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カテゴリ:おでかけとグルメ
昨日はダンナとぶらぶらウォーキング。
はじめダンナが、上ノ太子まで歩く、というので それなら行かんとこー、と思ってましたが、 そんなら、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)陵から軽里へ出て、フラワー(羽曳の里店)でお茶、という提案があったので、ついていきました(笑)。 日本武尊陵は、当然子供の頃から日常生活圏内ですが、 その周囲の道の、なんと整備されたことか!? 住宅地もすっかり様変わりしていますから、 どの道がどこへ抜けるんだかピンとこないこと甚だしく。 「この古い洋館はなんやろな」とダンナが言うのを見て、 わたしが幼稚園児の頃に何度か行ったことのある診療所だったのを思い出しました。 表札の苗字もかわっていないから、間違いありません。 診療は疾うにやめてらっしゃるはずですが、 見慣れない様子になってしまった場所に、 40年近く前の記憶につながるものを見つけると、なにやらホッとします。 御陵は昔と違ってお堀の周囲の柵も整備されて、 すっかり小奇麗になり、カモが沢山群れていました。 昔はちょっと大雨が降ると、お堀の水が溢れないようにと わざと水を溝へ大量に逃がしたもんです。 ドドドーっと流れてくる水といっしょに、 魚やカメも流れてきたのは懐かしい思い出です。 いまはどうやってるのかな??? 軽里地区には、古市や込んだと同じくまだところどころ古い家が・・・。 いい感じです。 初めて知ったのですが、日本武尊陵に向かって、こんな神社が建っていました。 軽羽迦神社と書かれていましたが、日本武尊陵に向いているからには、 当然、日本武尊を祀っているのかと思いきや、 帰宅して調べると、天照大神、熊野権現、蔵王権現、と 意外な感じでした。 しかも、この「軽羽迦」、見たまんま「かるはか」と読むのだと思いますが 近くにある向墓山古墳が軽皇子の墓なんじゃないかと言われ、 それでこの神社が軽羽迦、このりあたりの地域が軽里と呼ばれたのでは? という説があるようです。 さて、住宅地を抜けて、外環状線が通っている辺りへ出ました。 古い大きな歩道橋、中学へ通学時に毎日使っていたものですが、 すっかり老朽化して、使っているヒトの姿も見られません。 あえて使ってみました(笑)。 歩道橋を渡りきったところに、フラワーがあります。 昔々はれんげ畑だのイチゴ畑だのだったんですが。 フラワー、すごく混んでました。 はなまるマーケットのおめざに使われたお菓子「マダムヨーコ」を作っているそうで、 昔にくらべてずいぶん繁盛。 パスタやドリアも食べられるようになっていました。 お腹すかしていけばよかったぁ。 でも、折角だから、パンなど少々いただくことに。 パンにもイチジクが入ってましたが、ジュースもイチジクと洋ナシのジュースをチョイス。 やっぱり羽曳野らしさを追求してみました(笑)。 店内から見える池は、ちょっと気を抜くと一面ハスやら藻に覆われて 緑色になってしまうのですが、いまはすごくキレイで ここもカモたちが群れていました。 昔、同級生の男子たちがこのイケでザリガニを釣っては、 車道へ放り捨てて車につぶさせていたのを思い出します。 フラワーのすぐ向かいに、峯塚古墳があります。 ずいぶんまえに、発掘が行われたときには、 古墳がすっかり丸ハゲになって、でも考古学ファンが殺到していたものです。 いま、この古墳の向こう側を広範囲にわたって工事しています。 古墳に付随した大きな公園にするようです。 峯塚古墳と道路を挟んだところに、羽曳野市の施設LIC羽曳野があるので そこの図書館でしばらく休息。 LICの出来た当初からすると、蔵書も充実して図書館らしくなりました。 高校生だか大学生だかが、沢山勉強していました。 えらいえらい♪
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