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梨田昌孝(なしだ・まさたか) ※旧名:昌崇
●生年・出身地 : 1953年生まれ・島根県出身 ●ポジション : 捕手 ●投打 : 右投右打 ●選手としての球歴 : 浜田高~近鉄(1972年・ドラフト2位-1988年) ●背番号 : 52(1972年-1973年)→8(1974年-1988年) ●受賞歴 : ゴールデングラブ賞2回(1979・1983年 捕手) ベストナイン3回(1979年-1981年 捕手) ●通算成績 : 打率.254・874安打・113本塁打・439打点 (1323試合) この人こそまさに「ミスター・近鉄バファローズ」の称号を与えられるにふさわしい人です。選手・監督両方で「近鉄バファローズ」の優勝を経験した唯一の人物…それが、梨田昌孝さんなのです。 現役時代はヘッドワークの効いたリードと強肩を武器に、好捕手として鳴らしました。また、体をくねくねと動かしながら構える独特の打撃フォームは「コンニャク打法」と呼ばれ、ファンの間で親しまれました。私もずいぶん真似したものです(笑)。 1979年には、名将・西本幸雄監督のもと、球団悲願の初のリーグ優勝に貢献しました。それまで「パ・リーグのお荷物球団」という不名誉なあだ名を頂戴していたチームは「猛牛軍団」に変貌し、その扇の要を守る梨田選手も、全国区の有名選手になりました。 1988年には、プロ野球界の伝説ともいえる、いわゆる「10.19」(ロッテオリオンズとのダブルヘッダー:川崎球場)の第1試合で勝負を決めるタイムリーヒットを打つ活躍。この年限りで現役を引退した梨田選手にとって、このヒットは現役最後の輝きとなりました。 また、私は彼のソフトな人柄とダンディな雰囲気を漂わせた紳士的なキャラクターも大好きです。NHKの野球中継を見ればわかりますが、ユニフォームを脱いだ今も、彼のソフトさとダンディさは変わりません。 1993年にバッテリーコーチとしてチームに復帰。1996年には二軍監督、2000年には一軍監督に就任、翌2001年にはチームを前年度の最下位からのリーグ優勝に導きました。 彼の残した名言・名句はいくつかありますが、その中でも特筆すべきは、近鉄球団が「消滅」する最後の試合の前日に選手を前に語った言葉「みんな胸を張ってプレーしろ。お前たちが付けている背番号は、すべて近鉄バファローズの永久欠番だ」でしょう。近鉄ファンならずとも心を熱くさせられるこの言葉は、近鉄一筋でがんばり、近鉄の苦境も栄光も体で感じてきた梨田さんだからこそ言える言葉です。 梨田さんは、私にとって野球人としても人間としても尊敬できる素晴らしい人物です。 【おまけ】 ●梨田昌孝選手のテーマ(近鉄バファローズ時代) ♪敵ののどに食らい付け 梨田の一撃 コンニャク打法の凶弾 ぶち込め梨田 ![]() [私家版!野球殿堂]カテゴリの最新記事│<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |