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みなさん ! こんにちは。 本日の辻説法は、涙が出るほど 【 有り難い 】 高橋 匠さまの 話のつづきです。 みなさん 【 有り難い 】 の語原をご存知ですか ? 有り難いとは、この世にもあの世にも 【 あると言うこと自体が 有り得ない 】 ほど、有り難いということです。 こんな事をして頂いたら、有り難すぎて 【 罰 】 が当たるかも という事です。 さて、河島英五のコンサート 「 月の花祭り 」 が終わり、高橋さんと もう一人の社員の人と三人で、食事をしました。 大阪は南の有名な店で、しゃぶしゃぶをいただきました。 とても美味しいのです。 お腹いっぱいになりました。 「 お上人 ! 明日は、どうなっていますか ? 」 「 暇です ! 高橋さんが来るので、予定は、空けてあります 」 「 でしたら、奈良の、てんてんカフェに行きませんか ? 」 「 何ですか ? その、てんなんとかカフェと言うのは ! 」 「 てん何とかカフェではありません。 河島英五さんが作られた 【 てんてんカフェ 】 喫茶店のことです 」 「 町やの民家を改造して作られた、とても素敵な所です 」 「 実は、明日、息子さんの翔馬君を取材に行くのです。 良ければ、是非一緒に行ってくださいと言うのです。 私は、二つ返事で、O.Kと言ってしまいました 」 その晩は、草庵で休んでいただきました。 あくる朝、一番で、英五の追善供養の法要をしました。 午後一時半の約束で奈良の駅前で軽い食事をしてんてんカフェに行ったのです。 息子の翔馬君は、つるつる坊主の和尚さんが、何故、ここにいるのか わかるはずもありません。 プロデュサーが、ちゃんと紹介してくれました。 あなたのお父さんの高校の同級生の吉野上人ですと。 私は、挨拶をした後で 「 今日、貴方のお父さんの追善供養のお経を あげて法要をしました 」 と、言ったのです。 翔馬君は 「 ありがとうございました 」 と言うではありませんか。 中々良い青年に育っているなと嬉しかったのです。 それから、証拠の高校の卒業アルバムを見せたのです。 私は、アルバムの編集委員をしていたのです。 独断と偏見で、私の取った写真を、たくさん載せたのです。 英五の写真も、私が取ったものが大半です。 彼は 「 はじめて見ました 」 と言って、しばらく見入っていました。 それから、二つ三つ昔の話、当然息子が知らない事ばかりを話したのです。 それは、ある日の二時間目の事です。 普通早弁は隠れて食べるのです。 教師の先生も、見て見ぬ振りをしてくれるのです。 だから波風が立ちません。 しかし、この日の河島は、何をとち狂ったか知りませんがいきなり手を 挙げたのです。 そして、こう言ったのです。 「 先生、腹が減って死にそうです。 まわりに迷惑をかけずに静かに 食べますから、早弁させて下さい ! 」 先生は、あきれてものが言えないと言う顔をしました。 「 はい、どうぞ 」 といえるわけも無い。 「 だめです 」 と言って、暴れられたら困るし、本当に先生は 返答に困っていました。 皆さん、この先生は、どうしたと思いますか ? この先生は、現代国語と古文の女性教師で、二十代後半の小柄で綺麗な 先生でした。 河島は、腹が減ったのも事実でしょうが、実はこの先生の気を引きた かったようです。 この先生、男子の間では人気者でした。 先生は、小さな声で 「 勝手にしなさい 」 と言ったのです。 河島は、何と言ったと思いますか ? 「 先生、どうも、ありがとう 」 と言いよったのですよ ! 彼の魂胆がよく分かったでしょう。 息子の翔馬君は、退屈もせずよく聞いてくれました。 ほんとにありがとう。 三年生の二学期頃でした。 はっきり覚えています。 英五が 「 吉野 ! ちょっと話があるねん 」 と言って 「 さっきの話な、俺もおなじやねん。 ありがとう。 よう言うてくれた ! 」 何の事か皆さんわからないでしょう。 これは、英五と私の 【 秘密 】 です。 それから、吉野は 「 どないすんねん ? 」 と聞くのです。 「 大学に行く、そして中国に行く、その後は考えてない。 中国に行ってから考える 」 と答えたのです。 英五はどないすんねん ? と聞いたら 【 歌手 ! 】 になると言うのです。 私は、あのな ! よう聞けよ ! 男は 『 顔 』 と違うけど、歌手は 『 声 』 や ! 俳優は 『 顔 』 や ! 顔は付いてたらええけど、声の悪いのは致命的やぞ ! と 本当の事で嫌な事を言ったのです。 こんな事を、いかに英五でも、私に言う方が間違っているのです。 私は、小さい時から 「 おべんちゃらや、お世辞 」 を言うのも 言われるのも大嫌いなんです。 だから、私がおべんちゃらやお世辞を言い出すと顔と口が歪み始めるのです。 だから、私が、本当に、嘘をついているか、いないかは、誰でも すぐに判ります。 でも英五は、押しも押されもしない独特の世界を歌い上げる 【 歌手 】 になりよりました。 本当に、すごいやつだと思います。 【 平成十八年四月二十三日、英五君の誕生日を祝う追悼のコンサート 】 このコンサートの名前が 「 月の花祭り 」 と言うのです。 一体、誰がつけたのでしょうか ? 英五でした。 「 花祭り 」 とは、お釈迦さまの生誕をお祝いするお祭りです。 「 月 」 とは、お釈迦さまの生まれられた国 ・ 《 月氏国 ・ がっしこく 》 の事です。 詩をよく読んでみると、よく読まなくても 「 輪廻転生 」 を書いて いるではありませんか。 少し、驚きました。 コンサートで、英五の歌 「 声 」 を聞きました。 映像も見ましたが、やはり声です。 青春真っ只中の思い出が、まざまざと蘇えって来て、その時の汗の匂い までするのです。 涙が恥ずかしいくらい出ました。 しかし、今生では、もう二度と会えないのです。 家族の人達の悲しみとは、比べてはいけませんが友達は又別なのです。 お釈迦さまの言われる 【 愛別離苦 】 の四文字が、なんとも言えない 心の痛みです。 「 縁 」 とは、不思議なものです。 コンサートに誘ってくださり英五の声を聞かせてもらい息子にも会わせてくれ アルバムのCDもたくさん買ってくだされた 【 アクロス ・ ザ ・ ユニバース 】 【 エグゼクティブ ・ マネージャー 】 Mr . TAKAHASHIに 「 感謝 ! 」 本当にありがとう。 河島英五君、本当にありがとう。 英五の詩に 「 年がら年中恋こがれ 」 とあります。 我が師日蓮も 「 年がら年中恋こがれ 」 ていたのです。 私は、お釈迦さまと、日蓮大聖人と、法華経と、大曼荼羅の御本尊に 【 年がら年中恋こがれ 】 ています。 もう、ほとんど病気です。 いや、完全に病気です。 この病気は、きっと来世まで持ち越しそうです。 南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 平成十八年五月十三日 吉野 智応 明日は、母の日です。 私の母の誕生日が、大正十三年の五月十四日なのです。 そうだ ! おかあさんに会いに行こう。 確か、八十二歳になられる筈です。 ありがとうを言いに行こう。 【 今回のブログは、「 平成十八年五月 」に書いた文章を一部引用しました 】 次回は、高橋 匠さまの、もっと【 有り難い 】話です。 拳骨和尚 │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |