カテゴリ:左巻きさん
お天気のいい春の日曜。
いつもの如くあちこちのぞいておりますと・・・ 大空のサウラビさんとこで目にしたもの・・・ ミノベさん(佐高 信) 消しゴムカバーの糊づけ、袋貼り、ガラスビン集め、箱詰め作業、ヤクルト配達、新聞配達、チラシ配り、パン屋、ケーキ屋、焼き肉屋、喫茶店の店員、アサリ売り、荷物下ろし、ホステス、皿洗い、ヘアモデル、下着や水着のモデル、映画のエキストラ、DJ、パチンコ屋、鉄くずの仕分け、ビルの清掃、キャンペーンガール、手配師、深夜警備、店頭での客引き……。 これが辛淑玉が「貧しさから逃れるために」やった仕事である。「金もなく、学歴もなく、後ろ盾もなく、ネットワークもなく、信用もなく、日本国籍もなく、男でもない」彼女は『せっちゃんのごちそう』(NHK出版)で「お金をもらえるなら、どんな仕事でもやってきた」と告白している。 なぜ、「せっちゃん」なのか? それは創氏改名を強いられてつけた日本名が「新山節子」だからである。 「お金さえあれば、雨の漏らない家に住めるし、食べるものの心配をしないで済む」と考えた彼女は、ただ、ひたすらに働いた。 彼女がその成長過程で出会った「ラムネ」や「コロッケパン」や「サクマのドロップ」について書いた『せっちゃんのごちそう』は、切ないとしか言いようがないほどに切ない。 たとえば、6歳の時の「ミノベさんのリンゴおろし」。お金のない彼女の家で病気になるのはとても怖かったが、ちょっと寝ていればいいくらいの病気の時は、母親がお砂糖入りのリンゴおろしをつくってくれるので、「病気ってとってもステキ」だと思った。母親を独占することもできたからである。そんなある日、母親が「ミノベさんがおまえの命を助けてくれたんだよ」と言い始めた。病気になるたびにそう言う。いつもは泣き顔の母親が、まるで好きな人のことを語るように嬉しそうに言うのだった。 戦後、在日朝鮮人はすべての公的サービスからはずされたが、国民健康保険の適用が自治体の権限になった時、当時の東京都知事、美濃部亮吉は在日の家でも保険の適用を受けられるようにした。「安心して病院に行けるというのは、毎日緊張しながら生活しなくてもいいということだ」と辛は書く。バラまき福祉とか美濃部を批判する人もいるが、思想においても石原慎太郎と対峙していることはまちがいない。 週間金曜日4月21日より http://www.kinyobi.co.jp/KTools/fusoku_pt?v=vol603 >>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>> 苦労話なんて、日本人の中だってどこにも転がってますぜ。 好きで日本に居残り、(この辛の親族は北に帰国している)帰化もせずに、文句ばかり 言われてもさぁ・・・。だけど・・・・ なぜ、「せっちゃん」なのか? それは創氏改名を強いられてつけた日本名が「新山節子」だからである。。。???? 1958年生まれの在日でも創氏改名を強制させられたんですか・・・(--;) いやあ、佐高さん、あなたの見識の深さには返す言葉もございませんです・・。 では、今日本中に溢れている在日の通名は強制的に創氏改名させられた結果なんですね。 民族の誇りを傷つけられ、悔し泣きしながら、今も使い続けているわけですね・・・。 その屈辱的な創氏改名による通名を 鬼のような朝日新聞をはじめとするマスコミはあえて 使って彼らを悲しませているのですね・・・。しりませんですた(--;) 佐高さん・・・・ 私は個人的にこの辛淑玉が大嫌いである。 勘違いの被差別意識むき出しで、日本をなじる姿に嫌悪感を感じる。 皇室に対する不敬発言もさることながら、何が何でも日本が悪いと叫ぶこんなヤツを持ち上げる自称知識人とやらの連中。。。ふざけるな!! お前らの嘘と妄想に騙される時代は終わったんだよ!!!! 現役番長がかなり怒っています・・。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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