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テーマ:ショートショート。(573)
カテゴリ:ショート小説
深夜2時。
東京都S区郊外、延々と麦畑が続く道を、一台のタクシーが走っていく。 おそろいの外観をした、薄っぺらな小さな住宅地を過ぎると、また畑だ。 私は、ちらとラジオのチャンネルを動かした。 ザー ザーザーザー ザー ザーザー ちっ!私は小さく舌打ちをした。 どういうわけだか、ラジオの調子が悪い。 眠気覚ましにタバコの火を灯す。 暗闇に、ポッと一瞬赤い光が燃えた。 霧雨が降っていた。 ろくに明かりもない道だ。 車のヘッドライトに照らされぬ先は、ぼんやりとした闇。 まるで黄泉の国に行くようだ。 私は思わず苦笑した。 こんな日は、早く家に帰って、酒でも飲んで寝るにかぎる。 ぐんとスピードを上げようとして、思わずはっとした。 ほんの数メートル先に女がいる。 細い道だ。 避けもせず、車のほうに身を乗り出している。 飛び込みかっ?! 一瞬心臓が縮み上がった。 キーーーッ!! 車が止まると、女はコツコツと窓を叩いた。 『○○町まで。』 開いた窓から、女の白い顔が覗く。 まるで蝋のように白い。 『寒いんです。』 女の言葉に、あわてて背後のドアを開けた。 するりと、妙になまめかしいしぐさで、女が入ってきた。 再び車を走らせながら、私は背後の女をうかがった。 女は俯いているため、その表情は読めない。 長くつややかな黒髪が、その顔ばかりか胸までも覆っている。 雨に濡れてピッタリとした赤いワンピースが、ほっそりとした柳腰と、むっちりとした太もものラインを見せていた。 けっこう美人だったな。 女を轢くかと思ったショックはもう遠い。 私は好色な眼を女に向けた。 私は左手でダッシュボードから、ビニールに包まれたタオルを引き出した。 会社のロゴが入っている。 いつから入っていたのか、ビニールは薄く茶ばんで擦り切れているが、中のタオルはまっさらだ。 『良かったら使ってください。』 私は背後にそのタオルを差し出した。 小さく礼を言う気配がして、受け取る女の指先が私の指に触れた。 氷のようだ。 触れた指先から、しびれるような感覚が伝わる。 雨が降っていて肌寒いとはいえ、まだ秋になったばかり。 これほど冷えるには、どれほどこの雨の中にいたのだろう。 『なかなか車が通らなくって・・・。』 私の考えを読んだかのように女がポツリと漏らす。 『この辺は、東京とはいえ畑ばかりですからね。』 私は軽く笑って答えた。 『ここいらにお住まいですか?』 女からの答えはない。 しまった。 気を悪くしたかな? 『いやあ。この辺はごみごみしてなくって・・・。』 『彼の家があるんです。』 女は私の言葉をさえぎるように言う。 『バイクで、いつもこの道を走っていたわ。いつも違う女の子を後ろに乗せて。』 『はあ。』 振られたのだろうか? 恋人が家に他の女を引き込んだところを、乗り込んで行って・・・。 『寂しい道ね。行き交う車すらいない。』 本当にそうだ。 いつも車通りがあまりない道だが、今日はいつもにまして、もうずっと他の車を見ていない。 『だから、誰も気がつかなかったの。』 女の髪がゆらりと揺れる。泣いているのだろうか? 『タクシーと正面衝突。二人とも吹き飛ばされたわ。 彼も、後ろに乗っていた女も。 でも、誰もそれに気がつかなかった。 まだ暑い夏の頃の話よ。』 私は自分の足が震えだすのを感じた。 『近くを通りかかった人が気がついたのが、次の日になってから。 ヘルメットを被ったままの彼と女の首が見つかったのは、夕方になってからだったわ。 スイカ畑でね。熟れて割れた果実のように。 血みたいな夕日が、空を染めてたって。』 頭の芯が痛い。 ずきずきと痛むこめかみに汗がにじんだ。 女の髪の間から、瞳が覗く。 泣いていると思ったのは、気のせいだった。 女の瞳は濡れてはいなかった。 濡れているのは女が身に纏った赤いワンピースだ。 滴る雫が赤いような錯覚を覚えて、ふと、バイクに乗っていた女というのは、彼女自身だったんではと思った。 ああ・・・喉がひりつく。頭が痛い。 この道はなんて暗いんだろう。 私は、鼻の奥につんと錆びついた金属の匂いを感じた。 鼻血だ。 ぽたぽたとヌルつく雫が顎をつたい、膝に落ちる。 女の視線が私に張り付いていた。 喉の奥にも血の味が溢れ、私は車を急停車させた。 『す、すみません・・・鼻血が・・・。』 ドアを開け、よろめくようにして車から降りる。 ガホッ! 降りたとたん大量の血の塊が、私の喉から溢れ出た。 ああ・・・当たり一面真っ赤に染まっている。 まるであの日のように。 猛烈なスピードで、気勢を上げたバイクが、私のタクシーに飛び込んできた日。 割れたガラスが、私の頭と喉に食い込み、スローモーションのように赤が広がって、私の意識を飲み込んでいったあの日。 ああ・・・あれは、私の血の色だったのか。 ふらりと空中に、赤い私の体が漂っていく。 女の悲鳴が夜を引き裂く。 車の明かりが突然消えた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
September 27, 2005 02:16:51 AM
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