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『あぜ道のダンディ』
(10/8~21:フォルツァ総曲輪) 公式サイト:http://www.bitters.co.jp/azemichi/index.html 宮田淳一50歳。大学浪人中の俊也と高校3年生の桃子のふたりの子どもがいる。 妻は若くして他界し、父子3人の生活。子どもたちは父親とはほとんど口をきかない。 何とかふたりとコミュニケーションを取ろうとするが、いつも会話はかみ合わない。 中学時代からの親友・真田と、決まった居酒屋の決まった席で酒を飲んでいる。 そんなある日、宮田は胃の不調を感じた。 妻は胃がんで亡くなっている。そして、今の自分の症状は彼女の時と似ている。 検査に行った病院の医者のトーンがやけに暗い。決まりだ…。 真田に相談したら、「子供にはこのことを話したのか」と聞かれた。 「子供たちに弱音など吐くものか。俺はカッコイイ“男”なんだ!」と返す宮田。 そういう映画です。 今の世では生きにくくなった50歳男性の「カッコ良さ」というか、 「見栄」というか、「意地」というか、生き様が描かれていた作品でした。 今の50歳男性はたいへんです。 不景気で収入は少なくなるし、家族の中での威厳も低下している。 特に宮田は妻のいない中、2人の子供の大学進学を控えて物入りなのに金がない。 でも、真田から「たいへんだな」と同情されると、 分かってるんだけど、素直な認め方も出来ずに怒っちゃったりして。 「たいへんだ」なんて口にするのは、宮田が思うところの「カッコイイ男」に反するのです。 男のカッコ良さって何なんでしょうね。 「カッコイイ男」になることを意識すぎると、逆に「カッコ悪くなる」ような気もします。 そもそも、男というのは最初からカッコ良くない生き物なのではないかとさえ思えてきました。 でも、だからこそ、「カッコ良さ」を追求するというか何というか…。 これ、堂々めぐりになりそうですね。 光石研さんと田口トモロヲさんのやり取りが面白いです。 特に田口さん演じる真田の雰囲気が好きです。一番カッコ良いのは真田さんだったかも。 正直、いかにも映画っていう感じの特別なことがあまりない脚本なのですが、 光石さんと田口さんが作り出す2人の世界に引き込まれていました。 宮田が本当に「カッコイイ」のかどうかは、正直、観る人の判断だと思います。 でも、「男というのは“◎◎る”生き物なんだ」という彼の台詞には共感しました。 それに、僕からすれば、宮田は父親になったというだけでもカッコイイと思えるし…。 ところで、宮田と真田が帽子について会話するシーンがあるのですが、 本気で「カッコイイ男」を目指すなら、室内では帽子は取った方が良いですよね。 ただ、その帽子は作品の中の重要なポイントの1つではあります。
最終更新日
2011年10月10日 00時28分07秒
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