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昨日は通院日でした。 いつも気がかりな腫瘍マーカーNSEも正常値、メインマーカーLDHも正常値でした 以前から婦人科のほかに総合科に通って膵臓を診てもらっていますが、最近は膵炎の発作もおきていなくて順調です。 これから宴会シーズンなので注意は必要だけど、去年よりは安心していろんな食べ物を楽しめるといいな♪ これにて、治療終了から2年11ヶ月となりました。 あと1ヶ月で3歳です 「治った」の目安である5年まで、あと2年ちょっと。 ここまでの3年の3分の2だと思うと、けっこう長いなぁ 合格率7.6%の社労士試験に合格するのと、5年生存率8〜10%の中で生存するのと、 どっちが難しいかって言うと、後者の方が難しいかも。 試験はいくらでも努力できるし、参考書も模試もあるし、失敗してもまた挑戦できる。 でも、がんを抑えて生き延びるのは、努力だけじゃなんともならないこともあるし、対策もわからないし、失敗は許されない だからこそ命は本当にありがたくて、生きている今を大事にしなきゃと思えるんだけど。 生存しないとせっかくの合格を活かせないから、まずは生きていたい。 病気を抱えた人の就労サポートをしたいって夢が見えてきて、試験に合格して、資格のスタートラインに立てて、気持ちははやるばかりだけれど、 無理をせず、体調管理を第一に、これからも地道に頑張ります。
昨日は女子4人でランチ会・RFL中部実行委員会の最終回・RFL中部実行委員会の打ち上げ、という充実の一日でした。 ランチ会は、RFL中部で出会ったチームアクエリアスの2人と、OUTLETのemちゃんと私の、がんサバイバー女子4人で行いました。 楽しかった〜 辛かった話も、真面目な話も、本音も、楽しい話も、言い合えるこの安心感はなんだろう。 若年でがんを体験した子同士だからといっても、共感できる部分ももちろんあるけど、闘病体験や考え方や生き方はそれぞれで、学ぶこと・考えさせられることもいっぱいでした。 楽しくてあっという間に時間が流れ、実行委員会をサボってもう少ししゃべっていたい気分でした 最終回の実行委員会は反省会でした。 私自身、反省点は多々あったはずだったけど・・・振り返ると思い出されるのは楽しかった思い出と感動した出来事ばかり。 悩んだことも苦労したことも吹き飛ばしてしまうくらい感動パワーの強いRFLでした。 ※もちろん、昨日はみんなで様々な反省点の議論もしましたよ。 その後は打ち上げへ。 はたから見れば、ただのどんちゃん騒ぎ。 でも、いい感じの酔っ払いがあちらこちらで命や生き方について語っている、熱い飲み会でした。 皆さんと出会えてよかったと思いました。 「大学を卒業して、企業に就職して、バリバリ働いて、結婚して、子どもを産んで、子育てして・・・」が“あたりまえの道”であり、それが幸せ、それが1番であると信じていた私。 実際、いわゆる良い高校を卒業して、いわゆる良い大学に入るところまでは、この“あたりまえの道”のど真ん中を順調に歩いているつもりだった。 周りの友達も“あたりまえの道”を一緒に歩いている仲間ばかりだった。 ところが大学2年でがんになり、さらに2回再発して、バリバリ働くことも子どもを産むこともできなくなり、“あたりまえの道”からはずれざるを得なくなった。 道の真ん中を歩き続ける友達がうらやましくて仕方なくて。 道からはずされてしまった自分が情けなくて悔しくて。 健康な人のふりをして、“あたりまえの道”を歩いている人たちに混ざって歩こうとしたけれど、体力的にも精神的にもきつかった。 “あたりまえの道”しか知らなかった私は、どこへ行けばよいかわからなかった。 それからRFLに出会い、3年間参加する中で、本当にいろんな人に出会った。 自分と同じような立場のサバイバーだけでなく、支える立場の人ともたくさん知り合えた。 その中で見えてきたこと。 私が“あたりまえの道”だと思っていた道は、た〜くさんある道のうちの1本に過ぎなかったこと。 “あたりまえの道”以外のところにもたくさんの人が歩いていて、それぞれが誇りを持ち、輝いていること。 “あたりまえの道”だけが幸せなわけじゃないということ。 たくさんの人に出会い、たくさんの生き方に触れたら、自分が今までいた世界の狭さに気づいた。 私が今歩いている小道にも、誇りと愛着を持てるようになった。 「バリバリ働けなくたって、子どもが産めなくたって、私は幸せだもん」 なんて言うのは、負け惜しみを言っているみたいで嫌だった。 負け惜しみだと感じるのは、“あたりまえの道”からはずれる=負けだと思っていたから。 た〜くさんある道のうちの一つを、模索しながら、ときどき掘ったり埋めたり回り道しながら歩いている。 それぞれの道を歩いているたくさんの仲間の話を聞きながら、参考にしながら。 こんな歩き方もすごく良いと思う。 勝ちでもなく。負けでもなく。 こういう風に考えられるようになったのは、RFLやがんと生こまいを通じて出会った人たちのおかげです。 がん発覚から6年4ヶ月。やっとここまで成長できました
この前の日曜日、生まれて初めてのテレビ収録に参加してきました。 がん患者の就労に関する番組です。 放送局の方から突然お話が来て、木曜日に決定 金曜日にスケジュール表と台本が届き、それを読む間もなく社労士の合格が判明して大騒ぎ 土曜日の午前に荷造りをして、午後に出発 東京のホテルで一泊して、日曜日の朝から放送局に集合でした。 守衛さんに番組名とスタジオ番号を言って、無事に入館。 まずは会議室みたいな部屋でプロデューサーさんや出演者の皆さんと打ち合わせ。 そこへ司会の児玉清さんもいらっしゃって!! なんだかすごいところへ来てしまった その後は控室へ。なんと一人ずつ控室が用意され、自分の名前がドアの横に貼ってありました。 そしてプロのメイクさんに、ハイビジョン対応のナノテクメイクを施されました。 メイクの力、凄し いよいよ収録スタート。 スタジオに用意されたのは椅子だけ。6人の出演者が半円型に座って話しをする形式です。 これがまたすごく緊張しました 他の出演者さんが素晴らしい方ばかりで、皆さんのお話に圧倒されながら、 かつ児玉さんの優しいまなざしに見つめられながら、 なんとか自分の思うことを頑張って話したつもりですが・・・ちゃんと喋れていたのか 後から思い返すと、言葉足らずだったなぁとか、もっと言えばよかったなぁなどと思うこともあります。 「伝える」って難しい こんな私のまとまりのない話を、じっと見つめながらじっくり聞いてくださった児玉清さんに感謝です。本当に素敵な方でした がんを患った後の就職活動での苦労。 理解の無い職場での理不尽な出来事。 理解ある職場で働かせてもらっている今。 私の体験が少しでも何かの役に立てば幸いです。 収録は約8時間に及んだけれど、けっこうあっという間でした。 最後に出演者の皆さんと一緒に記念撮影をして、解散 タクシー・新幹線・JRを乗り継いで無事に家に帰りました。 今思い出しても、夢だったのか現実だったのか・・・というような一日でした。 貴重な体験をさせていただいて、本当にありがたいです。 何より、一緒に出演した素晴らしい方々とお会いできたこと、お話しできたことが嬉しかったです。 がん患者が働ける、生きやすい社会になるように、それぞれの形で努力し活動されている方がいらっしゃいます。 きっと少しずつでも世の中は変わっていくと確信しました。 私も、何かの形で貢献できたらいいな、と思います。 番組の放送予定は年末です。 詳しい日時はまたお知らせします! ・・・と言いつつ、見るの怖いよぉ
予想外の合格から4日。 その間に東京でテレビ収録という一生に一度の体験をしてきたので、合格したことを実感する暇がありませんでした 本当にたくさんの方から、おめでとうメッセージをいただきました。 応援してくれる人がいること、一緒に喜んでくれる人がいること、 すごく幸せだなぁと思います。 ありがとうございます テレビの収録でも少し話したんだけど、 19歳でがんを患い、再々々発のリスクと後遺症を背負った私は、人一倍、周りの支えが必要です。 周りの人に頼らなきゃ、迷惑かけなきゃ生きられない自分を、かっこ悪い、情けない、と思うこともあります。 でも。 たくさんの人に支えてもらい、支えてくれる人に感謝しながら生きる生き方って、 それはそれで豊かで良い人生なのではないかと今は思います。 支えてもらう側の人と、支えてあげる周りの人を、あたたかくつないでくれるのは「感謝」だと思う。 がん患者の私は、今、家族に支えられ、仲間に支えられ、医療者に支えられ、理解ある職場に支えられ、生かされている。 患者本人が支えてもらっているという自覚と感謝の気持ちを忘れずにいることで、がん患者でも生きやすい環境が広がっていくんじゃないかな。 そう信じながら。 これから研修を受けてもっと勉強して、 これから先の方が大変そうだけど せっかくいただいた社会保険労務士試験合格を、世に有効に役立てられるように、地道に頑張ります
今日、奇跡が起こりました。 社会保険労務士試験に 合格しました 合格ラインが44点。 私の点数、44点。 まさかまさかの滑り込みです。 不合格だと思っていたので、 今朝9時半からHPにアップされている合格発表を、 夜になってから見ました。 自分の番号を見つけて絶句。 まだ信じられません。 まさか受かるつもりはなくて、夕食は手抜きのカレーでした。 感激で泣きながら食べました。 試験を受けるにあたって、本当にたくさんの人に応援してもらいました。 ありがとうございました。 興奮が落ち着いたら、これからどうするかゆっくり考えます。 そして、急きょ明日から東京に行って、あさってにテレビの収録たるものに参加することになりました(昨日決定) 詳しくは時期が来たらお知らせします。 うれしいこと、ありがたいことばかりだけど、いろんな事が起こりすぎてパニックです とにかく感謝の気持ちを忘れずに。 体調第一で。 行ってきます!!!
書くのを忘れていたけれど、2週間前の通院日、血液検査は異常なし そして今日は今月1回目の通院日。 実は月曜日の夜遅くから風邪症状が出始め、せっかくの祝日だった昨日は一日家で過ごす羽目に そして今日は午後から通院。 仕事に支障の無いように、ちょうど病院に行ける日程で上手に風邪を引きました 通院ついでに風邪を診てもらい、インフルエンザの疑いはないようで、風邪の薬を処方してもらいました。 今日結果の出た血液検査は異常なし。 少し前に撮ったCTも異常なしでした 再発防止の薬をさらに減らす方向になりました。 RFLのときに主治医と相方と3人で撮った写真を先生にあげたところ、とても喜んでくださいました。 そして「ジャージじゃなくてもっといい服着てけばよかった・・・」とつぶやいていました(笑) 先生がジャージで来てくれて、私はとても親しみやすくて嬉しかったですよ! あと1ヶ月半で3歳になれます。
今回のRFL中部ですごく嬉しかったことの一つは、主治医が来てくださったことでした。 RFL1日目。 夕方、OUTLETのテントで交流タイムを行っていたときのこと。 本部で待機していた実行委員のTさんから電話が来ました。 「ふみちゃん、Hさんという人が本部に来てるけど、こっち来れる?」 「Hさん??もしかしてH先生?!」 本部まで猛ダッシュして行くと、笑顔のH先生が待っていました。 H先生は、私が約3年前に入院していた頃、主治医の下の副主治医みたいな位置づけで私を担当していた若い女性医師。 ほんわかしていて優しいお姉さんみたいな先生です。 当時、私はなかなか主治医に馴染めず、主治医の方も20代のがん患者の扱いに慣れていなかったのか、うまくコミュニケーションが取れていませんでした。 H先生は特に用事が無くても通りすがりに私のベッドを覗きに来て話しかけてくれたので、私はH先生に疑問や不安などを気軽に話すことができました。 治療方針などの疑問については、 「これは私が答えられることじゃないから、N(主治医)先生に確認しておくね」 と正直に言ってくださったし、 ちょっとした不安や生活面での疑問などは親身になって聞いて考えてくださいました。 精神的にすごく支えてもらった大好きな先生です。 しかし、入院治療が終わって外来通院のみになると、H先生には会う事ができません。 入院しなくて済むのは嬉しいことだけど、H先生に会えなくなるのは寂しいものでした。 そんなH先生がRFLに来てくださいました。 私にとって先生の印象は病院の中で白衣を着た姿だったし、先生にとって私の印象は病室のベッドでパジャマを着た姿。 退院してから、徐々に体力が回復して、就職して、結婚して、RFLの実行委員をやって、こうして社会の中で生きている自分の姿を先生に見せる事ができて嬉しかったです。 先生も、いつもは退院した患者さんのその後の様子はわからないままだから、こうして元気になった姿を見られて嬉しいと言ってくださいました。 初めて大空の下で普通の服装で会って、一緒に歩いて、先生も私も同じ人間同士だなぁと感じました。 医者が特別な人間なわけでもなく、患者が特別な人間なわけでもなく、人間同士が助け、助けられているんだね。 H先生、来てくださって本当にありがとうございました☆ ![]() RFL2日目。 OUTLETのみんなと一緒にグランド歩いていたときのこと。 ジャージを来てマスクを付けた怪しげなおじさんに声を掛けられました。 誰かわからずきょとんとしていると、おじさんはマスクを外し・・・ 主治医の先生でした 相当びっくりしました。 主治医は、毎朝早く起きて出勤前に1時間くらい走っているそうです。 激務といわれる産婦人科医。 いつ急なお産があるかわからないし、婦人科がんの長時間にわたる手術もこなさなくてはなりません。 そんな激務をこなすため(先生はダイエットのためと言ってたけど)、日々体を鍛えているなんて。 こういう先生のおかげで産婦人科医療が成り立ち、助かる命があるんだなぁと感謝の気持ちでいっぱいになりました。 主治医は日課のジョギングも兼ねてRFLに来てくださったそうで、私も一緒に走ることにしました。 しかし・・・ 主治医について行くのに精一杯で、息がゼーゼー、とても話ができません 結局グランド半周で、「せんせ〜、無理です〜」と言って、一緒に歩いてもらいました。 ちょっとの時間だけど話しながら歩いている中で、 「いやーでも本当に元気になってくれて良かったよ。今だから言えるけど最初はどうしようかと思ったもん」 と先生の本音も聞けました。 それもそのはず、2度目の再発をしてよその病院からやってきて、標準治療の抗がん剤3種のうち1種は限界まで使い切り、1種はあとちょっとしか使えない状態だった私。 受け入れてもらっただけでも感謝しなくてはいけません。 感謝ついでに、先生が定年退職するまでは診てもらうよう予約をしておきました 普段の外来診察ではゆっくり話す時間もないし、私よりPCの画面の数字を見ている時間の方が長いけれど、こうして先生と本音トークができて、 本当は先生も私のことを一人の人間として考えてくださっていることが感じられたし、 私も先生のことを人として尊敬できるようになりました。 忙しい中来てくださり、ありがとうございました☆ ![]() 私は本当に良い先生に恵まれたと思います。 これからも感謝の気持ちを忘れずに、病気とも先生とも仲良く付き合って行きたいです。 |一覧|Copyright (c) 1997-2009 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.
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