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読書の時間 (5)

++++ 「読書の時間」で紹介された作品の一覧表 (5)、(1)(2)(3)(4)(6)(7) ++++
ネタバレあらすじの付いた読書感想日記なのでチェックは要注意!



 ナニカアル  桐野夏男  (☆☆☆+)

太平洋戦争の初期(昭和十七年)、作家の林芙美子は陸軍報道部報道班員(いわゆる“ペン部隊”)としてシンガポールや、現在のインドネシア名だとジャワ島やボルネオに派遣され、偽装病院船で南方へ向かった。「戦意高揚に努めよ」という命を受けてあちこちへと派遣される芙美子だったが、自分だけに荷物持ちの軍人がついてくるので不審に思っていた。芙美子には画家で夫の手塚緑敏がいるが、数年も前から年下の新聞記者・斎藤謙太郎と不倫を重ね、戦下で会えない時でも文を交わして関係をつないでいた。今回の派遣先でも二人は再会し、周りに隠れて逢瀬に心を熱くする芙美子。しかし、スパイ容疑がかかった謙太郎の愛人ということで、軍にマークされていることを知り、謙太郎を疑い始める。やがて日本に戻った芙美子は、妊娠していることに気がつき、周囲に隠しながら男児を産み、養子がほしいから手に入れたと言って、その子を養子として育て始めた。
* 芙美子の姪が、緑敏の死後の遺品整理中、彼の絵画の裏に隠してあった彼女の手記を見つけ、その手記を出版するか燃やすか悩むところから物語は始まる。その手記はまるでノンフィクションのようで、作者は混乱をするほど、当時の背景をよく[表している。                     


 指輪をはめたい  伊藤たかみ  (☆☆☆)

29歳の独身サラリーマンの片山輝彦は、ある日、スケートリンクで転んで頭を打って気を失う。気がつくと、数時間の記憶をすっかりなくしていた。プロポーズするつもりで給料三ヶ月分の婚約指輪を買ったこと、そして自分が3人の女性を相手に三股をかけていたことは覚えていたが、その3人の誰に婚約指輪を渡すはずだったのか思い出せない。プロポーズ相手を思い出そうと、彼は改めて彼女たちそれぞれとデートをしてみるが、結局3人それぞれの魅力を確認しただけだった。実は輝彦には30歳までに結婚したい理由があった。学生時代からの付き合いで同棲までしていた恋人・絵美里に「子供過ぎる」という理由で2年前に突然捨てられ、その傷を癒すために彼女よりいい女と30歳までには結婚して幸せになってやろうと決心していたのだ。混乱しながらも輝彦は記憶を失ったスケートリンクに再び足を運ぶ。そこで彼はどこかで会ったことがあるような気がする少女エミと出会う。
* 輝彦を振り回す少女エミには秘密があったのだ。


  花まんま  朱川湊人  (☆☆☆+)

同じ長屋で暮らす小学生の朝鮮人兄弟は差別を受けながらも懸命に生きていた。やがて弟のチェンホが病死し、夜な夜な幽霊になり出没するようになる「トカビの夜」。道端で怪しい男から買ったクラゲのような水生生物を密かに育てている少女。仕事で家に来たお兄さんを好きになるが母と失踪してしまう「妖精生物」。酒飲みで遊び人だったおっちゃんが亡くなり、霊柩車で火葬場に向かう途中、あと少しの場所で急に車が動かなくなり立ち往生。鎮魂すべく、生前に付き合っていた女性たちを呼び出す「摩訶不思議」。小学生の妹が突然、前世は彦根に住む21歳のエレベーターガールで、仕事中に暴漢に襲われ殺されてしまったと語り出し、どうしても彦根の家族に会いたいと言い出す妹につきあって彦根に向かう「花まんま」。言霊を唱えるだけで人の肉体と魂を分離できる術を代々引き継いできた叔母に見込まれて弟子にされた「送りん婆」。いわれのない差別を受け、孤独に過ごしていた少年に唯一、話し相手のお姉さんができるが・・・「凍蝶」。


  たまゆら  あさのあつこ  (☆☆☆+)

人の世と山との境界に暮らす老夫婦・日名子と伊久男。花粧山を目指しては迷い、疲れ果てた人々がこの家に辿りつくたびに、夫婦は快く食事と温かい場所を提供してやり、送り出していた。ある雪の早朝、その家を18歳の真帆子が凍え震えながら訪れる。愛する少年が、1年前に人を殺めて山に消えたのだという。彼を捜すために雪山に入ろうとする真帆子に夫婦は反対するが、真帆子の決心を知って付き添うことを選ぶ。日名子もまた、狂おしい愛が引き起こした過去の罪を、隠し生きていたのだった。山頂を目指しながら、真帆子に語られる日名子と伊久男との出会いから始まった、小さな村で起こった猟奇殺人。山という異界で交錯する二つの愛を見つめた物語。
* なぜそんな辺境の地に老夫婦は暮らすのか。心に問題を抱えて山に入り消えていく人々に付き添い、見守る・・・夫婦の姿勢は静かである。やがて語られる日名子の過去。伊久男との出会いが全てを狂わすも、この男と離れるわけにはいかないという執念に似た愛情で貫いた感情が本書の全て。


  東京タワー   リリー・フランキー  (☆☆☆☆)

オカン。ボクの一番大切な人。ボクのために自分の人生を生きた人。4歳のときにオトンと別居、九州筑豊の小さな炭鉱町で、ボクとオカンは一緒に暮らした。やがてボクは上京し、東京でボロボロの日々。還暦を過ぎたオカンは、ひとりガンと闘っていた。「東京でまた一緒に住もうか?」。ボクが一番恐れていたことが、ぐるぐる近づいて来る----。大切な人との記憶、喪失の悲しみを綴った傑作。





  インストール  綿矢りさ  (☆☆)

受験生の朝子は、日々の忙しさや煩わしさから脱落することを決め、母親に内緒で学校をさぼり始める。やがて自分の部屋にあった物を全てゴミとして処分し、気分的に何かを一掃したつもりだったが、何も変わっていない現実に気がつく。そんな中、もう動かなくなったコンピュータをゴミに出した際に知り合った、引っ越ししてきたばかりというクールな小学生のかずよしと出会う。朝子は壊れたコンピュータを彼に譲り、後日、かずよしに会った時に風俗チャットでひと儲けする仕事の誘いを受ける。お互いの親が出勤をしている時間にかずよしの家の押入れに隠してあるコンピュータで行う風俗チャットというダークな仕事をこなす朝子。やがて不登校が母親に知られ、さらに、かずよしの母親にも勝手に家に入り浸っていることが知られてしまい・・・・。
* 高校生が書いたとは思えないほど、しっかりした小説にはなっているが、設定や物語自体にはやや難あり。12歳のかずよしが妙に大人びているからだ。


  赤朽葉家の伝説   桜庭一樹  (☆☆☆+)

島根県の紅緑村に突然置き忘れられた幼子は、明らかに肌の色や目鼻立ちが違う「辺境の人」の特徴があった。皆が気味悪く思う中、見つけられた場所の近くに住む若夫婦に引き取られ、娘は万葉と名付けられ人並みに育てられた。学校にも通わせてもらったが、文字を覚えることが出来ず、勉強は全くできなかった。しかし10歳になった頃に未来視ができるようになり、たびたび妙なものを見るようになる。やがて旧家であり、製鉄業を営む赤朽葉家のタツに望まれ輿入れし、後に赤朽葉家の“千里眼奥様”と呼ばれることになる。これが瞳子の祖母である赤朽葉万葉の時代話。ほかに、元レディース総長で人気漫画家の母・毛鞠の時代話と平凡な娘に育った、現代っ子の瞳子が時代を遡りながら語る・・・ある村の女三代伝記。
* 万葉の幼少期や未来視、赤朽葉家に嫁ぐ話は興味深く、さらに娘の毛鞠の暴走族時代、影の百夜、漫画家になった話は奇天烈だったが面白かった。個性的で豪傑な二人に比べて、3代目の瞳子の話は、物足りなさはあるが最後をしめくくるには安心感があって、それはそれでよかったのかも。             


  おしかくさま  谷川直子  (☆☆+)

離婚後、ウツ病を発症し10年間も引きこもり生活を続けていた49歳のミナミ。そこへ妹のアサミから連絡が入る。それはママからパパの浮気調査を依頼する内容だった。小遣い欲しさにパパを尾行することとなったミナミだったが、その先で待っていたのは一見すると怪しい新興宗教お金の神様「おしかくさま」を信仰する60歳代の4人の女性であった。高校の国語教師で校長まで勤めて退職したパパは、先生という立場で彼女たちから発せられる様々な質問に答えているらしく、ママの言うような女性問題ではない様子。そのうちにミナミの尾行はバレてしまい、信者の輪の中へ・・・・知れば知るほど意味不明な「おしかくさま」はネット上のお金の神様であり、お参りはなんとATMらしい・・・。
* ミナミ、アサミ、アサミの娘のユウ、パパ、ママ・・・それぞれの視点で語られてはいるが、盛り上がりもない話なので、なかなか読み進まなかった。


  テンペスト(上・下)  池上永一  (☆☆☆)

珊瑚礁に囲まれた500年王国の末期琉球王朝。美しく聡明な少女・真鶴は、女というだけで学問の道に進めないことを不公平に思っていたが、跡継ぎだった兄の失踪を機に宦官・孫寧温と名乗り、性を偽って男として生きていくことを誓う。難関の科試に首席で合格した寧温は、王府の評定所勤務になり、降りかかる難題を次々と解決。最速の出世を遂げていくが、数々の敵に阻まれ、遂に八重山に謀反人として流刑される。その地で寧温は真鶴に戻り九死に一生を得るが、その類稀なる美貌と才覚を見初められ自分の意思とは裏腹に再び王宮へ、王の側室として返り咲くこととなる。しかし、つかの間の平穏な生活はペリーの来航により急を告げる。八重山へ流刑となっているはずの孫寧温が、外交に長けた人物として急に呼び戻されることになり・・・真鶴は昼間は宦官・孫寧温として、夜は側室・真鶴として一人二役をこなさねばならないことになる。やがて薩摩と清国、二国の狭間で揺れる琉球にも近代化の波が押し寄せてくる。                   
* 真鶴と寧温の一人二役など現実的には無理だろうと言ってしまうと本書の醍醐味が損なわれてしまうので微妙なところ。喜舎場朝薫や前の聞得大君であった真牛、尚泰王の側室であり親友の真美那などの人物は個性があり面白かったが、部分的に少しズレたところもあり、感情移入するには難しかった。あと、長すぎる。


    小山田浩子  (☆☆☆+)

夫の転勤で、夏に夫の実家の隣の空き家に引っ越してきた松浦あさひ。田舎暮らしは不便だが、義母は家賃もいらないというし、気に入らないパートも辞められる・・・長い休暇だと思えば悪くない。ただこの長い休暇は終わりがないことに気づいたある日、あさひは見たこともない黒い獣を追ううち穴に落ちた。胸のあたりまでの深い穴。その日を境に、あさひは夫の家族や隣人たちが何かがおかしいと感じ始める。携帯電話で繫がる相手にしか興味を示さぬ夫。言葉とは裏腹に打ち解けない義母。いつでも留守な義父。感情のこもらぬ満面の笑みを浮かべ、ひたすら庭に水を撒く義祖父。一人っ子のはずの夫の実兄だという、物置小屋で暮らしている妙に饒舌な義兄。あの黒い獣は何なのか。「いたちなく」「ゆきの宿」を2編収録。
* 何となく不気味だ・・・という掴みどころのない、結論のない話だったが、義兄の登場と水をやたら撒く義祖父の存在がさらに不気味さが増した。ところで黒い獣の正体は何だったのだろうか?                            


  共喰い  田中慎弥  (☆☆☆+)

昭和63年の夏、山口県下関市。川辺と呼ばれる地域に住む高校生の篠垣遠馬は、父親と飲み屋に勤める父の愛人・琴子と暮らしていた。そして遠馬の実母・仁子も川一本隔てた場所の小さな魚屋で一人で暮らしていた。仁子は戦争中に左手首を切断。戦争が終わってから数年後に父の円と結婚したが、円が性行の際に殴る癖があることを知り耐えていた。しかし遠馬が生まれると仁子は籍を抜かぬまま、遠馬を家に残して魚屋に移り住むようになった。17歳の誕生日を迎えた日、遠馬は彼女の千種と関係した。父と同じように性に溺れる自分を嘆く遠馬。円と遠馬と一緒に住む琴も円に殴られ、よく頬や目の周りに痣を作っていた。 ある日、琴子は遠馬に妊娠した事とやがて家を出ることを話す。祭の前日、大雨の中を琴子は出ていった。家へ戻って来た父に、遠馬が妊娠した琴子はもう家へ戻らないだろうと告げると「わしの子、持ち逃げしやがってから」と下駄を履き、琴子を探しに円は飛び出した。そして遠馬を待つ千種のいる神輿蔵へと姿を消した。
* 始まりからラストまで一貫して雰囲気は暗い。異常な性癖を持ち、自分勝手でわがままな子供のような父と、そんな父を毛嫌いしながらも同じ性癖に悩む高校生の息子。ラストはなかなかドラマティックであり、読ませる。


  ジョーカー・ゲーム  柳公司  (☆☆☆)

昭和12年秋、陸軍中枢部の多数の反対意見を押しのけて、結城中佐の提案で設立されたスパイ養成学校「D機関」。元スパイという経歴を持つ結城の下、互いの本名も知らぬまま、スパイに求められる様々な訓練を受けた訓練生たちは、優秀なスパイへと成長し、次々と世界中で活動していく。憲兵隊が暴けなかった親日派外国人のスパイ容疑を調査する『ジョーカー・ゲーム』。横浜の英国総領事館公邸に出入りする機関卒業生による調査の顛末を描く『幽霊-ゴースト-』。ロンドンに潜入し、英国諜報機関に捕らえられた機関卒業生の脱出話の『ロビンソン』。上海に潜入し、当地の派遣憲兵隊大尉の真の姿を暴く『魔都』。二重スパイの証拠固めの最中に起こった密室殺人の真相を暴く『XX-ダブル・クロス-』。
* 短編集なので、話の冒頭は「D機関」や結城中佐の説明が必ずあるのが少し面倒な印象。しかしスパイの世界観が少し垣間見れて、なかなか面白かった。


  円卓  西加奈子  (☆☆☆+)

祖父の石太、祖母の紙子、父の寛太、母の詩織、三つ子の中学生の姉たち(理子と眞子と朋美)の8人で暮らす小学3年生の琴子(こっこ)。美人の母親に似て見た目はかわいいが「うるさいぼけ」が口癖で、孤独や不憫さ、大人びた事に憧れをもつ偏屈者。幼馴染のぽっさんや憧れの香田めぐみさん、在日4世で学級委員の朴くん、ベトナム難民の息子のゴックんなどなど個性的なクラスメイトとともに、いろいろ考え悩み成長するこっこの姿を描く。
* 家族から愛されて暮らす平凡さを嫌い、孤独や不憫な環境に憧れる、ちょっと変わった女の子のこっこ。クラスメートがものもらいや不整脈になった時、なぜかカッコいいと憧れ、それを真似たこっこは周囲の違和感を感じて、ある夜に幼馴染のぽっさんに相談する。「それは本人が嫌だと思うことだから」と答えるぽっさんに「カッコいいと思って真似ることが悪いの?」と納得できないこっこ。その部分が印象的。個性的な人物たちが脇を固め、より物語は面白くなっている。


  春の雪~豊饒の海第1巻  三島由紀夫  (☆☆☆)

時代は大正初期。まだ日本に華族や爵位の残る時代。侯爵家の一人息子・松枝清顕と伯爵家の一人娘・綾倉聡子は幼馴染で互いに想いながらも上手く愛情を表現出来ずにいた。そんな中、聡子は宮家の子息・洞院宮治典王に求婚される。傾きかけた伯爵家の身分では断ることなど許されない事であったが、聡子は清顕の気持ちを確かめるためと、助けて出してほしい気持ちで清顕に何度も手紙を出す。しかし自尊心が強く、幼稚で不器用な愛情表現しかできない清顕は手紙を読まずに突き放してしまい、失望した聡子は洞院宮治典王との縁談を受け入れる。もう聡子が自分の手の届かない存在になった時になって、ようやく清顕が聡子への深い愛に気がつくが、結婚の勅許が下りた後だった。それでも聡子への愛を諦めきれず、清顕は聡子付きの女中・蓼科を脅迫し、聡子との密会を要求する。つかの間の禁断の愛と知りつつも、激しく愛し合う二人。やがて聡子の妊娠により秘密の関係が知られてしまい、互いの両親は聡子を隠密に中絶させる。聡子は深く苦しみ、身を潜めていた奈良の門跡寺院で、ひとり出家を決意する。突然の聡子の出家で慌てた両家は、考えた末に婚約者の洞院宮治典王には聡子が頭の病気にかかったたと嘘の内容で破談を申し出、何とか問題もなく受理される。一方、出家した聡子に一目会いたいと清顕は寺に行くが門前払いされて会えない。なおも面会を希望するが聡子は拒絶。もともと華奢で体の弱い清顕は、寒空の下で待ち続けたことが原因で20歳の若さで春の雪の降る中、夢や幻を見ながら息を引き取る。
* 繊細で上品で、美しい旋律をもつ・・・今までに読んだことがないような描写表現が印象的。清顕の未熟さ、愚かさ、儚さが際立てば際立つほど、この作品の美しさがよくわかる。


  火天の城  山本兼一  (☆☆☆☆)

1576年、尾張熱田の宮大工・岡部又右衛門は、織田信長から「天高くそびえ立つ、天下一の城を作れ」と、近江安土に五重の天守閣を持つ城の設計・建築を命ぜられた。安土山を切り開き、広大な敷地を石の城壁で囲み、掘り出した巨大な蛇岩を本丸まで運び上げ、大通柱とする木曾檜のご神木を調達し、赤瓦を組む・・・それはかつてない程の材木や人手を必要とする、想像を超える大事業であった。天守堂を作り、天守櫓の中を御殿にせよ・・・という信長の無理難題や甲賀者(乱波)の妨害、相次ぐ天災や難問を乗り越え、又右衛門と周囲の人物たちの知恵と協力によって克服し、わずか3年ほどで独創的で絢爛豪華な「安土城」を完成させる。が、それからわずか3年後、1582年の本能寺の変にて信長が死し、まもなくして何らかの原因によって城は火に包まれる。
* 又右衛門と息子の副棟梁・以俊との親子の確執、信長の理想とする南蛮風建築に近づけるべく努力する番匠ら、最高の木曾檜を獲得する又右衛門の交渉、忍び込んだ乱波が起こす事件、事故で亡くなる人々など、、、内容はドラマテッィク。人物の人柄や築城の難しさ、時代背景なども簡潔に描かれて読みやすい。時代小説の傑作。~筋のある男を静かに、時に熱くドラマティックに表現し、時代物語の深さと面白さをサクサクと簡素に描くことができる作者の山本兼一。もっと読んでいきたい作家だっただけに突然の訃報は残念だった。


  青天の霹靂  劇団ひとり  (☆☆☆+)

17年間、場末のマジックバーで働くマジシャン、轟晴夫。学歴も金も恋人もない35歳。半ば腐り、自分に嫌気がさしながらも後輩マジシャンの成功を妬みつつ羨望し、TV番組のオーディションを受ける。その合否の連絡を待っていた時、警察から「ホールレスとなった父親が高架下で亡くなっていた」と告げられる。遺体確認の帰り、父親が倒れていた場所を訪れる晴夫。男手1つで自分を育ててくれた恩を忘れ、勝手に家を飛び出した自分の過去を思い出していた。そんな中、晴天の下で雷のような衝撃に打たれ、気がづくと、晴夫は昭和40年代にタイムスリップしていた。混乱しつつ浅草をさまよい、たまたま入った演芸場でスプーン曲げを披露して驚かれ、そこで雇われることになった。美人で気立てのよい舞台助手の悦子が肺結核になったため、冴えない3流マジシャンの轟新太郎が助手についたが、彼は何と晴夫の父親の若かりし姿だった。
* 生まれてこなければよかった・・・と自らの出生を恨む晴夫は、愛する子供のために命を懸け、亡くなった母親に出会う・・・ありがちな物語だが、素直に泣けるし、よく出来ていた。


  想像ラジオ  いとうせいこう  (☆☆+)

町を見下ろす小山に生えた高い杉の木の枝に、仰向けに引っかかったまま首を仰け反らせ、町を逆さまに見ている男がいる。赤いヤッケを着たその男は、ノアの「方舟」にちなんだDJアークという名を持ち、聴き手の想像力の中でオンエアされるラジオ番組を「あの日」以来、木の上から送り続けている。男は「あの日」の記憶をすっかり失っているが、リスナーたちとの交信によって、欠落は少しずつ埋められていく。不特定多数のリスナーと交信をしつつも、彼には本当に語りかけたい相手がいる。それは妻と息子。しかし彼女らの声はまだ届いていない。何故?という問いにあるリスナーが「こっち側にいないからだ」と答える。そうか、彼女らは助かったんだ。どこかで生きているんだ・・・
* DJアークは高い杉の木に引っ掛かったままで、誰にも見つけられず埋葬されないまま遺されていた。想像ラジオから次々と聞かなくなっていく、見つけられた遺体たちの声。しかしDJアークの声はまだ届く。一方で、ハクセキレイに分身したSさんは杉の木に引っ掛かった男を横目で見ながら、想像ラジオの合間に震災のことを語りだす。飄々と掴みどころもなく、終わりもない不思議な世界。私には難しい。


  さよならドビュッシー   中山七里  (☆☆☆+)

大地主の祖父を持ち、何不自由なく暮らす香月遥はピアニストを目指し音楽科のある女子高校へ特待生として入学。同じくピアニストを目指しインドネシアで暮らす、従姉妹のルシアは同い年。そのルシアが来日をし楽しく過ごしている中、スマトラ島沖地震が発生し両親を亡くす。そのまま、遥の住む屋敷で一緒に暮らすことになったルシア。そんなある夜、祖父の玄太郎と遥とルシアの3人しかいない時に火事が発生。火に巻き込まれ、全身に大火傷を負いながらも一人だけ助かった遥。皮膚移植により全身継ぎ接ぎのミイラ女となったが、遥は逆境に負けずピアニストになることを決意。有名ピアニストの岬に助けられながら、病院でリハビリを受けながら、学校が勧めるコンテストで受賞するべくレッスンに励む。しかし祖父の遺産相続に絡んで、遥の周りでは不審な出来事が続き、やがて母が謎の事故死をする。
* 初めはピアノの知識豊富な音楽小説?かと思ったが、コミックでありそうなイケメン探偵物語?っぽい流れになってきて、ムムム。意外性はあったけれど。設定的な無理もあったなぁ。


  そして父になる  是枝裕和/佐野晶  (☆☆☆+)

大手建設会社に勤めるエリート社員の野々宮良多は、妻・みどりと6歳の慶多と3人で高層マンションに暮らし、仕事は多忙だが充実した日々を過ごしていた。慶太の難関私立小学校の受験日が迫る、ある日。慶多を出産した病院から出生時に子どもの取り違えがあり、慶多は実の息子ではないと知らされる。ショック状態で途方に暮れる中、病院側に勧められ、ふたりの実の息子・琉晴を育てる斎木雄大と妻・ゆかりと、琉晴の弟妹ら家族に対面する。育ててきた環境も親の有り方も全て違う家族同士で戸惑う事もあったが、相談の末、交換を前提として交流を始めることになった。そして毎週末、本当の親の元に連れられて交換生活をする中で、自分に似ている部分を見つけ血の繋がりに納得しながらも、一方で正反対の性格の息子にどう接すればよいのか悩む良多夫婦。そしてお互いに仲良くなった頃を見計らい、1年生の夏休みに子供の交換を実行する。6年間愛してきた息子と、血の繋がった実の息子。血の繋がりを優先して子どもを交換するべきか、共に育んできた親子のまま暮らしていくべきか・・・葛藤の中で良多は、慶多の想いや、長年憎んできた父親との摩擦関係、威厳だけ見せつけて逃げてきた育児、そんな親としての無能さを信頼していた上司の裏切りで突然左遷され、改めて自分を見直した時に初めて気がつく。
* この物語は、取り違え事件の物語だけではなく、計算高くて自分本位、時に人を見下し、自力で勝ち上ってきた勝ち組だと自負する良多が人として、夫として、親として再生する物語でもある。しかし設定と同じ世代の親子である私には、子供を取り違えるという想像できない状況に胸が詰まり、自分だったらどうするだろうなどと考えては泣けた。何とか納得できるラストだったのが救われた。
本書は映画を小説に書き直したものだったので状況描写はよく描かれているが、人物の心理描写は浅く、小説としては薄く感じた。内容が良い分、少し残念。


  わたしを離さないで  カズオ・イシグロ   (☆☆☆)

キャシーが生まれ育った施設「ヘールシャム」は、世間から隔離された静かな場所にあり、そこでは保護官と呼ばれる教師と仲間(生徒)らが暮らしていた。仲間は一定の年齢がくると介護人や提供者になるべく施設を巣立っていく。キャシーは親友のルースやトミーと時には喧嘩をしながらも友情を育み、施設で青春 の日々を過ごした。やがて介護人の道に進んだキャシーは優秀な介護人となり、多くの提供者らの世話して、その終了を見届けた。キャシーは提供者らの介護人をしながら、施設での奇妙な日々を思い出す。図画工作に極端に力をいれた授業、毎週の健康診断、保護官たちの不思議な態度や言葉・・・キャシーの回想はヘールシャムの驚くべき真実を明かしていく。そしてついに、離れ離れになっていたルースとトミーに再会するが、ふたりはすでに提供者側になっていた。
* 読み始めから「介護士」「提供者」「保護官」という謎の単語で、施設の子供たちが何者なのか?と読者に思わせる。やがて、ようやく子供たちは臓器移植のために育てられたクローンであることがわかるが、最後まで臓器提供の全ては語られない。それは臓器提供の物語ではなく、数奇な運命に翻弄された3人の友情と愛情の物語であるからだろう。疑問を最小限に受け止め、施設で育つクローンの子供たち。やがて提供者になるべく教え育てていかねばならない使命をもつ保護官らの苦悩。その特殊な背景はキャシーを通じて淡々と語られており、外国語文学の翻訳ならではの読みにくい部分はあったものの、印象深い作品となった。


  不倫と南米  吉本ばなな  (☆☆)

不倫相手の妻から出張先のブエノスアイレスのホテルに「彼が亡くなりました」と電話が届く「電話」。亡き祖母に死ぬと予言された日を訪れたアルゼンチンで、夫への想いと生を見つめて過ごす「最後の日」。母が亡くなった後に、出張中の父と一緒にギターを買いにブエノスアイレスについてきた少女の「小さな闇」。不倫中の上司と仕事中に出会った今の夫とブエノスアイレスで旅行中の「プラタナス」。ブエノスアイレスの広場に集まる、子供の写真を首に下げた女性の行進を眺める「ハチハニー」。ブラジルに住む友人から流産をしたと告げられた「日時計」。南米に不倫旅行中に、子どもの頃に体験したクマのぬいぐるみにまつわる出来事を思い出した「窓の外」。
* 作者が南米を旅して描いた短編集であるが、どの作品も何か掴みどころがなく、それでいて悪い意味でのシュールさがある。旅先で見たものや印象に残ったものが作中に出てくるが、どれも不自然な感じで今ひとつピンとこなかった。吉本ばなな作品は嫌いではないだけに・・・やや残念。


  食堂かたつむり  小川糸  (☆☆☆)

トルコ料理店で働く倫子が帰宅すると、同棲していたインド人の恋人も家財道具も、恋人とオープンを夢みていた出店資金も、衣類の何もかもが跡形もなく部屋から消えていた。突然、全てを失う衝撃的な失恋とともに声を失ってしまった倫子は、十年ぶりに故郷に戻ることを決意する。父親は不倫の相手だったと聞かされ、嫌な思い出しかないスナックを経営する実家と母親(おかん)だったが、自分には料理しかないという強い信念で、おかんに頼み込み、実家の離れで「食堂かたつむり」をオープンさせる。食堂かたつむりの客は一日一組限定の予約制。倫子のつくる料理を食べた客には次々と奇跡が起き、願いが叶う食堂との噂になる。しかし、食堂の経営も順調に運んでいた矢先、おかんから癌で余命が半年であることを聞かされる。子どもの頃から嫌いだったおかんだったが、この告白に倫子の心は揺れる。
* 育てていた豚のエルメスの行く末、倫子とおかんの想いが最後にギュッと詰まったラストだが・・・料理描写だけやや懲りすぎ感あり。全体的にはほのぼのした印象。


  土の中の子供  中村文則  (☆☆☆)

両親に捨てられた「私」は何軒もの家をたらい回しにされ、遠い親戚に引き取られるが、そこでは殴る、蹴るという暴力が日常化していた。暴力がエスカレートして声が出なくなると、今度は放置されるようになり、「私」は空腹で激しい腹痛を繰り返し、徐々に衰弱して立つこともできなくなる。やがて食べることも出来なくなったため、「私」は山中に埋められてしまう。残る力をふり絞り、やっと土中から這い出した後、翌日倒れているのを発見され、すぐに養護施設に引き取られた。「私」は27歳になり、生活のためにタクシーの運転手になったが、休みがちで収入が少ない。時にお互いを慰め合う白湯子という女と同居するが、お金に困ると借金を繰り返していた。恐怖に感情が乱され続けた事で、度々自ずから危険な行為に身を委ねるようになっていく自暴自棄な「私」。
* 大酒に溺れる白湯子、タクシー強盗に殺されそうになる「私」、27年経って会いたいという親、それを仲介する施設長の恩師ヤマネさん・・・どの人物も暗く、掴みどころのない話だった。



                    














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