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氷川大社参拝・後編 (そのほか)楽天ブログ 【ケータイで見る】 【ログイン】
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氷川大社参拝・後編 聖地・神社仏閣・パワースポット(814)」
[ 大自然の営み ]    





氷川大社参拝・前編 氷川女体神社

氷川大社参拝・中編 中山神社



最後は大宮氷川神社です。
中山神社を出て、神明神社・見沼弁才天を過ぎ
氷川神社の参道に出たのは1時間後、正午のことでした。


参道をさかのぼり、一の鳥居に。



一の鳥居



参道改装中のため若干ごちゃごちゃしてますが^^;
「武蔵國一宮」と書かれた石碑が威厳を醸し出しています。

ここから伸びる全長2kmの氷川神社参道。
埼玉とはいえ、新幹線の止まる大宮駅付近は繁華街です。
その真ん中にこれほど緑豊かな道が残されているのは
神社を守る方々の崇敬の篤さ、神社の尊さ厳かさのためと思います。


ここだけ時が止められたような、優しくも不思議な空間。



参道



結局一の鳥居まで行くことで参道をほぼ往復することになったので
二の鳥居のあたりまで来たときには1時になっていました。

二の鳥居をくぐると、いよいよ神社内です。
ここは約1年ぶり、でも何故か全然記憶にないです^^;



二の鳥居



土曜日だったこともあり、三の鳥居のあたりには車が多数とめられていて
初宮参り・七五三、大勢のひとでにぎわっていました。

境内では結婚式が行われ、花嫁行列が見られました(*^_^*)
白無垢の花嫁さんと、赤い袴の巫女さんが可愛かったです♪



楼門



≪ 由緒 ≫


ご祀神

須佐之男命  稲田姫命  大己貴命


今から2400有余年の昔(※ 実際は1800年くらい前のことになるはず・・)
第5代孝昭天皇の御代3年4月の御創立で、
聖武天皇の御代(730年頃)各国に一の宮の制を定められた時、武蔵一の宮と称えられ
(※ このとき一の宮に制定されたのは、当時の国司の祖神を祀る
多摩・小野神社のはずなのでちょっとズレが・・・)
醍醐天皇の朝(900年頃)に定められた延喜式には明神大社として月次新嘗案上官幣に預り、
また臨時祭にも奉幣に預ったことが記されています。

明治の御代に至っては元年(1868)10月28日明治天皇当神社に行幸、御観察なされ
透谷の鎮守勅祭の社と定められ、次いで4年5月官幣大社に列せられました。

年々の例大祭には勅使の御派遣、東遊(しんにょう→さんずい)の御奉納などがあり
荘重厳粛な祭儀が行われます。

又、氷川神社名の社は大宮を中心に埼玉県下及び東京都下、神奈川県下に及び
その数は280数社をかぞえます。
武蔵国造の子孫がこの大宮の地を本拠として民族的政治的に著しい発展をしたことを
物語っているものと考えられます。

上代のことは詳かにすることが出来ませんが、
治承4(1180)年源頼朝公が土肥次郎実平に命じて社殿を再建、
文禄5(1595)年8月には徳川氏、伊奈備前守忠次を奉行として
社頭を残らず造営せしめ。次いで寛文7(1667)年3月には
阿部豊後守を奉行として社殿の建立をしております。

以来幾度の御造営あって今の御社殿は昭和15年6月の竣成で、流造りであります。




境内



境内に何故か覇気が無く、参拝客数のわりには寂しそうに見えましたが・・・

金鑽神社のときにも朝日さんに同様のご指摘を受け
夕暮れに参拝したせいだと思っていたのですが、今回はまだ1時過ぎのこと、
どうも時間帯だけに原因があるのではないような気がします。

そのことに関して答えに近づくためにも、武蔵国三大氷川神社と言われているもう2社、
所沢の中氷川神社と奥多摩の奥氷川神社に参拝してこようと思います。



氷川神社摂社で大好きな宗像神社
須佐之男命の娘神であられる宗像三神(多起理比売命・市寸島比売命・田寸津比売命)を
お祀りしています。
こちらへの参拝は2度目になります。

清らかで清々しい雰囲気満点でした(*^_^*)



宗像神社



大山昨命をお祀りする松尾神社
とても厳かなご神氣です。



松尾神社



拝殿近くには奇稲田姫の親神である足摩乳命・手摩乳命を祀る門客人神社(左)、
大己貴命・少彦名命を祀る御獄神社(右)があります。

日本古代の神を祀るとされる門客人神社。
昔からこの二柱の神を祀っていたのか、本来のご祀神がほかにおられるのか・・・
アラハバキ神をめぐる話はとても興味深いです。



摂末社



六社宮は左から

石上神社(布都御魂命)
雷神社  (大雷命)
愛宕神社(迦具土命)
山祇神社(大山祇神)
神明神社(天照大御神)
住吉神社(底筒男命・中筒男命・上筒男命)



剣の神さま、雷の神さま、土の神さま、山の神さま、太陽の神さま、海の神さま
それぞれお祀りしています。



六社宮



最後、少彦名神をお祀りする天津神社
なぜ天津神でなく少彦名神がご祀神なのか大いにナゾです。

天津神社といえば、同じ名前の神社が中学校から5〜6kmのところにあり
ソフト部時代に毎年お正月の練習始めに走って初詣に行くのが恒例だったのを思い出します。
そちらのご祀神は天穂日命 ・天津彦根命 ・活津彦根命 ・天忍穂耳命 ・熊野久須日命。
天照大神と須佐男命の誓約で生まれた男神が祀られていましたが・・・



天津神社



そんなこんなで、参拝を終えるともう2時半に。
ナゾは沢山残ったものの、氷川神社で今得られるものは得た、
出来ることは出来た・・と満足して神社を後にしました。


大宮駅近くの大戸屋で遅めのランチをとり、家路に向かいました。。









 




最終更新日  2007.07.24 13:34:06
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Re:氷川大社参拝・後編(12/19)   名古屋のリランさん


Re:氷川大社参拝・後編(12/19)   朝日6844さん


\(*⌒0⌒)おはようございます!   たまたま博士さん


Re[1]:氷川大社参拝・後編(12/19)   ++ 夏菜 ++さん


Re[1]:氷川大社参拝・後編(12/19)   ++ 夏菜 ++さん

朝日6844さん
>こんばんは!

+++ こんにちは、書き込みを有難うございます。

>何処かで見かけた楼門、、と思ってましたら、今日も上賀茂、下鴨神社を模した、、との
>説もあるのですね。。。

+++ 上賀茂、下鴨神社はこういう雰囲気なんですね。
    この2社、一の宮であることは知っていますが、今ひとつピンと来なくて・・
    朝日さんが書いて下さったのを見てはっとする思いでした。

>それにしても、舞殿の感じはこちらの資料を見ていても、、、浦寂しい感じが漂っています。

+++ そうなんです、こんなに賑わっているのに・・・
    私の問題かも知れないのですが、もう少し考えてみたく思っています。

>氷川のもう一つの意味の、ヒカワ、、氷とカワ
>「泉または池、あるいは細い水流をたたえ、よどんでいる場所」「冬に凍結する泉」
>を連想してしまします。

+++ 氷川であるが所以、こういう趣だということでしょうか・・・
    そういえば、寒川神社にも物悲しい風情があったように思います。

>氷川神社は、明治天皇が、御自ら国民の先頭におたちになられ、御神前で
>日本があるべき姿に立ち返り、新時代を切り開いていこうとされた(御親祭勅書)場所、、
>近代日本の国のかたちは、まさに氷川神社から発せられた、、、と資料にあり、、、
>今のこの時期、重要な神社のようですね。。。

+++ 明治天皇ゆかりの場所というのはとても気になります。
    武蔵国に皇居を置き都とするための主要な神社だったのですね・・・
    思うところは大きいです。

>奥氷川神社等へも行かれる、、とのこと、、流石ですね!!
>気を付けてお出かけ下さい。

+++ ちょっと行けなくなってしまい・・・それも考えています。また後ほど・・

>今日も貴重な情報を有り難うございました。

+++ いつも有難うございます。

(2006.12.20 11:50:24)

Re:\(*⌒0⌒)おはようございます!(12/19)   ++ 夏菜 ++さん

たまたま博士さん
+++ こんにちは、書き込みを有難うございます。

>氷川神社! イイですねぇ〜
>大阪にもあるのだろうか?
>同じご祭神の神社はいっぱいあるけど・・・
>祇園様とか(^O^)/

+++ そうですね、近畿は祇園さまのイメージが濃いです。
    牛頭天王と呼ばれるときのスサノオノミコトとの違いがあるのかどうか・・
    祀られ方や雰囲気は明らかに違うような気がしています。
    いわば祇園さまが陽で氷川神社が陰・・の印象です。

>「少彦名神をお祀りする天津神社」
>(・・。)ん?少彦名神は、天津神様だから天津神社じゃないのですか?

+++ 国津神になられたのですよね、確かお父様が天津神であられて・・
    (古事記では神皇産霊神の子とされ、日本書紀では高皇産霊神の子とされる、そうです)

    ラモス瑠偉がスゴイとブラジルを称えるようなものでしょうか・・?
    なんとなく違和感があったのですが、天津神社としてよく祀られているのかもと思いました。
    実家のほうの天津神社の印象が強かったので、そちらの印象に引っ張られたようです。
    ご指摘有難うございました。改めてまだまだ勉強が足りません・・・

>国津神の大国主の大神様の大の仲良し、あらためて
>考えるとナゾの多い神様ですねぇ(大好きな神様デス(^^ゞ)☆ヽ(▽⌒*)よろしぅ♪

+++ 一寸法師の原型のようで・・可愛らしく魅力的な神さまですね。
    今日も有難うございます。

(2006.12.20 11:58:22)

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