわけです。 いつも話を聞いてるようで「こうしたら?ああしたら?」と方向性を示しすぎてたんじゃない?と聞かれて、ああそうだ。と。アドバイスがほしいんじゃない。話を聞いてもらいたいだけかもしれないな。と反省。 「要求が通らないのは百も承知。でも言ってみたいことってあるのよ」というのんのんさんの言葉がいつも私の中にあったので額面どおりに言葉を受け取っていたわけじゃなかったんだけど、気にしすぎていたかも、というのも気づいた。 「ここはよい場所です。って言うのもいいよね。いろんな経験が子どもを大人にさせるよね」という言葉にもそうだよね、と納得。いつも「こんな経験つんでるあなたは絶対いい男になるよ!」と保障していたんだけど、肯定の言葉を連ねる大切さを少し忘れかけてた。 3人にアドバイスを聞いて3人3様の答えをいただいたわけだけど、すべて私に必要なこと。う~ん、仲間とか先生ってすごいです。 11歳ってとっても大人に近くて思春期突入開始、状態なのにみんな見くびりすぎているんだよね、ともくんはすっごくいい感じで育っているよっていってもらえてとってもうれしかった。 実際夕飯時にあまりにもみいみがうるさくて「やかましいって」といったらゆうゆが「おかあさん、そういう言い方すると僕が起こられているようだからやめて」といった。「じゃぁ、どうすればいいのかしら」と聞いてみたらともぴが「みずきだっていきなり怒られたら嫌になるんだから話をすればいいんだよ。そうしたらこちらの話も聞いてくれるよ」と。つまりそれは相互尊重ってこと?あなたもOKだし、わたしもOK。お互いの大事にしたいところは分かり合った上でお互いが家族の一員であるからわがままいっても仕方ないという共同体感覚になるってこと?相互尊重して自尊感情がみたされればいいってこと?と聞いたらばそのとおり!と力強い言葉。 つまり自分も家族も大事でだから家族の中でうまくやっていくためにがんばろうって思えるには認められることが大事なんだよ、というわけです、11歳の男の子が。すごいかも。 その後、ベイブレードをほしがるみいみに「俺のやるわ!」と切れかけたともぴ。それは相互尊重じゃないからあげなくていいんじゃないかしら、と聞いてみたら「そっか」と言ってた。 すごいぞ! ゆうゆもいっくらいっても宿題をしなかったのにこのごろがんばっているので「何かあったの?」ときいたら「宿題しないやつ~」って言われるのが嫌だし去年の11月12月のようにためた宿題をやるのが嫌だと思った。と答えた。つまり周りから見た自分や時間の中に言いる自分を客観視できたっていうことだよね。うちの子は天才かも・・・(はい親ばかですから) まぁね、わたしにとってのいい子というくくりで捉えたら「しつけが押し付けになってつけになって還ってくる」らしいのだけど、私にとってのいい子ではなく、自尊感情と相互尊重と共同体感覚を身に着けたうえでのすごい子だからこれは誇りを持って社会に返せるのでは、と思ったわけです。 気を抜くとすぐに母は試されるし、痛い目にあうわけなんだけど、この3点がお互いできていて、忘れなければ大丈夫だろうなぁと思ったのでした。ちなみにてんつくマンが言ってるのはまさしくこの3点だなとこのごろ思います。 この3点は座右の銘かもしれない。
今日はみいみをトチローさんのとこへ連れて行きました。 なぜかというと、もうすぐ6歳になるのにおねしょはもちろんのこと、ひるまもじょんじょんおしっこを漏らしっぱなしだからです。 生まれてから一度も夜はオムツが取れたことがない。これって母にすればすっごくストレスなわけ。食事療法、ホメオパシー(ちなみに私はホメオパシーは必要だと思っています。)靈氣、スキンシップたいむ、心理学などなど思いつくものは軒並み試したと思う。もちろん病院も行ったけどね、漢方出されてみたり、エコー検査したり、血液検査したり。 でもこれという決め手がつかないままこの時期まで垂れ流しジョージョー。どれも気合入れればよかったんだろうけど、なんか根本が違うような気がして中途半端なまま来てしまった。 トチローさんいわく「どっこも悪くないんだけど」なんだけど、治まる気配がないのはすごく重い。気にしないようにしても気になるし、年下の子に注意されても平気だし・・・ ってことで気合入れてみていただこうと。 いやぁ、トチローさんさすがですね~。子どもの心に沿うのが上手。 みいみはしっかりトチローさんとトイレの神様とに「おしっこ行きたくなったらトイレに行きます」とお約束しました。もちろん整体的に私がフォローするところもあるけど、さて、どうかな。 ちなみに帰ってきてすぐにジョーっともらしたみいみ。「トチローさんがいないときに漏れたらきちんと代えますって神様に約束した」なんぞといってましたがその約束はイラン! 漏れる前にトイレに行けー。ほんと頭いいくせになぜにトイレくらい行けないんだか。 一ヶ月様子見です。うまくいくようなきがするよ~。 http://www6.ocn.ne.jp/~kenhouse/index.html トチローさんのとこはわけわかんないけど素敵なところです。
今日は金曜ロードショーで「ゴースト」がやりました。 テレビをめったに見ない私。新聞のテレビ欄もほとんど見ない。が、今日は何の気になしにみて「ゴースト」がやるんだわ。とどきどき。 高校生のとき文化祭で見たのが初めて。ラブストーリーみたいなものもはじめてみたので(素朴というか、なんというか)ドキドキだったのよね~。 で、それから何度も見て命とか日常のありがたさとかをよく感じてた。 もっちろん今日もテレビの前でCM用に本(子どもの心のコーチング、青春編)を片手にスタンバイ。子どもたちはひとりでに寝ていてこれはラッキー。そしてパパはおでかけ。もうもう世界に入っていたですよ。 偶然というか必然というか霊気のメーリスで6ヶ月の女の子に遠隔をというメールが入っていたところだったので「あなたの使命があるなら受け取ってね」と思い遠隔。 サムの表情、モリーの表情、ひとつひとつに感動しながら見てました。ま、ずいぶん端折られていたけど、仕方ないとして、映画の世界に浸ってたわけですよ。 で、悪い人もいなくなってモリーの目にもサムが見えるようになって感動的なラストシーン。 うわぁ、昔の映画なのに映像きれいだし、胸がしめつけられるし、素敵だなぁと泣く準備万端のところにパパご帰宅。 で、「なんで男同士でキスしてんの?これってそういう話?」 あ、あのねぇ・・・ あんたはこのメジャーなゴーストを知らんのか!モリーの女らしさを知らんのか!「もう一度触れられるなら何だってするのに」という切ない気持ちがわからんのかぁ~!ばかぁ~~。 思いっきり気分をそがれた私はひとしきり騒いだのでした。 でもさ、サムはいつでもモリーといたのに彼女には気づいてもらえなかった。私だってもしパパが事故で亡くなったとして気づけるか、というと気づけないと思うのよね。だからまぁ、パチンコで散財したとしても今日は許してあげるわよ、無事に帰ってきてくれてうれしいよ、、と伝えたかったのに、「悪気はなかったんだって、だって男にしか見えなかったんだもん、BLものかと思って・・・」と しつこく言うパパ。 キミにロマンチックを期待した私があほでした。 ま、そんなんも日常の楽しい一コマですね。今日もみんな無事に一日を終えられたことに感謝!ありがとうございます。
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