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マックス爺のエッセイ風日記

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2017.02.24
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びっくり? 世の中はまさに奇怪千万である。今日は最近気になったニュースを幾つか。


  

 あのヌーボーとした風貌の金正男氏がマレーシアで暗殺された。しかも白昼堂々と、わずか2秒間の犯行だった由。事件の真相は徐々に解明されつつある。直接手を下したのは2人の女だが、北朝鮮の工作員に指示された模様。毒物の種類は分かっていないが、怪しまれないようかなり手の込んだ「細工」をしている。<最新のニュースで猛毒のVXガスが検出された由>

 実行犯の女は2人とも捕まった。連絡役の北朝鮮人も逮捕された。彼は北朝鮮とインドの大学で化学を専攻し、毒物を造る能力もあった由。事件を指示した男4人は全員北朝鮮へ帰国した模様。仲間の工作員の2等書記官と高麗航空の職員は、マレーシアの北朝鮮大使館に逃げ込んだとも言われている。


               

 事件が明らかになった時から、北朝鮮大使館の動きが怪しかった。何台かの車で病院に駆けつけ、遺体を引き渡せと要求し続けたし、事態が明らかになるにつれ「これは韓国の陰謀」とか言い出した。北の工作員が金正恩から指示されたのも間違いなさそうだ。一説によると金正男氏が今回マレーシアに向かうことをもらしたのは、彼の第3夫人とか。彼女も工作員だった由。

 ミサイル発射に続く、実の兄の暗殺に世界は驚いた。今回の事件で中国の「切り札」を奪ったとの見方も強い。しかし凶暴極まりない国家は、一体どこへ向かおうとしているのか。このままでは世界から孤立するしかない。


  

 中国は北のミサイル発射に関して、今度こそ厳しい制裁措置を取るようだ。国連決議で北への経済制裁が決まっていたのに、これまで中国は密かに北から石炭を輸入していた。北に接する中国の3つの省の経済的な理由からだ。だが北の無軌道ぶりに、相当手を焼いた。そして金正男氏の長男である金漢率(ハンソル)を、北朝鮮の新たな統治者として担ぎ出そうとする見方もある由。

 金漢率はフランスのパリ政治学院卒業のエリート。若くして西洋文化に親しみ、民主的な思想の持ち主のようだ。だから中国は彼の暗殺を恐れ、オックスフォードの大学院へは行かせなかった由。その一方で南シナ海の埋め立て地に着々とミサイル基地を建設中で、今後アメリカを中心とする中国包囲網との軋轢が危ぶまれる。


                  

 韓国の混乱ぶりは相変わらずだ。ついに経済界の中心人物が逮捕された。サムスン電子の李副会長がその人。韓国第一の財閥の事実上のトップ。逮捕の理由は朴大統領の知人等への贈賄容疑。もちろん大統領の弾劾問題とも関連が深い。

 今回金正男氏の暗殺を行ったのは北朝鮮の工作員と分かってからも、親北朝鮮意識の強い野党の人気が高いと言う理由が、日本人にはまるで理解出来ない。あれだけ核兵器の開発と挑発行為を繰り返す危険極まりない国と、なぜ共同歩調を取るのか。韓国は一体どこへ向かおうと言うのだろう。


  

 アメリカでは大統領補佐官だったフリン氏が辞任した。政権発足前にロシアと経済制裁に関して情報を交換したことが憲法に違反する行為とみなされたのだ。その他高圧的な報道官なども評判が悪く、閣僚15人のうち、議会で承認されたのはまだ9人に留まっている。

 トランプ大統領がマスコミを非難する常套句が「偽ニュース」だが、彼自身も先日それに近い発言をして問題になった。また在イスラエルのアメリカ大使館をエルサレムに移転することを公言して、イスラム教徒から猛反発を受けている。そこはキリスト教だけでなく、ユダヤ教やイスラム教の聖地でもあるのだ。訪問予定であるイギリス国民から、NO!の声も突き付けられている。


              

 さて、東京都議会は豊洲市場移転問題に関して、「百条委員会」の設置を決める。元知事の石原さんはこれまで参考人としての出席を求められていたが、今度はより責任の重い証人の立場。好い加減な説明や「知らぬ存ぜぬ」は通用しないだろう。本当に出席するのかどうか不明だが、欠席するとしてもその理由が見つかるかどうか。

 その都議会の構成が怪しくなって来た。何と東京都自民党も内部分裂し、ほぼ小池与党化して来た感じ。先の千代田区長選で「小池派」の強さを目の当たりにし、7月の都議会議員選挙を見越しての行動だろう。まさに百鬼夜行。議員とはなんと計算高い職業なのだろう。


  

 時の人である小池さんが、今回東京オリンピックの地方開催種目会場の整備の一部を、都で負担する考えを示したのは良かったと思う。だが全額ではないし、今後どんな決着になるのだろう。豊洲市場問題もそうだが、何でも「政争化」して目を引く手法だけでは駄目。困っている市場関係者が一日も早く救われることが肝要と思うのだが。





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Last updated  2017.02.24 11:59:09
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2017.02.23
カテゴリ:写真
マラソン足跡 よれよれではありますが、未だに走っています。時々不整脈も起きる72歳。でも手術の執刀医は今の状態であれば、ゆっくりと走った方が心臓のためになると言っています。それで死なない程度に走ってると言う訳。筋力も落ちたためそんなには走れないので、せいぜい10km内外でしょうか。ランニングをしながら写真も撮るのでますます遅くなるのですがね。でそんな中から、今日は水の風景を中心に。カメラ


  

 11月3日。9kmコースの途中にある農業用水。まだ若干黄葉が残っています。(以下同様)


  



  


  


  

  
  


             


  


  

     2月7日撮影。病院へ向かう途中の広瀬川。(以下同様)

      


  

    
  

    2月8日撮影。病院からの帰り道。雪の広瀬川。(以下同様)


  


  

    白く見えるのは川辺の雪です。不思議な感じですね。ダブルハートウィンク


        


  

     2月15日撮影。13kmコースの名取川。(以下同様)

  

 
  

     2月22日撮影。9kmコース途中の広瀬川。(以下同様)

         


  


  

 晩秋から冬にかけての水辺の風景。しかも人の姿の無い写真はいかにも淋しいですね。でもランナーはどんな時期でも、どんなコースでも走りたいものなのですよね。皆さまもどうぞ風邪など引かれませんように。ではね(^^♪手書きハートバイバイ





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Last updated  2017.02.23 04:30:04
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2017.02.22
カテゴリ:写真
雪 2月下旬の仙台は、まだ雪がちらつく寒さなのでR。普通の年なら梅の花も咲かない。ところが今年は暖冬なのか、先日地元の気象台から梅の開花宣言が出た。おまけにTVのニュースでは、早咲きの桜も咲いたと聞いてビックリしたのでR。びっくり!

さくら 場所は知っている。昨年も写真を撮りに行ったけど、あれは3月だった。それが今年は2月のこの時期なので満開の桜は拝めそうもないのでR。それでもブロガーには格好のネタ。行かない手はないのでR。で、散歩を兼ねてえっちらおっちら出かけた。ついでにあの場所へも行ってみようかとね。歩く人足跡


  

 途中、紅梅の樹がある駐車場へ寄ってみた。ほほう、やっぱり今年は早いねえ。いつもなら3月に入ってから数輪咲くだけなのだが、今年は30輪ほどは咲いているだろうか。日当たりが良い天辺の方はさずがに花も多いのだが、それを撮るのはデジカメでは無理。そこで下の方の枝に咲いてるのを捜して撮った。以下も同じ場所の紅梅。じっくりとご堪能あれ。手書きハート


  


  

  
  


  

 ちょっとピンボケなのも混じっているけど、なかなか可愛いですなあ紅梅ちゃん。この紅梅が我が家の近所では一番最初に咲き始める梅なんですよね。大笑いちょきここから次の目的地まで、また歩くのでR。


  

 これがTVニュースで放送していた大寒桜(オオカンザクラ)。大島桜と寒桜の掛け合わせで出来た種類でR。これが咲いている場所は丘の上の高校。その崖の上に大きな木が1本、遠くからも見える。でも満開には程遠い状態。2月8日に開花したと言うからまだこんなものでしょう。因みに撮影したのは2月17日でした。

  

 崖の上を見上げると先客がいた。当然私もそこまで行くのでR。ところが傾斜がきついので、ズルズルと滑り落ちる。そこを踏ん張って登って行く。ふ~む。去年よりかなり筋力が落ちてるなあ。ショック


  

 先客の中に新聞社の職員のような男がいて、生意気にも私にこう抜かすのでR。「ちゃんと撮影の許可は取ったのか?」とね。「そんなの関係ね~!!」怒ってる心の中ではそう思った爺だが、塀の上から顔を出した高校の職員にこう言ったのさ。「桜を撮影させてもらって良いですか」とね。


  

 もちろん答えはOKだった。「それ見ろ、馬~鹿!!」。爺は心の中で舌を出した。「一般の市民がこんなことで一々撮影の許可など取るかアホ~!!第一ここはキャンパスの外。地元民に愛されてこその高校じゃないか。この石頭~っ!!」とは、口には出さなかったけどね。あっかんべー


  

 滑り落ちるのを必死に踏ん張りながら、撮った傑作の数々。それは冗談だが、本当はもっと良い場所があったのさ。それが「記者」のいる位置。ところが彼はその場所を譲ろうとはしないんだよなあ。「この~っ、人生の大先輩に対して失礼じゃないか」。思わずそう言いかけたのだが、そこは常識ある爺のこと。じっとこらえていたのさ。


  

 ところがこらえ切れなかった。ズルズル~っ。爺は滑ってしまったのでR。もちろん滑ったのは「口」ではなく足の方。冗談もきついが傾斜はもっときついのでR。


  

 ようやく何とか撮影を終え、崖を滑りながら下まで降りた爺。そこへ1人の老女がやって来た。やっぱりTVのニュースを聞いて桜を見に来たのだろう。そこで親切な爺は教えて上げたのさ。「崖はかなり滑りますよ」とね。それでも老女は塀を伝いながら登って行ったが、果たして桜の枝の下まで辿りつけたかどうか。見届けることもなくスタコラサッサと次の場所へと向かったのでR。


  

 これはM公園の十月桜。毎年晩秋になると咲き出すのだが、昨年はさらに遅かった。きっと残暑がきつかったせいだろう。桜の仲間は一度寒さに遭わないと咲き出さない性質があるのでR。


  

 この公園で2月に十月桜を観たのは初めて。多分もう散っただろうと思いながら立ち寄ってみたのだが、辛うじてまだ残っていた。いつも侘しい姿が一層侘しく見えるこの桜も、良く見れば愛しいものだ。


  

 まだバリバリの現役のランナーだった頃、この公園を走ることはほとんどなかった。大抵は20kmから30km程度のコースへ遠出したものだ。時には練習で80km走ったこともある。それが筋力に衰えが来てから、足に優しいこの公園の土と芝生のコースを走るようになった。


  

 今ではすっかり老人の走りになってしまった。いや走りと言うよりも、人が見たら歩いているとしか見えないだろう。まあ良いさ。人がどう思おうと本人は走ってる積りなんだから。苦笑いしながらそっと公園を去ったマックス爺だったのでR。


       

 あまりにもしょぼい桜が続いたので、最後は華やかな写真を載せようと思う。これはネットから借用した「大寒桜」の満開の図。仙台でこんな風景が見られるのはまだまだ先のこと。さて今日は午後から大仕事。果たしてブログ友の皆様のところにお邪魔出来るかどうか。では皆の衆、ご機嫌よう。ダブルハートぽっ





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Last updated  2017.02.22 04:30:06
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2017.02.21
カテゴリ:写真
<護国神社など>

マラソン足跡 病院で検査結果を聞いた後、走って帰宅します。2月初旬のことでした。家までの最短距離は、青葉城経由で山道を帰るコースですが、その代わりに傾斜がきついのですよ。でも私は鈍足ランナーなので、さほど苦になりません。ダブルハートあっかんべー


  

 左手が仙台城(青葉城)の石垣で、中央に天守台へ上るための石段が見えます。でもこんな大きな鳥居があるのはなぜ。ちょっと不思議な気がしませんか~?マル秘ウィンク


        

 その石段を上って行った突き当りの場所に、こんなものがぶら下がっていました。良く見ると小さな文字で、「青葉城鎮座 宮城県護国神社」と書いてあります。実は天守台の一角に神社があるのです。


  

 鳥居の前方正面に見えるのが本殿です。青葉城の境内にある神社ですが、祀られているのは仙台藩の藩祖である伊達政宗公ではありません。彼が祀られているのは青葉神社なのです。


  

    これが本殿の全景です。結構大きな神社であることが分かりますね。

  
  

 さらに近づくとこんな感じです。さて、ここに祀られているのは一体どんな神様なのかな?

  
    

 とても小さな文字ですが、護国神社創建の由緒が書かれています。他の神社の「縁起」に相当します。


  

 護国神社に関する説明をウキペディアから拾ってみます。一部筆者が編集しています。

 国家のために殉難した人の霊(英霊)を祀るための神社。東京都と神奈川県以外の府県に存在。その府県出身者ないしは縁故のある戦死者、警察官、消防士などの公務殉職者を主祭神とする。明治時代の名称は「招魂社」で、東京招魂社は明治2年(1879年)明治天皇によって靖国神社と命名された。


  

 昭和14年(1939年)旧内務省の省令により「護国神社」と改称。軍国主義が進み、国家神道としての姿が一層露わになって行きます。敗戦後はGHQから軍国主義施設と見做されて廃絶されることを恐れ、「護国」の名を捨てることになります。元の名称に復帰したのは、昭和27年(1952年)にサンフランシスコ講和条約が締結されて以降のことでした。

 私がこの神社を覚めた目で見ていたのは、きっと戦後の平和教育を受けて育ったせいでしょうね。だから何となく抵抗があったのは事実です。


  

 境内の一角に、このようなものが張ってありました。ある海軍大尉の遺書です。お国のために死んで行った軍人は、皆英霊として祀られたのです。当時はそのことに何の疑問もなかったことでしょう。


  

 今年で戦後72年目を迎えます。日本は高齢化社会に入りましたが、もう戦争を知らない世代が大部分になりました。 

       

 だからこの神社に、そんな歴史があったことなど知らない人がほとんどではないでしょうか。


        

 同じ戦死者でも、靖国神社に祀られていない人もいます。西南の役で死んだ西郷隆盛などがそうです。なぜなら彼は明治政府にとって反逆者だったからです。幕末の戊辰戦争では、東北の各藩の大部分は賊軍となりました。そのため長い間東北地方は、明治新政府に冷や飯を食わされたのです。


  

 ところが仙台藩では戦った相手である薩摩藩の兵士を、ねんごろに葬ったのです。藩主伊達家の菩提寺の一つである瑞鳳寺に、今もその墓が残っています。その一方、秋田の佐竹藩は官軍に就いて積年の恨みを晴らしました。佐竹氏の旧領は常陸国。その土地を水戸徳川家に奪われ、遠い秋田へと追われたのです。


  

 護国。国を守る行為。古代の人々も国を守る防人として、東北から九州へと長い旅をしました。それこそ命がけのことだったでしょう。今私たちには、自ら国を守るなどと言う気概がないのが普通。それだけ我が国が平和で豊かな証拠でしょうね。 


      

          天守台の一角にある庭園と、観光用の赤橋です。


  

            天守台から見下ろした仙台の中心地です。


  

 右手の小高い丘に藩祖伊達政宗は眠っています。付近の地名は霊屋(おたまや)として今も残されています。


  

    青葉城の天守台から見た仙台市内の夜景です。ネットから借用しました。

   
  

 乗り降り自由の観光バス「るーぷる仙台」です。市内の主な観光スポットを巡回しています。ランニングのついでに、少しだけ仙台のPRをさせてもらいました。手書きハートぽっ<完>





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Last updated  2017.02.21 04:30:02
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2017.02.20
カテゴリ:写真
<天守台の巻>

 2月初旬に病院で定期検査を受けた後、家まで走って帰りました。その途中にあるのが仙台城。通称は青葉城で、仙台で「仙台城」などと呼ぶ人はほとんどおりません。昨日は隅櫓、旧大手門、本丸の石垣まで紹介しましたが、今日はその続きで天守台を紹介します。昨日も書いたように仙台城は北と東を広瀬川が流れ、東と南に深い断崖があるため、天守閣は初めから造りませんでした。


  

 仙台城の鳥瞰図です。向かって左手が本丸。右手が二の丸。その中間の下部に三の丸があります。旧二の丸の跡地は、現在東北大学の構内となっており、旧三の丸跡には仙台市博物館があり、伊達家関係の資料が常設展示されています。本丸跡の天守台には、藩祖伊達政宗の騎馬像、観光施設の本丸会館、護国神社などがあり、観光客のための駐車スペースが用意されています。


   

   伊達政宗公の騎馬像です。彼は今でもここから仙台市内を見下ろしています。

  

 政宗は伊達家第十六代輝宗と正室義姫(最上氏)の嫡男として、永禄10年(1567年)山形県の米沢城で生まれました。幼少時に疱瘡にり患し、片目を失ったことから「独眼竜」の異名があります。正室は愛姫(めごひめ)で、坂上田村麻呂の末裔である田村氏の出です。


  

  勇猛果敢な政宗は、父輝宗の死後も近隣の戦国大名と戦い続けて領土を拡張します。


       

 政宗の領土の変遷図です。一時は東北地方の南部の大半を奪いましたが、天下統一を果たした豊臣秀吉の戦後処理によって、現在の宮城県全体と岩手県の南半分が新たな領土となりました。後に一ノ関藩、水沢藩(共に現在の岩手県南部)を分藩します。このほか長男(庶子)の秀宗は伊予宇和島藩10万石の初代藩主となります。これも家康が政宗を重視した証でしょう。


            

 政宗は居城を宮城県北部の岩出山(現大崎市)から現在の地に移します。それに先立ち、仙台の城下を整備し、上水道を造ります。これは「四谷用水」と呼ばれ、現在も工業用水などに使用されています。政宗に従って、お寺や商人、技術者たちも、米沢 → 岩出山 → 仙台と移動して来たのです。


   

 仙台藩の石高は62万石でしたが、政宗は領内の湿地や沼地を干拓して水田に変え、実質は100万石に相当する石高があったそうです。合わせて北上川や阿武隈川の改修を進め、内陸部に水路を造って水運を改良し、余剰米を江戸に送って藩の財政を豊かにさせました。

                   
  

 伊達家の家紋の一つである「三つ引き紋」。仙台市の市章はこれをアレンジしています。


  

 騎馬像の台座に刻まれたレリーフは、臣下である支倉常長をイスパニア(現在のスペイン)やローマに遣わした際のものと思われます。政宗は当時の大国であったイスパニアとの通商によって、密かに巨利と先進文化を得ようとしていたのでしょう。残念ながら諸事情により夢は実現出来ませんでしたが、当時の大名としては気宇壮大な構想を描ける英雄でした。


  

 英雄政宗は寛永13年(1636年)に68歳で没します。死因はガン性腹膜炎と言われています。彼の遺骸は、生前に彼自身が選んだ丘の上に丁重に葬られ、その上に桃山様式の華やかな霊廟が建てられました。霊廟の瑞宝殿は国宝に指定されましたが、残念ながら戦災により焼失し、現在の物は復元されたものです。復元に先立って発掘調査が実施され、身長や死因なども特定出来たそうです。


             

 騎馬像のすぐ横に、「東日本大震災」の慰霊碑があります。本来は明治時代に作られた記念碑で、後ろの高い台座にありました。戦時中も供出しないで済んだのは、皇室との関係からのようです。東日本大震災時に台座から落ちて損傷したのを補修し、現在では近くで見ることが可能になりました。


    

 天守台の一角に唱歌「荒城の月」の作詞家である土井晩翠(明治4年~昭和27年;1871~1952年)の肖像があります。彼は旧制二高、帝国大学卒業の英文学者で、母校の第二高等学校教授を勤めました。文化勲章受章者であり、仙台市の名誉市民になっています。
「春高楼の花の宴・・・」。私たちの世代の人間にとっては、とても懐かしい歌ですね。<続く>





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Last updated  2017.02.20 06:41:12
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2017.02.19
カテゴリ:写真
先日病院に行った際、山道を走って帰りました。その途中に仙台城(青葉城)があります。当日は積雪がありましたが、新雪なので走れるだろうと判断してのことです。今回は詳しい説明は省略し、写真を中心に紹介しますので、ご了承くださいませ。ダブルハートウィンク


  

  旧二の丸の城壁(右)下方から隅櫓方面を観ています。

  

 隅櫓です。「岩手宮城内陸地震」と「東日本大震災」で2度被害を受け、2度修復工事を行いました。仙台城で唯一復元されれている建物です。


  

    隅櫓の全容です。この建物と二の丸との間にかつては大手門がありました。


  

 戦災で焼失する以前の大手門です。車も通れたんですねえ。(仙台市民俗資料館所蔵)


      

           在りし日の大手門の偉容(ネットから借用)


  

        隅櫓の背面です。この横を通って本丸へと上ります。


  

  本丸へ上る途中にある中門跡(右手奥も)です。震災で崩壊し、修復しました。


  

     本丸(天守台)北面の石垣です。地震で崩落し、修復工事を行っています。


  

 これらの石垣も数年間をかけて全て修復工事を行っています。面白みのないのはそのためです。


        

 修復工事の概要図です。この工事中に中から築造当時の石垣と、その後に天守台を拡張した際の石垣が出て来ました。土の色が異なる部分と考えて良いでしょう。元々の地山は肌色の部分と思われます。


  

   これが内側に埋まっていた古い石垣の見本です。天守台に展示してあります。


  

         石垣の上部をズームしてみました。


  

       北面の石垣を逆方向から見ています。


  

      石垣の西面を観ています。手前側に登城のための石段があります。


   

 天守台の復元図です。手前(東)及び左側(南)は深い崖のため堅固で、天守閣を設ける代わりに「大広間」を置きました。


   

      これが復元された大広間の内部です。(ネットから借用)


            

 今年は藩祖伊達政宗公の生誕450年に当たります。徳川家康も一目置いた東北の英雄は、遠くスペインやローマにまで使節を送る実力者でした。<続く>





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Last updated  2017.02.19 04:30:06
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2017.02.18
カテゴリ:
冬の樹一本


         


          冬の樹一本淋しいな
          木の葉落として淋しいな
          北風強く吹く日など
          枝が寒いと泣いている


          冬の樹一本淋しいな
          一人ぽっちは淋しいな
          それでも時々空見上げ
          春が来るのを待っている

                   
              

                冬の樹一本淋しいな
                友達いないの淋しいな
                子供が来ないの淋しいな
                緑の葉っぱが恋しいな


                冬の樹一本淋しいな
                それでも黙って耐えて来た
                父さん母さん兄さんも
                北の大地で耐えて来た


     

         お~いお~いと呼んでみる
         春はまだかと呼んでみる
         その声聞いてお日様が
         雲の中から顔出した





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Last updated  2017.02.18 04:30:03
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2017.02.17
カテゴリ:芸術論
とんでもない事件が起きた。とんでもないニュースもあった。私の身辺でも今楽しくないことが起きている。本当はそんな事件やニュースを今日のブログに書く予定でいた。だが厭になった。私が書かなくても、テレビや新聞では大きく報道されるだろう。そしてそんなのを見ても、きっと不愉快になるだけだろう。

 出来たらブログは少しでも気持ちが明るくなる方が良い。そう考え直して、昨日行った眼科と薬局で撮った写真を載せることにした。全ては「作り物」だが、陰湿なのよりはマシ。説明も不要なので、今日はただ黙って観てもらおうと思う。ちょきウィンク



  


  


  


  


        


  


  


        


  


  


            


  


  


  


         


  

 いつ行っても明るくて清潔な病院です。受付の女性や検査技師の女性も若い人が多くて、気持ちの良い対応をしてくれます。花はどれも造花ですが、心が籠っているので私は大好きです。手書きハートぽっ


      

 ここからは薬局の待合室です。眼科と比べたらちょっと淋しい感じですが、いつも気持ち良く対応してくれます。


          

   では御機嫌よう。また明日ね。今日も皆様にとって素敵な一日になりますよう~。さくらスマイル





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Last updated  2017.02.17 06:01:21
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2017.02.16
カテゴリ:芸術論


 映画『沈黙 ~サイレンス~』を観た。「おや?」と思われるだろうが、監督はマーティン・スコセッシ。アメリカの人である。従って映画の中で話される言葉は英語。そして時々日本語が混じる。時代は江戸初期。場所は肥前長崎。ここに消息の知れない師を捜しに、2人のポルトガル司祭が密入国して来る。当時は「キリシタン禁止令」が出た後。見つかったら処刑は免れない運命だ。

    
                    

 原作者は遠藤周作で、昭和41年(1966年)出版。遠藤は三浦綾子、曽野綾子らと並ぶクリスチャン作家でカソリックの信者。カソリック文学研究のためフランスにも留学している。その一方で「狐狸庵」を名乗ってユーモアを解する度量があり、マスコミにも顔が売れていた。この作品は篠田正浩が出版の5年後に映画化され、大きな話題になった。


   「踏み絵」の銅板

 テーマは信仰と棄教。信仰を捨てない村人たちは「隠れキリシタン」となるが、追及の手は極めて厳しい。試されたのが「踏み絵」だ。中には命惜しさに「転ぶ」者も出る。つまり棄教だ。心ならずも踏み絵を踏みつつ、信仰を続ける者もいる。ポルトガル人の司祭の間でも、信仰と懺悔をどう捉えるかで意見が分かれる。


                

 取り締まる側の頂点にいるのが幕府大目付で宗門改(しゅうもんあらため)役の井上筑後守。演じるのはイッセイ尾形。普段彼は長崎の奉行所にいるのだが、時には取り締まりの現場にも赴く。日本語で話すこともあるが、ほとんどがユーモラスな英語での会話。アメリカ映画なので仕方ないが、その軽妙さとは裏腹に彼が執行する処刑は極めて残虐なものだ。


   

        

 処刑されるキリシタンと悲しむ村人たち。彼らは隠れキリシタンだ。

  
 

 殉教する信者がいる一方、何度も「転ぶ」者もいる。その代表がキチジロウ。踏み絵を踏んだ後で必死になって司祭に救いを求めるが、役人と村人の双方から次第に信用されなくなる。演じるのは窪塚洋介。何年か前マンションの9階から墜落しながら、奇跡的に死ななかった男だ。彼はその時の記憶がないと言う。信仰と棄教。相反する行為を演じる姿には、鬼気迫るものがあった。


            

 民衆がこれほど苦しんでいるのになぜ神は沈黙したままなのか。弱い人間が神を裏切り、仲間を裏切るのは罪なのか。遠藤が問いたかったのは、きっとそのことだろう。一頃彼はノーベル文学賞の候補者と言われたそうだ。だが小説の驚くべき結末が栄光の受賞を阻んだ。何と行方不明だった師は転んで日本人として生き、妻のいる身となっていたのだ。


 

 遠藤は史実を下敷きにしながらフィクションも加えた。師を追って日本に密入国したポルトガル人司祭の一人も苦しみつつ転び、やがて江戸で日本人として妻を迎える。何十年かの日が過ぎ彼は死ぬ、その棺に収まった彼の懐にあったものとは一体・・・。

 自らの弱さゆえに神を裏切るのは、宗教弾圧の時代だけとは限らない。現代人もまた然りだ。そして宗派の対立を深めて来たのも宗教の歴史、いや人間の歴史そのもの。神はなぜ沈黙して真理を示さず、弱い人間に試練を与え続けるのか。遠藤の作品は、恐らく人間にとって永遠のテーマだろう。





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Last updated  2017.02.16 04:30:03
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2017.02.15
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  子供達よ元気かい
  父はまあまあ元気でいる
  仙台はこの冬何回か雪が降った。
  まあ東北生まれの私にはちっとも珍しくはないけどね



  仙台はあまり雪は降らない方だけど
  それでもずっと南の転勤先で生まれたお前たちにとって
  仙台の冬はやはり厳しく感じるかも知れないね



  思えばお前たちと色んな街に住んだね
  仙台から転勤して、千葉、三鷹、東京
  そしてお前たちは筑波、鳴門、沖縄
  ここまではずっと一緒に暮らしたよね



  松山ではお姉ちゃんは一人暮らしを始めた
  そこから私とお母さんは転勤で大阪へ行き
  お兄ちゃんは筑波で働き始め
  高校生の弟だけが一人松山に残ったんだよね



  家族がバラバラになって暮らした時
  お母さんはいつも大変だと言っていたよ
  実はお父さん自身もずいぶん大変だったのさ
  仕事上の苦しみで死のうと思ったこともあったんだ



  どの職場でもお父さんは頑張った積りだけど
  あるところでは上司にどやされ
  あるところでは部下に裏切られた



  仙台にこの家を建てて20年
  その間にお前たちが一緒に住んだのは
  お姉ちゃんですらわずか1年
  息子2人はせいぜい2か月くらいだったよね
  失業中だった暗いあの時期の


 

   息子たちよ 東京暮らしは辛いだろうね
   不安定な雇用形態のお前たちは
   いつ首にならないとも限らない





   でも歯を食いしばってじっと耐えてくれ
   そして決して逃げようなどとは思うんじゃない




   お姉ちゃんはご主人の単身赴任で責任重大だね
   孫のMちゃんは今年高校2年
   そしてRちゃんは中学2年
   きっとそれぞれ受験に向けて頑張っていることだろう



   きっと誰もが不安と戦っているんだろうな
   実はこの父 爺ちゃんもそうだ
   最近は歳を取って病気がち
   眼も耳も足も心臓も少し弱って来たんだよね



  どうか風邪など引かないように
  そして出来るだけ健康に過ごしてほしい
  父はそして爺ちゃんは電話もしないけど
  心からそう願っているんだよ



  まだまだ厳しい冬だけど春はまた直ぐに来る
  今は厳しい人生でもそのうち明るい日も来るさ
  だからどこにいても頑張って暮らしてね




   父は そして爺ちゃんは
   自ら買い物をし 自ら料理を作り
   部屋を掃除し 洗濯物を干す
   でもたまにはゆっくり走ったりもしてるんだ




   そのうちまたみんなで会えると良いね
   それまでみんな元気で暮らしてね
   今日の仙台の空は少し春めいて明るいよ
   そっちの空はどうだろうね

   仙台の父 そして爺ちゃんより みんなへ





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Last updated  2017.02.15 04:30:04
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