永遠の闘い

小さい時から本の虫だったわたしは、国語には自信があった。

作文や読書感想文の表彰状なんて、腐るほどあったし、
人に訊かれて漢字を教えてあげる事も日常茶飯事だった。

外大で英米語を専攻し、将来も世界を飛び回る仕事をするつもりだったわたしは、
いつの日か、わたしの英語もそうなるんだろう、いや、そうならなくちゃ、と思っていた。

よく、人に、どうやったらそんなに英語が喋れるようになったの?と訊かれる。

わたしに言わせると、答えは一つ!

「この人に、この事を言いたい!」という願望・必要に迫られる事。

はじめてブルルに出会った頃、ブル子の英語のレベルは英検準一級に毛の生えた程度だった。
ニューズウィークやタイムの英語版を読んで、分からない単語は一杯有ったが、
それでも、磨き抜かれた当てずっぽうの勘で、内容は殆ど解った。
CNNも、あの頃は15分置きに同じことばっかり言っていたが、大体解った。

LとRの発音も大学の英会話でみっちりやった。

今までの最高の誉め言葉は、北新地のCANOPYという、外人ばっかり
(大体英会話講師)集まるバーでのこと。

いつもブルルと、待ち合わせることも無く集まるその友達と、その彼女たちで店は埋まっていた。
ブルルがカナダ人の友達と株だかなんだかの話をしていて、わたしはつまらないので、
友達のブレンダが他の外人の女の子三人と座っているテーブルへお喋りに行った。
しばらくして、紹介されたその三人のアメリカ人の女の子たちが、
わたしがどこから来たか訊いて来た。

「西宮だよ。」というと、
「それは知ってるけど、アメリカの、どこから来たの?」

・・・彼女たちも酔っ払っていたのかもしれないが、わたしは思わず嬉しさの余り抱きついてしまった。



それなのに、ブルルと出会ってお互いを知り合う期間には言いたい事の半分も言えなかった。

折角アメリカ人の生の意見が聞けるのに、と思って、経済や社会福祉の事、
医療問題や高齢化社会の事、軍事問題、色々彼の意見が訊きたかった。

「**新聞では北朝鮮の核問題についてこう言っているけど、
**大学の教授はこう言っていて、最近クリントンがこう言っていて、
わたしはこう思うんだけど、あなたは?」

・・・が、「**新聞に北朝鮮の事が載ってたよ。」で息切れ。
先を続けたいという欲求よりも、
なんとなくヤヤコシイ事をいうのが面倒臭くなって、その辺で尻切れトンボ。

ブルルは、そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、
「ふ~ん。・・・で、お昼何食べたい?」ってな調子であった。

しかし、わたしが「英会話の上達の鍵」に「願望と必要性」を述べる理由は、ここからである。

知識欲よりも食欲の大いに勝っているわたしは、お昼を食べた後、やっと、
さっき訊きたかった事を思い出し、関係無い話をしながらも、ああでもない、こうでもない、と悩むのだ。

あ~、「核兵器」ってなんだっけ?なんだっけ、なんだったっけー?

そして、その夜家で辞書引いた単語は、悔しさ故、深く深く頭に刻まれ、忘れる事は無いのである。

どんな気合の入った一夜漬けでも、こうは行かない。

「大人になってからの外国語上達は、相手あってこそ」というのがブル子の持論である。




あの頃の自分の会話力とヘンな必死さを思い返すと、笑いが込み上げて来る。

ブルルもよく、あのような内容の会話で、わたしの知性を疑わなかったなぁ、とも思って、
感謝の念すら込み上げる。

日本では、日本語の出来ない外国人だって、若しかしたら大学教授かもしれないし、
日本語自体が日本でしか話されていない言語であるためか、特に子ども扱いしたりはしないように思う。

アメリカでは、英語を話せなかったら、はっきりいって馬鹿にされる。

移民だらけの国だから、アクセントは許される。
でも、英語そのものが本当に理解不能のレベルだったら、
それこそ、みんなから距離を置かれて、少なくとも本土では、暮らしにくいだろう。

それを、「差別」と言う人も居るけれど、どっちかっていうと、「区別」であろう。
あの人には、英語で何か言っても通じない、と。

接客業について、それを、ひしひしと感じた。

自分の英語、他の色々な国から来た外国人の英語。

わたしの「自信」は、見知らぬ人と毎日会話を繰り返す度にグングン上がっていった。

・・・のに、たった一回の「は?」の度に、バキューンと打ち落とされたかのようにまた急降下。

今では「は?」と言われても、
「聞こえないの?それともあなた英語が解んないの?わたし、どもってなんかないわよ!」
と極めて強気なものである。

「は?」の度に落ち込んでいた、しおらしいブル子は今何処??とか言いながらも、
本当の正直な所は、「そんなしおらしいぐらいじゃこの国でやってけないよ!」と、
心身共に逞しくなった自分を、誉めてあげたいぐらいである。

日本へ帰ったら、どう頑張って調整しても、ヤな女だろうなー、と思う。





例の如く話が他へ行き、このままだとブル子の英語は完璧だと思われそうになるが、
言っておきたい事がある。(なんだいきなり?)

ブル子の英語は、完璧ではないし、一生完璧にはならないであろう。

「は?」と言われる事の無くなった今でも、たまに自宅の留守電に入れたブルルへメッセージを聞いて
なんだこの人のアクセントは? え?これ、わたしじゃん!
・・・ホント、自分でも嫌になる。

今でも、どうしても上手く発音出来なくって、出来るだけ避けている単語がいくつかある。

「Jewelry」
「Necessarily」

文字通り、舌がこんがらがってしまうのだ。

あと、よく間違えるのが、
「constipated」:便秘 を 「contisipated」(そんな単語は無い!)

「intestines」:腸 を「testicles」:睾丸(!)と言ってしまう。(なんで~?)

聡明な方々にはもう話の内容もお分かりであろうが、新婚旅行中にブルルに

ブル子「最近お通じが悪いからお野菜食べるわ。」
ブルル「ふーん、何日もないと体に悪いから病院行ったほうがいいかもよ。」
ブル子「そこまで深刻じゃないと思うんだけど、大睾丸の辺りがちょっと痛いの。」
ブルル「え??」
ブル子「ほら、人間て、大睾丸と小睾丸とあるでしょ、その大きい方」
ブルル「・・・ブル子には無いと思うけど?」

・・・恥ずかしい新妻である。



勿論昔はもっと面白かった。

ブル子「ブルルがジム行くようになって、なんだかわたしも感化されちゃったわ。」
ブルル「どういう意味?」
ブル子「大した事ないんだけどね、昨日わたしも家でちょっと運動したの。」
ブルル「へえ、一体何をしたの?走ったの?」
ブル子「ううん。Shit ups したの。」
ブルル「何??」

あと、ブルルは昔警察官だったのだが、ご多聞に漏れず、ダンキンドーナッツに通っていたらしく、
初めてアメリカに遊びに来た時に、連れて行ってくれた。
その時、何もかもが珍しく、きょろきょろしていたわたしは、不意に、
「ベージェルって何?」とブルルに訊いた。
「え?何?」
「あれあれ、あそこに書いてある、ベージェルって何?」
「ブッ!ハハハハハ!! あれはベーグルだよ!」
「え?だってエンジェルってああいうスペルじゃん!」(知らなかったくせに理屈っぽいブル子)
「え?ああ・・・。そうだよね、なんでだろうねぇ。・・・ごめんね。」(何故謝る?)
「全く!もう!」(ブルルのせいじゃないってば)

アメリカに引っ越して来た時、わたしが日本で積めたダンボールに
「Sweaters & T-shits」
と書いてあって、お手伝いに来てくれていたブルルパパは涙を流して笑っていた。

はじめてWal-MartでPet Milkを見た時は、
「犬や猫がチョコレート味のミルクを飲むなんて、やっぱりアメリカは違うねぇ。」と言って、
レジのお姉さんとブルルはきょとん、としていた。


メークアップアーティストになりたての時も、
モデルやお客さんに口紅を塗る時、
「Now, shut your mouth.」なんて失礼な!

ファンデーションブラシの利点と使い方を説明する時に、
アメリカ人の大概が、産毛を剃らないで、眉毛と口の周りはワックスで処理するが、それ以外はボーボーなのだが、

「産毛の流れに沿って、上から下へ」

と言うのが、「産毛」を「Fur」なんて言って、
お客さんに「そりゃぁ私、毛深いけど・・・。」って大笑いをされた。

思えば、「愛嬌、愛嬌」で済ませてもらって、心の広い人に囲まれ、本当にラッキーであった。

もう一つ、ラッキーだったのは、わたしの向上心と闘争心(?)を理解して、
ブルルは絶対にわたしの間違いを放って置かなかった事だ。

それは違うよ、なんて言うの?って、人前でも、わたしがどんなに興奮して何かをまくしたてていても、直してくれた。

それを見た他の英語を母国語とする人や、国際結婚カップルには、
「ブルル、厳しすぎるよ、ブル子が可哀相!言いたい事は大体解るじゃん!」
と言ってくれたが、わたしは敢えて、耳に付いたらその瞬間に直して、と頼んだ。
喧嘩中や、一生懸命何かを訴えている時にちょこっとした間違いを直されると、
余計に「かーーー!」となった時もあったが、何しろ自分で頼んでいる分、仕方が無い。
たまに直してもらった後で、「あれ?何を言おうとしていたんだか忘れちゃった!」なんて事も多々有った。

本当は、いちいち直してくれたブルルの方が、忍耐力を使ったと思う。

特に、わたしは理屈っぽい反論ばっかりするので、いつも彼は「ごめんね。」と謝っていた。




在米7年目の今、冷静に客観的に自分の英語力を採点すると、100点満点の75点。

これからも、訓練と努力で少しは上達するかもしれないが、勉強して出来る限界に近づいている気がする。

いくら英語が出来ても、アメリカに住んでいないと分からない事だって沢山有る。
昔の映画の有名な台詞や、有名人の名前、流行った歌、など。

諦め始めているわけでは決して無い。

ただ、病気の名前や草花の名前、地名、人名を英語でバシッと言えるように練習する閑があったら、
洗濯機でも回している方が、個人的には(ブルルにとっても)為になるのだ。

若しかしたらもう一生使わないかもしれない単語を、もう若くはない脳みそに躍起になって詰め込むより、
本当に必要に迫られて一語一語覚えていって許されるレベルに到達したのではないか、と思うのだ。

「もし知らない単語が出てきたらどうしよう!」と完璧に準備しなくても、
例えば歯医者や不動産屋などでそういう状況に遭遇してから、で間に合うや、と。

それでも、人名、地名などは、教養を疑われる場合があるので、(結局やっぱりこれは気になる)
頭を痛めた。

英語以外の外国語の場合、日本語のカタカナの方が元の発音に近い気がする。

大体、アテネとかジュネーヴとか、ワルシャワとかセントペテルブルグとか、初めて英語で聞いた時は「?」だった。

余談だが、ブルルは日本に居た時、デパートの「プランタン(Printemps)」の事を「プリテンプス」、
エルメスの事は「ハーミス」、ショパンの事は「チョピン」(!)と言っていた。











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