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社長・出路のコラム [全41件]
こんなふうに今までやってきた方法や 例えば長年、 要するに、 ある意味で、 でも成長には変わることだけではなく、 以前のコラムなんかでも書かせていただいた例え話ですが、 要するに成長には日々コツコツする成長と、 今の私たちにとっては 本当は、人はみな失敗が怖いのではなく変わることが怖いのだと思うのです。 気が付くと最後は難しいことを語ってますが、 でもよーく考えてみると、 問題は「変わっていける!」って思えているかどうかであって、 最後に一言... 自分が起こっている出来事からチャレンジされてることに気付き、 なんか最後はカッコいいこと語っちゃいましたけど...
前号のコラムでは「受け入れるはすべてのはじまり」というタイトルで、 人は誰でも新しい一歩を踏み出す時には、 例えば、命にかかわるような危険なことに平気でチャレンジしたり、 でもやっぱり人は 成長といっても人生の一大事みたいなことばかりではなく、 そして、どんな些細なことをはじめるにも多少の勇気は必要だと思うのです。 皆さんは、 どんなことでも何度も何度も失敗や成功を繰り返しながら こんなことを書くと 要するに絶対に成功できるって(失敗しないという)自信さえあれば、 しかし、世の中には絶対に成功するという確証があることなどないし、 ではどうしたらそんな自信を持つことができるのでしょうか????? でも、例え失敗しても「なんとかできる」というふうにいつも考えています。 それを一言で言うなら でもなんとなくですが「なんとかなる」…いや「なんとかしたる!」って感じです。 それは例え、何度失敗しても しかし、一つだけ言えることは、 でもよーく考えてみると、 だから本当は成長していけるから自信を持てるのではなく… 分かりやすく言うと、 後編に続く!
その逆で、 そういった時に行動を起こさずに 考えてしまうことが問題なのです。 そんな時は 「どうしてこうなったんだ」とか 「自分のせいじゃない」とか 「あいつが悪いんだ」とか 「人からどんなふうに思われるだろう」なんてことを ついつい考え込んでしまうと思いませんか? しかし、これらはいくら考えたところで これら起こった出来事に良いとか悪いとか、 こんなふうに辛く苦しく悲しい気持ちを ちょっとヤケクソぎみな言い方をするならば 辛ければ辛いほど だから「ウダウダ考えたところでしゃーないし!」ってな感じで こうすることで少なくとも一時的にはウダウダと 何度も言いますが問題はウダウダ考えてばかりで だから、ウダウダ考えずに 私はイライラ、モヤモヤ、クヨクヨが消えないまま でも辛く、苦しく、悔しく、悲しい気持ちを抱えたままで 「起こってしまったことをウダウダ考えたところでしゃーないし!」 もっと極端に言えば この「どう思われてもいいや」や またどうなってもいいや! 私は人からの評価や結果なんてどうでもいいと言っているのではありません。 しかし評価や結果ばかり気にするから考えなくても 大切なことは 「開き直る」でも こんなふうに偉そうなことを語っている私ですが、 しかしそんなふうになっている自分に気付いたら、 時には一瞬で開き直れることもあります、 しかし考え込んでいるだけで 正直に言うと、 次号のコラムでは、「自信とは変われること!」というタイトルで あまり難しいことを考えずに"元気に 明るく ちょっとアホ!"に
ヒューマンフォーラムの自由闊達なる皆さーん!お楽しみさまでーす! やっぱり今年もGWNはサイコーでしたね! 今年のGWNのテーマはDon‘t think AHO!(考えるな!アホになれ!)でした。 やっぱり私たちヒューマンフォーラムの素晴らしき仲間には この新聞が発刊されているころにはクリスマスも終わり、 新年・お正月と言えば私たち商売人にとって最も大切な時期ですね!
しかも私なりの自分勝手で、 よく世間では、
私が感じている「受け入れる」とは、 要するに、受け入れるってことは、 私から言わせていただくと、 また時間が経つことで薄れて気にならなくなることも 私なりの「受け入れる」をもう少し簡単にご説明しますと、 もっと簡単に言うと、
また次に「反省」よりも「気付き」の方が結果的にも大きなインパクトを生むことについて 触れておきます。わかりやすく言うと「反省」から生まれた対処よりも、「気付き」から生ま れたアイデアの方が評判が良かったり、売り上げが上がったり、みんなが楽しかったりす るってことです。しかもちょっとくらい、良かったり楽しいのではなく、ムチャクチャ良かった り、楽しい結果につながると私は感じています。 なぜ反省からは、あまり大きなインパクトが生じないかと言いますと、反省とは目の前に ある現状(問題)を自分の経験や、今までの世間的な常識といった過去のデータと、照ら し合わせた範囲内で考え分析しているからです。厳密には目の前にある状況すら分析し ていると、過去となり反省は全て、過去に基づいて行われているのです。それに引き換え 「気付き」は過去に関係なく、たった今、何かを感じたことから生まれるのでアイデアの面 白さや楽しさや大きさに規制がないのです。 まさに始めに書いたとおり、「気付き」とは新しい発見であって「反省」とは過去の分析な のです。過去の分析と新しい発見だと、どちらのほうがインパクトが大きいかは明白です よね。 また先ほどの事例を使って説明すると前者の反省から生まれるのは、おそらく以前より も良い売り場であって、後者の気付きから生まれるのは、とんでもなく斬新な売り場でしょ う。後者の売り場をもっとわかりやすく表現するなら「なんじゃコレー!」って感じだと思いま す。要するに「反省」からは改善が生まれ、「気付き」からは創造が生まれるのです。改善 も非常に大切なことですが、創造に比べるとインパクトが弱い気がしますよね。 次にどうすれば「気付き」を増やすことができるかについて、私が感じていることを書か せていただきます。まず私が感じているのは、気付きのほとんどは、感じることから生まれ るのではないかということです。だから、考えても考えても「気付き」は生まれにくいってこと です。 そうすると、どうすれば多くを「感じる」ことができるかってことが、多くの「気付き」を得ら れるかってことにつながると思うのです。 では、どうすれば多くを感じ多くの気付きを得ることができるのでしょうか?その答えは「 動いてなんぼ」というのが私の感じているところです。ウダウダ頭で考えて分析しているよ りも、まずは動いてみろってことです。しかも心がけていつもと違う行動(言動)をとるのが いいと思います。 私が感じ気付くために心がけているのは、普段やらないことをやり、言わないことを言い 、行かないところに行く、ということです。いつも行っている仕事に行かないなんてのはダメ ですよ。(笑) 例えば、いつも自転車で出社しているけど歩いて行ってみるとか、いつも夜はコンビニ弁 当だけど自炊してみるとか、いつも帰ってテレビを見るけど本を読んでみるとか、いつもレ ンタルDVDの映画を家で観ているけど、映画館で映画を観てみるとか、いつもラーメン屋 ばかり行っているけどイタリア料理を食べに行くとか、いつも休みはショッピングに出かけ るけどアウトドアをしてみるとか、もっと簡単なことで例えると、いつも職場で部下に偉そう な接し方をしていたのを笑顔で優しく自分から声をかけてみるなんてことでもいいのです。 何でもいいので自分の行動(言動)を変えてみてください。そして小さなことでいいので、い つも新しいことにチャレンジしてください。きっと今まで感じなかったことを感じることができ ると思います。行動(言動)を少しくらい変えたからといってすぐに多くを感じるようになるこ とはないかもしれません。 しかし続けていると何かを感じ始めます、何かに気付き始めます。そこで多くを感じ気付 くためのポイントを紹介しておきます。 それは難しいことを考えずにその場その場を楽しむことです。しかし新しいことにチャレ ンジしていると結果的には、楽しくなかったり、美味しくなかったり、邪魔くさかったり、上手 くいかないことも多々あるでしょう。でもそんな結果ではなく、行動を変えるということそのも のを楽しんでほしいのです。 まさに“新しい発見=気付き”を求める冒険の旅を楽しむように!新しい発見を求める冒 険なんて言うと何かとんでもなく難しいことのようですが、まずは日々の生活や仕事や、対 人関係の中で行動に変化を加えるだけでいいのです。はじめは何も感じないかもしれま せんが、続けているときっと何か感じはじめ、そしてワクワクする気付きが生まれると私は 実感しています。 なんか最後は無理矢理にまとめたって感じですが、一生懸命に考えて「反省」し改善す ることも、新しいチャレンジを楽しんで「気付き」創造することも、生きていく上で非常に大切 なことだと思います。しかし一生懸命に考えて分析して反省しても、前に進まないって感じ た時は、まずは動いてみてください。きっと何かを感じることでしょう。そして、何かに気付 くことでしょう。何もやらずに、どこにも動かずに、考えていても、何も感じないし、何も気付 かないし、いいアイデアも浮かばないし、やる気やエネルギーも湧いてこないし、まして楽 しくもないことでしょう。 これからも、ヒューマンフォーラムの自由闊達なる皆さんと一緒に、新しい発見(気付き) を求める冒険の旅を続けられることが楽しみです。そして共に感じ、気付き「なんじゃコレ ー」ってお店や会社を創造していきましょう。 ありがとうございます!
ヒューマンフォーラムの自由闊達で素晴らしき仲間のみなさんへ、お楽しみ様で~す! もうすぐ待ちに待った「GWN」ですね。楽しみですね~!皆さん、出し物の方はもう準備 オッケーでしょうか?私たち幹部やおてっ隊も、皆さんに楽しんでもらえるように、いろい ろネタを仕込んでいますので楽しみにしておいてください。こんなふうに集まって、みんな で盛り上がることができるのも、いつもみんながガンバッてくれるおかげだと心から感謝し ています!本当にありがとうございます! さてそれでは、この辺りでコラムに移らせていただくことにします。 今回は最近つくづく感じていることについて書きます。それは「反省」と「気付き」の違いに ついてです。 「反省」と「気付き」は、全く違うことのようですが、その後の行動や態度が変わるという点 を見ると似ています。例えば「彼はすごく反省していたので態度がガラッと変わった」と「彼 はスゴイ気付きと共に、行動が変わった」といった具合に、どちらもその後の行動や態度 に変化が起こります。 ここで私が「反省」と「気付き」の違いについてどのように感じているかを説明させていただ きます。 「反省」は何らかの問題点について頭で考えて出た結論に、納得することで生まれるも のだと思います。それに引き換え「気付き」とは何らか問題に対して生まれるのではなく、 突然、何かを「ハッ」と感じて新しい発見をすることだと思います。 もう少し詳しく「反省」と「気付き」に対する私の感覚を説明すると、「反省」とは、過去の 経験や世の中の常識と目の前の問題を照らし合わせて、何が間違っているのかを頭でし っかり考え分析して、その理由や原因について理解し、納得した状態だと感じています。「 気付き」は、目の前にある状況に捉われることなく、まして過去の経験や世の中の常識な んかに捉われることなく、突然どこかから浮かんでくる新しいアイデアみたいなものです。 一言でまとめると、「反省」は考えるもので、「気付き」は感じるものって感じです。考える ことも感じることも、人が生きていく上で非常に大切なことだと思います。しかし人は考えて 行動するよりも感じて行動する方がやる気やエネルギーが湧くのではないでしょうか? 例えばあなたが洋服屋をやっていたとします。あまり売上が良くないので一生懸命に問 題点を分析して「内装やディスプレーが良くない」という結論になったとします。 するとまた、一生懸命に分析して良い内装やディスプレーを考えてお店をカッコよくするこ とでしょう。 次に同じくあなたが洋服屋をしているのですが、休みの日に人気のあるカフェに行ってみ たとします。するとそのカフェの内装が緑でいっぱいの森の中のようで、すごくカッコよくて 気持ちいいなって感じたとします。その時にハッと「これは自分の店にも使えるぞ」って気 付いて、自分の店も緑でいっぱいの森の中のような、気持ち良くてカッコいい洋服屋にし たとします。 この二つの例えは、どちらもお店の内装をカッコよくする事例です。しかし前者と後者では 何となく違ったイメージを受けますよね?実は、この事例の前者が「反省」で、後者が「気 付き」ってことになります。前者はどことなく努力しているというか?一言で言うとあまり楽 しそうじゃないですよね!それに引き替え後者は、なんとなくやる気満々でワクワク楽しそ うなイメージが湧いてきますよね!それどころか後者は、早くお店を変えたくて仕方がない って感じで植木を選んだりディスプレーを考えているだけで楽しくてたまらないだろうし、多 少の残業や苦労も気にならない程、やる気満々だと思うのです。 この二つの事例から人は考えて(反省して)行動するよりも、感じて(気付いて)行動する方 が楽しいし、やる気やエネルギーが湧くということも何となく感じていただけたことでしょ う? ここで誤解のないように言っておきますが、私はけっして反省は良くないと言っている訳で はないのです。反省をせずに生きていたら、絶対に世の中は渡っていけないし、きっと人 に迷惑をかける嫌われ者になることでしょう。だから、いろいろと起こる問題に対して、しっ かり分析し反省して問題に対処していくことは非常に重要なことです。しかし、そこにはあ まりやる気やエネルギーが発生しないってことも、事実です。やっぱり心にグッと感じて、 ハッと気付いて、気がついたらパッと行動しちゃってたって方が楽しそうだし、やる気やエ ネルギーも湧いてくるって感じでしょ!(グッとか、ハッとか、パッとかばかりでスミマセ ン) まさにこれこそ「感動=感じて動く」だと思いませんか? また感動だけではなく感激も、感謝も、感じて動くことには、全てエネルギーがあると思 いませんか?何度も言いますが、考えることも反省することもけっして悪いことだと言って いるのではありません。しかし、あえて一言つけ加えると、反省をすることで自分を責めて しまい、暗くなったり、やる気がなくなったりしているようではマイナスだと思うのです。 本来は反省することと、自分を責めることは何の関係もなく、自分のことを責めている暇 があったら、とっとと問題解決のために、頭を使い対処した方がいいに決まっています。( 偉そうなことを言っていますが私自身、反省しているとすぐに暗くなって落ち込んでしまう からこそ、いかにマイナスか分かるのです)考えて反省することも、感じて気付くことも大切 なのですが、要するに感じて気付いた時に生まれる行動には、考えて反省した時に生ま れる行動よりも、やる気やエネルギーが湧きあふれているって言いたいのです。
それでは「全て自分から!」を例え話にて使ってわかりやすく説明します。 仮にあなたが上司から「もっとちゃんと接客しろ!」と注意されたとしましょう。 そんな時、あなたはどんな気持ちで接客しますか? 1.もっと上手に接客できるようになって上司に認められようと思いますか? 2.本当は嫌だな!と思いながらも叱られたから仕方なく接客しますか? 3.接客したら給料も上るかも?って思いながら接客しますか? 4.接客を上手くなって実力をつけて出世したいと思いますか? 5.人を喜ばせるのが上手なヒューマンフォーラムのみなさんなら きっと「お客さんに喜んでもらいたいから!」なんて 素晴しい答えをした人も多いでしょうね。 まあ人それぞれ違うと思いますが、だいたいこんな感じなのではないでしょうか? 別にどんな思いで接客しようが、ちゃんと接客できていれば何の問題もありません。 しかしどんな思いで接客しているかで「楽しさ」や「結果」までもが変わってくるのです。 それでは先ほどの例え話一つ一つがどんな思いで接客したか見て分析してみましょう。 1.は、上司に認められたいという気持ち=上司のためですよね。 2.は、上司に叱られたくないから=怖いから、叱られたくないからですね。 3.は、そのまんま給料のためですよね。 4.は、実力をつけたいからというと自分のためのようですが、 そうではなく本当は出世のためと言えると思います。 5.は、本当に素晴らしい考え方でお客さんのためですよね。 さて1.から5.まで、みなさんはどんな思いで接客しますか? また1.とか5.が正しいと感じた人も多いのではないでしょうか? たしかに1.とか5.といった思いで接客することは素晴らしいと思います。 しかしこれら全てよりもっともっと楽しくて結果にも つながる思い(考え方)が「全て自分から!」なんです。 では「全て自分から!」とはいったいどんな思いで接客するのかを説明します。 上司に叱られたからには接客しなくてはいけないのは当たり前です。 そして叱られるということは自分があまり接客できていない ということは事実だと思うのです。 だからまずは自分がしっかりと接客できていないということを認めること、 そして自分はもっと接客をしなくてはいけないということを 受け入れることが何よりの前提です。 これができないと何もかもはじまりませんよ! そして次にいよいよ「全て自分から!」を使うのです。 上司のためとか、お店のためとか、売り上げのためとか、 お客さんのためとか、出世や給料アップのためとかではなく 、自分のために接客するのが「全て自分から!」のキーポイントです。 自分のためというと何か悪いイメージを持った人もいるでしょうね? そこで少し考えてほしいのですが、上司やお店やお客さんのためとか 言いながら無理してやっていては楽しくないのではないでしょうか? 接客しなければいけないというのは絶対的な事実(現実)であり、 どっちみち接客するなら自ら楽しんだ方がいいよって感じです。 それは厳密には自分のためと言うよりも、 目の前にある接客というゲームをいかに楽しむかって感じです。 こんなふうにゲーム感覚で考えると接客した結果として求められる成果は明確ですよね。 お客さんに商品を買ってもらえたか?とか、 仮に買っていただけなくても喜んでいただけたか?なんてのが成果ですよね。 こんなふうに自分から接客というゲームを楽しめるようになると、 工夫したり、学んだり、チャレンジすることをはじめるのではないでしょうか? 結果的には上手くいくことも失敗することもあるでしょう。 しかしこんなふうに自分から接客を楽しんでいる 部下を上司はどう評価するでしょうか? きっと良い評価をするでしょうし間違いなく 大好きになってくれることでしょう。 またお客さんだってこんな店員さんのこと 大好きになるし喜んでくれるし、結果的に 買っていただけることにつながると思うのです。 また当然ですが本人の実力もアップするし、評価がアップ するということはきっと出世や昇給にもつながるでしょう。 またこんなふうに仕事をしていると叱られることは少ないだろうし、 仮に叱られることがあっても、すぐに受け入れて楽しんじゃえばいいのです。 そして何といっても「全て自分から!」で動いていると疲れないのです。 誰でも仕事は疲れるもんだと思っているのが普通だと思うのですが 本当は嫌なことをしてると思うから疲れるのではないかと私は感じています。 人は誰でも好きなことをしている時はなかなか疲れませんよね。 このように「全て自分から!」の原則を使って自ら進んで 接客や仕事をしていると多くのメリットがあるのです。 上司からの評価があがる、上司から好かれる(=自分も上司が大好きになる)、 お客さんにも好かれる、成果が上がる、実力がつく、出世する、 昇給する、仕事が楽しくなる(仕事が大好きになる)、疲れなくなるなどなど… また「全て自分から!」の原則は、本当に全てに通用するのです。 例えば今度は先ほどの話で登場した上司の立場で考えてみましょう。 「ちゃんと接客しろ!」と叱るのもいいですが、 「全て自分から!」の原則を使うならこうなります。 まずは自分が一番、接客を楽しむことなのです。 上司が工夫し、学び、チャレンジし接客を楽しんでいる姿を見た部下は、 きっと「楽しそう!僕もそうなりたい」って感じることでしょう。 また仮に叱らなければならないとしても 「全て自分から!」の原則で叱ることが大切になってくるのです。 部下のため、業績のため、お客さんのためといった理由は、 全て大切なことなのですが何より大切なのは自分の思いなのです。 もしその上司が本気で仕事を楽しんでいるなら、 接客にしても、売り場つくりにても、仕入れにしても、部下教育にしても、 徹底的に考えて工夫して学んでチャレンジしていると思うのです。 そういった自分の仕事に対する熱い思いを理由に部下を叱ることが 「全て自分から!」の原則を使った叱り方なのだと思います。 最高の接客、売り場、品揃え、店にしたいという思いを持って 仕事を本気で楽しんでいるからこそ本気で叱れるのだと思うのです。 逆に自分が本気で仕事を楽しんでいないのに叱るということは、 部下のため、会社のため、業績のため、出世のために無理をして、 叱らなければいけないから叱ってるってことですよね。 こうなると叱るということのパワーが大きくダウンしてしまうのです。 ダウンどころか逆に嫌がられたりして逆効果になることもあるでしょう。 このように「全て自分から!」の原則は仕事全般に通用するのです。 上司がどんな仕事でもどっちみちやるんだったらと受け入れて、 自ら進んで楽しんでいるなら部下はきっと仕事を楽しみはじめるのです。 自分も部下も仕事を楽しみ徹底的に工夫しチャレンジしはじめると 結果的に部下のためにも、お店や会社のためにも、自分や部下の昇給や出世にも、 そして部下や自分の成長や幸せにもつながるのだと思います。 この「全て自分から!」の原則は仕事だけではなく 人生の全てにおいて使える原則です。 例えばあなたが友達と一緒に住んでいたとします。 その友人があまり掃除好きじゃなくていつも部屋を汚くしたとします。 あまりに汚くて見かねたあなたは大掃除をしたとします。 そこに帰ってきた友達が「あれキレイにしてくれたんだ」くらいの軽い反応だけだと、 きっとあなたは腹が立つことでしょう。 でもこの時に腹が立つのは「全て自分から!」の原則を使ってないからです。 「全て自分から!」の原則を使っていたならこうなるのです。 あなたが家に帰ったら部屋があまりに汚かったので、 汚い部屋にいると気分が悪いから“自分のためにただ掃除をする”それだけです。 そこに友達のためにしてやってるという気持ちがあるから腹が立つのです。 実はこの「~してやってる」というのが問題なのです。 もう一つ皆さんに理解しやすい例で説明してみましょう。 例えばあなたに付き合って長い彼女がいたとします。 大好きだけど付き合った当時に比べるとドキドキ感はなくなっていたとします。 そんな彼女と休日にデートする時なんかに 「彼女の好きなショッピングに付き合ってっやってる」とか、 「仕事がむっちゃ忙しいけど休んでデートしてやってる」なんて 思いながら過ごした覚えはないでしょうか? こんなふうな思いで過ごすデートはきっと楽しくなかったでしょう? それは彼女のほうも同じで、そんな気持ちでデートされても楽しくないでしょう。 こんな時「全て自分から!」の原則を使うならこうなります。 「どっちみちデートするなら徹底的に楽しむぞ~」となるのです。 でも本当はデートに行く前に自分から彼女と一緒に何々がしたい、 どこどこに行きたいという思いがない時点で「全て自分から!」の 原則的にはアウトですよね! この二つの例で言いたいことは「~してやってる」はダメだってことです。 「~してやってる」というのは自分のためではなく、 友達のため、彼女のために無理してやっているということなのです。 結局「~のために」ではなく「自分のために」ってことになるのですが、 厳密には「自分のために」というのは間違っている気がします。 あえて「全て自分から!」の原則を定義するなら 目の前にあることを受け入れて楽しむってことになると思います。 例えば毎朝の歯磨き一つをとってみても、朝寝坊して遅刻しそうな時に 「あ~時間がない、歯磨きしなあかん」と思って嫌々するのではなく、 「よ~し今日もピカピカに磨くぞ」と思って磨いたほうがいいってことです。 このほうが楽しいし、きっと歯もピカピカになって虫歯ができず、 結果的に自分のためにもつながるのです。 最後にまとめると例えどんなことでも「全て自分から!」という 積極的な姿勢で取り組むことが大切だってことです。 そして「全て自分から!」の原則を使っていると 何より自分も周りの人も楽しくなるってことです。 楽しくなるってことは結果的にみんな幸せになるし 、仕事などの成長や成果にもつながるのだと思います。 それでは最後に「全て自分から!」の原則を使うために 覚えておくといいキーワードを書いておきます。 「たとえどのような状況であったとしても あたかもそれを自分自身が選んだかのごとく楽しむ」 なかなか難しいことだと思います。 偉そうなこと語っている私もこんなふうに全てを受け入れ楽しめません。 また気がついたら「~ためにやってやってる」なんて 思いになってることがしょっちゅうです。 でもいつか「全て自分から!」という思いで生きられるように 全てのことをあたかも自分自身が選んだかのごとく受け入れ 楽しんでいける人になれるように心がけています。 「全て自分から!」というのは2009年度ヒューマンフォーラムの 方向性である「自由闊達なる一人一人」において非常に重要な考え方です。 自由闊達なる一人一人は「全て自分から!」、 自分自身が楽しむことからしかはじまらないのです! ありがとうございます! |一覧| |