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GWに大阪へ行った際、昔大阪で勤務していた頃に同僚だったドクターと会った。 彼とは学年は少し違うけど、年齢は同じ。 当時は二人とも独身だった。 微妙に音楽の好みも、生き方も違うけど、音楽の話をしたり、アフター5はテニスをしたり飲みに行ったり、一緒によく遊んだ。 お酒を飲まないくせに飲み会に来るし、辛い物が苦手なくせにカレー屋へついてきたり。 30歳前後の頃だったが、あの頃が僕の青春?だったような気もする。 その後僕は結婚して子どもが出来た。開業もした。 彼は相変らず独身で、古いアナログレコードや海賊版に埋もれて暮らしていた。 肺がんの専門医の癖にタバコをプカプカ吸っている奴だった。 昨年も会おうか?と連絡したら、母親の介護で忙しいと言う事だった。 その彼が、肺がんの手術をしたことを偶然彼と同じ病院で勤務しているドクターから聞いた。 手術後、化学療法をして今は仕事を休んで療養中、連休明けから復帰すると言うので、丁度暇だろうと思ってもう一度誘ってみたら、今年は会おうかと言う事になった。 久々に会う彼は、肥満と薬のせいでむくんだような顔だった、 病期は3A期だ。所謂進行がんの一番軽い程度である。 治る人もいれば、結構進行が早い人も居るステージだ。 副作用のせいで、食べ物の味覚が無くなって、食欲が落ちて少し痩せたと言う。 それでも僕と同じぐらいの体重だ。 身長は10cmぐら低いのに。 昨年秋に見つけた美味しい焼き肉屋へ誘う。 生レバーやユッケを食べられる店だ。 さすがに生レバーは出せなくなっていたが・・。 病気の時に誰に看病してもらったん?と聞いたら、少し前に彼女と別れたところだったので、殆ど1人でしたと言う。 自由を束縛されるのが嫌で、この年まで結婚しないで来てしまったという。 束縛されるのも悪く無いよと言ってみたが、今の彼の連例と状況では詮無い事だったかも知れない。 美味しい物にはやっぱり味があるなあと言いながら、焼き肉を結構食べてくれた。 焼き肉の垂れと、生卵をかけた丼も食べた。 まだタバコを吸っていたのには驚いたけど、まあそれも彼の生き方なのだろう。 別れるとき、彼をハグして「来年までちゃんと生きているんだぞ」と励ました。 ちゃんと生きていろよ、来年も会おうぜ。
連休は、例年のようにバレーの試合→緑地公園の祝春一番と言うコースだった。 今年のハルイチは天気が今ひとつで、初日の3日は台風のような雨、僕らが行った4日は雨が降ったり日が照ったりの天気で、翌日の5日は強烈に暑い日だった。 普段ごひいきのミュージシャン達が、3日とか6日に多く出演していたが、そこはハルイチ。 始めて見て強烈な印象を残したバンド、前にはあまり感じなかったけど、心をわしづかみにされた人、改めて見直した人など、歌の力を感じた2日間だった。 4日 この日は曽我部恵一バンドが良かった。日本一のツアーバンドの称号?に恥じない演奏力。 言葉が多いけど、きちんと言葉が心に響く歌詞作り、そして美しいメロディーに体が揺れるリズム。 バンドに必要なファクターが全部詰まっている。 お昼なのにアンコールがあったもんなあ。 沢知恵さん。 前にCDで聞いた時にはピンと来なかったけど、今年のライブは良かった。 「こころ」って歌が効いたなあ。 ソロでへそステージに登った遠藤ミチロウ。 還暦を過ぎたと思えない歌と叫びのパワー。 言葉が胸に突き刺さる。単調なリズムを刻むだけのギターが言葉を浮き立たせる。 ボブディランの「天国への扉」のカバーが、完全に彼のオリジナルだ。 続いて後に出演した人が同じボブディランの歌を歌ったけど、単なる上手なカバーになっていたのと対照的だった。 5日 最初の方に出た宮里ひろしのおっちゃん。 いつもは朴訥とした平和な歌を歌うだけだが、今回はラストでらもさんの「いいんだぜ」を歌った。 放送禁止のこの歌詞を、ちゃんと最後まで力強く歌ったおっちゃんに脱帽。 良元優作はいつものアコギからセミアコに持ち替えて、ひとつひとつの音を大事にしながら歌っていた。 新曲が多かったように思う。もっと沢山曲を聴きたかったな。 後で出て来たのが、酔っぱらいの親父のガなり声みたいだったので、よけいにそう思った。 友部正人はいつものように力強く誠実に歌う。やはり彼の言葉は鋭い、 単調だがギターも力強い。 そして三宅伸治。 前に聞いた時には、清志郎のカバーばかりを歌っていて(まあ、バンドのバンマスだったので当然かも知れないが)、単に声が高くでかく、ギターがうまいお兄ちゃんと言う感じだったけど、今日はオリジナル曲でボーカルがでかいギターの音量にもまけず力強く、ステージにソウルを感じた。 力技で無理矢理ねじ伏せられた感じ。参りました。 彼の歌って、スローなバラードが無いなあと思っていたら、会場で買って帰ったチャリティーCD(500円以上だったらいくらでも構わないと言う値段設定)の「生きよう」がとっても素晴らしいバラードだった。 会場で歌った「たたえる歌」も素敵だった。 今年は一番この人に参りました。 九州から来た平田達彦。 しわがれたけど鍛えられた声、シンプルだけどメロディーを生かしたギター。 ひとつひとと心に入って来る言葉だった。 はい、CD買わせていただきました。 そして最後は木村のおっちゃん。 この人もお決まりの歌、お決まりのコースなんだけど、それでもやっぱり体が動き、一緒に歌ってしまい、最後は叫んでしまう。 「ココロは丸ハダカ!」って良い歌やなあ。 良い歌には力がある。 そう感じた2日間。 5枚のCDをお土産に家に帰ってきました。 ココロはほくほくです。 ![]()
おっと・・またまたご無沙汰してしまいました。 いつの間にか4月ももう末。 1週間前に僕は52歳になりました。 そして2日前にヒロキは17歳になりました。 なんか40台の10年間は凄く速かった気がするなあ。 でも、これからの10年間はもっと速いのだろうと思う、多分。 死へ向かって加速が付くんだろうなあ。 誕生日の前日。 配偶者曰く 「あんたももう後は転げるように年を取るだけだねえ」 娘曰く 「もう人生半分以上終わってしもうとんでないか!」 カズ曰く 「ケーキあるん?」 まあ、親父の誕生日なんてこんなもんです。 でも、娘とカズと配偶者がハガキに寄せ書きなどくれたりして。 ん?どこへ行ったあのハガキ・・。 息子は17歳になって、身長は父親とほぼ同じ。体重も10kg程度のところまで肉迫してきました。 中学校の時は、安物の古着なんぞ着ていたけど、最近は親父のワードローブから、パパスのTシャツやGジャンを勝手に持って行ってデートに着ていったりする。 ちなみに、彼は誕生日の2日前に彼女に振られたらしい。 家族みんなで大笑いしてやった。 自己中はやっぱり嫌われるで~。 バンドでドラムをやってる彼は、毎晩うちの家が周りに他の家が無い事を良い事に、バコバコドラムを叩いてストレスを解消したりしている(電子ドラムなので、それほど大きくは響かない)。 依然のライブで「デイドリームビリーバー」をやったらしいが、彼らの世代は清志郎のバージョンがオリジナルだと思っているらしい。ベイシティローラーズなんか知らないらしい。 そういう蘊蓄を教えてやる。 次何をやろうかなと言うので、流行ってる曲をやっても、所詮コピーで本物より下手だと言うのがわかるだけ。 それよりも、みんなが知らないんだけど、聞けばはっとするような美しい曲を、やってみたら受けるよと。 ボガンボスの「夢の中」なんてええんとちゃうかと言って、YouTubeの動画を見せる。 子どもとこんな会話が出来るようになったのが楽しい。 やっぱり年取ったのだなと思う。 昔勤務医だった頃、一緒に働いた同僚が肺がんで手術したと聞く。 彼はまだ独身。 生きていて良かったねと言う。 あと何年生きられるだろうか? 死ぬまで生きようと言う。 そんな4月の終わり。 若葉のまぶしい季節だ。
最近アップが遅れ気味のこのブログ。 子どもの誕生日も遅れるようになったらもう終わりか? 5日が10歳の誕生日だったカズ。 爺婆を呼んでのお祝いを、8日の日曜日に行った。 メイン料理は、丸ごとロールキャベツ。 そして我が家の子ども達の間で流行している、チーズケーキのバースデーケーキ。 段々と顔が悪ガキ風に。 そしてメタボ体型になっているカズ。 ぶーぶークッションのようなおならをするカズ。 車の中では絶対に靴を脱いで欲しく無いカズ。 4年生になって、やっぱり母ちゃんと一緒に部屋で寝ているカズ。 ユニクロの男性用Sサイズの服を着てるカズ(ちと、小さい)。 日曜の朝に、肉まんを4つ食べたカズ。 みんなカズが大好きだ。 逞しく大きくなれよ。 (太くじゃなくて・・・) ![]()
今日はカズの10歳の誕生日だった。 昼食のとき、配偶者が「あんた、カズもとうとうティーンエイジャーになったのよ」と言うので「おめでとう」と言ったら、ヒロキが「違う。ティーンエイジャーでは無い。ティーンエイジャーとは13歳からの事を言うのだ。英語で末尾にteenと付いているのは13歳からだろう。だからティーンエイジャーとは13歳からを言うのだ。」 そんな理屈を言う。 それならこちらも切り替えそう。 「ほな、ティーンエイジャーを日本語で訳してみい」 「10代」 「ほれ見てみい。10歳は10代と違うんかい!」 「だって・・」 「日本語と英語の意味の間に齟齬があるんや。齟齬って漢字で書けるか?」 「んなもん、書けるかいな!」 と、まあ祝福されるべき本人を除いて、親子でへりくつの言い合いをしてる訳だ。 我が家らしくていい。 誕生日はデュエルマスターズの何とかのデッキ。 僕や配偶者には最早理解不可能なので、ヒロキとカズが一緒にネットで注文していた。 何か味気ないなあ。 夕食は、カズのリクエストで握り寿司。 家ですし飯を炊いて、刺身の具材などを買って来て上に乗せて、みんなで握る。 僕はPTAの会合に出かけたので殆ど食べられなかったけどね。 結構美味しかったよ。 本格的なお祝いは、日曜日にする予定。 ケーキ何ぞはそのときにね。
さて、別居騒動のその日夜、僕は殆ど鼾をかかなかったらしい。 そうすると、いきなりトーンダウンする配偶者。 やっぱりさあ、家族が一人一人全部自分の部屋を持って、そこに引きこもるのって寂しいじゃん。 それにあんたをあの寒い北側の部屋に追いやるのも、何だかね~。 だから、この部屋に居てもいいよ~なんて言う。 勢いで頼んだ書棚はキャンセルしたらしい。 デスクの方は、支払いも済んでいるのでとりあえず持って来てもらうけど、ベッドの移動は無しにするという。 え?こちらは、すっかり一人暮らしの気持ちになってるのに、今更そんな事言っても。 う~ん、まあ僕としては別に北の部屋でも構わないよ。夏に涼しくて良いしさ。 夏になると、南向きの寝室は暑くて、体感温度が15度違う我ら夫婦は、冷房を入れる入れないで諍いが絶えないのだ。 まあ、アンタがそう言うならそれでも良いか・・。 そういう訳で、木曜日に無事に別居が完成した。 住んでいたら快適である。 以前、書斎で仕事をしていて眠くて仕方なくなれば、ちょいと仮眠とフローリングの上に寝ていたが、今度はすぐ横にベッドがある。まあ、仮眠のつもりが永眠になる危険性はあるけども。 ところで、自分の部屋で独立宣言をしたカズであるが、実はその翌日から寝室へ戻って来ている。 彼が寝るベッドは僕の寝室へ来てるので、彼は床の上に布団を引いて配偶者の隣りに寝ている。 で、夜があけるとそそくさと、掛け布団を持って自分の部屋に退散。 寝室で寝てる痕跡を、僕や兄弟に悟られまいとしているらしい。 実は彼が自分の部屋で寝ると言い出したのも、ヒロキやミドリに「4年生にもなって、まだ母ちゃんと同じ部屋で寝たいんか?」とからかわれたのが発端らしい。 なにくそと独立宣言したものの、1日で里心がついてしまったと言う訳。 それでも、見栄があるのでヒロキとミドリには知られたくないらしい。 あいつらは、休みの間は昼まで寝てるからそれも可能だろうけど、新学期始まればいずれバレるって。 父ちゃんは優しいからばらしたりしないぞ。 ご飯の時に、1日で寝室へ帰ってきやがって、お前がしょうもないこと言わなかったら、よけいな出費せんでもすんだのに、なんてそんな事絶対に言わないよ。 言わないから(疑)。 君のおかげで僕も別居に成功したんだからさ。
え~、僕ら夫婦は実は1年ほど前から、家庭内プチ別居をしていたのですが、このたび本格的な別居をする事になりました。 まあ、仕事はこれまでどおりに行うし、毎日の生活にはそう変わりないのですが、一応ここにさらっと書いておきます。 あんた、誤解しないでね。 あんたの事は好きなのよ。 でも、あんたとは一緒に暮らしていけないの。 結局はそういうことらしい。 昨日の夜の事、トイレに行こうとしたら廊下に黒い芋虫のような物体があった。 よく見たら布団にくるまった配偶者であった。 「君何してるんじゃ?」 「あんたの鼾で寝られんのじゃ~~」と言う事らしい。 こっちも眠かったので、そのままスルーして朝を迎えたけど、朝食の時にどんよりとした顔の配偶者から切り出した。 「あんたは別の部屋で寝て!」 実は、1年ほど前から、僕はカズの部屋で寝ていた。 きちんと部屋をあつらえてやった癖に、里心がついたカズが親と同じ寝室で寝たいと言い出して、しょうがないから僕のシモンズベッドを明け渡して、僕はカズの部屋で彼のベッドで寝ていたのだ。 1人で寝るのはなかなか快適なことに気がついた。 寝るのが早い配偶者に対して、夜更かしの僕はいつも部屋に入るのも気を使っていた。 ドアが音がしないように気をつけて、布団にも大人しないようにそっと潜り込んでいた。 それでも、「あんたの入って来る音で目が覚めて、あんたは一瞬で鼾をかきながら眠りにつくけど、こっちは寝られへん」と言う苦情を言われていたが、それから解放されたから。 そういう経緯があって、1年ぶりに夫婦で寝たわけだ。 それがこの顛末だった訳。 自分の鼾を聞いた事がないけど、昨日は飲み会だった事を差し引いてもそんなたいした事ないと思うんだけどなあ。 むしろ配偶者が、時々鶏が絞められるような「クエっ」と奇声を発する方が気になるけど、それだって僕は相手を非難した事はなかった。 あんたのベッドを書斎に持って行って、書斎の私の机とパソコンを寝室へ持って行って、完全に二人の部屋を分けようと言う。新たに自分の本棚と机も買うという。 そんな面倒な事をせんでも、耳栓するかヘッドフォンでもつけたら安上がりちゃうのと思うけど、そんなのは肩が凝るから嫌だという。 そもそも、そういうのって毎日聞いていたらなれて来て、逆にそれが無いと寂しくて寝られないようになるんとちゃうの?と言うと「絶対にない。あたしらオバサンは、もう些細なことが我慢出来ない年齢なんや」と言う事らしい。 まあこっちも独り寝のすばらしさを1年味わった後だし、そもそもカズの都合で同居した訳であって自分の希望ではない。別にそれなら良いよと言うことになった。 この週末当たりに本棚や机を探しに行ったら?と言うと、それまで待てない、水曜か木曜に行くとのこと。 まあ、ご自由にと言う事だ。 午前の診療の残りあと15分ぐらいのとき、職員を集めて言った。 「今までみんなには黙っていたが、僕と副院長は今まで家庭内別居だった。でも、今後は本格的に別居する事になったから。まあ、詳細は午後から副院長が言うだろう、仕事に関しては今まで通りで変更ないので、みんなは心配線でもよろしい」 職員の間に衝撃が走る。 一番年配のSさんは、もう目が泳いでいる。 「どうして先生達が・・」 「まあ外から見ただけではわからん事はあるんよ。多くは語らないけども」 他のみんなも顔を紅潮させて、ざわざわと落ち着かない。 このままお昼休みに上に上がって行こうかと思ったけど、彼女らの昼食の味を損ねるのも悪いし、このままだと最年長の事務のYさんあたりが、「代表で来ました。もう少しお話を聞かせてください」なんて言い出しかねないので、上記顛末を説明。 たちまち広がる安堵の気配。 な~んだ、そんなんならうちなんてもう10年以上別居だわと言う人多数。 うちの旦那も鼾うるさいけど、サシで叩くと暫く静かになるのよねと、怖い事を言う人も。 面白かった事を配偶者に報告しようと上に上がった。 「あんた、今日の朝のうちに家具屋に行って来て、本棚と机を買って、配達の時にベッドを移動してもらうように手配をして来た」って。 普通、寝られなかった翌朝が休みだったら、もう一度寝るんじゃないか? その行動力はどっから来るのだろう? あんた、誤解しないでね。 あんたの事は好きなのよ。 でも、あんたとは一緒に暮らしていけないの。 あんたの鼾は駄目なのよ。 若いうちならともかく、あたしも中年おばばになって、ベッドで寝ている時が人生で一番楽しい時間なの。 それだけは譲れないのよ。 はいはい、これで合法的に一人暮らしが出来るようになった。 でかしたぞ、カズ。
いつのまにか3月も終わりになってます。 3月は猿、いや去るか・・。 毎週土曜日は、診察前の往診が2件ある。 2件目は、80代後半の一人暮らしのお婆さんだ。 実は彼女は、僕の中学の同級生のお母さんである。僕の母親よりは8つぐらい年上になるかな。 とりたてて大きな病気ではない。 要するに年よって一人暮らしが困難になってきている老女なのである。 大きな庭のある家に一人で住んでいる。 庭はいろんな花が咲き乱れている。この間まで紅梅、白梅が咲いていたが、今はツツジと桜が咲き始めている。 でも誰も手入れしないので荒れ放題。 部屋の中には、ご主人が生きていた頃からあると思われる、古い道具や書類がそのまま残っている。 おそらく、今となっては、この家の中にある95%ぐらいの品物が、彼女にとっては不要なものだと思うけど、それを整理する人も居ない。 息子さん2人は年に何度か帰ってくる程度である。 毎回訪問したときに、その様子をメールで知らせている。 グループホームとか老人ホームを探してるようだ。 長男さんは独身で一軒家に住んでるけど、同居と言う線はないらしい。 毎日ヘルパーさんが食事を作りに入ってる。 でも、ほかには手が回らないと見えて、髪の毛ももうぼうぼうのび放題である。 静岡の人なので、お茶にうるさい。 毎回行けばお茶を入れてくれる。 彼女が入れてくれるお茶は、それほど熱くなくて甘くておいしい。 今朝は訪問すると起きて居ずにベッドで寝ていた。 いつものように、ふらふらするわ、もう脳梗塞になるんじゃないのかなと言う。 まあ5年ぐらい前からこんなこと言ってるけど、何も起こってないから、今後も起こらないだろうとは思うけど。 簡単な診察をした後で、ばあさんのためにお湯をわかしてお茶を入れる。 飲んでみると、熱くて味が薄い。 「先生、これお茶の味がしない、葉っぱをけちったわね」と言う。 んなこといっても、うちはいつもパックのお茶だからわかんないのよね。 そう思いながらお茶を入れ直す。 彼女の急須は、一人用の万古焼きで、蓋が2つに割れているけど、それをそのまま使っている。 小さいから加減がよくわからんのよね。 そんなことを思いながらお茶を入れ直す。 うん、今度はまあまあだとばあさん満足した様子。 世代的には母の世代だが、自分にとっては婆さんと言う感じが近い。 父方の祖母は僕が小さいときに亡くなったし、離れて住んで居たので思い出は少ない。 母方の祖母は、昔同じ町内で住んでいたし、小さいときは美容室を営む母の代わりによく面倒を見て貰ったので思い出が多い。 両親が夫婦げんかをしてる時など、僕は町内を走り路地を抜けて祖母の家に行き、彼女の部屋の窓をコンコンと叩いたことを思い出す。 高校生の時に今の実家へ引っ越してからは、月に1回ぐらいお泊まりで遊びに来ていた。 上品で色白で美人の婆さんだったので(うちの母は残念なことに祖父に似ている)僕は彼女が好きだった。 祖母は僕が医者になって2年目の秋に突然亡くなった。医者に行く暇も無かったらしい。 大分前から心臓が悪かったことは知っていたが、突然のことだった。 成長の家を信奉してた彼女は、「ありがとうございます、ありがとうございます」と言っていたそうだ。 僕はそのとき高知の端っこの市民病院に居た。 あんたに脈を取って貰いたいと言われていたのに、医者になってからは忙しくてあまり婆さんに会ってなかった。 死に目に会えなかったことは、今でも少し心残りである。 今目の前にいるこの婆さんの最後の脈を取ることがあるんだろうか? ここまで診たから、最後まで診てやりたいなと思う。 まあ、それは家族の都合も病気の進行状態などいろいろなものに左右されるのだろうけど。 そういえば、大学生の時、敬老の日に祖母を連れて郊外のお寺へドライブしたことがあった。 急な坂で対抗した時にエンストしてマニュアル車だったこともあり、坂道発進が出来ない。 クラッチをつなごうとするとエンストする。車はかなりの角度で傾いており、うっかりブレーキを離したら、あっという間に下がりそう。 そんなとき、彼女は横でやっぱり「ありがとうございます、ありがとうございます」とお祈りをしていた。 対向車に、エアコンを切れと言われて、それでエンジンが繋がり無事を得た。 その後、お寿司屋さんによって帰ったんだよね。 そんなことを思い出しながらお茶を飲んでたら・・時計が鳴る。 おっともう9時じゃん。 朝の診察に遅刻である。 昨日も往診が長引いて遅刻したし。 いかんぞうと思いながら自転車のペダルを踏む。 今日は風が強い。 春一番かなあ。 もう春なんだ。
今日は、世間的にはホワイトデーと言う奴らしい。 長男が珍しく昨日は早く帰ってきていると思ったら、ホットケーキミックスを使ってクッキーの作成中だった。 それに野次馬の娘が荷担して、おこぼれに預かろうとする次男も巻き込んで結構な騒動が台所で起こっていた。 で、出来上がったのが・・。 クッキーを焼こうとして失敗してパンになったと言おうか、 パンを作ろうとして失敗してクッキーになったと言おうか、 シュークリームのシューが乾燥して堅くなったと言おうか、 とにかく歯ごたえがあって、粘りけのある代物が出来ていた。 バナナの風味はしっかり付いて居たけどねえ。 噛めば噛むほど味も出ていたけどなあ・・。 けどなあ・・から逃れられない代物だったのよ。 お菓子って分量通りに作れば失敗はないものだと思っていたけど、失敗もあるのね。 気を取り直した長男は、夕食後に前のスーパーにまたクッキー自作のセットを買いに行き、今度はチョコレート味のクッキーを焼いていた。 今度の方は、ちゃんとクッキーの硬さと味になっていたようだ。 丸いのを何個か作って、アヒルの形をしたのも作っていたけど、配偶者がそれを見て、「これをトミのトイレにおいたら、トミのウンチとそっくりだ」と言っていた。息子に追い打ちするか?普通。 娘の方は、友チョコのお返しで気合いが入ってないと見え、買ってきた何種類かのクッキーを適当に混ぜ合わせて袋に詰めて完了とのこと。 彼女の情熱は、バレンタインの時の騒動で枯渇してしまったらしい。 カズはと言えば、自分がおこぼれ貰って食べるのに夢中で、自分がお返し(集団登校が一緒の同学年の子に貰ったらしい)しなきゃいけないのをすっかり忘れていたらしい。 今日のおやつだった、カントリーマムを何枚かラッピングしていました。 まあ、いいか小学生だし。 って、言うか小学生なんかそんなする必要ないんだよ。学校で禁止にしろよ。 夜、配偶者が深刻な顔で近づいてくる。 「あなたにたってのお願いがあるの」と言う。 こういう時に良い話しだったためしがない。 「頼むから、この育毛剤を使ってくれない?」 はあ? 旦那の薄毛についに妻がキレたのか? 常々、カツラを使ったり、髪を染めたりしたら離婚なんて言っていたのに、方針を変えたのか? 育毛剤なら許されるのか? それとも、彼女が懇意にしているツムラが臨床治験の話しでも持ってきて、モルモットになれと言うことなのか? しかし、自慢ではないが私は薄毛である。 ただ、薄毛と言っても高校生の頃からずっとで、大きく進行はしていない。 二十歳の頃ははげるだろう、30歳になればはげるだろうと思ってきて、ずっと大きく変わらないのだ。 その間何人の男たちが私を追い抜いて行っただろうか? まあ、そんなに髪が多くないけど禿げてる・・とは言われない。 白髪だって、最近少しずつ出てきたけど、ほかの男性に比べると驚くほど少ない。 私で良いのか?? 真相はこうだ。 髪が豊富な配偶者だが、最近なぜかつむじのあたりの抜け毛が多くなった来た。 意を決して自分のために高い育毛剤(資生堂の何とか言う奴で、かなりネットで評判らしい)を3本も買ったのに、説明書きを見たら、カラーをしてると使えないと書いてある。 彼女は2週間に1度のカラーを欠かさない人なので、その育毛剤を使えない。 もったいないので夫に使って貰おうと言うことらしい。 オークションで安く売ったら?って思うけど。 仕方ないので、昨日の晩から使ってる。 でも効果あるのかしらねえ。 って言うか危機感が無いから絶対に忘れると思う。 私は、毎日髪を洗ってトリートメントは忘れずにしてるけど(ラックスのダメージヘア用を愛用している)、それ以外は全く髪の手入れはしていない。整髪料も使わないし、ドライヤーも使わない。洗い髪をタオルドライして後はブラシでオールバックにしておくだけだ。 髪に腰が無いので、オールバックにしておいてそのまま寝て起きたぐらいがちょうど髪に腰が出来てボリューム感が出るのである。 この育毛剤は髪の毛の腰が出来るのよと言うけど本当か? 副作用で禿げたりしないんだろうな。 そんなホワイトデー前夜であった。
今日は.ひな祭り。 と、言うのに気がついたのが今日。 おひな様も出してなかったし・・毎年3月3日に出して、4月まで出しっぱなしになってるんだよなあ。 配偶者に言わせると、旧暦に従ってるって事になるらしい。 今日の午後は特に用事もなかったので、娘のためにちらし寿司を作る。 いつもの、何ちゃって散らし寿司ではなくて、本格的な奴だ。 高野豆腐だけは、味付きのを買ったけど、後は全部自分で煮込んだもんね。 干し椎茸、人参、レンコン、ピンクの蒲鉾、里芋、菜の花だ。 田舎風春のちらし寿司である。 そしてアサリのお吸い物。 実は、蛤のお吸い物と思ったが、熊本産の国産ハマグリが3個入って900円と言うのに負けた・・。 さすがの僕でも買えないわ。 大体さあ、ハマグリのパックを買うと、必ず1個は口が開かないのがあるのよ。 900円で3個買って、口が開かないのがあったら、スーパーに殴り込みに行きそうな気がする。 これが中国産なら驚くほど安いのだけど、なんかなあ・・と言う事で国産アサリにした訳。 でも、国産だって、たっぷり放射能を吸ってるかも知れないけどね。 お寿司食べて、お吸い物飲んで、桜餅食べて、たっぷりと肥った1日でした。 まあたまにはいいかあ・・。 写真は、里芋を並べる前に撮っちゃったのよね。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |
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