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実は、息子ルル(5ヶ月のダウン症児でLARGE VSDフォロー中)の心臓手術、 延期になってしまったんです~。 せっかく覚悟決めて入院までしたのに!その晩なぜか重症の子の搬送が相次いで PICU(子どもの集中治療室)が満床になり、 手術しても帰るベッドが無いからということで急遽延期、いったん退院しました。 ずいぶん拍子抜けしたけれど、シャワー&トイレ付きの快適な特別室で 一晩家から離れてゆっくり休めたわけなので、まぁいっか~♪ もしかしてルルからのプレゼントかしら~?なんて笑ってました。 一日体験入院で予行練習出来ていろいろ様子も分かって良かったかも~と。 ![]() けれど、次の週の水曜に決まっていたのが再びドタキャン! 今度はわざわざ東京から母が来てくれていたので余計ショックでした。 金曜日に出来るようにします、と言われていたのがやっぱりそれもダメ。 予定が立たないので、母もいったん帰らなければなりませんでした。 そうこうしているうちに、家中でインフルエンザb型に罹るという最悪の事態になり、 先週でようやく落ち着いたところです。 医師からは「この手術はタイミングが大事です、体調を崩すと延期しなきゃならないので オペの日程が決まったらくれぐれも風邪など引かせないように。」と念を押されていたので けっこう神経質になっていたのに、もうこんなときに限って(涙) 結局ルルも軽く罹ってしまったので、更に二週間延期に。 一番初めに延期になったときに主治医のN先生が 「こういうことは滅多に無いことなんですけどね。」 と言ってらしたのにこんなに続くなんて、 「やっぱり手術なんてしちゃいけなかったんだ!?」と思ってしまう。 ルルが怖がってるのかな、いやなのかなぁとか・・・・(当たり前だろうけど) 更に、入院直前から首も座らないのに寝返りを始めて、 今は毎日うつ伏せで首を上げる自主トレに励んでる様子が 「みてみて、ぼくもうこんなに育ってるんだよー手術しなくてもちゃんと発達してるよー」 と主張してるように見えてしまいます(笑) 主治医のN先生にも 「こんなに延期なんて変だから、もう穴は塞がってるんじゃないでしょうか?」 と言ってみたんですけど 「それは絶対無いです」と短く言われました^^; 今のところルルの手術は6月5日金曜の予定ですが、 この前みたいなドキドキは無くって、また変更になるんじゃないかと心配です。 沖縄で子どものICUがあるのはここだけなので当日までハラハラしそう。 オペ当日に上の三人を預かってもらうため、東京から再度母に来てもらおうとしているんだもの! 飛行機代だってかかるんだし、今度また同じことが起こったら、 一体全体どう受け止めたら良いんだろう。 もちろんこのまま手術しなくて済んで、ずっと何ともなければ一番良いんだけれど。 明後日から入院って実感沸かないなぁ。
息子(4ヶ月)の心臓手術まであと三日!いよいよ明日から一緒に入院します。 先週の計測で4975グラムだったから、そろそろ5kgになっているかなぁ。 最初の頃に主治医のN先生が 「生後5ヵ月くらいで体重が5kgになったら手術がいいでしょうね。」と 言っていたけど、ほぼその通りになってしまった。 術後一週間で生後5ヶ月になります。 まだ首は座っていないし、激しく手足を動かしたりということもないのに 昨日から自分でもぞもぞ横向きになってエイッとうつ伏せになったりして驚かせてくれました。 近づいて声をかけると嬉しそうにするし、笑みを見せてくれるようにもなりました。 機嫌が良いとよく声も出します。 眼が見えているのか、耳が聞こえているのか、けっこう心配だったのですが、 最近少しずつ反応が出て来たので嬉しいです。 でも呼吸が苦しそうで、おっぱいに張り付いている時間が急に長くなりました。 息継ぎしながら少しずつ飲んでる感じで、元気そうに見えていたけれど やはりもう限界なのかなぁと思いました。 ルルの合併症は「心室中隔欠損症」で、心臓の壁に10ミリ以上の穴があります。 通常その穴を血液が通る音が、ざざーっと心雑音として聞こえるらしいのですが、 ルルの場合それがほとんど聞こえないそうで、N先生も首をかしげています。 どうして聞こえないのか、可能性を説明してくれたのですがよく解りませんでした(^^; ダウン症の子は元々肺の血管が細いけれどルルは特に細いかもしれないとか、 肺が硬いのかもしれないとか。。 少し前に、聴診器を買って来てルルの胸にあててみました。 確かな鼓動が勇気をくれると思ったのに・・・何だかせつなくなってしまいました(ー。ー) 心臓の手術なので、心臓を一旦止めて人工心肺装置を使うそうです。 心臓を止めて、後でまた動かす、って・・・ 人間がそんなことしていいの!?って思ってしまいました。 そりゃあクスリでコントロールして切ったり貼ったりする時点で“ヤバイ”ですけど(笑) 心臓とか脳とかいじるのは・・・怖いだけじゃなくて何だか考えさせられる。 自然出産、自然育児を通して、いのちの力の強さ、たくましさを感じていたのに。 先端の医療の中では、弱く小さく無力に思えてしまいます。 ルルと私の入院中、上の三人はパパが仕事を休んで見ていてくれます。 たぶん二週間から三週間くらいかな、離れるの初めてだから 寂しいだろうけどみんな祈っていてね! (画像は・・・お天気の良い日の虹浴び♪)
昨年12月に自宅出産した四人目の赤ちゃんは、 21トリソミーのダウン症候群で、心臓に合併症があることが判り、 生後三週間から週に一回、沖縄県立こども医療センターに通っています。 今は二種類のクスリを飲んでいて、 月に一度はRSウィルス予防のためシナジスの注射を打っています。 来月には心臓の手術も予定しています。 あれよあれよと言う間に・・・世界は一変してしまいました! 一遍に、いろいろな意味で、新たな世界の幕開けという感じです。 医師の口からダウン症という言葉を聞いて、それなりに落ち込みましたが、 夫の前向きな受け止め方に励まされたのと、 幸いにもダウン症児に深い理解のある友人知人が多くいたことによって、 わりとすんなり受け入れることが出来たと思います。 告知から二週間は涙が出ましたが、その後はきっぱり立ち直りました。 今、生後四ヶ月経ちましたが、この子は私たち家族にとって「恵み」だと感じます。 合併症があったことの方がこたえています。 今まで医療を拒否して子育てして来たのに、 新生児にクスリだなんて、レントゲンだなんて、予防接種だなんて、 ショックの連続でした・・・が、そんなことは序の口で、 先日具体的な心臓の手術の説明を受けたら、かなりへこみました。 けれど、この子がうまい具合に必要な出会いを引き寄せてくれるので、 信頼出来る人たちの中できっと良い治療が受けられると信じています。 何だか今回はダウン症告知の衝撃で、自宅出産の記憶が霞んでしまったし(笑)、 目の前の問題も先々の不安も山積みだけど、精神的にはとっても安定してます。 妊娠中は三人の子に「手がかかる~」とあんなにゲンナリしていたのに、 この子が来てからは兄弟が多いことが何と頼もしいことか。 四人兄弟になって、ますますそれぞれの個性が際立って、すごく面白い。 本当、みんなよくぞうちに来てくれた!と思います。 去年一年間、 私はすっかり子育ての壁にぶちあたっていたのだけれど、 壁だと思っていたのは、よく見たら新しい世界への扉だったのですね~(笑) 折りしも先月で私は40才になり、 娘は8才、第二・七年期 に突入しました。 もうじき結婚10周年でもありま~す。 私たち家族の第二ステージへ、 こんなにやわらかで小さな赤ん坊が、導いてくれています。 ハンドルネーム、ルルにしました。 お姉ちゃん似の男の子です^^ どうぞよろしく♪ ![]() 久々の更新、とりとめない出産報告になっちゃいましたが・・・ またなるべく書いて行きたいです。
今週に入ってやっとつわりからは解放されたようです。(もうじき17週に入る) しかし相変わらず学校は、親の私の最大のストレスの種です。 娘が何かお手紙を持ち帰る見るたびにどうしようもない憤りを感じてしまって・・・ もうやることなすこと気に入らない、と言った方が早い状態。 でもどこにも気持ちのやり場が無い。 学校に対してこんな気持ちのまま、この先10年以上次々と子どもを通わせる日々が 続くなんて、本当に自分の性格ながら困ったもんです。 こんなときあんなとき、他の父母はどう感じているんでしょう、 教育目標みたいなのはそんなによくは読まないのかしら、 なんかおかしいって思うこと無いんでしょうか。 先月、家庭科室に入る用事があったときに チャーミーグリーンみたいな食器洗い用の洗剤ボトルが並んでいるのを発見して、私はすごくショックだったんです。 かなり教育熱心な部類のお母さんたちが一緒にいたので 「こんなの子供たちに使わせるんだね~。」と言ったら 「安いからね~。こんなの普通!どこでもそうだよ~。」と笑われてお終いでした。 30年前に私の通ってた学校は、東京下町の小さな公立だけど、 家庭科室と言えばその当時他では誰も教えてくれなかった環境問題、合成添加物や化学薬品の危険性などについて生まれて始めて知った場所でした。 中学校の家庭科の授業で「あぶない化粧品」シリーズに出会えたことに、本当に感謝しています。 だから尚更がっくり来てしまいました。 地域性もあるのかなぁ。。 そういえば、えーっ学校でそんなことを!?と私が憤慨するようなことって、 もしかしたら「イマの時代だから」「公立だから」「シュタイナーじゃないから」と言うことでは無くて、 「沖縄だから」が多いのかも!?ということに最近やっと気が付きました。 沖縄移住4年め、でもまだまだ文化の違いは大きく私にのしかかる(汗) その一つとして、小さいうちから反戦教育をするというのがあります。 沖縄には6月に「慰霊の日」という独自の公休日があって、その前後に学校は平和週間として 「戦争の恐ろしさ、平和の大切さを教えるため」に戦争に関連したビデオを連日見せ続けたり「平和集会」を開いて体験者の話しを聞かせたりして、戦争についての作文を書かせるんだそうです。 実は娘が一年生のときは、この時期ほとんど不登校だったので全く知らなかったんです。 二年生になって担任の先生から聞いてびっくりしてしまいました。 困ったな~今年はどうしたらい良いんだろう!? 他の子と違ってジャンヌはテレビのニュースを見たり聞いたりしたことが無いし、多分国語の教科書に「かわいそうなぞう」が出て来るまでは「戦争」という言葉さえ知らなかったと思います。 いきなりビデオを見たら、ふだん“映像”を見慣れていないぶん衝撃が強いだろうし、 まだ7歳になったばかりで本当の意味で理解出来るはずないのに 「せんそうはいけないことです」なんて取って付けたような作文書かせたくないじゃないですか。 全く野暮なことばかりするよなぁ~と思っていたら・・・偶然その時期にプチ不登校状態になって 今年もおおかたは免れたようでした^^; その他、もう何に付けてもそんなことばかりで、もんもんとしっ放しなので とにかく夏休みが待ち遠しいです。 あ、でももちろん「沖縄」が悪いわけでは無くて、きっと千葉や埼玉に引っ越していたとしても私は同じようなこと思っていたかも知れません。 違いを乗り越える、受け入れることの難しさ・・・私みたいな偏った人間には一生の課題になるだろうと思われます。 もっとサラサラーっと前向きに生きられたらいいのに。 だからこそシュタイナーを学びたいと思ったわけなんですが。。。 これから子どもの成長に追い越されながら、本当に気長に流れのままに、自分をほぐして行くしかないのでしょうね。 (仲正雄さんも「シュタイナーは40才過ぎてから学びなさい」と言っていたし) でも、この胸いっぱいに詰まった反感を、子どもの前で隠しきれないときは、 いったいどうしたら良いのでしょう。 明後日は終了日なので、またチョコとか飴とかいっぱいもらって帰って来るだろうと思うと・・・(涙涙)
実はゴールデンウィークの頃、四人目の妊娠が判りました。 春先からずっとシュタイナーサークルのことでそれはそれは忙しく、6月初めのシュタイナー教育講座が終わったと思ったら一気につわりがひどくなり、すっかりダウンしていました。 最近ようやく落ち着いて来たところです。 四人目なんてびっくり。 無責任だけど、なんか今回は嬉しさよりも不安でいっぱいです。 今、三人でも手一杯だというのに・・どうなっちゃうんだろう。 産むたびにどんどん可愛くなるとか、気持ちに余裕が出来るという人がいるけど、私は逆パターンみたいです(涙)一人目でラクし過ぎてどんどんツケが回って来てるような気がします。 今は三人目も2才目前で、おっぱいも離れてるし以前ほど手が掛かるというわけでも無いのに、どうも精神的にも体力的にも余裕が無くって年中ぴーぴー言って子どもに八つ当たりしてしまうし、どんより塞ぎこんでばかり。 こんな私のところへやって来てくれるのは、どんな子なんだろう。 もう名前だけは決まっているのだけれど(笑) また今からこの胸に小さな赤ちゃんを抱いて過ごすなんて、全く想像付きません。 もうスリングとか授乳服とか、遠い世界のモノに感じらるし。 ああきっとつわりが今までよりきつかったのも、上の子たちに振り回される日々の中では完全に存在を忘れられてしまうからなのかなぁ。 今たぶん15週目くらいで、ちょっぴりお腹が膨らんで来ました。 そうしたらじわじわと嬉しくなって来た気がします。 これから少しずつ子どもたちとの関係と暮らしを立て直して行こう^^; そしてきっとこれが人生最後の妊婦生活になるだろうから、心を入れ替えて楽しまなくっちゃあ、 三十代最後のひと踏ん張りに向けて。。
4月はシュタイナーサークルの運営に忙しくて連日ふらふらだったのですが(今も続いてますが)
ジャンヌは二年生になり、クラスが替わり、担任の先生が替わり、朝は泣きながら登校しますが 帰りは常に友達が三人くらいくっついて来るようになりました。 一気に小学生の世界へ突入しているようで、またまた複雑な心境です。 さて、去年入学の準備にとあれこれこだわって厳選した学用品ですが、 その後買いなおしたものがありました。 筆入れと鉛筆です。 筆入れは布製のジッパーで開閉するタイプだったのですが、これは中身ががちゃがちゃと動いてしまうのが駄目で一学期でボツになりました。 ![]() (三色あるから兄弟三人に使わせたかった) その後は家で使っていた無印良品のプラスチック製を持って行っていましたが、それもやっぱり中身が定位置に決まらないので駄目。 几帳面な娘は毎日出したり入れたり並べ直してはキーキー言っていました。 それでも新しいのを買ってくれとは言わずに頑張って使っていたら、何とクリスマスにサンタさんがおニューの筆箱を持って来てくれました! しかも筆箱、鉛筆、消しゴム、定規がきれいに箱にセットされています。 ![]() それはすごい喜びようでした。 ミキハウスのものですが、このくらいシンプルでキャラクターものじゃなくて可愛いデザインは貴重!形もこの片面開きで中に鉛筆がホールド出来る昔ながらのタイプが一番使いやすいようです。 鉛筆は、はじめは愛用してる色鉛筆と同じ、ドイツ製LYRA社のファルビーを揃えたのですが、 これは残念ながらあまり良くなかったみたいでした。 ![]() 太い三角軸は持ちやすくて白木の感触もとても良いのですが、2Bにしてはずいぶん硬くて大人の私でも書きにくいです。極太芯で折れにくいのは良いんですが、筆入れや手などあちこち汚れてばかりだし。それで今使っているのは螺旋状に溝が入っていて正しい持ち方が出来るという渦巻き鉛筆と三角軸のおにぎり鉛筆です。どちらも白木軸なのが嬉しいです。転がりにくいおにぎり鉛筆が一番使いやすいそうなので、生協のカタログで1ダース取り寄せました。 一つ、気になっているのがクレヨンのこと。 シュトックマー社の蜜ろうクレヨンを持たせていますが、先日学校で描いて来た絵を見ると 蜜ろうクレヨンで塗った上から一部分だけ普通のクレヨンで塗りつぶしてあるんです。 お友達のクレヨンを借りたんでしょうけど、蜜ろうクレヨンでふわーっと美しく描けている上を 本当に一部分だけ、べったべったに全然違う質感で塗りたくってあるのですごく異様です。 どうしたのかはっきり言わないけれど、おそらく先生に「もっと濃く」色を塗るように指示されたんだと思います。 一年生のときにもそういった指導があり、女の子など淡い色調で描いていると 「もっと濃く」塗るように、はっきりと輪郭線を描くように、など言われていたようです。 確か力いっぱいガシガシ塗りたくるのが良いとされている絵画療法か何かがあったような気もします。 壁にかかった子どもたちの絵を見ると、みんな揃って派手派手のどぎつい色合い。 それらは東京で見たことのある子どもの絵と、全く違い・・・ これは・・・と絶句してしまいました。完全に色彩のセンスが「沖縄」なんです。 絵の具から出したままの下品な黄緑やオレンジで描いた絵にくっきり太くて黒い輪郭線、 目鼻が大きい濃い顔立ち。 ああ何だか考えるとくらくらして来ます。 一年生の頃、ジャンヌの絵だけがいつも全体的にほわんと薄くてすぐ分かったのですが、 これから先、どんどん濃くなっていったらどうしよう。最近顔も日焼けもして来たし(涙) と、いつの間にか愚痴になってしまいましたが、 子どもの絵の描き方にとやかく言う先生、全く腹立つなぁ。。 今度機会を見つけてシュトックマークレヨンの良い点を先生に説明しに行きたいよ!
![]() 三人目のポリー、10日前の先週水曜から断乳始めました。 この日でちょうど一歳八ヶ月。 一人目は二歳、二人目は一歳十ヶ月のときだったので年齢のせいか早まって来てますね(^^;) おっぱいの飲み方って三人とも全然違ったのだけど、ポリーくんは遊び飲みが多いしよく噛むし、ずいぶん痛い思いをしました。 乳質が一番悪かった?というのもあるかもしれないけど・・・ なんかおっぱいへの真剣さみたいなのが希薄な感じがしました。 ニヤニヤしながら思いきりかじって、痛がるときゃっきゃっと笑うパターン。 おっぱいトラブルも初めて体験しました。 乳腺炎で高熱も出たし、よく乳首が切れて辛かったです。 それでここ数ヶ月、夜中に何度も起こされたり、長い時間乳首を離してくれなかったりすることに本当にうんざりしてしまい、も~早くやめたい!と思うようになりました。 上の子たちのときは「おっぱい飲んでるときって何て可愛いんだろう!」ってうっとりして、断乳のことを考えると寂しくなったりしたのに、今回はそういうのがあんまり無いです。 そしていよいよ断乳を決行、おっぱい無しで抱っこで寝かせるようになったら・・・ 「この子ってこんなに可愛いかったの!?」とびっくり! 最初の数日は、寝付くまでにそれはそれは泣いたのですが、いくら泣いても何しても、何だか今までより何倍もかわいーく見える。。なんとも勝手な親ですが。。 これはきっと、今までこの子とちゃんと向き合って来なかったから。。 私はいつも上の子のことで手一杯で、ポリーの世話や遊び相手は上の子に任せてばかりいました。 泣いて主張しないと構ってもらえないせいか、とてもよく泣く赤ん坊だったのですが、いつでも泣いたらすぐおっぱいで口を塞ぐような、大雑把な育児をして来た気がします。 おっぱいが無くなった今、彼の要求を一つ一つ丁寧に探り根気よくコミュニケーションするようになったら、途端に言葉の数が増えて表情豊かになったような気がします。 けれど夜は泣いて泣いて、のたうち回る。 立って抱っこしてると眠れるのだけど布団に置くと火が着いたように泣く。 その状態を脱したときのことが忘れられません。 断乳からちょうど一週間経った夜のこと、自分から大人しく布団に横になると、 突然お人形に自分のおっぱい(おへそだけど)を飲ませ始め、そのまま静かに眠入ってしまいました。 えっ、今の何?もしかして卒業の儀式だったの?! ちょっと感動的でした。 その日以来、夜寝る前に泣かなくなりました。 もうお兄ちゃんと一緒におはなしを読んでもらいながらスーっと眠れるようになりました。すごーい! 私のおっぱいは、二日めまで張っていたけれど、三日めくらいからもう柔らかくなり始めました。 今回のおっぱいストーリー、まずは一件落着かなぁ。 (さあ次回はあるのだろうか?) ![]()
昨日から小学校が春休みに入りました。 4月からジャンヌは二年生!早いでものすね~。 でも私たち親子はこの一年間、学校のことでちょっぴり苦しんだのでした。 一学期、入学したての頃は張り切って通っていました。 初めてのお勉強は楽しくて仕方ないようで、自分の名前すら読めなかったのが 三週間もすると、ほとんどのひらがなの読み書きが出来るようになってびっくり! (ちいさいうちから教える必要、本当に無いんだと確信、笑っちゃうくらいの吸収力です) 場面かん黙の気があったくせに、最初から手を挙げて発言していたようだし お友達ともすんなり仲良くなったようでした。 それなのに私が「別に学校なんて行かなくたって良い」という意識で フリースクールを作ろうというグループに参加したり 平気でじゃんじゃん休ませて遊びに連れて行ったりしているうちに だんだん行かなくなり気付いたら半分の日数を休んでいました。 二学期、ほとんど不登校になっているジャンヌのことで 先生やいろいろな人に相談したのですがとても信頼していた方から 「泣いても何が何でも行かせなさーい」と何度も言われました。 本当にそうだろうか?という思はあるものの、 見ていると朝は泣いていても学校に着くとケロっとしているようだし、 帰りはすっかり機嫌よく元気になって帰って来るので、 試しに「今学期は行かせてみよう!」と決意しました。 今の時代、先生は「本人が行きたくなるまで無理しないでゆっくりでいいですよ~。」 としか言わないんですね。 自分で制服に着替えた日は泣き叫んでも無理やり取っ組み合って引き摺って行かせました。 私もつい感情的になってしまうので、まるで修羅場! こんなんで良いんだろうか??毎日これを見てる弟たちにすごい悪影響なんじゃないのか? と不安になりながら、たまにヤケクソになりながら。。。 でも結局、二学期もちょうど半分行って半分休んでいました。 三学期、突然に毎日通えるようになり、お友達と遊ぶことも増えて、 寝ても醒めても学校の楽しいことで頭がいっぱいなようです。 宿題をとても一生懸命やり、先生に言われたことは馬鹿みたいに守ろうとします。 冬の間に身長がぐぐっと伸びて歯も次々に生え変わりました。 あれだけ休んでた割りには勉強も頑張ってる。 それなのに親の私はちっとも成長していないようです。 私としては・・・日々「えーっ学校でそんなことするのー!?」とショックの連続なのです。 三学期になってからも学芸会やら日曜参観やら、学校に足を運ぶ行くたび 憤りのあまり眠れなくなったりしました。 育児の先輩に話すと「あなたもまだ若いわねぇ~!」と笑われました。 本当にその通りなんだと思います。 周りのお母さんたちは、なんてみんな寛大なんだろう! どうしたらそんなふうに細かいこと気にしないで 子どもを信じて暖かく見守ってやれるんだろう、と思います。 おとといの終了日には、色んな人からチョコレート菓子を貰って帰って来ました! 新しい学年用に配布されたノートは“ドラえもん”でした! きっと他のお母さんは「よかったね」って心から一緒に喜んであげていることでしょう。 私の性格が異常なんだろうか?と、孤独に陥ってしまいます。 学校に対して否定的にならないように、いいとこ見よう、みつけよう、と 思っても思っても、難しいことが多いです。 なるべく先生や子どもたちと関わっていようと 読み聞かせに通ったりPTA役員をやったりしても、 知れば知るほど他のお母さんとの考え方のギャップにぐったり疲れるのでした。 いつまでこんな調子が続くのか・・・二人目、三人目が入学する頃には 上手く折り合いをつけられるようになっているんだろうか? “親育ち”なんてわざわざ言うのはとても気持ちが悪いと思ってたけど、 このままでは子どもの意志力が育たなくなってしまうんじゃないかと焦ります。 ああもう遅いのかな。 来週、ジャンヌは七歳になります。 『不登校から子どもを守るお母さんの教科書』 20年に渡り不登校児をもつ親の電話サポートを続けるなかで蓄積した、「学校交渉法」および「不登校克服法」をまとめた一冊。ちょっと気になる。。
あけましておめでとうございます。 去年は最初から最後までとにかくストレスの多い一年だったので、今年は気負わず流されず、失われた自分を取り戻すべく・・・ とか何とか新年の日記を少しずつ書き留めていたら、とうとう旧正月が来てしまいました! ちょうど一ヶ月前のことですが書いておきます。 昨年と同じく新年は東京で迎えて二日には沖縄に戻ったのですが、その翌日、つまりお正月の三日の朝に産後初めての生理が来ました。 そうしたら何だか予想外にすごく嬉しい。 なぜだか夫も喜んでくれてます(!?) まだもう一人くらい産めちゃうかな?って気になったりなんかして! 今三人目がちょうど一歳半だから、約二年と四ヶ月振りくらい? でも前回の生理って、確か二人目の産後一年半経ってから一回しか来なかったんだっけ。 で、その前も確か似たようなもんだったから・・・ つまり毎回、産後の生理がなかなか始まらなくて、やっと再開かと思ったら翌月には妊娠していたり。 だからこの八年間に来た生理の回数って、片手に余るくらいなのでは? っと考えるとすごいなぁ、いいんだか何だか。もしかして恥ずかしいことなのか・・・ そしてその間押入れの中で眠り続けていたのが布ナプキン。 去年ちんぬくさんが出産祝いに「しあわせの種」ナプキンをドサリとプレゼントしてくれたお蔭で、今回は二日めから最後まで布ナプキンだけで過ごしたのですが(初日は押入れから見つけられなかった) 本当に本当にいいものですね! 「もうケミカルナプキンには戻れません!」と言う愛用者の声を実感しました。 洗濯なんか布おむつの20倍くらい楽チン。 特に最初の方の量の多いとき、白い布ナプにインパクト大の鮮血が漬け置くだけでサラサラーっと落ちるのは快感です。 十数年前に初めて見た布ナプキンは、真っ赤っかの布地で少しぎょっとした覚えがあるのですが、ここ数年で種類も色柄も豊富になったし手作りする人も増えたし、いろいろ集めるのも楽しそうです。 ![]() だけどやっぱり染めてない生成りの無地が私は好き。(ちんぬくさんブラボ~^^) どうもピンク系の市販品が多いような気がするけど、あれじゃあ汚れが判りにくくて不便じゃないのかなぁ。(経血を汚れ汚れって言うのは気が進まないのですが) 台拭きでも寝具でも服でも、身の回りのものは何でもかんでも、汚れが判りやすい生成りの無地が好きです。 無印良品に行くと落ち着きます。 シュタイナー教育でも子どもの周りに無地のものが多くて嬉しいです。 (子ども服は泥汚れの目立たない茶系が好きだけど^^;) うん「生成り」っていいな。何も手を加えてない自然のままの本来の色。 今年は三十代最後の年、生成りの自分に返ってゆっくりと心身を整えておきたいな。 (四十代に向けて?それとも四人目に向けて?!キャーっ><) またちょくちょく更新するように心掛けるので今年もよろしく。 ![]()
年末帰省中のイベント第一弾『マザリングフェスタ』、本当に行って良かったです。 前日に東京に着いたばかりだったし、子ども三人連れて都会の電車を乗り継ぎ、小雨の中何とか三鷹の会場に辿り着いた頃にはけっこう疲れ果てていて「サっと見てサっと帰ろうねっ。」とつぶやいていたのですが(口癖かも・・) 会場に入って五分も経つとケロッと元気になっていました。 来てる人たちは小さな子ども連ればかりなのに何故かぴーぴーぎゃーぎゃーうるさく無いし、出店ブースがずらりと並んでるのにいやなタイプのエネルギーは無くて、居るだけで果てしなく前向きになれそうな不思議なパワーに満ち溢れていて、会場にいる間じゅうたのしくてたのしくて、久々に良い充電が出来ました。 ![]() 一年ぶりの友人、懐かしい知人、会ってみたかったあの人にもこの人にも会えたし、お買い物もばっちりじっくり!でも全部は見きれなかったし買いそびれて未練のある物もいくつかあります。 何しろ全国から集まった選りすぐり自然育児グッズがずらりと並んでいてシュタイナー学校は藤野シュタイナー学園と東京賢治の学校と二つも出ていたし、おもちゃも手仕事材料も衣料品も、沖縄では手に入らないものだらけ、欲しいものだらけでパラダイスでした。 絵本の読み聞かせが始まるというので何の気なしに見ていたら始まったのは『うちにあかちゃんがうまれるの』著者いとうえみこさん自らによる読み聞かせで感激しました。(いとうさんは自然育児友の会の事務局長さんです) 続けて続編の『いっぽにほさんぽ!』も読んで下さいました。でも普段は大好きな絵本の中の「ソラト」を身近に感じていたはずの子供たちが、本物の「ソラトのお母さん」を前にして混乱してしまったみたいで、さぞ喜ぶかと思いきやキョトンとしていました。 その後、ライアー演奏と人形劇がメイン会場の間仕切りも何もない中で始まったのでびっくりしました。 だってシュタナー風の静かな静かな人形劇だし、ライアーの前にマイクが設置されてるようだけど、こんなにたくさんの人がいてお店が並んでる中で聞こえるんだろうか!?ちょっと無謀じゃない?と心配になってしまいました。でも始まってみると思ったより静かになったし、ほとんど声は聞こえなかったけど雰囲気はちょっぴり味わえたかも。前の方に張り付いていた子たちは一生懸命集中して楽しんでいるようでした。 ![]() スペシャルゲストの日登美さんは写真で見るよりずっとずっと若くて可愛らしく、出店もされていた中島デコさんは想像してたよりずっと美しい方、うさとの服が似合ってました。 (会場内は予想通り、うさと率高かったです。) 結局おしまいまで堪能したので外は暗いし寒いし、帰りの電車内ではどうなることかと思いきや、ジャンヌもロダンも「たのしかったねー」と言い合ってニコニコ。嬉しい一日でした。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |
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