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LJSの歴史について
▼前身は1981年(昭和56年)に東北三県競馬場(岩手・新潟・上山)が企画した「レデイースカップ」.当時の日本には女性騎手は三名。土屋薫(浦和土屋千賀子調教師の妹)、安池成実(川崎安池調教師の娘で現調教師)、吉田弥生(水沢、彼女だけが競馬場出身ではなかった。現新田弥生さん) ![]() 左から吉田弥生騎手、シーラ・マッケンナ騎手、土屋薫騎手 ![]() レデイースカップ81の出場騎手たち ![]() 当日の出馬表 ![]() 新潟県競馬専門誌・新潟スポーツ ----------- 84年まで4年間施行された。その後、一時中止という形で開催されずにいた(各主催者が単発的に2~3名を招待騎乗させたことはあったが…)。89年、女性騎手の技術交流と、それを通じての国際親善を目的に、オーストラリア、ニュージーランドから四名の騎手をNAR地方競馬全国協会が招待し「インターナショナル・レデイースジョッキーシリーズ」と名称を替え、実施されることになった。90年には、アメリカ、カナダが加わり4カ国六名、そして91年には更にイギリス、フランスを加えた6カ国七名と招待枠が拡大され、名称も新たに「クイーン・ジョッキー・シリーズ」となり4競馬場を転戦し、ポイント制で争うことに。 このシリーズも93年で終了する。しばらく女性騎手だけの招待競走は行われなかった。 ファンの要望もあって97年に「卑弥呼杯」として、中津競馬場で復活するのだが、2000年まで行われたが、2001年6月3日の中津競馬突然の廃止により卑弥呼杯は終わる。それでも、2001年には新潟競馬場で「駒子賞」と名称を替え実施された。 この駒子賞は、同年11月の県競馬廃止決定により一度限りであった。地方競馬に真冬の時代が訪れ女性騎手のレースも開催されなくなった。それでも、04年に「全日本本レデース招待競走」と言う名称で荒尾競馬で復活し、06年からは「レデースジョッキーシリーズ」として地方競馬三場を転戦しポイント制で争う女性騎手NO1決定戦として定着し現在に至る。 [地方競馬]カテゴリの最新記事
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