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カテゴリ:個人図書館
≪優れた抒情性と鋭く研ぎすまされた感覚で、独自な作風を形成した著者が、四十余年にわたって書き続けた「掌の小説」122編を収録。≫ ●『掌の小説』 ●川端康成 ●新潮文庫 ●読了日:2000年6月2日 ひとつひとつが3,4ページの短編なので、お風呂読書用に読んでいました。 お風呂場のような、外の世界と遮断された空間でこの作品を読むと、とても濃厚に味わえました。 川端康成は、いろっぽい。 なのに、どこか悲しい。 研ぎ澄まされた空気の中で震える悲しさ、みたいな…。 うまく表現できないのですが、彼のどの作品にもそれは感じられるはずです。 『掌の小説』の中で特に印象に残ったのがあります。 「有難う」という作品。 村の定期乗合自動車の運転手は礼儀正しく心優しい運転手。 道行く間、馬車に道を譲ってもらえば「ありがとう」といい大八車に譲ってもらえば「ありがとう」馬にも「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」みんなに評判のいい運転手。 ある日、乗合自動車を待つ、娘をつれた年老いた母親が「今日はお前さんの番か、そうか、ありがとうさんに連れて行ってもらうのならいい運にめぐり合えるじゃろう」と喜びます。 母親は十五里北の汽車のある街へ娘を売りにいくところです。 そして運転手はいつもの如く、道を譲ってくれる人たちに規則正しく「ありがとう」といいます。 やがて停車場につくと、母親は運転手にいいます。 「ねえ、この子がお前さんを好きじゃとよ。私のお願いじゃからよ。手を合わせて拝みます。どうせ明日から見も知らない人様の慰み物になるんじゃもの。」 一夜明けて、木賃宿から出てくる運転手のあとを母親と娘がちょこちょこと付いて行きます。 三人は再び乗合自動車に乗り、もとの村へ帰るのです。 母親は言います。 「どりゃどりゃ、またこの子を連れてお帰りか。今朝になってこの子には泣かれるし、お前さんには叱られるし。私の思いやりがしくじりさ」 そうして自動車を走らせながら、道を譲ってくれる人たちに運転手はきっちり頭を下げます。 「ありがとう」 「ありがとう」 「ありがとう」 ……と、こんな話。 たった4ページですが、川端康成の味がつまっています。 娘がこれから直面しなければいけない残酷な現実をさらっと言ってしまうむごさと、何があったと言いきってしまわない優しさの対比。 川端です。 『雪国』と同じくらい『掌の小説』がすきです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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