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マナコミかあちゃんの日記 [全28件]
うっとうしい梅雨も終盤になっていますね。 真夏日を体感すると、猛暑・酷暑が思い出されて恐怖感すら感じるのは私だけでしょうか? 子どもの頃は、夏が大好きでしたし、夏休みは毎日遊んでいられるので宿題以外は楽しいものでした。 小さい頃は、田舎や近くの親戚に泊に出かけたり、三浦海岸や江ノ島・逗子などに海水浴に連れて行ってもらいました。 夏休みは「まだ8月がまるまる1か月あるぞ」ということでスタートして7月中がとても嬉しかった気がします。 多く人と同様に、8月20日あたりから宿題が気にかかりはじめ、25日あたりから危機感が高まり、31日は必死になっていました。 また、 我が家の子ども達が小さいころは、三浦半島の海のそばに住んでいましたから毎日のように海に泳ぎに行きました。 早くに夕飯の支度をすませ、お風呂をわかして、布団も敷いておきます。 水着に着替えて、車にビニールシートを敷いて出かけます。 車で5分ほどの水戸浜というところがお気に入りです。 夕方5時過ぎ、海水浴客が帰るころ、陽が傾きはじめるころから海に入ります。 1日1000円の駐車場も無人になるのでただで止めることができます。 日中は暑すぎて、長く浜で遊ぶことは不可能ですし、人も多くいます。 夕方はほとんどプライベートビーチ状態になり、私と子ども達だけの海独占ということもしょっちゅうありました。当時でも「なんて贅沢!」と感激していました。 明るいうちは、私は水中ゴーグルと足ひれでシュノーケリングをします。 また、やはり足ひれをつけた子ども達の浮き袋をつないで、子ども達は海面から水中メガネで海中の魚を見て楽しみます。 少し沖へ行くと群れをなして泳いでいる魚を目の前にみることができます。 現在高三の娘はおむつをつけて歩けないうちから、浮き袋で一緒に沖に連れていきました。 オレンジ色のまるく大きな夕日が水平線に落ちて行くまで海岸で過ごし、真っ暗になる前に急いで水着のままバスタオルを巻いて帰ります。 まず、自宅の駐車場に昼間入ったプールで砂を落とさせ、浮き袋や使った道具を洗ってからお風呂に入ります。 おなかもぺこぺこですから、急いで夕飯をすませ歯磨きをして布団に直行し爆睡です。 私も一緒に爆睡です。 また、毎年夏休みは友人や兄弟が子ども達を連れてやってきます。 昼間から海に行き、夜は花火大会に行ったり、自宅で花火をしたりします。 バーベキューも定番メニューで、我が家は民宿化していました。 海のそばに住んでいましたが、海水浴のための旅行もしました。 一族恒例の行事で私の両親・兄弟・つれあいと子ども達の総勢16人で熱海のお宮の松の前の温泉に泊まり海水浴をします。 それから、毎年友人の4家族で西伊豆の温泉民宿をほぼ貸し切り状態にして、やはり海水浴をしました。 また、川や山に友人家族とのキャンプも恒例でした。 宿題のために、博物館にも行きました。 お盆には、実家に帰ります。 私が専業主婦から仕事に復帰するまで、こんな夏休みが10年近く続きました。 今振り返ると、自分も一緒に遊ぶわけですから、どこにそんな体力があったのか?と不思議です。 ひとつ言えることは、私は海が大好きだということです。 ですから、子どもの時に毎年連れて行ってもらった三浦の海の近くに住みました。 夏休みに自分ができなかったこと、やりたかったことを実現させた10年でした。 都会に戻ってからも、2年ほど海に出かけましたが、子ども達も大きくなり、部活や自分達の友人同士で遊ぶようになり親の出番はなくなりました。 私は8月は毎年「夏休み状態」です。 なぜなら、8月は研修をする会社は少なく、講演なども月初・月末にあるくらいです。 はっきり言って、「ヒマ」だということです。 「私の夏休み」としています。 勉強会への参加や、HPの更新や、名刺の作りかえ、新しいプログラムやテキストの更新、パワーポイントのスライドの作りかえなど目標も含め仕事が山積しています。 今年は時間管理が上手くできず常に追われて、多くのことが手つかずできてしまいました。 「夏休み」を使って調整し、9月には目標通りのリスタートを切りたいと思っています。 でも、 普段ゆっくり会えない友人とも交流したいですし、親孝行もしないと、8月は長女の誕生日もくるし、体力つくりもしたいですし、プライベートも何かとまたバタバタしてしまいそうです。 やはり、「夏休み」は始まる前がワクワクですね。 皆さんはいかがでしょうか? 編集後記 独身時代からの友人の息子が今月結婚します。海だ、山だと出かけた子ども達の一番お兄さんです。我が家の息子などもずいぶん面倒をみてもらいました。大人になった彼の「花婿姿」をそしてどんな「花嫁」が隣なのか?楽しみに披露宴にでかけます。
季節は梅雨となり、すぐ目の前に夏が待っていますね。 今年もすでに半年が過ぎようとしています。 時間の流れのスピードが年々加速され、あせりや寂しさなど複雑な気持ちです。 子どものころ、両親や祖母が年末になると、 「もう1年も終わりとは、今年も早かったね」 と、よく言っていました。 「何で?こんなに長いのに」 と、子どもの私は不思議でした。 「目標管理・時間管理」の講座の勉強をしているときに、この理由がわかりました。 子どもは毎日変化のある生活をしています。 学校に行っては毎日新しいことを習って、遠足など校外学習もあり、新しい遊びも覚え 毎日多くの刺激のなかで著しく成長していきます。 ところが、大人になると子どもほど刺激的に生活することはなくなります。 中には、子どもの時より今の方が変化のある生活をしているという人もいるかもしれませんが、ごくごく小数でしょう。 「一年の時間の流れ」は変化があるほど長く、単調ほど短く感じてしまうということです。 ということは、大人になっても変化のある生活、刺激のある生活をすれば、 「一年があっという間に過ぎる」 という感覚は変わるということです。 島田紳助が先日テレビで同じことを言っていました。 「皆さんも変化のある生活をするようにしましょう」というようなことを言って、 出演者に感心されて、「良いこと言うでしょ!」 と自慢していました。 ほんとに島田紳助はよくわかっていると・・・毎度のことですが、彼には感心しております。 さて、 自分の生活にあてはめると、私はフリーで仕事をしていますから毎日会社に行ってということはありません。 仕事は、講演と研修でお呼びがかかれば全国どこへでも行きますから、出張がつきものです。 営業や打ち合わせなどで、多くのビジネスパーソンと会います。 また、異業種交流や研修受講、勉強会などにも常に参加します。 3人の子どもの母親として、PTAや子ども会、町内会etcも参加してきました。 プライベートでも、ビジネスパーソンの友人や、学生時代からの友人、子どもを通して知り合った主婦仲間などと飲みに行ったり、旅行したりと広く交流しています。 けっこう変化のある生活をしていると思っていますが、時間の流れの加速化は著しいですね。 このたび、少し考えてみました。 仕事や友人など外部的な要因は慣れてきていて、ややマンネリになりつつあるかもしれないこと。 とくに、仕事はへたをすると同じことの繰り返しで、更新がほとんどなく、 いつも締切に追われ「間に合わせる」「こなす」というサイクルになっていること。 自分自身の内部的要因は、 子育てがほぼ終了に近づき気が抜けてきていること、知力・体力・気力が衰えてきていること、モチベーションのコントロールが上手くいかない・・・などが考えられます。 まわりの人からは、 「刺激のある生き方、仕事をしているじゃないの」 とよく言われます。 私は、昔OLだったり、専業主婦だったりとありました。 しかし、この十数年は今の生活ですので刺激的というよりは、 「時間に追われ」「仕事に追われ」「生活に追われ」という感覚でした。 「追われている」と当然時間の流れは速いですね。 では、 外部的要因、内部的要因において、どのように変化や刺激を与えていくか?作っていくか? これは、 多くの人が皆同じ課題ですね。 外面的要因は、やはり、「目標と達成のための時間管理」 内部的要因は自分自身の「心の持ち様」 でしょうか。 「人生の時間」がいっぱいあると思っていた若いころの「時間の無駄遣い」が悔やまれます。 「一日を一生と思って生きる」 というほど、おおげさには言えませんが、人生の折り返しをとうに過ぎていますので染みる言葉であり教訓です。 「さぁ、残り半年」 「いいえ今日何するか?」 「いいえ、何か新しいことは?」 「ワクワクすること、できそうなことはないかな?」
新緑がまぶしい季節ですね。 都会の緑もこの時期は輝いていますし、少し郊外では森林浴となり、癒しと 同時に自然への感謝や、やる気ももらいます。 さて、 4月から、埼玉県にある短大で専任講師として教壇に立っています。 短大のある場所は、郊外の山の上で、人家はなく木々に囲まれ自然が美しく、 ウグイスなど鳥のさえずりに毎度感動しています。週に1日ですが、 その自然の変化もあり遠足に行く気分で出かけます。 担当講座は、「ビジネスマナー」「コミュニケーション」「職業意識」 「秘書検定対策講座」です。 短大には駅から5~6分ほどですが、バスに乗ります。 私は1限の授業からありますので、バスは8時16分に乗ります。 このバスは地元の高校に通う学生の始業に間に合う最後のバスです。 バスはこの高校生以外の乗客はいつも私以外ほとんどいません。 短大生はもっと後のバスに乗ってきます。 このバスが、驚きのバスです。 まず、満員にもかかわらず二人掛けに荷物を置いて一人で座る、最後部の 席では男子生徒が寝そべっている。化粧をする、ものを食べる、飲み物を 飲んでいる。大きな声で男言葉で叫ぶように話す女子高生etc・・・ もう、高校の専用バス状態なのですが、 もちろん普通の路線バスです。 みんなで渡れば怖くないし式の、集団のなせるワザでしょうか。 私も母親で、現役女子高生の娘を含めできの良い3人の子どもがいますから、 多少のことでは動じませんし、皆やがて大人になっていき、この時期特有で あるとも言えるものでもあります。 しかし、 通路を大きな重い通学カバンでふさいでいることには、毎回頭に きてしまします。 重いでしょうから通路に置いてもいいですから、降りる人が通る時には いったん持って、体も含め通路を空け、降りる人に気づかうという行為が 全然できないのです。 私は、毎回、 「すいません、降ります!降ります!」 と言ってやっと降ります。 バスの前の乗降車口までは、カバンにつまずかないように歩かねばなりません。 何度かつまずきますが、どかそうとする高校生はほとんどいません。 「かばんをどけてください!」 と言ってやっとどかす人がいる場合があるという程度です。 先々週は、運転手さんに、 「カバンを通路に置いているので歩けませんね」 と訴えましたが、無言というかノーリアクションでした。 先週も、違う運転手さんに、 「危ないですね」 と言いましたが、やはりノーリアクションでした。 私は、高校生の傍若無人ぶりよりも、社会人・大人・お客を乗せる路線バスの 運転手として職業意識に???を強く持ちました。 なぜ、マイクをつけて行き先をアナウンスしたりしているのに、 「降りる方のために、通路をあけてください、カバンはいったん手に持って ください!」 と一言彼らに言えないのでしょうか? 彼らは、 「人に迷惑をかけないこと」というマナーの基本ができていませんが、 それを責めること批判することは簡単です。 大事なことは、まわりの大人の態度も重要だということです。 毅然として、 「迷惑をかけていますよ、こういう場合は○○するようにしてください」 と、伝えることですね。 最近は、反撃が怖いからものが言えないとよく聞きます。 注意する時には、たとえ高校生に対してであっても、言う時の態度と言い方、 言葉づかいに配慮するということです。 私は、皆もし自分の子どもだったらと思うようにしています。 もちろん、私とて君子ではありませんから、キレそうにもなります。 しかし、 悪いというレッテルを簡単に貼らずに、基本のマナーを身につけて実行して ほしいという、 「愛情」 が大事であり、大人の役目だと思っています。 これも「大人のマナー」だと思っています。 マナーの本質は何かを考える機会をまた得ることができました。 マナー=(イコール)人間の営み ですね。
3月3日のひな祭りの日、5年間住んだ品川区の荏原から大田区久が原に引っ越しました。 引っ越しは、23歳で実家を出てから何と7回目になります。 転勤族なみですが、我が家は転勤族ではありませんでした。 その時、その時代でベストな環境や住まいを選んできた・・・と言いたいところですが、 残念なことに、そうとは言い切れません。 もちろん、子育ての環境などはこだわりたくて三浦半島は2か所で12年住みました。 三浦三崎口の大根畑の中でかつ海も近いところに家を購入しました。三浦の暮らしは、子育て真っ盛りということもありけっこういつも幸福を実感していました。快適で生涯ここに住むことを疑っていませんでした。 11年前に私が仕事に本格的に復帰するために、一家でのんびりした田舎から川崎市に引っ越すことになりました。 急いで探したので、築40年の窓が木枠で(アルミサッシではない)隙間風が入る家でした。それでも、子ども達と「ドラえもんののび太君の家とそっくりの家」と言って面白がっていました。 子ども達は、「空気がまずい」「星が見えない」「夜に子ども歩ってる・・・」など言いましたが、すぐに都会の暮らしに慣れていったというか染まっていきました。 武蔵小杉はJRと私鉄がありとても便利な所で、深夜まで店が開いていて、引っ越しした当初、田舎暮らしの我々は、「たしかに都会は違う」と街の暮らしに驚きました。 私は、当時小五の息子が地域のサッカークラブに入ったこともあり、すぐに友人もできました。翌年には、サッカークラブの1~6年までの面倒をみるマネージャーを引き受けましたので、急速になじんで今も「サッカーママ」の付き合いは続いています。 仕事もしながら、土休日はサッカーサポーターで忙しい日々でしたが、周りの人に助けられ支えられ、不慣れな土地でしたが楽しく生活できるようになりました。 武蔵小杉では「人はどこに住むかではなく、どんな人がまわりにいるかが大事」 を実感しました。 5年後、家の取り壊しの話や、次女の中学入学(転居は学校の区切りの良い時が最適)と、私の仕事の事務スペースの確保などの必要性があり川崎から都内へ入りました。 目黒線の西小山駅の近くに、我が家にぴったりの間取りの物件が見つかり、やはり急いでの引っ越しでした。 武蔵小杉も西小山も桜並木があり、引っ越しはいつも3月末ですので、開花の時期と重なります。木にめいっぱいの花をつける桜に別れの寂しさを癒されました。 西小山では、子ども達はもう手はかからないのですがお金がかかるようになり、私の頭は「子育て」から「仕事」に移っていきました。 地方出張の多い仕事柄、新幹線と飛行機を使うことが多いので東京駅・品川駅・羽田空港へのアクセスが重要です。その点で西小山は首都圏の移動も含め、大変便利でした。 しかし、 生活は、駅と自宅の往復と、隣の駅の「武蔵小山アーケード」に買い物に行く程度でした。 仕事のこと、家族のこと、将来のこと、人生のことを考える時期でしたので、西小山の家と街の環境は私にマッチしていました。 生涯ではじめて、真剣に自分と向き合うこととなり、仕事や家族関係の悩みは深く、近所に行きつけのバーやカフェができたことも助かりました。 この5年間に、講師としての独立を夢見るようになり、実現化を考え、モーレツなパワーが出たのも、独立できたのも、西小山という環境だったからかとも思っています。 もちろん、子ども達が大きくなり私の仕事への理解や応援もありましたが、環境の影響は大きいものでした。 三浦三崎口ではキャリアを積む仕事は私には無理だったでしょう、また武蔵小杉も独立を実行はできなかったでしょう。 大げさなようですが、西小山に来て勝負に出る勇気が湧いてきました。 好きな言葉ではありませんが、「負け組」の意識で都会へ来ましたが、リ・フレーミング(枠を変える)することができたのは、私にとっては環境は大きかったということです。 子ども達は不憫かと思うこともありましたが、住んだ土地それぞれに友人がいて付き合いが広いですね。そして、どこも好い所だったと言いますから親としてはありがたいと子ども達に感謝してしまいます。 そんな子ども達も、長女と長男は独立してひとり住まいをスタートさせています。 二人とも、環境の変化への柔軟性は高いので快適に暮らしているようです。 私は今回はマンションを選択しました。 結婚してアパートや団地に住んで以来集合住宅は20数年ぶりですが、快適です。 家探しもこだわりました。 階下に部屋がない2階の部屋探しです。音を気にしないで生活してきたことと、普通の人と生活時間帯がちがうからです。1階が駐車場と施設でその上の角部屋という理想の物件が見つかりました。 しかし、ひとつだけ気になることが出ました。 このあたりは静かな住宅街なので、夜は早くに店じまいしてしまい久が原駅から徒歩15分は、遅くなると人通りがほとんどありません。我が家は商店街続きのバス通りですが痴漢が出るそうなんです。 私はおばさんですが、娘は高校2年生ですから、家のすぐそばのバス亭を利用させることにしました。 引っ越しというのは、大きな環境の変化であり、望む土地に行くとは限りません。 引っ越しの繰り返しによって得たものは、当たり前のようですが、引っ越した先の環境を最上のものにする努力をするということです。 「住めば都」と言う言葉がありますが、 「住むところを都にする」ことでしょう。 環境は自分で選べることばかりではありません。とくに仕事上は環境も、一緒に仕事をする人も選べません。 もし、居心地が悪かったらどうするか?最初から居心地がいいことは少ないはずです。 環境も人とも、「WIN・WIN」になるにはどうしたいいか、よ~く考えて実行することですね。
今夜は木枯らしの吹く、真冬の寒い夜です。 しかし、先日の2月14日は信じられない初夏のようなバレンタインデーでしたね。 私の住む目黒線・西小山では、枯れ木の桜並木の通りを行く子どもたちも、お年寄りも、若いカップルも皆シャツ1枚、半そでTシャツ、春色の服装で軽やかで、桜が散った後の様相でした。 温かさを瞬間でも味わうと、冬に戻さないで下さいとお願いしたくなりますね。 皆さんは温かいバレンタインデーを過ごしましたでしょうか? 今年は男女関係なく、バレンタインの贈り物商戦となったようですね。 高二の娘が同級生の男子からもらってきた義理チョコで「逆チョコ」という商品は、パッケージの文字もすべて逆表示になっていて、 「菓子メーカーの苦肉の戦略は成功=アッパレ」 と感心してしまいました。 私は、残念なことにバレンタインには縁がなく、昨年までは、息子にやっていたのですが彼が一人暮らしを始めてそれもなくなりました。 バレンタインデーには、若い人はどんなプレゼントが嬉しいのかと何となく興味がわいてきました。 西小山の桜並木通りにあるお気に入りのお店「カフェカウラ」で、22歳の方の娘とお茶をしいる時に、おもむろに、娘とたまたま居合わせた近所の若い知人の男性の二人に聞いてみました。 「ねぇ、バレンタインは何をもらいたい?」 若い知人の男性は「ウーン・・・」のみ。 おばさんの興味にはのらない様子。 娘はひどい、 「バレンタインなんて面倒ったらないわよ、あんなもの無いほうがいい! わたしは義理チョコだけだけど、スーパーに寄って買うのも面倒なのよ!」 と激しく言い切りました。 思いきり時代のちがいを実感しました。 まぁ、今どきは一年中バレンタインのようなものでしょうから・・・ 後から娘に、 「付き合っている人はいないの?」 と聞いたら、 「前の彼氏とはとうに別れたのよ、今は誰もいない」 だそうで、なるほど、と彼女の答えに納得。 さて、 花の高校生の娘は、毎年2~3晩かけて、手作りチョコとハート型のクッキーをこれでもかと作ります。小学生の時から作っていますので手際の良いことと感心してしまいます。 彼女は男女を問わずバラマキ大作戦です。 手作り品はハートフルで可愛らしく、私でももらったら嬉しいと思わせてくれるように作ります。 ところが、彼女は、 「恐るべき義理チョコ」 も作ります。 99ショップで、これでもかと安いチョコを多量に買います。 すべてむいてラッピングして、ほんの少しオリジナル臭をだしているのであります。 これも、アッパレ! 母親の私は、莫大な額の原材料費の出資者です。 当然の権利として、手作り品をいくつか要求します。 娘作成の手作り義理チョコを、近所のお世話になっている割烹とワインバーとカフェの若いお兄様方に配りました。 「渡世の義理は果たした」 と、今年のバレンタインデーも無事に終了。 追記 今年も悪魔がやってきました。 とりつかれたら、逃れられない・・・そう花粉です。 花粉症の私は、最悪の日々を過ごします。 「杉様が憎い」・・・おばさんしかわからない表現・・・。 唯一の安らぎは、お風呂タイムのみです。 今も、「眼の玉」を取り出して洗いたい! 同病の方はおわかりいただけますよね(泣き)。
松の内もすぎ、お正月もアッという間に終ってしまいました。 挨拶状は、 「寒中お見舞い申し上げます」 で、はじまります。 私も、皆さんにご挨拶します。 「今年もよろしくお願いいたします」 さて、年初は、 「夢・目標」について考えた、紙に書いた、時系列で手帳に実行項目を書いた、 など、新たな気持ちで取り組んだ人が多いと思います。 私は、「夢」があります。 10年後の「大目標」 5年後の「中目標」 2年後の「小目標」があります。 そして、上の「夢・目標」を叶えるために、 「今年の目標」を作ります。 私の信条は、 「人生は夢に向かって進むこと」 ですから、 「夢を叶えるために進むことが、生きる力、人生の醍醐味」 といきたいのであります。 このように、書いたり、人に話すと、 「立派ですね」とか、「えらいですね」とか「そんな風にしてるんですか」「全部実行してるんですか」 と、言われたりします。 もちろん、達成もあれば、失敗、挫折もあります。 「努力目標」で終わることもあります。 でも、目標外のおまけがくることもあります。 イケイケで熱く行動できる時、停滞する時、全く動けない時、落ち込む時もあります。 以前は、 「もう年齢的にも時間がない、一気に駆け上がりたい」 とあせって生活していました。 そして、あせっていた頃は思うような結果が得られませんでした。 さらに、結果が得られないことを人のせいにしたりしていました。 最近は、「夢・目標」の取り組みも、わき目もふらずまっしぐらではなく、 常に第三者的な目をもって調整しながらがいいと実感しています。 具体的に言うと、 以前の私は目つき・顔つき・態度が 「こわい・つよい・勢いありすぎ・余裕がなさそう・・」 と見ていた人が多いようです。 昨年あたりから、「落ち着いてきた、やさしくなった、少し人の話を聴くようになった・・」 と言われることが増えてきました。 以前に本当のことを言って欲しかったと思うのですが、思い返すと、 「つよい・こわいおかぁさん」 には、後が怖いから何も言えないという感じだったかもしれません。 そして、振り返ると当っているので、 「人の心のうちは全て、態度・表情・言動に出てしまう」 ということですね。 そこで、 ちょっと難しい取り組みですが、 「自分を客観視する習慣を身につける」 ことが、いかに有効かということです。 スポーツ選手では、イチローやヤワラちゃんは試合会場に自分を見ている自分がいるそうです。 「あらゆる状況を瞬時に分析して、自分が自分にアドバイスし、エールもパワーもおくる」 だから、並はずれた結果が出せる。 「学ぶは真似ぶ」 真似させていただきましょう。 上り調子でうまくいっている時も、からまわりする時も、落ち込む時もetc 「私を見ている私」 「私を見守る私」 「私を叱咤激励する私」 「私をほめる私」 と、 「いろいろな私」 に登場してもらいたいものです。 以上 若い素敵な友人の梅田幸子さんがめでたく初出版となりました。最後に紹介させていただきます。 アマゾンで予約がはじまりました! 『あなたの天職がわかる最強の自己分析』 http://amazon.co.jp/o/ASIN/4806132462?/glocal-22/ref=nosim 梅田さんは、3社で人事をつとめたあとに独立して キャリアコンサルタントをしています。 一部上場企業からベンチャー起業まで、 面接した人は4000名以上です。 成功法則の本やセミナーでは、 「好きなことをしよう」と言われますね。 しかし、 好きなことを見つける「方法」についてはあまり語られません。 そこで、梅田さんは、 採用面接官としてつちかった見極めノウハウと、 就職や転職で、本当にやりたい仕事を見つけるサポートをしてきた経験を元に 「天職を見つける自己分析」として体系化しました。 1.喜びの源泉を知る自己分析 2.本当に仕事でつかえる得意を知る自己分析 3.苦手で耐えられないものを知る自己分析 4.天職を見つける仕事選び この4ステップで構成されています。 2009年は、あなたらしい仕事選びのための自己分析を スタートしてみませんか。 予約受付がはじまりました。 『あなたの天職がわかる最強の自己分析』(梅田幸子著 中経出版 1365円) http://amazon.co.jp/o/ASIN/4806132462?/glocal-22/ref=nosim 追記 4年前に、独立しての仕事用に「プロフィール写真」を撮りました。HPや研修・講演チラシなど活躍してくれましたが、13キロ減量となり人違いされるようにもなりました。そこで、写真を撮り直しました。女性講師というか女性は少しでも若い写真とこだわる人が多いのですが、私は4年前の方が確実に老けていたことがわかりました。それは、見た目以上に精神的なことが大きかった、自分で老けこませていたことに気付きました。客観視という意味でも、時々「写真」のチェックもしてみるといいかもしれません。
皆さんこんにちは、とうとう年の瀬を迎えてしまいました。 もうすぐクリスマスからお正月と、にぎやかな行事が続きますね。 子どもの頃は、1年で一番楽しかった気がしました。 皆さんは去年の今頃は何をしていましたか? 私は、いくつもの忘年会に出て、イルミネーションの名所を見学(偵察)に行ったりしていました。 いたってお気楽に、楽しい年末を過ごしておりました。 今年はというと、 執筆中の本の締切に向け猛ダッシュであります。 もともと火がつくのが相変わらずですが遅すぎて、1日中PCの前です。 「頭寒足熱」につき、足元は「足温器」、膝かけを腰にまいて、家の中なのにマフラーをしています。今時受験生でも、こんな格好で勉強などしていないでしょうね。 今年は年初も「敬語本」で死にもの狂いでしたが年末に「ゲーム」のように同じことを 繰り返しています。 自業自得ですが人間の習性とはこうも変わらないものかと、半世紀生きて情けないと悲しくなります。 さて、前置きが長くなりました。 最近は、 「100年に一度の大不況」 と、毎日嫌になるほど不景気を伝えるニュースばかりです。 歴史で習った「世界恐慌」や「昭和の大不況」よりひどいということですが、その不況の時は生まれてもいないのだから、皆知らないんですよね。 とんでもないことで、予想もつかなかったと言っていますが、遅かれ早かれいずれきたのかなぁとも思います。しかし、あまりに巨大すぎて現実が追いついていかないというのが率直な感想です。 なぜこんな時代に生きることになったのか? 子どものような答えですが、私は何も悪いことはしていないのに・・・ 急に会社が倒産、解雇された人、リストラ予備軍の人は皆思っていることでしょう。 とくに自動車関連の仕事に従事している人はなおさらでしょう。 私も自動車メーカーで講師をさせてもらっていましたから、辛いものがあります。 自動車は世界中で基幹産業ですから、影響は想像がつきません。 世界中で早急な経済対策に必死ですが、日本は麻生首相の支持率低下ばかりで政治力には期待薄ですね。 国民のひとりとして、国の行方は心配ですが、国のことより、自分のことです。 すでに自分の身の上にも大きく影響が現れはじめそうです。 なぜなら、企業の予算引き締めは「K、K」からと言って、「広告」「研修」から削られていくからです。 以前バブル時代がありました。 私は田舎で3人の子供と格闘中で「ジュリアナ」など知る由もなく、バブルの恩恵はなかったのに、その後の不況は充分に味わうことになりました。 まぁ、働かざるをえなくなり一家をあげて「都もどり」となりました。 不況になったおかげで再び、「講師」になりました。 若いころと違って、家族もいて生活もかかっています。 「不況」を嘆いている間もなく、働く日々になりました。 ブランクも長いうえに、年齢も40歳間近でしたので、早くいっぱしにならねばと必死になりました。よい意味での野心も芽生えました。 あれから10年以上たちました。 では、 今回の不況は、前回のように「バネ」になるか? 今は、フリーですのでまた違った怖さが存在します。 こういうときに急に「A型気質」が出て、不安が高まります。 そこで、ああ、また、 「試されるとき」 が、来たんだと思っています。 生きていれば、いろいろな場面で試されるときに遭遇します。 今回はどういう展開になるのか想像がつきませんが、 「時代の流れに身を任せる」 というわけには行かなそうです。 「起こることは必然」 では辛いのですが、 「試されるとき」 と、受け止め、 「果敢に挑む」 と、決意しています。 こういう時こそ、小さいことを大事に、足元を見て、 「道を戻らない」「道に迷わない」「道を切り違えない」「新たな道を作る」「道を聞く」 ことでしょう。 ということを、考える年末になりました。 当然、来年の自分は何をしたらいいかが見えてきます。 では、来年も、今年より何かひとつ以上は良い年になるようにしたいものですね。 ちょっと早いのですが、日記をめったに書きませんので、 好いお年を!!! |一覧| |
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