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今から丁度四年前、気がついたら無謀にもサッカーをほとんど知らないし興味もない私が、オシムジャパンについてのブログを始めてしまっていた。オシムさんの発する磁力はそれ程すごかった。 だからオシムさんが病にたおれ、そして奇跡的に私たちの前に戻ってきたことを本当に本当によかったと思う。 ただ後を引き継いだ岡田監督を、オシムさんと比較して、心のどこかで冷笑的に見ていた自分がいたことは、ここに書いておきたいと思う。 それと忘備録の代わりに記事へのショートカットを作ってみました。 2006年10.13 深読みオシムジャパン(1) 播戸竜二のコメント。 10.16 深読みオシムジャパン(2) 播戸竜二のコメントの続き。 10.21 深読みオシムジャパン(3) ひょっとしたら。 11.11 深読みオシムジャパン(4) ポリバレントの効用。 11.15 深読みオシムジャパン(5) ポリバレントの効用の続き。 11.30 深読みオシムジャパン(6) 献身的とは何か? 12.13 深読みオシムジャパン(7) 献身的とは何か?の続き。 2007年01.04 深読みオシムジャパン(8) オシムさんの無意識。 01.29 深読みオシムジャパン(9) ジダンの頭突き。 02.26 深読みオシムジャパン(10) カターニャの暴動、希望のサッカー。 03.16 深読みオシムジャパン(11) お願いがあります。 04.24 深読みオシムジャパン(12) オシムさんのやりたいサッカー。 05.04 深読みオシムジャパン(13) オシムさんのやりたいサッカー、の続き。 07.05 深読みオシムジャパン(14-前半) オシムさんと選手の関係。(前半) (14-後半) オシムさんと選手の関係。(後半) 07.09 深読みオシムジャパン(15) うーん、勝てなかった。 07.13 深読みオシムジャパン(16) よっし! 07.16 深読みオシムジャパン(17) この勢いで。 07.22 深読みオシムジャパン(18) オーストラリア戦、この強さは本物だ 07.24 深読みオシムジャパン(19) オシムさんの両輪。 07.25 深読みオシムジャパン(20) サウジアラビアに負けた。 07.31 深読みオシムジャパン(21) 韓国のモチベーション 10.19 深読みオシムジャパン(22) 日本人はなぜシュートを打たないのか? 最近体がナマってきたので、家の周りでジョギングを始めました。少々きついけれど気持ちがいい。おおげさですが、スポーツは勝ち負けだけじゃないと実感しています。
EXCITE BLOBに藍染めのこと、NYのこと、日々思ったことを中心にしたブログを始めました、ぜひのぞいてみて下さい。 藍染め in New York http://aizomeny.exblog.jp/ Hori‘s Japan Blue http://www.japan-blue.com/
ずいぶんと久しぶりの書き込みになります。 村上春樹氏の「常に卵の側に」というスピーチが話題になっています。彼の「風の歌を聴け」、「1973年のピンボール」、「羊をめぐる冒険」等を夢中になって読んだ記憶があるのですが、その後段々疎遠になって行きました。なぜそうなったのかはよくわかりません。 ただ、この「常に卵の側に」というスピーチは人々にダイレクトに向けられて語られたのではなく、このスピーチがどのように人々に読まれるかという結果に向けて語られているように感じました。 次元は全く違いますがこのことは、私が書いたオシムさんの記事についてもいえることで、時たま自分自身にも何かいやだなと感じることもありました。オシムさんのように強くてシンプルになるのは難しい。 ところで、以前にも書いたニューヨークでの藍染めがどうにかスタートしました。ホームページも手作りです、ぜひのぞいてみてください。 Hori‘s Japan Blue http://www.japan-blue.com/
朝起きて、ネットのニュースで知りました。ブログをいろいろ回ってみましたが、私もみんなと同じように、今はただただ、オシムさんの回復を祈るばかりです。
前のエントリーから、ずいぶんと日にちが経ってしまった。レストランも忙しくて、そしてレストランの後の生活手段の事もいろいろ忙しくて、あっという間に2ヶ月以上が過ぎた。 以前日本でやった藍染めをニューヨークで仕事(まずはアメリカ人向けのネット販売)として始めようと、準備のために、あれこれと時間を費やしていた。日本では当たり前に手に入る材料や道具の調達、ウェブサイトの構築、とりあえず一人で始めるので本当に時間が足りない。 Natural Indigo Dyeing と銘打って、化学薬品を使用しない昔ながらの微生物や酵素を使った醗酵による染めをやりたいのだけれど、水質を筆頭に環境がかなり違うので、いろいろなテストを繰り返さなくてはならず、これが非常に時間がかかる。 藍染めという言葉やその色合いは知っていても、そのやり方を知っている人は ほとんど皆無だと思う。まあ同じ醗酵だから、自分銘柄のビールを商品化しようと試行錯誤していると、想像してもらったら分かりやすいかと思う、実際はかなり違うけれども。 どうにか形になったら、このブログでもお知らせします。 スポーツナビのキーワードでひも解くオシムのサッカー/湯浅健二著『日本人はなぜシュートを打たないか』をめぐる対話(2007年10月13日)を読んだ。文中では、本のタイトルになった質問の答えをはっきりとは言ってないが、NHKラジオのインタビューでは、日本人はリスクに積極的でないのがその理由になっている。 それは、日本人は責任を取りたがらない、日本人は主体性がないなどと言い換えられるだろう。けれど、人の中に日本人を見出し、人の中に理由を探し続ける限り、その答えは上滑りを繰り返すだけのように見える。 この前日本に帰った時、私は成田空港到着ロビーのSoftBankのカウンターで、すぐレンタルのケータイを借りた。ボタンをあれこれと押していれば、使い方はなんとなく分かる。 そして、家までの駅や電車の中で誰もケータイでしゃべってないのと、着信音が全然鳴らないのを自然と確認した。10人が10人無心にキーボードを打っている。言いたいのは、1年ぶりにアメリカから帰って来て、ケータイひとつ取っても、この東京の光景がNYの騒々しい駅や地下鉄の中と、雲泥の差があるというのではなく、私が駅や電車に乗っている人を見て、ここではケータイで喋ったりしちゃ駄目なんだという事をごく自然に頭にインプットしてしまったという事だ。 何年アメリカにいようが、この癖は簡単には抜けない。日本人とは、何かを決めるとき、まず回りを見て、多くの人がそうしていたら自分もそうするのだ。 オレがシュートを打たないのは、みんながシュートを打たないからだ、という訳だ。そうしてこの連鎖がチームに広がって、オシムジャパンはシュートを打たない、日本人はシュートを打たない、となる。 人が何をやっているのかを、まず見る。誰もが心当たりがあると思う。レストランに行って、お前何食べるとか、ごく自然に誰か他人の事が気になる。で、人と同じだと、とりあえず安心する。 どうしてこうなったかと考えてみると、四方を海に囲まれて人の出入りが簡単でなく、狭い国土に非常に多くの人間が住んで、同じ言葉を喋っているという外的な要素が、大きな理由だろうと思う。こういう事は、意外と人間の精神や行動に影響する。 ヤクザという商売(?)は、日本でしか成り立たない。というのは、ヤクザがどういう風体をしていて、どういう事を生業にしているかを、お客(?)である一般の人がまず知っていなければならない。日本全国、ヤクザの格好はみんな同じだ。 ヤクザが、NYの繁華街で生意気そうなアメリカのアンチャンに因縁をつけるとは、たとえ英語が出来たとしても、想像するのは難しい。因縁が成り立つには、このアメリカのアンチャンは、ヤクザとは何者かを知っていなければならず、かつ、ヤクザの方は、アンチャンがヤクザというものを知っている、と確信しなくてはならない。 アメリカでは、単に因縁でも、撃たれる可能性も、現実的に少しはある。ヤクザが、アメリカでこの野郎と言って、無言でズドンとやられては、洒落にもならない。特にNYは、いろんな人がいて、見ただけでは相手がどういう人間かわからないから、東京とかに比べたら、けんかはかなり少ないと思う。けんかは、よく知っているもの同士で起こりやすい。 不良(死語?)やヤクザが、それらしい格好をするのは、それを他人(他の日本人)に見せるためで、逆に言うと、日本人は他人の格好や行動を、無意識的に非常に注意を払って見ている。サッカー選手も例外ではない。一皮むけるには、そういう意味での脱日本人化を、避けては通れない。ヤクザだろうが、石ころだろうが、打つときは、シュートを打つのだ。 で、この対談でもう一つ気になった事がある。 湯浅健二氏と宇都宮徹壱氏があまりにも簡単にオシムさんとサッカーと仕事、ビジネスマンを結び付けているという事。それはレストランの仕事とオシムさんのサッカーを関連づけて、色々書いている自分にも言えるのだが、サッカーを単にビジネスに結び付けるだけなら、日経プレジデント(まだあるのかな?)の表紙に、よく戦国の武将たちが並んでいたのと同じで、あまりに無邪気で、ことさら何かを言う気にもならないが、そこにオシムさんが加わると、話は少し変わる。 前に何回も書いたが、私の深読みによると、ある選手の1ゴールは、他の選手一人一人にとっても1ゴールで、11分の1を11人合わせて1ゴールになるのではない。後のやつは分業で合理的に助け合うから、ビジネス書的だ。 エジプト戦の大久保の1点は、シュートを打つ事など決してないゴールキーパーの川口の1点でもあり、さらにはこの日チームのメンバーにも入ってない田中達也の1点でもあるという、全然合理的でないこの算術は、なぜかリナックスOS開発のオープンソースシステムに似ている。 世界ビジネスの雄、マイクロソフトとリナックスが対立関係にあるのは、マイクロソフトがIBMやアップルと対立関係にあるのとは、根本的にその理由が違っている。オープンソースシステムは、マイクロソフトやIBMやアップルの仕事の仕方自体と対立している。 同じように、オシムさんのサッカーは(最近は、あえてオシムさんという枕詞をつけないで、単にサッカーでもいいかなと考えが広がっている)、ビジネスを効率よく合理的にするのに利用出来なくもないが、それよりも逆に、合理性や効率だけが選択肢ではないと言っているように、私には思われる。 オシムさんを深読みすると、サッカーが仕事やビジネスの比喩ではなく、サッカーの中に仕事やビジネスの前提になっている当たり前の事を疑う視線が見える。 はっきり言って、仕事なんかしたくないと思っている人は、私を含めてかなりいると思う。そういう人に、リスクにチャレンジしろとか、無駄走りをしろと言っても単に苦痛なだけだ。それに反して、鈴木啓太がなぜあれだけ走っても、あるいは走らされても、オシムさんと一緒の会見で、あんなに幸福そうな表情をする事が出来るのだろう? 私が藍染めの仕事を選んだのは、ひょっとしたら、啓太の様な表情をするためなのかも知れない。
サウジアラビアとイラクの決勝は、イラクに分があると思っていた。それは単純に思いつきで、いわゆるモチベーションというやつだ。国が政治的、宗教的にメチャメチャで、サウジアラビアは、その直接的な原因を作ったアメリカ寄りだ。 サウジアラビアの選手は、もちろんそれを知っているから、そんな事はないと言っても、見えないところでほんの少しだけ腰がひけていたとしてもおかしくない。結果的に、イラクはそこを突いた。 同じ事が、オーストラリア戦の日本代表に対しても言えるし、日本戦の韓国チームに対しても言える。 こういう物語的なモチベーション、リベンジとか、傷を負っているとか、お前だけには負けたくないとかは、想像以上の力を発揮するし、実際、試合を決める。ただ、これは相対的なモチベーションで、奮い立たせるものがなくなった時、そのチームは意外にもろくなる。サウジ戦の日本がそうだったとも言えるし、2回も直後に追いついたのだから、そうでないとも言える。 一般的に韓国戦では、いつも日本が、腰が引けている様に見える。サポーターも、韓国戦、何か嫌だなと内心思っているかも知れない。少なくとも私は、そうだった。サポーターとして無意識に腰が引けていた。これは、単に自分だけなのか、他の人にも聞いてみたい。 力の差が少しで、怖いもの知らずでガーッと来る相手には、どのチームも手こずる。ケンカと一緒だ。特に日本人はこういうのは、苦手だと思う。国民性というより、みんなあんまりケンカしないし。まあ、これはいい事でも悪い事でもない。ただそうなだけだし、テメエと言われて、それに付き合って同じ土俵に上がったら、相手の思うツボだ。 アジアでは、力が接近してきて、中東諸国もこれからは、もっと韓国のように攻めて来るだろう。そのたびに、攻め切れない日本は見たくない。 じゃあ、どうすればいい?当たり前だが、本当にケンカが強くなればいいのだ。相手がどういうモチベーションで来ても、自分たちのサッカーを信じてそれを実行する。これは、絶対的なモチベーションだろう。日本は無言でパンチを出す、あるいは、冷静に一歩下がる、必要なら2歩でも3歩でも下がる。こういうのが、日本には合っている。 本当にケンカが強くなるには、手間と暇がかかる。次に何をやるかを、オシムさんも選手たちも考えている。ネットにも、いろいろなアイディアがあふれていて、否定的な意見も含めて議論も盛り上がっている。 事あるごとに、向かっている方向は間違ってない、という選手のコメントを目にする。ゆっくりでもいいから、それを確実に形にして欲しい。 売られたケンカを真正面から受け止めるのは、男らしい(?)が、落とし穴も多い。これにちょと関連して、KET SEE BLOGのBBSに、いぶし銀左脚さんのユニークですこし笑えて、かなり考えさせられる「オシムのサッカー凄い!!・・・かも」という意見がのってます。ぜひ、のぞいて見て下さい。 アフリカだから熱いと単純に思い込んでいたが、南アフリカは南半球で、6月、7月は冬の真っ最中だ。そして、平均気温は、最低が5度位、最高が20度前後だ。雨も少ないみたいだし、考えながら走るサッカーにはかなりいい環境だ。オシムさんはもちろん、確認済みだろう。ただ、その前に突破しなければならないアジア予選が、どこで行われるか、調べてもわからなかった。誰か教えて下さい。 South African Weather Service
悔しいけれど、強い方が勝つ、勝った方が強い。 敗因をめぐって、ドリブルで突破しろ、ミドルシュートをもっと打て、個人技のある選手を選べと、ネット界隈が騒がしくなると思うが、連携で崩す、連携で守るという基本方針をより推し進めて欲しい。どういう攻撃を仕掛けるにせよ、誰かが少し助ければ、それだけ攻撃の精度が上がるだろう。 この1年でボールを、ゴールの7,8メートル付近までは常時運べるようになった。これは、多色ビブスの練習の成果だろう。これからは、そのボールを10センチでもいいからゴールに近づけるというプレー意識が必要になる。 そのためには、練習方法が変わらなくてはならないだろう。オシムさんの頭の中には、そのイメージが既にあると思う。素人考えだが、ゴールを中心に2メートル幅位の同心円を描いて、同じ多色ビブスでも、パスは必ず、円を狭めていかなければならないとか。 これは、半分は選手たちがJリーグから、休む間もなく連戦を強いられているタイトなスケジュールに向けられている言葉だ。あと、ハノイでオーストラリア線を含めた4戦の疲労の蓄積が、予想以上だったのだろう。 スケジュールのきつさは、大会前にオシムさんが言っていた勝てない100の理由の内の一つだ。このコメントを、スタンドで観戦していた川渕キャプテンはどう受け取るだろう。もちろん、スケジュールや疲労だけが敗因ではないだろうが、一人300万円のボーナスという、安易なサポートの仕方だけではなく、きちんとしたスケジュールを組んで、選手たちのコンディションを少しでもをサポートしてやって下さい。キャプテンも、そういう目に見えない水運びを、よろしくお願いします。 さて、終わった事は終わった事、韓国戦は、メンバーが大幅に変わりそうだが、納得のいく勝ち方をして、オシムジャパンの選手層の厚さを見せて欲しい。
この記事は、KET SEE BLOGへのコメントを転載したものです。 この前のカタール戦後、オシムさんが大爆発しましたね。試合中、水のボトルにを片手に立ち続けたり、ヨーロッパのゲームを見るために夜遅くまで起きていたり、キリンカップの時、決勝の相手になるコロンビアの試合を自分の目で見るために、協会の人と2人だけで、長野(?)まで車を飛ばしたり、感情を押し殺した論理的なコメントとは裏腹に、羽生選手が言うように、監督が一番勝つ事に貪欲で情熱的に見えます。 こういう並々ならぬガッツが、オシムさんの勝負師としての片方の車輪なら、事あるごとに耳にする、相手をリスペクトするというコメントに代表される、人と人の関係の中に上下や主従を作らないというポリシーが、もう一方の大事な車輪だと私は思います。 そして、オシムさんからのこのシグナルが、とても強かったので(当時ははっきりと何かが見えていたのでは、もちろん、ありません)、それまでサッカーを全然知らなかった私は、無謀にもブログを立ち上げてしまいました。 ケットさんは書いています。 ジーコも自分の著書で明らかにしているように、この時の日本チームは一つになっていなかった。それはTVの画面からでも、あるいはスタジアムで生で観戦していても、伝わって来てしまうものなのだ。そして自国の国際審判にも「32カ国で一番戦っていなかった」と言われてしまう、その姿勢。個人能力で劣るチームが、ひとつにもならず、相手よりも走り回っていないのでは、勝てる道理がないではないか? 中田英が浮いていたとか、ひとり離れていたとか、ちょっと信じられない事がチームに起こっていました。それに、大会の後に協会のキャプテンの口からも公式にそれを聞かされました。5センチ、10センチ、いや2センチ、3センチの差でボールに触れるか触れないかで勝負が決まるのに、このようなチーム状態では勝てるわけが無い、それは素人の私にも簡単に分かります。私はレストランで働いていますが、ウエイター、ウエイトレスの間でグループができたりすると、じわじわと仕事の質が落ちてきます。それは、どこの世界でも同じでしょう。 ケットさんは、去年のワールドカップのオーストラリア戦で、衝撃的な負け方をしたのに打ちのめされたのではなく、チームがバラバラになって、サムライとは名ばかりの虚ろな集団を目撃したからだと続けています。 物事には必ず理由があります。ケットさんは、それは友情と努力だと書いてます。 今回のアジアカップの、試合前の監督会見で最初のカタール戦は川口が同席していました。UAE戦が中澤、ベトナム戦が遠藤、そしてオーストラリア戦は鈴木がオシムさんの横に座ってインタビューに答えていました。高原でも中村俊でもありませんでした。順番に選手を座らせたり、チームの顔である欧州組がいない人選は偶然ではないと思います。オシムさんはリスペクトの確信犯ですね。 オーストラリア戦前日のオシムさんの横に座った鈴木の この写真を見て、ああ明日は何だか勝てそうだと思いました。鈴木啓太、なかなか男前ですが、それよりすごくいい表情をしてますよね。 友情がどこから来るかなんて誰にも分かりません。 去年のワールドカップの時、選手達で寄せ書きをしたけれど、全員がそろわなかったという話をどこかで読みました。もしこれが事実だったら、歓迎すべき事ではないと思います。全員の署名が集まらなかったからではなく、日本サッカーの超トップレベルの集団が団結のために、寄せ書きという紙切れ1枚を必要とした事がです。一時的、表面的には団結を促がすだろう寄せ書きを必要とする位チームがバラバラだったのかという思いと、寄せ書き自体が他人を排除する怖いシステムだから、この寄せ書きの後にますますチームはバラバラになってしまったのではと思ったからです。 今の代表チームには、寄せ書きが入り込む余地は全然ないです。1本のパス、サイドを駆け上がる走り、スペースを作るための走り、前線からのプレス、空いたスペースを埋める走り、まだまだ不器用ですが、選手達は饒舌にサッカーの言葉で語り合っている様に見えます。 もしサッカーから友情や誇りが生まれるとしたら、それはパスや走りという一つ一つの具体的なプレー以外からではないでしょう。誰もいない所に、キラーパスを出すのは、やっぱりマズイですよね。パス1本、走る事ひとつ、みんな相手あってのことです。ボールという言葉のコミュニケーションです。 サッカー人生で初めて足がつるほど中村俊輔を走らせるオシムさん、これはどう見ても、チームマネジメントという様なものじゃないですね。情熱とリスペクト、オシムさんの人生そのものだと思います。 オシムさんは中村俊輔にもっともっと走れと言いましたが、それよりも、巻や羽生をずっと間近で見ていて、こいつらスゲー走るなあと思ったのでしょう。「サッカー人生で初めて足がつった」と少し誇らしげに語る中村俊のコメントを巻や羽生への賛辞と見るのは、私の考え過ぎでしょうか。 話がどうも一貫してないようですが、オシムさんを通した友情や誇りについての、私の考えの一端を感じてもらえたら幸いです。また、寄らせいただきます、では。
時差の関係で、朝の6時20分からWEB観戦(NYは日本より13時間遅れ)、興奮が醒めない内にブログの更新をしようと思ったけれど、レストランの仕事に遅れそうなので止む無く断念。そして、たった今、夜の12時に帰宅して、これを書いています。レストランの1日は長いのだ。 もう、いろいろな所でいろいろと書かれていると思うが、ひとつだけ。このしぶとい強さの原点は、何回も繰り返してきた、多色ビブスの練習にあると思う。まだ、はっきりと言葉や文章にする事は出来ないが、この練習は1プラス1を3にする力がある。 この事は、後でゆっくりと考えるとして、これからよく行くブログを回って、少しだけ喜びを共にしたいと思います。試合はまだまだ続く。 放浪のフットボーラー『キリ』の部屋 サッカーのある幸せ KET SEE BLOG picture of player 眞鍋カヲリを夢見て No Football , No Life. Football Kingdom サッカーコラム J3 buddyblues きままに代表ブランク FBN Blue Is My Colour サッカーの話とか。 北摂日報編集室
シュートの数は14本、駒野1、遠藤1、水野1、中村俊2、中村憲2、巻2、佐藤2、 高原3。流れから2点、セットプレーで2点。 1年かけて練習でやってきた事が、実戦を通して形になりつつある。オシムさんも選手も、それを実感しているはずだ。そして、これを続けていけば、もっともっともっと強くなる。そう考えると、応援にも、ぐんぐん力が入る。 最後に巻選手、!!!!! |一覧| |