私のブログにAds by Googleとして、この最新日記の真下や別の個所にも広告が張り付けられている。
全く失礼千万なことではあるが、
これは、Googleが広告主からもらう広告料の一部を楽天が貰って楽天ブログにかかる費用に充当しているということなので、ブログ利用者が外したくても、ブログ利用者の意志では外せないらしい。
まるで、私が推薦しているかのようである。絶対に推薦したくない業者を!!
私が推薦できないと常日頃思っている業者も入っていることを、読者の皆さんには是非とも御理解しておいていただきたいものです。
「1億円???」のペルシャ絨毯なるものを見た。
見たと言ってもネット上での話なのだが・・・・。
サイズは、2x3mか、大きくてもせいぜい2.5x3.5m。
日本の家屋に敷けるサイズだ。
でもまぁ!
価格をいくらにするかは、勝手と云えば勝手なのだが。。。
随分と、人を食った話ではないか。
『あなたが1億円で納得すれば、あなたにとって1億円の価値がある』
とは、中近東での話ではあるのだが。これは日本での話だ。
2005年位まで、織り子さんの給料は、月1万円位であった。
しかし、この3年間で、イランの人件費は上がりに上がった。
毎年約30%の急騰だ。して、2008年現在2万円強、2倍強になったのだ。
この「1億円?」の絨毯、昨日今日織られたものとは思われない。
3年以上前に織られたのだろう。
まぁ、百歩譲って、2万円としよう。月2万円の織り子さんが、
何年掛けて作れば「1億円」になるのだろう。
2万円×12ヶ月×208年=約5,000万円
もしも、織り子さんの給料に5千万円払えば、
1億円でも仕方なしと云うところか?
でも208年、誰が生きているのだろう。。。
1億円の根拠の計算式を見てみたいものだ。
して、儲けは、9千数百万円???
『日本の家屋に敷けるサイズのペルシャ絨毯で、
一千万円もするペルシャ絨毯はありえない』
と私は常々言っているんですがねぇ・・・・。
私の言っていることは嘘なんですか???
かつて「ガリサラー」というペルシャ絨毯店があった。もう潰れてないので、この絨毯屋の大きな勘違いを書くこととしよう。
この絨毯屋は「絨毯の家」というのをペルシャ語で「ガリサラー」として、その屋号につけたと思われる。
大きな絨毯をあらわすペルシャ語に「ガ(ハ)リー」という言葉はあるのだが、ペルシャ語で「ガリ」といえば「手押し車」を意味するので、「ガリサラー」とは、さしずめペルシャ絨毯店「手押し車の家」ということなのだ。
ところで、「ガリ」は、「ガ(ハ)リー」のことだったとしよう。「ガ(ハ)リー」は2x3メートル以上の大きな絨毯のサイズをあらわす言葉だ。よって「ガ(ハ)リー・サラー」とは2x3mより大きめの家ということなので、これまた非常に小さな家なのですね。
ちなみに絨毯のペルシャ語は「ファルシュ」なので、絨毯の家をあらわすには、「サライ・エ・ファルシュ」なので「ファルシュ・サラー」といってもいいかも知れない。
Ima Iran ni kite imasu.
Iran niha "red orenge" to iu noga arimasu.
mikakeha futuuno orenge to kawari ga nai noda keredomo
nakawo muite miruto miga akaku fukurono kawa ga usukute
totemo oisii nodesu.
Watasiha kono "red orenge" wo tyuumon simasita.
Hotel ni motte kaette tabete miruto 3tuno uti 1tu dakesika
red orenge deha arimasen desita.
Yokujitu kudamonoya no ojisan ni monku wo iuto,
75%ha red orenge nanoda to iunodesu.
demo 3tu nouti 1tu sika red deha nakatta no dakara
33%sika red denai to iuto kondoha
1kagetu sonomama tabezuni oiteokeba red ni narunoda to iunodesu.
1kagetumo oiteokeba kusatte taberenaku narimasuyone.
This is the Iran.
行ってみないとわからない『イランのおもしろ情報』
画面左のフリーページをご覧下さい。
是非読んで行って下さい。
出来れば感想もよろしく。お返事は書きますから。
イラン南東部を襲った昨年末の大地震で壊滅的な被害を受けた遺跡「アルゲ・バム」(ケルマン州バムの町にある城壁の遺跡)から、ササン朝(227~651年)の時代のものとみられる日干しレンガが多数見つかったらしい。
壊滅した為、その下から露出したとのこと。
これまでも、文献からササン朝時代に起源を持つとされていたが、現在のものはサファビー朝時代に修復されたものだったとか。
イランもいろんな国から侵略を繰り返されてきたが、アケメネス朝は、確かアレキサンダーによって滅ぼされ、ササン朝ペルシャもアフガンの侵攻で滅亡したんだったんじゃなかったかなぁ。。。
それはともかく、物証が出てきた為、世界遺産に登録申請するらしい。(イランでは、アケメネス朝の宮殿遺跡ペルセポリスが世界遺産に登録されている。)
ステンドグラスの芸術
写真はテヘランのカジャール朝の宮殿です。
カジャール朝は1779年から1925年にかけてのペルシア王朝ですが、文献によると1786年に首都をザンド朝時代のシラーズからテヘランに移しているのでその頃に建てられたものだそうな。
やはり、焼きタイルとステンドグラスの芸術が殊に素晴らしい。

画像の続きはまた今度、お楽しみに!
土漠の国イランでは人為的に水をやらない限り木々は育たない(カスピ海沿岸などは別だが)。
これはテヘランだが、車道と歩道の間は必ず溝が作られており、そこに街路樹が植えられている。
写真は雨の後なので水が豊富に流れているが、夏にもなると水は無いのだが、定期的に水を流すようだ。
広い庭を持つ大きな家などでは、井戸があり、電動ポンプのスイッチを入れると庭中に水が行き渡るようにしてあったりする。
かくかようにして、イラン人は木々や草花を育て愛でるのです。
顔で判断しないで下さい!彼らはロマンチストなのです。
オットッ!!!顔は余計だった!失礼!