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青葉台建設委員長・現在進行形
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建設委員長ブログ [全320件]

2012年1月5日楽天プロフィール Add to Google XML

2012年
[ 小学校 ]  

 
明けましておめでとうございます。

マヤ歴では、本年12月21日でカレンダーが終熄していることから

2012年人類陶太説がまことしやかに喧伝されております。

果たして2012年、地球はどうなってしまうのでしょうか。

未来〈2036年〉からタイムスリップしてきたと自称するヘンテコ

ジョン・タイターの証言によれば、2015年に核戦争があったとか。

その核戦争があったとしても、人間タイターが2036年に居たと

すれば、どうやら2012年の地球滅亡はなさそうですけれども。


当年元日に、鳥島沖地下300キロでマグニチュード7.0が勃発し

かなり広い範囲で震度3以上の長周期振動がありました。

「おいおい、またかよ」と思った方も多かったのではないでしょうか。


なにはともあれ、日本において「最も自然災害の少なかった県のひとつ」

であった茨城が受けた未曾有の災害インパクトは、大きかった。

それを感じる感じないを問わず、この茨城に長く関係を持っていた人ほど

その衝撃、自信の喪失感を大きく感じているやに見えます。


マヤ歴もそうですが、少なくとも「経済」においては「周期」がある。

勃発・黎明・発展・絶頂・安定・崩落兆候・衰退・奈落・底・兆し

点検項目によってグラフは輻輳しますが、過去をさかのぼればすべて

円滑な二次曲線によって「周期」が示されてしまっている。

大震災にも周期説が顕在?  〈60年とか1000年とか〉


さて、2012年以降の日本の「周期」はどうなるのでしょう。

ユーロ圏の信用不安から、また新たなる〈深刻な〉火種が勃発した。

景気のよい借金バブルがはじけ、20年もの長いトンネルを経験し

いまだデフレスパイラルに居て苦しむ日本からそれを見ますと

「おいおい、おまえたちも同類かい〈笑〉」というところでしょうか。


円高も、対ユーロで100円を切ってしまいました。

輸出依存産業は確かに大変ですが、もっと元気のよい企業は、円高を

利用して能力ある海外企業買収に果敢にチャレンジしております。

輸出に苦しむ企業も、円高で原材料輸入費が低廉となり、タイムラグ

を我慢すれば、そんなこと結果的に怖れる必要ないこと知ってます。

〈過去、1ドル80円を切ったときの「思わぬ利益」体験〉


ひょっとして、それらの「トンネル地獄」を20年も体験した日本

こそが、これからの「世界標準」になるかもしれません。


もし、そうなったとき〈近々です〉に備えて、我々日本人も

「こころのデフレーション」をそろそろ癒し、果敢に動くべきです。

どうやらその「周期」という「出口」に我々日本人は居るようですから

先の過酷な大震災に命を落とされた人たちの無言の遺志に報いるために

残された我々がどうしたらよいのか。それは「自信回復」と果敢です。


対GDP比研究開発費比率が、今、日本が世界第一位になりました。

これは、明日の日本を示す有力な指標と思われます。


日本は資源もなにもない。

資源のある領域〈海域〉領有権を巡る他国〈特に中華圏〉からの恫喝。

対抗する軍事力をアメリカに依存するだけのひ弱な属国体質。


なにが日本の武器なのでしょうか。

今で言えば円高と究極的かつ恒久的な「人間力」それのみ。

人間力の中で最も武器となるのは「科学力」と「経済力」です。

科学力、経済力の基盤は「人間力」にしかず。

古今東西、理科学と経済に共通するワードは「不思議」。

日本人の気質は、その不思議に立ち向かう真摯さでありました。

それが日本の武器ではないかと。そう思います。


政治に科学力、経済力は言うに及ばず、そもそもの人間力がなかった。

それが太平洋戦争後の66年です。〈自信喪失と驕り・錯覚の46年〉

幸いなことに、あおば台の子たちは人間力を親御さんから受けている。

その愛をしっかりと受け止め、他者との関係性の中で光っています。

私のしがない相対的観識で思うに、あおばの子の持つ「豊かな人間力」。

科学力とか経済力なんか、あとはどうにでも料理できる、そもそもの

基本を持って徹底的に勉強している。

と、そう確信させられる素晴らしい子たちばかり。


本年は開校3周年。

第一期生〈輝く子たち・ファミリアリーダー〉の卒業年度です。

けっぱれ、6年生!


 


最終更新日時 2012年1月5日 22時38分30秒
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2011年11月26日

橋下徹に見る「兆し」

 
本日27日は大阪のダブル選挙投票日です。

維新の会率いる橋下元大阪府知事、大阪市長選候補に対する相手候補

側とマスゴミからのネガティブキャンペーンは、すごいものでした。

橋下氏の実父が暴力団員であったことからの生い立ちスッパ抜きに

はじまって、「独裁者・暴力団的イメージ」の貼り付け、大阪都構想は

「抗争」勃発そのものであるとかないとか。


多数の子の父親である橋下氏も、さすがに参ったらしい。

なにせ、自分の子がヤクザの孫であったことが世間に知られるとすれば

罪のない子がいわれのない中傷のさなかに追いやられるかもしれない。

これは父親として、どうにもせつない立場、窮地といえるでしょう。

利益擁護団体御用達マスゴミの人格・出自攻撃は、容赦なかった。

選挙戦中盤におきましては、大勝が予想されていた橋下陣営苦戦が伝え

られていましたし、もはや万事休すの状態まで追いやられました。


ところが、終盤に至って情勢が劇的に反転しました。

あまりにもひどい中傷キャンペーンに大阪市民、府民が反発した。

要するに判官贔屓です。

  橋下の父親は確かにどうしようもない暴力団員で悪行もした。

  しかし若くして死んだ。〈死因は、私の場合知りません〉

  母子家庭になって生活保護を受ける超貧乏に育った。

  ひどいイジメを受けながらも、母親の希望に沿うべく猛勉強した。

  進学校の北野高校では、自分をいじめた番長をラグピー部に引き

  入れてテキトーにごまかす、ひねり技を発案した。

  挫折を繰り返しながらも早稲田に入学し、司法試験に合格した。

  初恋の人、親友の彼女だった人がその親友と別れたので

  チャンスと見てアタックし、結婚。5人?の子をもうけた。

  今は自分の家庭と、奥さんの両親、再婚した自分の母親夫婦のため

  に3個の住居を同一マンションに購入して仲良く住んでいる。


公人になるとすべての私生活が暴かれ、中傷などに利用されるのも致し

方ないとはいえ、生々しい個人生活が暴かれてしまったのですが、

暴いた者たちの意に反し、大阪市民・府民は逆の意味に解釈しました。


こいつの生き方はある意味すごい。

こいつなら大阪の閉塞感、デフレ感を変えてくれるかもしれない。


おそらく、橋下氏とその一派は勝利するでしょう。本日。


あまりにもひどいマスゴミのキャンペーンに対する義憤から

石原東京都知事が橋下氏の応援演説をやりましたけれど

もし勝利したら、石原の爺さんが期待するとおり、万が一の副首都と

して立派に機能するよう引き続き頑張ってもらいたいものです。

 
  閉塞して出口の見えない今の日本に、こういう私利を超越した

  若きリーダーが輩出されたこと自体が信じられない慶事である。

  現政権が、いかにママゴト政治であるかの生き証人でもある。


自民党・民主党・共産党相乗り応援〈公明は逃げて自主投票〉という

前代未聞のポリシーなき頓珍漢に応援された相手候補が勝利したら

これはもう吉本新喜劇的お笑いでしょう。


本日27日は、大阪のみならず

日本の民度とその行方を占う重要な日になりそうです。

 



最終更新日時 2011年11月27日 4時50分46秒
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2011年11月23日

イヤなことを忘れる方法

 
歳を重ねてきますと、いろんな場面での軋轢も寛容になってきます。

どっちかと言えば、そんなことどうでもいいじゃんみたいな。

どっちみちもうすぐ死ぬんだし、そんなこと屁でもないですしね。


若い頃は、ちょっとしたことでも刺々しく感情が爆発したものです。

役所の仕事が多いのですが、担当者の態度が限度を超えて横柄だったり

強要、高圧的だったりしたらもう大変でした。〈容易に切れまくり、切

れたら収まりがつかず、ずいぶんと仕事を無くしました。もっともそう

いうキレ方のおかげで今の仕事があるというのもありますけど〉


今年も楽しいことイヤなこと、たくさんありました。

歳とるとイヤなことは考えなくなります。ある意味ひらき直りですが。

若いお父さんお母さんは「若い」ですからそうもいかないでしょう。

グーグルニュースを見てましたらこういうのがありました。

http://wol.nikkeibp.co.jp/article/column/20111116/116085/

  >>「イヤなことを確実に忘れる」意外な方法


いい方法だと思いました。

「エピソード記憶」と「意味記憶」の相関関係です。反比例の。

エピソード記憶〈感情支配〉を意味記憶〈言語支配〉に置き換える

ためにエピソード〈イヤなこと〉を言語化の倉庫に保管する。

保管するといつまでも記録としてイヤなことが残ってしまう??

そういう「記録されたイヤな事実」からの反復攻撃が返ってくると

いう危惧は当然ありますけど、そうではないようです。


「書く」「描く」ことによって、感情記憶から意味記憶〈言語置換に

よる感情野の沈静化、忘却化〉への転換がはかられ、早々にイヤな

ことの相対化ができ、やがてはイヤな出来事であったこと自体にこ

だわっていた自分自身の相対化、安定化もできるというのです。


で、さきほど20歳ころの日記を取り出してみました。

彼女〈向こうは私を彼氏だと思ってませんでしたが〉に決定的にフラ

れたときのことが書いてあります。

   カスケーズの「悲しき雨音」を聞いて・・・・泣いた。

   あなたとわたしは水と油だから・・・なんなんだ、それは

   おれは水なのだろうか、油なのだろうか

   おそらく○子が油なんだと思う。

   じゃあおれが水? 淡泊なのか どっちでもいいや

   雨が降ってやがる 胸が苦しい


その後を見ますと、けっこうテキトーな性格が出ています。〈2ヶ月後〉

   ○○さんが花束くれた。   〈注:私が主役の演劇にです〉
   
   ○子よりよっぽど可愛いぜ  〈注:○子の親友です〉  

   気がつかなかった。なんて清楚なんだろ


以降、惨憺たるお馬鹿な青年期が綴られていますが

いまさらながら自分で自分を嗤える「記録」でした。


エピソード〈感情を含む状況、頭の先っぽでの堂々巡り〉を言葉という

倉庫に保管する作業をすることによって、記憶が言語化・相対化され、

ある意味「脳による記憶のこだわり」から早期に解放されるというのは

「あり」かもしれません。

 



最終更新日時 2011年11月23日 23時49分3秒
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2011年11月5日

業界のことなど

 
10月21日。

業界の関東地区ゴルフ大会を茨城ゴルフ倶楽部で主催しました。

スコアは120の超ズッコケでしたが

久しぶりに動かした体がさわやか。運動再開しようと思いました。


10月31日、例のシンポジウムが開催されました。

「固定資産税評価における震災の影響」と題したシンポジウム。

水戸の総合福祉会館大ホールはほぼ満杯、大盛況です。

神戸市からお招きした基調講演講師による、16年前勃発大惨事の体験。

阪神淡路大震災のときと、今般の大震災がシンクロした瞬間でした。


11月3日。私の29回目の結婚記念日。

寿司屋さんで痛飲しつつ、ささやかにお互いをねぎらいました。

せまり来るカウントダウンの足音を感じながら、過去を振り返る。

あわただしくも余裕のなかった時代が〈今も余裕はないですが〉

懐かしくなってくると本当のカウントダウンなのでしょう。

花束は土浦中央1丁目の松庄花壇が安いので是非お試しを。

7千円で筑波西武の1万~1万2千円分の盛りつけをしてくれます。


私の年代はテレくさくて、一緒に歩いても手をつなぐことはしない。

一歩うしろを付いてこい、が多いのですが、皆さんどうですか?

若い頃から〈無理にでも〉スキンシップと会話をしてないと

歳をとってからでは遅いですから、鋭意がんばってください。

  >頭脳ばかり先行しているテレ屋のお父さんへ


11月6日。明日ですが

同じく業界の北関東甲信地区連絡協議会が大洗で開催されます。

震災で閑古鳥が鳴いているホテル貸し切りでの大会でして

セシウム問題で来県者が少ないだろうと思ったらこれも盛況です。

震災後8ヶ月が経ち、そんなこと忘れたのでしょう。

なにせ認知症が多い業界ですから。 もちろん、沈みきった経済状況

自己の経営環境への危機感もあるのかもしれません。


今さらながらですが、3月11日の未曾有の大事件は

過去天災に強かった茨城の自信を崩壊させました。日本で最も安全安心

の茨城だから、首都移転は茨城へなどとは言えなくなった。

東海第二原発も、すんでのところで福島と同様の惨状になったという

隠蔽されていた事実があったのですから、なにをかいわんや。

大洗の常陽〈高速増殖炉〉を含めて、茨城は爆弾を抱えています。


明日で業界行事の多忙は終わり。やれやれ、というところでしょうか。

 



最終更新日時 2011年11月5日 21時49分49秒
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2011年10月2日

全国花火競技大会

 
花火、見に行かれた方、いかがでしたでしょうか。

5年ぶりくらいで桟敷で見てきました。

最前列から3列目、スターマイン打ち上げ場の真ん前でしたので

頭の真上にふりかかるような迫力、ドーンと腹に響く爆裂音。

第80回、大震災復興祈願を込めての記念大会でしたので

例年より力が入っているなと感じましたが、8時ちょっと前の

ワイドスターマインは圧巻でした。


花火1


地元、阿部電気商会の広告花火です。


花火2


行き帰りともに徒歩でしたので、足がパンパンです。

どこの煙火店が優勝したか知りませんが

地元野村煙火の「ウエディングソング」が秀逸でした。

 



最終更新日時 2011年10月2日 18時9分20秒
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2011年9月14日

震災の爪痕・クリーン神戸
[ 小学校 ]  

 
神戸に行ってきました。

来月末に水戸で予定しているシンポジウム

「震災によって地価はどう動くのか・・新たなる地政学上の問題」

という仮題でのシンポジウム講師とパネラー依頼のため

神戸市役所に行ってきたわけなんですが

16年前冬に発生した阪神淡路大震災のツメ跡などなんらなく

建て替えられた高層ビルの乱立の中で平穏かつ静かなる市民生活。

脳裏にこびりついたあの映像とのギャップにしみじみした次第です。


タクシーの運転手さんは、たまたまあの崩落した高速道路を

酔っぱらいを乗せて走っていたそうで、異変を感じて減速するうちに

たちまちに車が回転して反対方向を向き、地面が斜めになった。

反復して押し寄せる揺れの中、乗客を助けて下に向かう途中

東方の灘区方向に火の手が上がったそうです。


中心市街地の三の宮中央区あたりは、路上を含めて原則禁煙でした。

市役所のまわりはローソン前の6坪ほどのエリアのみが喫煙所。

そこに市役所の役人と思われる人たち15人ほどがたむろしてました。

仕事場をはなれて、せわしくタバコを無言で吸い続けるこの人たちを

見て、いい加減にやめたらいいのに、こいつらアホかと思いながら

吸っている自分を愛おしく感じたことを茨城で思い出しております。


付き添いのカミさんと一緒だったもんですから

ついでに観光してきました。〈山からの眺め、異人館、中華街etc〉

臨海の観覧車に乗ったら、鉄骨が徹底的に錆び付いてギシギシ揺れるし

新しく付け替えたボルトがゆるんで浮き上がっているし

少々、おいおいこれって震災前のまんまかよと思いながら

けっこう、かなりなスリルを味わえたのが楽しかったです。

 
行って泊まったのが9月11日〈9.11〉でして、アメリカで

またテロが起きるのではないかとネットで喧伝されてましたけど

ちょうど東日本大震災から半年の当日。

翌日12日の中華街は仲秋節〈中国節季〉のお祭りで賑やかでした。

 



最終更新日時 2011年9月15日 0時22分36秒
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2011年9月5日

どじょうと金魚
[ 小学校 ]  

 
たしかに風采や言動雰囲気はどじょうに似てますけども

なにやら頓珍漢な開き直りみたいで、大丈夫なんでしょうか。

相田みつおの

「どじょうがさ 金魚のまねすることねんだよなあ」

というのは、その言葉通りのことで、真似しようがねえじぇねえか

〈真似する必要すらない〉

みたいな、自己立場をよくよく認識したらがっぺな的なことで

時の首相が、あるときは鰐になり、サメになりシャチにならねば

ならないときがあることには言及してないんですが

大丈夫なんですかねえ。


内閣支持率は60%以上だそうです。

まぁ、ハトポッポ、スッカラ菅木偶の坊の反動なんでしょうけど

どぜう政権に「とりあえず」期待するしかないという

世論が痛々しくもあり、閉塞した袋小路に居る日本の開き直り?

なのかもしれません。


ちなみに、本校の理事長校長はどじょうの柳川鍋が大好きでした。

右籾一源ではどぜう柳川を食べてから稲庭うどんが定番でしたが

最近はヘルシーな刺身と酢の物、寿司は干瓢巻きばかりらしい。

長生きしないとまずい。と思ったのでしょう。〈子どもたちのために〉


どじょうは、うなぎより栄養価が高く、脂肪値が低いヘルシー料理で

韓国ドラマでは、誰かが病気すると必ずやどじょう汁が出てきます。

〈嫁として認めず、徹底的に虐待する姑の病気のために、市場で

 どじょうを買うが、自転車とぶつかってどじょうが散乱し、懸命

 にどじょうを拾い集める健気な嫁の風情etc〉


なんで「どぜう」と表記するかというと

どじょうでは四文字で不吉だから、どぜう三文字にしたそうな。

受信料なんか払いたくもないNHKで誰かが言っておりました。


 



最終更新日時 2011年9月6日 0時35分9秒
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2011年8月26日

みなと流解説
[ 小学校 ]  

 
建学して2年半、ここにきての学園を見ますと、多少の齟齬はあるかも

しれませんが、理想とする学園が成立していると確信できます。

理想とはいわゆる”みなと流”のこれです↓


「野生に立脚した学問でなければ社会学問の意味は生まれない。今そこ

に居る隣人とともに野生しつつ真の人間理解と自分存在を探求し、自発

的内発的意志を涵養することからはじめる。そうしなければ真の育ちは

ない。そういう当たり前であり、最も大切な原点指向が置き忘れられて

しまったのが現代の小学校教育であるが、青葉台小学校建学はそういう

制度的欠陥に対するアンチテーゼはさておき。ただひたすらに当たり前

のことをするのみ。野生による自己発見、自己啓発は、現代の根源的な

欠陥を楽しく打破し、子ども達はみるみるうちに勝手に自立し内発し、

盤石の基礎を打ち、打った基礎を壊してまた打つ度胸と智恵を旺盛に発

揮できる子になれる。

「なれる」という希望をいうのではない。そういう逞しく賢い子に学園

あげて『育てる』ということである。」


「ときとして無機的な社会に有機的なうるおいを感ずることができる感

性がないと簡単に挫折してしまう場合がある。たっぶりと学び、たっぷ

りと遊んでおくことが肝要。学びを遊びに転換できればなおよろし」


「遊び〈興味〉こそが学問である」



6年生は来年卒業ですね。後輩の面倒をみながら立派な上級生でした。

青葉台を信じてくれて、青葉台の流儀を実行し、先導してくれました。

素晴らしいファミリア長さんたちもあと半年。

のぶちゃん先生たちとともに、仲間とともに思いっきり遊び

真剣に勉強し、逞しい中学生になってください。

 



最終更新日時 2011年8月27日 0時18分34秒
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2011年8月23日

光陰矢のごとし

 
「光陰矢のごとし」

月日の経つのは矢のように早い、ということわざkのことです。

だから毎日毎日を無為に暮らすなとの戒めなのでしょうけれど

考えてみれば与えられた時間の長さは万民平等で変わりがないですから

時間のたつのが早いか遅いかは

人それぞれの「感じ方」の違いにしか過ぎません。


余命1年と診断された人の1年は、想像できないほどに短いでしょう。

骨折して入院した人の1日は実に退屈で、それまでの1ヶ月に感じる。

若い頃、西表島でひとりキャンプをしたときがありましたが、

たったの1週間を2年くらいに感じた悠久の時間でした。

〈日の出から日の入りまでの1日が実に長い〉

62歳の今、それと同じことをしたら、やはり同じ悠久の時間が持てる。

むしろ今まで忙しかっただけに、若いころ以上に長く感じるでしょう。

ですから、歳をとるにつけて時間の過ぎるのが早くなるというのは

あきらかに間違いです。前回投稿と矛盾してますけど。〈笑


歳をとるにつれ、一日一日に、やることやらねばならないことが増える

悠久の時間からどんどんどんどん遠ざかっていくに比例して

時間が矢のように早く、中国新幹線のように加速して追突するわけです。


毎日を無為に過ごしたくないから頑張るようにプログラムされてるので

ついつい頑張ってしまう。そうすると皮肉なことに、ますます光陰は

加速した矢となってしまいます。

頑張りは頑張りを生み、感覚の中で時間を加速させ、消耗させる。

刀折れ矢が尽きた満身創痍の中で、最後には時間が止まってしまう。

〈中年以上の男性自殺者は相変わらず増加傾向ですし、多忙者の

 循環器系若年突然死も少なくありません〉


どう生きるかの方法論は各人で違いますが、やはり感じる時間は

たまに減速しないと加速したままで飛んでいってしまいますから

その中に悠久の時間を差し込み、退屈だけど楽しい時間を無理にでも

持つことによって平均時速をゆるめることも必要なのでしょう。


    以上、自戒でした。

 



最終更新日時 2011年8月23日 22時58分29秒
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更新懈怠の件

 
30代のころからの友人から電話いただきました。

家内が受けたんですが、「長い間更新されてないが、病気か?」とのこと。

実は、ちょっと休んでいるだけと思っていたのですが

こんなに更新してなかったとは思いもよりませんでした。2ヶ月弱。

(以前にもこういうことが一度ありましたが)


ブログに保護者の方々よりメッセージもいただいておりまして

あわてて御礼の返信をいたしました。

気をかけていただいた皆様に、御礼申し上げます。

ありがとうございました。


歳をとってくるにつれ、時間の速度が加速するようです。1週間など

あっという間で、1ヶ月前の出来事もつい先日の出来事のよう。

多忙のせいもあるのでしょうが、生理的にも時間は加速し

暴走して大気圏から宇宙(お墓)へと放出されるのでしょう。


本日、土浦市今泉の現場調査から、今泉霊園のお墓建立予定地を回り

その足で青葉台に寄ってきました。

生徒さんたちの声も聞こえず、姿も見えず静かでした。

校長の古色蒼然としたクラウン(2000年式)がありましたが、

大汗かいていたこともあり、ロータリーを1周して帰還しました。

 
 



最終更新日時 2011年8月23日 19時57分4秒
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学校法人塚原学園青葉台中等学部(中学校)建設委員長(予定)のタカハシと申します。
青葉台初等学部建設、そして開校に際しましては、みなさまに絶大なるご協力をいただきました。あらためて厚く感謝と御礼を申し上げます。
引き続きまして、中等学部の建設に向けて、新たなプロジェクトが発進いたします。
相変わりませず、ご協力とご指導をいただきますようお願い申し上げる次第です。

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