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フクちゃんが死んだ。 フクは、うちの大事な大事な可愛い犬だった。 最期を看取る時は、本当に辛くて、今でも思い出しては、毎日泣いてしまう。 お蔭で、泣いてなくても、私は、泣き顔になってしまった。
最近、流行ってるからいいじゃないか。
それは、困り顔だよ!!!
そう、泣き顔でも困り顔でもなく、私は笑顔になりたいのに、まだ少し時間がかかりそうだ。 天国に逝って、まだ1ヵ月経ってないんだもんな。いいよね?泣いたって。
フクは、1998年4月15日生まれの元気な雄犬だった。 岡山県に新見市というところがあり、そこで生まれたゴールデンレトリバーで9匹兄弟のうち4匹が雄で、私と当時付き合っていたボーイフレンドが見に行った時は、すでに雄が1匹売れていた。 雄を希望していたので、3匹を子犬のいる囲いの中から出してもらい、どの子がいいかな~。と選んでいたのだけど、どの子も足が太くて、しっかりとした子犬で、好奇心旺盛で、可愛かった。 犬を飼っているそのお宅は、山の中にあった。本当に山の中で、ご主人と奥さんと1歳ぐらいの赤ちゃんがいるおうちで、子犬もたくさんいて、にぎやかだった。 3匹の子犬は、しばらく私たちの周りをぐるぐるしていた。彼の靴ひもを噛んでる子もいれば、いろいろで、そのうち1匹は、そのお宅の法面の方向ばかりに行き、短い足で踏み外しては、下にコロコロと落ちる。ということを繰り返していた。そして、落っこちる度に、その家のご主人が拾いに行くのだけど、しばらくするとそこまで歩いていき、また落ちる。 私たちに興味があるのかないのか、よく分からない。変な犬。 と思っていたら、なかなか決められない私に向かって、彼が、 おい、あの落っこちるばっかりの犬にきめたら? と言ったのだった。 私は、その当時は、ものすごく慎重に物事を決めたり、選んだりしていたので、何を決めるにも時間がかかった。彼は、いい加減、飽き飽きしていたのだろうと思う。 で、けっきょくどの子も同じぐらい元気だったので、その落っこちるばっかりの子犬を頂くことにした。 それが、福助との出会いだった。 私は、名前を福助にすると決めていたので、子犬と一緒に彼と車に乗り込んだ途端に、嬉しくて、 福ちゃん と呼びかけた。 そしたら、運転している彼が、びっくりして、引いていた。(先に言ってなかったからね) で、肝心のフクは、 知らん顔 だった。 あの時は、これから共に過ごす楽しい時間の事しか考えられなかった。 そりゃ、そうだよな。 だから、育てもできるし、家族になれるんだ。
最終更新日
2012年02月04日 22時06分20秒
みなりっちです。 まだまだ悲しみは癒えない中で、たくさんの方がお買い物に来てくださいました。なんだか、すっごくお客様から応援を頂いているような気持ちになり、有難かったです。 大変な中でカートアップしてくれてありがとう。 って言ってくださった方が大勢いらっしゃいましたが、私にしてみたら、「来てくださってありがとう。」なんですよ!お蔭さまで、すごく気持ちが紛れたというか、作業に没頭している間は、悲しみを忘れることができたのですから。 祖母の事も思えば思うほど、やっぱり悲しいし、おばあちゃんの事は大好きだったな~って思う。幼い頃より大切にしてもらった記憶は褪せることなく、ずっと私の中でおばあちゃんは、にこにこしてる。おばあちゃんに関しても記事書こうかな~って思ったのだけど、止めとく。いろいろあるからね。 昨日だったか、ちょっと目に留まったブログがあって、それを読んでたら、同情や可哀想は危険だって事が書いてあって、その方は霊能者の方で、とにかくいろんな体験している人。 事故現場などに、よく“呼ばれて”行くことが多いそうだ。事故現場でも何度も同じような事故が続く場所って、あるじゃないですか。ああいうところを通る時にね、 可哀想に。 って、思っちゃうと、絶対ダメなんだって。 明らかに雰囲気悪いとか、絶対ここヤバイよねって感じる場所なんかもそうなんだけど、そういう場所には、地縛霊だとか浮遊霊がたくさんいて、その場所でたむろしてるんだって。 で、そういう場所で、同情しちゃうと、 憑いてくる。 中には、入られてしまい、霊の意のままに操られることもある。 これは、道端で動物が死んでても同じで、絶対に同情してはいけないのだそうだ。 もしも、そんな場所で霊を感じたら、 絶対拒否の態度と「早く成仏して、転生するように」と呼びかけるだけ。 憑かれてしまうと、後が大変です。 この話を読んだ時に、そう言えば、と思い出したことが2つ。 1つは、アナトミーを教えてくださった先生が、なにかのセミナーの帰りにある男性と一緒になったそうだ。 その時その男性は、とっても悩んでいて、先生に少し話を聞いて欲しいと言ったそうだ。なんだかちょっと嫌な予感がしたけど、先生は優しいので、いいですよ~と“つい、うっかり” 駅のベンチで横に座って話を聞いてあげたらしい。 で、その後家に着くなり、 激しい吐き気と眩暈で、起き上がれなくなったのだそうです。 水も飲めないこの状況はおかしいぞ。と思いながら、知り合いの霊能者の方に向かって、心の中で、 「助けて」 と呼びかけたそうです。 そうしたら、5秒後に電話がかかってきて・・・・ 「あなたね、可哀想と思って話聞いてあげたでしょ?そんな事しちゃ絶対にダメなんだからね。」 と言われたそうです。 そうなんです。可哀想だから話を聞いてあげたら、相手に憑いていたものすごいものが、こちらに乗り移ってきた。 取ってもらったから良かったものの、危なかったということでした。 でも、普段の人間関係の中で、ついつい可哀想とか、ありません?ふつうにやっちゃってますよね。 でも、本当はそれも良くないみたい。 可哀想だから・・・と気持ちの中で同情しちゃうと、相手の物をもらっちゃう(引き受けてしまう)しかも自動的に。 それに、だれかに対して可哀想って思うなんて、本当は失礼な事だと思う。 それは、とても大きな物の見方かもしれないけど、私たちはすでに答えを自分の中に持っていて、解決できるだけの能力を本当は持っているからだ。 一方的に同情するのは、相手を尊重していないのと同じことかもしれない。 〇〇さんは、〇〇で可哀想だから、でつながる人間関係なんて、本物じゃないと思うし、必ずいつかどこかでほつれが出てくるもの。と思う。 以前、ちょっと知ってる人で、可哀想だから旦那と結婚した。って人がいたけど、やっぱり離婚したもんな。 むやみやたらの可哀想は危険です。 2つ目の話はね、けっこうヘビーなので、また書けたら書くわ。 ちょっと、勇気いるからね。
最終更新日
2012年02月04日 00時35分39秒
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