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★にわか四国遍路(9)へ戻る。
遍路という存在を忘れていた今日この頃。私は、まっすぐな道をゆこうと躍起になっていた。 だが、久しぶりに松山から今治の道を歩くことを機縁にして、まっすぐな道でなくてもいいのではなかろうかとも思ったりした。 兎にも角にも、東予の道も残り纔に而候。 2010年(平成二十二年)7月11日。始発電車で新居浜へ。そのまま東に向けて歩いて行く。 ↑国領橋(愛媛県新居浜市国領) ↑出た!四国中央市!! つひにやってきた四国中央市。このネーミングセンスは失笑さえしてしまうが、そのようなことを言うことでさへもためらわれる。 もともとこのあたりは「馬」という地名であったが、和銅八年に民部省から以下のような告知が出た。 凡諸国部内郡里等名並用二字必取嘉名 (凡そ諸国の部内の郡里等の名は二字を並び用い、必ず嘉名を取れ) というわけで、馬は「宇摩」と改められたのである。これぞまさしく伊予國宇摩郡である。現在、四国中央市の市域はほぼ当時の宇摩郡と合致する。 ↑関川(愛媛県四国中央市土居町上野) 関川とは新居郡と宇摩郡との間にあった関所を流れる川という意味合いがある。 ↑三度栗大師(愛媛県四国中央市土居町上野) その昔、弘法大師がこの地を通った際に子供たちから栗をもらった。そのお礼にと大師は「今より一年に三回の栗を与えん。」と言って去ったという。以後、年に三回も栗が取れるようになったと伝えれる。 このように、四国では弘法大師と栗との関連の伝承が多数存在する。 ★番外霊場・摩尼山延命寺本堂(愛媛県四国中央市土居町土居) ついに土居の延命寺にたどりついた。ここは「千枚通」で有名なお寺である。千枚通とは何ぞや? 住職に話をうかがうと、どうやら霊験あらたかなものであり大日本六十余州広しと雖も、ここにしかないそうである。 ↑これが、千枚通し。 ![]() ↑枯れてしまったいざり松 その昔、一人の病人がいざり松で横たわっていた。通りかかった弘法大師が霊札を水に浮かせてのませたところ、病が全快したという。この霊札こそが「千枚通し」なのだ。 急ぐ旅でもないが先を急ごう。 ↑近藤篤山先生生誕の地(愛媛県四国中央市土居町小林) 近藤篤山は「伊予聖人」「徳行天下第一の人」と呼ばれた人で、小松藩の教育と発展に力を尽くした人だそうである。 ちなみに篤山は旧姓を高橋といって、大友宗麟の家臣として筑前岩屋城に籠って島津軍相手に玉砕した、高橋紹運の子孫とのことであるそうだ。 ↑迫る山並み ↑国道11号線(愛媛県四国中央市土居町津根) 長く歩くと伊予三島の市街地に入った。 ![]() ↑遍路わかれ(愛媛県四国中央市三島) 伊予三島駅におもしろい紙が貼ってあったので紹介しよう。 ![]() 知之者不如好之者 好之者不如楽之者 (どんなに知識があっても好きになるには及ばない。どんなに好きになっても楽しめる人にはかなわない) まったくその通りである。 ![]() ↑伊予三島駅 というわけで煩悩の世界へ帰ろうわい。 ●本日の歩行距離・・・25,7キロ ●総歩行距離・・・165,7キロ(四国遍路全行程の約12%) ★にわか四国遍路(11)へ進む [四国遍路]カテゴリの最新記事
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