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趣味の漢詩と日本文学

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June 22, 2011
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カテゴリ:国漢文
【本文】昔、津の国にすむ女ありけり。それをよばふ男二人なむありける。一人はその国にすむ男、姓はむばらになむありける。いま一人は和泉の国の人になむありける。姓はちぬとなむいひける。
【訳】昔、摂津の国に住む女がいたとさ。その女に対し言い寄る男が二人いたとさ。一人はその国に住む男で、姓は莵原であった。もうひとりは、和泉の国の人であった。姓は茅渟といった。

【本文】かくて、その男ども、年齢・顏・容貌・人のほど、ただ同じばかりなむありける。心ざしのまさらむにこそはあはめとおもふに、心ざしの程だにただおなじやうなり。暮るればもろともに来あひぬ。物をこすれば、ただ同じやうにをこす。いづれまされりといふべくもあらず。
【訳】こうして、その男たちは、年ごろも、顔も、姿も、身分も、ちょうど同じぐらいだったとさ。誠意のまさっているほうと結婚しようと思うが、愛情の程度もちょうど同じぐらいである。日が暮れると一緒に来合わせた。贈りものを寄越すと、ちょうど同じように寄越す。どちらがまさっているということもできない。

【本文】女、思ひわづらひぬ。この人の心ざしのをろかならば、いづれにもあふまじけれど、これもかれも、月日を経て家の門に立ちて、よろづに心ざしをみえければしわびぬ。これよりもかれよりも、同じやうにをこする物どもとりもいれねど、いろいろにもちて立てり。
【訳】女は、思い悩んだ。この人たちの誠意が、もしも、いい加減なら、どちらとも結婚するつもりはないが、この人もあの人も、何ヶ月にもわたって家の門口に立って、さまざまに誠意を見せたので、選ぶのに困った。この人からも、あの人からも、同じように寄越す品物を、受け取りもしないが、色々と持ってきては門口で立っている。

【本文】親ありて、「かくみぐるしく歳月を経て、人のなげきをいたづらにおふもいとほし。一人ひとりにあひなば、いま一人が思ひは絶えなむ」といふに、女「ここにも、さ思ふに、人の心ざしの同じやうなるになむ思ひわづらひぬる。さらばいかがすべき」といふに、
【訳】女には親がいて、「このように見ているのがつらいような年月を過ごして、人の悲嘆を無駄にこうむるのもいやだ。もし一方のひと一人と結婚したら、もう一人の思いはきっとあきらめがつくだろう。」と言うと、女も「わたしも、そのように思うが、相手の誠意が同じぐらいなので悩んでしまいます。それならどうすべきでしょう」と言うので、


【本文】当時(そのかみ)、生田の川のつらに、女平張をうちてゐにけり。かかれば、そのよばひ人どもを呼びにやりて、親のいふやう、「たれもみ心ざしの同じやうなれば、この幼き者なむ思ひわづらひにて侍る。今日いかにまれ、この事をさだめてむ。あるは遠き所よりいまする人あり。あるはここながらそのいたづきかぎりなし。これもかれもいとほしきわざなり」といふ時に、いとかしこくよろこびあへり。「申さむと思ふ給ふるやうは、この川に浮きて侍る水鳥を射たまへ。それをいあてたまらへむ人にたてまつらむ」といふ時に、
【訳】その時、生田川の川べりに、女が仮設のテントを張って座っていたとさ。こうして、その求婚者たちを呼びに使者を行かせて、親が言うには、「どなたも誠意が同じぐらいであるので、この幼い娘は思い悩んでおります。今日は、どうがこうでも、結婚相手を決めてしまおう。ある方は遠い和泉の国からおいでになっている人がいる。ある方はこの摂津の国の人でありながら、その苦労は並々ではない。あちらのかたも、こちらのかたも、ご苦労さまでございます。」と言った時に、大いに喜び合った。「今日申し上げようと存じますことは、この川に浮いています水鳥を射てください。それを射当てなさったとしたらそのかたに娘を差し上げましょう」と言ったときに

【本文】「いとよきことなり」といひて、射るほどに、一人は頭のかたを射つ。今一人は尾の方を射つ。当時いづれといふべくもあらぬに、女思わづらひて、

 すみわびぬ わが身投げてむ 津の国の 生田の川は 名のみなりけり

とよみて、この平張はかはにのぞきてしたりければ、づぶりとおちいぬ。親あはてさはぎのゝしるほどに、このよばふ男二人やがておなじ所におちいりぬ。一人は足をとらへ、いま一人は手をとらへて死にけり。當時、親いみじく騒ぎてとりあげて、なきののしりて葬りす。男どもの親来にけり。
【訳】「それはとても良いアイデアだ」と言って、射たところ、一人は頭のほうを射た。もう一人は尾のほうを射た。その時、どちら〔が先に射た〕と言うこともできないので、女は思い悩んで、

 生きるのがつらくなった もう投身自殺してしまおう 摂津の国の 生田の川は 「生きる」という言葉が名前に入っているのに、名前ばっかり〔で生きづらいこと〕だなあ。

と和歌を作って、このテントは、川を見下ろす位置に設置してあったので、そのままザブンと水中へ落ちて入ってしまった。親が、あわてて騒いで、大変だと大声をあげたりしているうちに、この求婚していた男二人が、すぐに川の同じ所に落ち込んでしまった。一人は娘の足をつかみ、もう一人は娘の手をつかんで死んでしまったとさ。その時、親はとても騒いで遺体を川の中から取りあげて、泣きじゃくって葬儀をした。男たちの親も〔連絡を受けて〕やって来たとさ。


【本文】この女の塚のかたはらに、又塚どもつくりて、ほりうづむ時に、津の国の男の親いふやう、「おなじくにの男をこそ、おなじ所にはせめ。異国の人の、いかでかこの国の土をばをかすべき」といひてさまたぐる時に、和泉のかたの親、和泉のくにの土を舟にはこびてここにもてきてなむ遂に埋みてける。されば女の墓をなかにて、左右になむ、男の塚ども、いまもあなる。
【訳】この女の墓のそばに、また墓をつくって、掘って遺体を埋める時に、摂津の国の男の親が言うには、「同じ国の男を、同じ場所に葬ろう。よその国の人が、どうしてこの摂津の国の土地を侵してよいはずがあろうか、いや、侵してはいけない。」と言って墓を作るのを妨げたときに、和泉の国の男の親が、和泉の国の土を船で運んできて、とうとう埋葬してしまったとさ。そういうわけで、女の墓を真ん中にして、左右に男の墓が、今もあるそうだ。






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Last updated  June 22, 2011 09:57:50 AM
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