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May 14, 2012楽天プロフィール Add to Google XML

大和物語 第百五十一段

【本文】同じ帝、立田川の紅葉いとおもしろきを御覧じける日、人麿、

 立田川 紅葉ばながる 神なびの みむろの山に しぐれふるらし

 帝、

 立田川 紅葉みだれて ながるめり わたらば錦 中や絶えなむ

とぞあそばしたりける。

【注】
・立田川=奈良県竜田付近を流れる川。紅葉の名所。
・御覧ず=ごらんになる。
・人麿=柿本人麻呂。
・みむろの山=三室山。「みむろ」は、神が天から降って宿る場所。
・錦=金糸や銀糸など五色の糸で美しい模様を織りだした厚手の絹織物。転じて、色とりどりの美しいもののたとえ。
・しぐれ=秋の終わりから冬の初めにかけて、降ったりやんだりする冷たい雨。

【訳】同じミカドが、竜田川の紅葉が非常にみごとなのをご覧あそばされた日に、

柿本人麻呂が作った歌、

 竜田川に 紅葉が流れているよ ああやって、木々の葉が色づいたところをみると、上流の神が降臨なさるという三室山には 時雨が降ったらしく思われる。

ミカドがお作りになった歌、

 竜田川 色とりどりに紅葉した葉が入り乱れて流れているように見える もしも、あの川を渡ったら、せっかくのニシキが中央で裁断されてしまうだろうか。





Last updated May 14, 2012 09:16:08 AM
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May 13, 2012

大和物語 第百五十段

【本文】昔、ならの帝につかうまつる采女ありけり。顏容貌いみじうきよらにて、人々よばひ、殿上人などもよばひけれど、あはざりけり。
【注】
・ならの帝=奈良に都があったころの天皇。文武天皇のこととも聖武天皇のこととも平城天皇のことともいう。
・采女=地方の豪族の子女で、後宮にはいって天皇の食事の世話をする女官。
・よばぶ=言い寄る。求婚する。
【訳】むかし、奈良時代の天皇にお仕えするウネメがいたとさ。顔立ちが非常に上品で美しく、男たちが求婚し、テンジョウビトなども求婚したが、結婚しなかったとさ。

【本文】そのあはぬ心は、帝をかぎりなくめでたき物になむ思たてまつりける。
【訳】その、結婚しなかった真意は、ミカドのことを、このうえなくすばらしいおかただと、お思いもうしあげていたからだったとさ。

【本文】帝召してけり。さて後又も召さざりければ、かぎりなく心憂しとおもひけり。夜昼心にかかりておぼえ給つつ、恋しくわびしうおぼえ給ひけり。
【訳】あるときミカドがお召しになったんだとさ。そうして、そののちは二度とお召しにならなかったので、ウネメはこのうえなくつらいと思っていたとさ。夜も昼も、ミカドのことが気にかかっておいでで、恋しくもつらくも感じていらっしゃったとさ。

【本文】帝はめししかど、ことともおぼさず。さすがにつねにはみえたてまつる。なほ世に経まじき心ちしければ、夜みそかに猿沢の池に身を投げてけり。
【注】
・猿沢の池=奈良市にある池の名。
【訳】ミカドは一度は彼女をお召しになったが、とくに何ともお思いにならなかった。そうはいっても、職務上、ふだん姿をお見せもうしあげていたとさ。そうはいうものの、彼女は「もうこのまま生きているわけにはいかない」という気がしたので、夜分こっそり宮中を抜け出して、猿沢の池に身を投げてしまったとさ。

【本文】かく投げつとも帝はえしろしめさざりけるを、ことのついでありて人の奏しければ、きこしめしてけり。いといたうあはれがり給て、池のほとりにおほみゆきしたまひて、人々に歌よませ給ふ。
【注】
・しろしめす=お知りになる。
・奏す=天皇に申し上げる。
【訳】こんなふうに彼女が身投げしたともミカドはご存知なかったが、なにかの機会に、ある人がお知らせしたので、ミカドがお聞き及びになった。ミカドは非常に気の毒がりなさって、池のほとりにお出かけになって、人々に哀悼の歌をおつくらせになったとさ。

【本文】柿本の人麿、

わぎもこの ねくたれ髪を 猿沢の 池の玉藻と みるぞかなしき

とよめる時に、帝、

猿沢の 池もつらしな 吾妹子が たまもかづかば 水ぞひなまし

とよみたまひけり。さてこの池には、墓せさせ給てなむ帰らせおはしましけるとなむ。

【訳】柿本人麻呂が作った歌、

わが最愛の人の 寝乱れた髪を 猿沢の 池に生える美しい藻かと 思って見るのが悲しい。

と作ったときに、ミカドがお作りになった歌

猿沢の 池も冷酷だなあ わが最愛の人が 美しい藻をかづくように もしも頭から飛び込んだなら水が干上がればよかったのに。そうすれば彼女は溺死せずにすんだであろうに。

とお作りになったとさ。そうして、この池のほとりに、彼女の墓地をお造らせになって宮中にお帰りになったとさ。


Last updated May 13, 2012 4:05:28 PM
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October 30, 2011

大和物語 百四十九段  (1)

【本文】昔大和の国葛城の郡にすむ男女ありけり。この女かほ容貌いときよらなり。としごろおもひかはしてすむに、この女いとわろくなりにければ、思ひわづらひて、かぎりなくおもひながら妻をまうけてけり。
【訳】昔、大和の国の葛城の郡に暮らす男女がいたとさ。この女は、顔立ちも姿もとても清楚で美しかった。長年相思相愛で暮らしていたが、この女の経済状態が悪化してしまったので、思い悩んで、この上なく愛しいとは思いながらも男は別に妻をもうけてしまったとさ。

【本文】このいまのめは富みたる女になむありける。ことにおもはねど、行けばいみじういたはり、身の装束もいときよらにせさせけり。かくにぎははしきところにならひて、きたれば、この女いとわろげにてゐて、かくほかに歩けどさらに妬げにもみえずなどあれば、いとあはれとおもひけり。心ちにはかぎりなく妬く心憂しとおもふを忍ぶるになむありける。留まりなむと思ふ夜も、なを「往ね」といひければ、わがかく歩きするを妬まで、異業するにやあらむ、さるわざせずばうらむることもありなんなど、心のうちにおもひけり。

【訳】この新しい妻は裕福な女だったとさ。格別に愛していたわけではないが、男が訪ねて行くととてもよくねぎらい、男の着る衣装もとてもこざっぱりと着せたとさ。こうして男が裕福な生活に慣れて、たまに先妻のところに訪ねて来ると、先妻は非常に経済的に困窮したようすでがまんしており、こうして男がよその女のところをほっつき歩いても、いっこうに嫉妬しているそぶりも見せずにいるので、とてもいじらしいと思ったとさ。心中では、このうえなくねたましく辛いと思うのを我慢しているのであった。男が、今夜は家にとどまろうと思う夜も、先妻が「お出かけなさい」と言ったので、男は、自分がこんなふうによその女のところに出歩くのを焼き餅も焼かずに、先妻は浮気しているのであろうか、そうでもなければ自分を恨むこともあるだろうなどと、心の中で思ったとさ。

【本文】さていでていくとみえて、前栽の中に隱れて男や來るとみれば、端にいでゐて、月のいといみじうおもしろきに、頭かい梳りなどしてをり。夜更くるまで寢ず、いといたううちなげきてながめければ、人待つなめりとみるに、使ふ人のまへなりけるにいひける、

風吹けばおきつしらなみたつた山よはにや君がひとり越ゆらむ

とよみければ、わがうへをおもふなりけりとおもふに、いとかなしうなりぬ。この今のめの家は立田山こえて行くみちになむありける。
【訳】そうして、出かけると見せかけて、庭先の植え込みのなかに隠れて、愛人の男が来るかしら、と思って見ていたところ、屋敷の部屋の端に出て腰をおろして、月がとても美しく見えるころに、頭髪に櫛を入れてかきなでなどして身なりを整えていた。夜遅くなるまで寝ず、とても深いため息などをついてぼんやり遠くを眺めていたので、浮気相手の男を待っているようだと思って見ていたところ、使用人で前にひかえていた者に向かって次のような和歌を詠んだとさ。

風が吹けば海の沖の白波が立って危険ですが、足元が暗くて危険な立田山の山道を夜中に愛するあの人は独りで越えるているのだろうか。

と胸中の思いを和歌に作ったので、先妻は私の身の上を心配しているんだなあと思うにつけても、非常に愛しくなった。新しい妻の家は竜田山を越えて行く途中にあったとさ。


【本文】かくて、なほ見をりければ、この女うち泣きて臥して、金椀(かなまり)に水をいれて胸になむ据へたりける。「あやし、いかにするにかあらむ」とて、なほみる。さればこの水熱湯にたぎりぬれば、湯ふてつ。又水を入る。みるにいとかなしくて走りいでて、「いかなる心ちし給へば、かくはしたまふぞ」といひてかき抱きてなむ寢にける。かくてほかへもさらに行かでつとゐにけり。
【訳】こうして、さらにようすを見ていると、この先妻が、泣きながら横になって、金属の容器に水を入れて胸のところに置いたとさ。「ふしぎだ。どうするのだろう」と思ってなおも様子を見ていた。そうしたら、この水が熱湯にぐらぐらと沸騰したので、先妻は湯を捨てた。また水を入れた。この様子を見ていたら非常に愛しくなって、男は植え込みから走り出て、「どんなお気持ちがして、こんなことをなさるのか」と言って、先妻の体をかき寄せて抱いて寝たとさ。こうして、よそへもまったく行かずにずっとこの先妻の家にいたとさ。

【本文】かくて月日おほく経ておもひけるやう、「つれなき顏なれど、女のおもふこといといみじきことなりけるを、かく行かぬを、いかに思ふらむ」と思ひいでて、ありし女のがりいきたりけり。久しく行かざりければ、つゝましくてたてりけり。さてかいまめば、我にはよくてみえしかど、いとあやしき様なる衣をきて、大櫛を面櫛にさしかけてをりて、手づから飯盛りをりけり。いといみじとおもひて、来にけるままに、いかずなりにけり。この男は王なりけり。
【訳】こうして月日が多く流れて思ったことには、「表面上はそしらぬ顔であるが、女の胸中は非常に激しいものがあるのに、こうしてずっと訪問しないのを、どんなふうに新しい妻は思っているだろうか」と思い出して、例の女の元に行ったとさ。長いこと訪ねなかったので、遠慮して外に立っていた。そうして、垣根のすきまからのぞき見たところ、自分の前ではいい格好をして見せていたが、とてもみずぼらしいようすの着物を着て、大きな櫛を額の髪に突き刺していて、自分の手でご飯をよそっていたとさ。非常にだらしがないと男は思って、引き返してきたまま、二度と新しい妻のところへは行かなくなってしまったとさ。この男は親王の子だったとさ。



Last updated October 30, 2011 10:35:49 AM
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August 29, 2011

大和物語 百四十八段 その二
[ 国漢文 ]  

【本文】さて、とかう女さすらへて、ある人のやむごとなき所に宮たてたり。さて、宮仕へしありく程に、装束きよげにし、むつかしきことなどもなくてありければ、いときよげに顔容貌もなりにけり。
【訳】ところで、あちこちと女は転々として、ある人が立派な場所にお屋敷を建てていた。そうして、女はこのお屋敷にずっとお仕えし続けるうちに、衣装もこざっぱりと上品にし、見苦しいことなどもない状態になったので、容姿も非常に上品で美しくなったのだった。

【本文】かかれど、かの津の国をかた時も忘れず、いとあはれと思ひやりけり。たより人に文つけてやりければ、「さいふ人も聞こえず」などいとはかなくいひつつ来けり。わが睦まじう知れる人もなかりければ、心ともえやらず、いとおぼつかなく、いかがあらむとのみ思ひやりけり。
【訳】女のほうは、このような具合だったが、例の摂津の国を片時も忘れず、とてもしみじみと夫の身の上を思っていた。都合で摂津へ行く人に手紙を託して送ったところ、「そういうかたがいるとはうわさも聞こえませんでした。」などと、非常に空しいことを言いながら戻ってきた。自分が親しく知っている人もいなかったので、自分から、知人を行かせて夫の所在を探させることもできず、非常に気がかりで、どうしているだろうかとばかり、夫の身を思いやっていた。

【本文】かかる程に、この宮仕へするところの北の方亡せたまうて、これかれある人を召し使ひたまひなどする中に、この人をおもふたまひけり。おもひつきて妻になりにけり。
【訳】こうしているうちに、このお仕えするお屋敷の奥様が亡くなられて、屋敷のご主人様が、この人やらあの人やらいる人を召し使いなさりなどする中に、この女を好きになられたとさ。女もご主人様に心を寄せて妻になってしまったとさ。

【本文】思ふこともなくめでたげにてゐたるに、ただ人知れずおもふこと一つなむありける。いかにしてあらむ、悪しうてやあらむ、よくてやあらむ、わが在り所もえ知らざらむ、人を遣りてたづねさせむとすれど、うたて、我おとこききて、うたてあるさまにもこそあれと念じつつありわたるに、なほ、いとあはれにおぼゆれば、男にいひけるやう、「津の国といふ所のいとをかしかなるに、いかで難波に祓しがてらまからむ」といひければ、「いとよきこと、われも諸共に」といひければ、「そこにはな物し給ひそ。をのれ一人まからむ」といひて、いでたちて往にけり。
【訳】何不自由なくすばらしい暮らしをしていたが、ただ人知れず心を悩ませることがたった一つあったとさ。(それは前の夫のことで)どうしているだろうか、困難な状況だろうか、良い暮らしをしているだろうか、私がいる場所も知ることができないだろう、人を行かせて探させようと思うが、(その男とどんな関係だろうと思われるのも)不愉快だし、私の今の夫が聞いて、(自分以外にほかに夫がいたのかとバレて夫婦仲が)不愉快な事態になっても困ると(前の夫を探すのを)ぐっとこらえて我慢しつづけていたが、それでもやはり、前夫のことが非常にいとしく思われたので、今の夫に言ったことには、「摂津の国という所の、非常に風情のあるという名所に、なんとかして、神に祈って厄災をはらいきよめる行事をしがてらお参りしよう」と言ったところ、「それはとても良いことだ、わたしも一緒に」と今の夫が言ったので、「あなたは、お出かけなさいますな。わたし一人で参りましょう。」と言って、身支度して、行ってしまったとさ。

【本文】難波に祓して、帰りなむとする時に、「このわたりにみるべきことなむある」とて「いますこし、とやれ、かくやれ」といひつつ、この車をやらせつつ家のありしわたりをみるに、屋もなし、人もなし。「何方へいにけむ」とかなしう思ひけり。かかる心ばへにて、ふりはへきたれど、わが睦まじき従者もなし、尋ねさすべき方もなし、いとあはれなれば、車を立ててながむるに、供の人は、「日も暮れぬべし」とて、「御車うながしてむ」といふに、「しばし」といふほどに、蘆になひたる男のかたゐのやうなる姿なる、この車のまへよりいきけり。
【訳】難波ではらい清めを行って、いまにも帰ろうとするときに、「この辺で見ておかなければならないことがある」と言って、「もうしばらく、あっちへやれ、こっちへやれ」と言いながら、自分の牛車を行かせながら、昔住んでいた家があったあたりを見るが、家屋も無く、人もいない。「どこへ行ってしまったのだろう」と悲しく思った。このような心持ちで、あてどなくやってきたけれども、私の親しい供の者もいない、探させる手だてもない。とても感慨ぶかかったので、牛車をとめて、眺めていたところ、供の者は「もうじききっと日も暮れてしまうだろう」と言って、「御車を出発させましょう」というので、「しばらく待て」というときに、アシを担いでいる男で、乞食のような姿をしている男が、この牛車の前を通って行った。

【本文】これが顏をみるに、その人といふべくもあらず、いみじきさまなれど、わがおとこに似たり。これをみて、よくみまほしさに、「この蘆もちたるをのこ呼ばせよ、かのあし買はむ」といはせける。さりければ、ようなき物買ひたまふとはおもひけれど、主ののたまふことなれば、よびて買はす。「車のもと近くになひよせさせよ。みむ」といひて、この男の顏をよくみるに、それなりけり。
【訳】この男の顔を見ると、(探していた)その人だと言うこともできないほど、ひどく変わり果てたようすであるけれども、自分の前の夫に似ている。これを見て、もっとよく見たいので、「このアシを持っている男を(目下の家来に)呼ばせなさい。あのアシを買おう。」と身近にいる者に言わせた。そういう事情だったので、側近の家来は、奥様は役に立たない物をお買いになるなあとは思ったけれども、主人のおっしゃることなので、目下の家来に男を呼ばせて買わせた。「車のそば近くにアシを担いで寄せさせなさい。品物を見よう」と言って、この男の顔をよく見たところ、やぱり前の夫だったなあ。

【本文】「いとあはれに、かかる物商ひて世に経る人いかならむ」といひて泣きければ、ともの人は、なほ、おほかたの世をあはれがるとなむおもひける。かくて「このあしの男に物など食はせよ。物いとおほく蘆の値にとらせよ」といひければ、「すずろなるものに、なにか多く賜(た)ばむ」など、ある人々いひければ、しひてもえ言ひにくくて、いかで物をとらせむと思ふあひだに、
【訳】「とてもしみじみとしたようすで、女が、このような物を商売して世の中を生きていく人はどんな暮らしなのだろう」と言って泣いたので、供の者は、ただ、身分あるかたは、やはり一般的に世間のさまざまなことをしみじみと感じるものだと思った。こうして、奥様が「このアシ売りの男に食事を与えなさい。品物をとてもたくさんアシの代金として与えなさい。」と言ったところ、「行きずりの者に、どうして多くお与えになるのだろう」などと、その場にいる人々が言ったので、無理にでもとは言いにくくて、なんとかして品物を前の夫に与えようと考えているあいだに、

【本文】下簾のはざまのあきたるより、この男まもれば、わが妻に似たり。あやしさに心をとどめてみるに、顏も声もそれなりけりとおもふに、思ひあはせて、わがさまのいといらなくなりにたるをおもひけるに、いとはしたなくて、蘆もうちすてて逃げにけり。
【訳】すだれの下のすきまの空いている所から、この男がじっと見たところ、自分の妻に似ていた。不思議さに、気をつけて見たところ顔も声もやっぱり妻だなあと思って、いろいろ考え合わせて、自分のありさまが、非常に没落した状態になってしまっているのを考えたときに、いたたまれなくなって、アシもほったらかして、逃げてしまったとさ。

【本文】「しばし」といはせけれど、人の家に逃げいりて、竈のしりへにかがまりてをりける。この車より「なをこの男たづねて率て来」といひければ、供の人手を分ちてもとめさはぎけり。人「そこなる家になむ侍ける」といへば、この男に「かくおほせごとありて召すなり。なにのうちひかせ給べきにもあらず。ものをこそはたまはせむとすれ。幼き物なり」といふ時に、硯を乞ひて文をかく。それに、

 君なくて あしかりけりと おもふにも いとど難波の 浦ぞすみうき

とかきて封じて、「これを御くるまにたてまつれ」といひければ、あやしとおもひてもてきてたてまつる。あけてみるに、かなしきこと物に似ず、よゝとぞなきける。さて返しはいかゞしたりけむしらず。車に着たりける衣脱ぎて包みて文などかきぐしてやりける。さてなむ歸りける。後にはいかゞなりにけむしらず。

 あしからじ とてこそ人の わかれけめ なにか難波の 浦もすみうき

【訳】「ちょっと待て」と女が家来に言わせたけれども、前の夫は他人の家に逃げ込んで、かまどのうしろにしゃがみこんでじっとしていた。この車から「それでもやはり、この男を探して連れて来なさい」と言ったので、供の者たちが手分けして探して(あっちにはいない、こっちにもいないと)さわいだとさ。ある人が、「そこにある家にいました」と言うので、この男に「このようにお言いつけがあって呼び寄せるのだ。なにも牛車の前を横切ったバツにお前を無礼だという理由で牛車でおひきになるつもりではない。品物をお与えになろうとしたのだ。愚かなやつだなあ。」と言った時に、男が硯を貸してくれといって手紙を書いた。その手紙に

 あなたがいなくて、妻がいない生活は不自由で具合がわるいことだ、と思うにつけても、ますます難波の浦が、住みづらくなったことだ。(水辺のアシを刈ってしまったので、難波の海岸は水が澄みにくくなってしまったことだ)

と書いて封をして、「これを御くるまの中にいらっしゃるかたに差し上げよ」と言ったので、(乞食のようなみすぼらしい身分の低い男が手紙を書くなんて)フシギだと思って、車のところへ持ってきて手紙を差し上げた。女が開封して見てみたところ、かなしきことといったら似る物もないほどで、オイオイと声を上げて泣いた。ところで、この男の歌への返歌はどうしたのであろうか、わからない。車の中で着ていた衣を脱いで、包んで手紙などを書いて添えて男に送った。そうして京に帰ったとさ。その後はどうなったのであろうか、わからない。

生活が悪くなるのを避けよう、と言って人が別れたのであろうに、どうして難波の浦が住みづらいことがあろうか。(アシを刈るのはやめようと言って人が解散して帰っていったのであろうに、どうして難波の浦が澄みづらいことがあろうか。) 


Last updated August 29, 2011 0:29:26 PM
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大和物語 百四十八段 その一
[ 国漢文 ]  

【本文】津の国の難波のわたりに家してすむ人ありけり。
【訳】摂津の国のなにわの辺りに、家を構えて暮らす人がいたとさ。

【本文】あひしりてとしごろありける、女も男も、いと下種(げす)にはあらざりけれど、年頃わたらひなどもいとわろくなりて、家もこぼれ、使ふ人なども得ある所にいきつつ、ただ二人すみわたるほどに、
【訳】互いに慣れ親しんで長年過ごしてきた、この女も男も、あまり身分の低い者ではなかったけれども、数年来暮らし向きなども非常に悪くなって、家も破損し、使用人なども、財産のある所に行ってしまい、たった二人きりで住み続けていたが、

【本文】さすがに下種にしあらねば、人に雇はれ使はれもせず、いとわびしかりけるままに、おもひわづらひて、二人いひけるやう、
【訳】そうはいうものの、やはり、身分の低い者ではばいので、他人に雇われ使われもせず、非常に貧しい生活を送っていたので、思い悩んで、二人が言ったことには、

【本文】「なほ、いとかうわびしうてはえあらじ」男は「かくはかなくてのみいますかめるをみすてては、いづちもいづちもいくまじ」女は「男をすててはいづちかいかむ」とのみいひわたりけるを、男、「をのれはとてもかくても経なむ。女のかく若きほどにかくてあるなむ、いといとほしき。京にのぼりて宮仕へをせよ。宜しきやうにもならば、われをもとぶらへ。おのれも人の如もならば、かならずたづねとぶらはむ」など泣く泣くいひちぎりて、たよりの人にいひつきて、女は京に來にけり。
【訳】「やはり、とてもこんなふうに貧乏では生きて行けまい。」男は「こんなふうに空しくばかりいらっしゃるように見えるのを見捨てては、どこへも行くまい。」女は「男を捨ててはどこへいこうか。」とばかり言いつづけていたが、男が、「おまへはどのようにしてでも、きっと生きていけるだろう。女がこのように若い状態で、こんなふうに貧乏暮らしでいるのは、非常に気の毒だ。上京して貴人のお屋敷にお仕えしなさい。暮らし向きが良くなったら、私をもたずねてきなさい。自分も人並みの暮らしぶりになったら、必ずおまえの居所を探して訪問しよう。」などと、泣く泣く言って約束をして、縁者に頼んで、あとについて、女は京に来たのだった。

【本文】さしはへ、いづこともなくてきたれば、このつきて来し人のもとに居て、いとあはれと思ひやりけり。まへに荻薄いとおほかる所になむありける。風など吹けるに、かの津の国をおもひやりて、「いかであらむ」など、悲しくてよみける、

 ひとりして いかにせましと わびつれば そよとも前の 荻ぞこたふる

となむひとりごちける。
【訳】目指すあても、どこと決まった場所もなくやってきたので、この自分があとについてきた縁者の元にいて、夫のいる摂津の国をとてもしみじみと思いやった。縁者の家は、前にオギやススキの非常に多い場所であった。風などが吹いたときには、例の摂津の国を思って、「夫はどうしているだろうか」などと、悲しんで作った歌、

たった一人で、どうしようかしらと、心細く思ったところ、「それだよ、それをすればいいんだよ」と屋敷の前のオギが風にソヨソヨと音を立てて答えることだ。

というふうに、一人ごとを言った。





Last updated August 29, 2011 09:27:11 AM
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July 31, 2011

大和物語 百四十七段 その3
[ 国漢文 ]  

【本文】さてこの男は、呉竹のよながきをきりて、狩衣・袴・烏帽子・帯とをいれて、弓・胡籙(やなぐひ)・太刀などいれてぞ埋みける。いま一人は愚なる親にやありけむ、さもせでぞありける。かの塚の名をば、処女塚とぞいひける。
【訳】
ところで、この男のほうの親は、呉竹で節が長い竹を切って、狩衣・袴・烏帽子・帯とをいれて、弓・胡籙(やなぐひ)・太刀などいれて土に埋めたとさ。もう一人のほうは愚な親だったのであろうか、そんなふうにもしないでいたとさ。その塚の名を、処女塚と言ったとさ。

【本文】ある旅人、この塚のもとにやどりたりけるに、人のいさかひする音のしければ、あやしと思ひてみせければ、「さることもなし」といひければ、あやしとおもふおもふねぶりたるに、血にまみれたる男、まへにきてひざまづきて、「われ、かたきにせめられてわびにて侍り。御はかし暫時(しばし)かし給はらむ、ねたき物のむくひし侍らむ」といふに、おそろしとおもへどかしてけり。
【訳】ある旅人が、この墓のそばに野宿したところ、人が争う音がしたので、不思議だと思って、連れに見させたところ、「そんなこともない」と言ったので、不思議だ不思議だと思いながら眠り込んでいると、血にまみれている男が、前に来てひざまずいて、「私は恋仇に攻撃されてつらいめに遭ってしまった。お刀をしばらく貸していただこう、それで憎い相手に仕返ししよう」と言うので、恐ろしいことだとは思ったけれども、貸してやった。

【本文】さめて夢にやあらむとおもへど、太刀はまことにとらせてやりてけり。とばかり聞けば、いみじうさきのごといさかふなり。しばしありて、はじめの男きていみじうよろこびて、「御とくにとしごろねたき物うち殺し侍りぬ。今よりはながき御まもりとなり侍べき」とてこのことのはじめより語る。
【訳】目が覚めて夢であろうかと思ったが、刀はほんとうに与えてやったのだった。しばらく聞いていると、先ほどのように、ひどく争っているらしい。しばらくして、はじめに姿を現した男がやってきて、ひどく喜んで、「あなたさまのおかげで、年来憎んでいた相手を殺しました。今後、長い間あなたの守護霊となりましょう。」と言って、この今までのいきさつを語った。

【本文】いとむくつけしと思へど、珍らしきことなれば、問ひ聞くほどに夜も明けにければ人もなし。朝にみれば、塚のもとに血などなむながれたりける。太刀にも血つきてなむありける。いとうとましくおぼゆることなれど人のいひけるままなり。
【訳】非常に不気味だと思ったが、珍しい話なので、質問しながら聞くうちに、夜も明けてしまったので、先ほどの亡霊もいなくなった。早朝、見てみると、墓のところに血などが流れていた。太刀に血もついていた。非常にいやに感じられる話だけれども、人の言った通りの事実である。







Last updated July 31, 2011 5:23:16 PM
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July 22, 2011

大和物語 百四十七段 その2
[ 国漢文 ]  

【本文】かかることどもの昔ありけるを、絵にみなかきて、故后の宮に奉りたりければ、これが上を、みな人々この人に代りてよみける。伊勢の宮すん所、男のこころにて、

かげとのみ水の下にてあひみれど魂(たま)なきからはかひなかりけり
【注】
・故后の宮=温子皇后。藤原基経の娘で、宇多天皇の皇后。
・伊勢の宮すん所=温子皇后に仕えた女官。第一段に既出。
・「たま」には「魂」と「真珠(しらたま)」などの「たま」を掛ける。「から」には「殻」と亡骸の「骸」、「かひ」は「甲斐」と「貝」の掛詞。「たま」「貝」「殻」は縁語。
【訳】こんなことが昔あったのを、絵に全場面を描いて、故后の宮(温子皇后)に献上したところ、この登場人物たちの身の上を、各自が登場人物それぞれに代わって心情を歌に作ったとさ。伊勢の御息所は、男の立場になって心情を次のように歌った、

水に沈んだ愛する女の影とだけ水の下に飛び込んで添うことができたが、もはや魂がぬけて死んだあとの遺体では、結婚した甲斐もないことだなあ。

【本文】女になりて、女一のみこ、

かぎりなく深くしづめるわが魂はうきたる人にみえん物かは

又、宮、

いづくにか魂を求めんわたつうみのここかしこともおもほえなくに
【注】
・女一のみこ=均子内親王。
【訳】女の気持ちになって、均子内親王が作った歌、
このうえなく深く沈んでいる私の魂は、浮気っぽい人などと結婚したりするであろうか、いや、浮ついた人などと結婚するつもりはありません。
また、宮が作った歌、
いったいどこに魂を探せばよいのだろうか、海のここだともあそこだともありかがわからないのに。

【本文】兵衛の命婦、

つかのまも諸共にとぞちぎりけるあふとは人にみえぬものから

糸所の別当、

かちまけもなくてやはてむ君により思ひくらぶの山は越ゆとも
【注】
・兵衛の命婦=藤原高経のむすめ、忠房の妻。
・糸所の別当=春澄善縄のむすめ、洽子(あまねいこ)。裁縫をつかさどる縫殿(ぬいどの)の別所。「別当」は、その長官。

【訳】兵衛の命婦(藤原高経のむすめ、忠房の妻)が作った歌、

つかのまの短い間でも一緒に暮らそうと約束したのだなあ。あれで結婚したとは人の目にはみえないけれども。

糸所の別当(春澄善縄のむすめ、洽子)の作った歌、

勝ち負けも無くて終わってしまうのだろうか、たとえあなたのために、思いの深さを比べるという鞍馬山(くらぶの山)は越えることができても。

【本文】生きたりし折の女になりて、

あふことのかたみにうふるなよ竹のたちわづらふときくぞかなしき

又、

身をなげてあはむと人に契らねどうき身は水に影をならべつ
【注】
・「あふこ」に「逢ふ期」と「朸(あふご)」、「かたみ」は、「難み」と「互(かたみ)」の掛詞。「うきみ」に「憂き身」と「浮き身」の掛詞。
【訳】生きていたときの女の気持ちになって作った歌、
逢うことが困難なので交互に植えたなよ竹のように戸口にすっくと立っていられずにうろうろしながら、つらい思いをしていたと聞くのが悲しいことだ。
また、
投身自殺をしてあの世で結ばれようと人と約束したわけではないけれども、つらいこの身は遺体が浮かんで水に影を並べてしまったことだ。

【本文】又今一人の男になりて、

おなじ江に すむはうれしき 中なれど など我とのみ 契らざりけむ

かへし、女、

 うかりける わが身なそこを おほかたは かかる契りの なからましかば
【注】
・「江に」と「縁(えに)」、「すむ」に「済む」と「住む」を言い掛けた。「江」と「済む」は縁語。
・「身」に「水底」の「み」を言い掛けた。「そこ」は、「そこ(あなた)」の意の「そこ」をも含意していよう。
【訳】また、もう一人の男の身になって、
おなじ江に夫婦の縁をむすんで暮らすのはうれしい仲であるが、どうしてわたしとだけ夫婦の契りを結ばなかったのだろうか。

返歌、女

二人の間で板挟みになってつらかったわが身は、水底に沈んでしまったが、そもそもこういう二人の男性から言い寄られるという前世からの因縁がなかったならば、あなただけを愛して済んでいたでしょう、こんな目に遭わずにすんだのに。


【本文】又一人の男になりて、

 我とのみ 契らずながら 同じ江に すむはうれしき みぎはとぞおもふ
【訳】もう一人の男の立場になって、

 あなたは私とだけ 契りを結んだわけではないけれども この同じ江の美しく水の澄んだ水際に 夫婦として暮らすのは嬉しい身だと思いますよ







Last updated July 31, 2011 4:53:43 PM
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