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霊性日記 [全1371件]
55歳になる男がこういう事を真正面から取り上げるのはちょっと気恥ずかしいのですが、「愛する幸せ」と「愛される幸せ」というものがあるように思います。 これもバランスが大切で「愛する幸せ」も「愛される幸せ」も両方均等に満たされていればとても良いことなのですが、なかなかそうはならないのが人の営みというものかもしれません。 愛する幸せにばかりかまけている人は忙しくて疲れやすいかもしれません。でも充実感はあると思います。 愛される幸せのみを感じている人は少し空虚な心になっているかもしれませんね。 外国の方はこの両方の幸せを追い求めることにとても敏感なような気がします。日本人はどちらかに偏っていても平気な人たちが多いような気がします。 ちょっと変なまとめ方かもしれませんが、今の「人」という種にとって大切なのは「自然」や「環境」というものについての愛する幸せと愛される幸せを求めていくことなのかもしれません。
今日は写真の日だそうです。初めてカメラを持って撮影に行ったのは、父の古いカメラを借りて父のバイクを借りて内灘砂丘でした。 そこには古い弾薬庫がコンクリートで作られて残っていて、確か五木寛之さんの「内灘夫人」という小説の中にも出てくる場所でした。 その古いカメラで感じるままに撮影して現像に出して仕上がってきたプリントを見た時には感動したものです。 写真やカメラは叔父が写真館を経営していましたから、幼いころから身近にあったものです。それでも現在のようにデジカメや携帯のカメラがこれほど普及して誰もがそういうツールを普通に持つ時代が来るとは想像できませんでした。 写真は一つの芸術だと思っていますが、今の時代では写真芸術は相当難しいものになっているような気がします。
当院へ来られる方が時々もやもやしておられることがあります。それは自分の不調の原因についてお医者さんが決してはっきりした原因の解明をしてくれないということです。 「ただの風邪ですよ。」とか「お薬出しておきます。」とかそれだけで済まされてしまって、自分自身が今どういう状況でこういう痛みや不調に陥っているのか、しっかり説明が聞けない、そうしたら次にはどうしたらいいのかわからないという「もやもや」です。 私達民間施療家は「医師法」に縛られていますから、決して「診断」を下してはいけないことになっています。でも、そのお医者さんたちがきちんと診断をしてくれないとなると患者さんはどうしたらいいのかわからなくなるのだろうと思います。 私は東洋医学と氣の状態を細かく深く見て、推測にすぎないと断りつつ、しっかりとこういう状態なのではないかなというお話はさせていただきます。自分の身体のこういう働きが弱っているということはご自分が一番よくわかっているものですが、それでも経絡名で説明して、こういうものが身体わ弱らせているかもしれないというのは説明されると心当たりがよくあるようです。 もちろん、不確かな説明をするしかないような場合には即お医者さんに行って精密検査をしてくださるように薦めています。何よりもお客様の健康が第一ですものね。
彼女は若くて綺麗な美人さんですが、表情は無く何だか投げやりな雰囲気をまとって施療ベッドの上に乗りました。 氣視を始めると何だか「黒い炎」のようなものが視えて、彼女の苦痛と覚悟が伝わってきました。 彼女の魂の前世は煉獄の番人。煉獄というのは地獄の中でも上のほうに位置していて、魂の救済のために罪人が修行というか自らに苦痛を与えている世界です。彼女はそこの番人をしていました。 彼女の魂は「許されざる者」です。決して神様から許されることがないことが決定しています。だからこそその魂は「自由」であるとも言えます。自分自身の中に深い絶望を抱えながら陽気に楽しくふるまうことが出来る強い覚悟を持って生きて成長していく定めを持っています。 彼女はお母様といっしょに来られました。お母様は「許されし者」です。神様から絶対的な「許し」を得ているのですが、それ故に自分は許されていないと感じることが強くあり、自分を厳しく攻め苛む運命を持っています。 娘である彼女は母親である「許されし者」を監視する役目を持って生まれてきたようでした。 ここまでお二人に氣視の内容をお話ししていくと娘さんがすごく笑うようになりました。彼女は前世での存在からもわかるようにスピリチュアル的にとても強い力を持っています。自分のこともお母様のことも私から言われなくてもよく解っていたようです。自分と母親のことを解ってくれて、正確に表現してくれるから嬉しくなったようです。 彼女の魂はその中に深い絶望を抱えています。それでも何かを為さねばならないという宿命観はあり、何かを為さねばと焦っておられたようです。それにしても周りの理解は得られないから孤立感はひどかったのだろうと思います。お母様に正確に自分のことを話してくれたので安心したのかもしれません。 彼女の辛かった精神生活が少しでも明るい方向へ向いて行ってくれればと願います。強い子だから大丈夫だと信じます。
早朝から黒雲が広がり雷鳴が轟き、稲光が走り、激しい雨が一時降りました。そして少し経つと晴れてしまいました。 雷鳴も何だかおかしな今まで聞いたことが無いような音でした。 これは今日来院されるお客様の中に誰か神様に呼ばれている方がいるんだろうなぁと思っていたら、案の定そういう方がおられました。 一緒に来られたお友達の前世が砲術を生業とされていた武士だったので、雷鳴の特殊なのもその音だったのだなと判明しました。 禊の雨と晴れて迎えるというのは神様系のお知らせの定番なのだと段々わかってきました。しかも男性の方を呼ぶときに多いようです。
東京に住んでおられる方ごめんなさい。テレビで久米宏氏の番組があって「東京」の変化を取り上げていました。地方出身者が東京に憧れる割合が近年減少しているというお話。 地方に住んでいる若者も高速バスで日帰りで気軽に遊びには来るけれど、住みたいとは思っていない。「上京」という言葉はもう死語になってしまっているというお話。 東京の若い女性に自画像を描いてもらうと半数以上が笑顔ではなくて無表情。そして鹿児島の若い女性に同じことをしてもらうと半数以上が笑顔の自画像になったというお話。 私も学生時代に東京を経験していましたが、その感想は「遊びには最適の町だけれど、住む所じゃないなぁ・・」というものでした。刺激はたくさんあるし、何かを成し遂げるにはいい場所だと思いましたが、人が住んで癒される場所ではないなぁというのが感想でした。 大学卒業と同時に故郷に帰りましたが、金沢に深い愛着を感じています。ネットの発達によって東京の重要度は少しずつ下がっているのかもしれません。 江戸文化が好きなので見学には訪れてみたいとは思っていますが、きっと住みたいか?と聞かれれば結構ですと答えてしまうかもしれません。
観音様とうさぎは何がしかのご縁がある関係らしいです。何故うさぎなのかはわかりません。自然界の中ではとても弱い立場の動物なのですが、月と関係があったり、雪と関係があったり「花鳥風月」と縁が深い、人の情緒と結びついている野生動物なのかもしれません。 観音様の使い番としてうさぎがいるらしいです。氣視している中にそういう意味のメッセージが入っていました。 観音様は人をお救いになってくださるとてもありがたい仏様ですが、その化身がうさぎであるということは何かとても深い意味があるような気もします。 とりあえずは長い耳で人の苦しみや悩みをひとつ残らず聞いてくださっているのかもしれません。 |一覧|おすすめアイテム |