|
|
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
みんみん908's Shopping List
みんみん♪の記録 [全59件]
ご無沙汰しています。 相変わらず多忙な日々を送っています。 バイトも在籍が長くなると色々責任のある仕事を任されるようになり なかなか気が抜けません。 そして何より! 本業の教室の、年に1度の発表会の準備に大わらわでした。 でも今年も無事に開催することが出来ました。 それから震災! お仲間うちの若手の声かけで、支援グループが出来上がりました。 きちんとした組織になっているわけではないですが、 賛同した者が「何となく」集まって(あらかたオンラインですが) 現地の被災者様と連絡・連携をとりつつ 微力ながら支援させていただいています。 なにぶんにも多忙な毎日なので実際に動くのは若手にお任せです。 あたしは、ポンと背中を押してエールを送ることと、 わずかばかりの活動資金の提供をするぐらいしか出来てませんが 現在は息子の入院治療費に充てていた予算が宙に浮いているので そのぶんぐらいは出してもいいかな?という感じ。 とはいえ、物資の買い出しや発送にも意外と時間がかかります。 時間もお金で買えたらいいのに。。。なんて思ってしまう(笑) 息子の友人達が足しげく遊びに来てくれています。 映画にも誘ってくれます。 とても有り難いことです。 今でもちょっとしたはずみに(?) 急に涙があふれることがありますが、大旨元気にしています。 ありがとう。 あたしの日常の全てのものに「感謝」
今日の息子のお仏飯は冷凍炒飯(笑) だぁってぇ~、 450g入りの袋、半分だと食べ足りない、 3分の2ぐらい食べたいあたしなんだもん。 ちょうどいいから3分の1は息子のところへ(笑 息子の友人達が持って来てくれる物が日々増えて、 現在息子ちゃんの仏壇(厨子ですが)まわりは おもちゃとお菓子で埋まっております。 ![]() 駄菓子屋みたいww 友人達、とっても気軽に寄ってくれるんで嬉しい♪ なんだか息子が増殖したみたいな気分。 ワイワイ楽しい時間を過ごしています。
入院治療費に。。。とバイトで頑張った資金の一部が葬式代に化けた。 それから今日、小さめの仏壇と位牌を買った。 最初は義母の部屋に大きいのがあるから、そこへ一緒に。。。と思ってたけど やっぱ息子には自分の手元に居て欲しくなったから。 別にもうバイトの必要は無くなっちゃったんだけどさ、 急に一人になる時間が増えてしまうのも嫌だから、もうしばらく続けるつもり。 でも仕事する意欲が失せ失せになっちゃいそうかも?w 次男に 「バイトが嫌にならないように 今度は君の結婚資金と思って、もうしばらく頑張るわ」 って言ったら。 「うん、そう思って頑張ったらいいよ。 それでいっぱい溜まったら自分で好きなことに使ったらいいし。 車買うとか大きいバイク買うとかさ」 だってさ。 嬉しいやら寂しいやらw しかし。。。。なぜにバイクや車が先に来る? なぜに新しいエレクトーンぢゃないんだ?ww 母はステージア(現行最新型のエレクトーン)だって欲しいぞ。 次男くん、母をよくご存知ですねwww
あたしの古くからのお仲間達は息子のことを、いつも 「みんなの息子」 と言って可愛がってくれていました。 赤ん坊の頃から誰がお父さんお母さんかわからない お父さんもお母さんも3~4人いるぢゃない!みたいな感じで 皆の手から手へ渡り、 入園、入学、卒業。。。皆でお祝いしてくれて、 昨年の本退院のときも、皆が集まってくれました。 息子の葬儀の時に 「この子は皆の息子だった、今まで大切に育ててくれてありがとう」 って言ってもらえて、嬉しいやら悲しいやら。。。。 その仲間のひとりで、息子のことを知らせようとしても どうしても連絡のつかない人がいたんです。 その人はあたしより年上だけれど、息子にとっては 「話しのわかる良き兄貴」みたいな存在で、 息子が勝手に彼に連絡をとって ふたりで仮面ライダーやウルトラマンの映画観に行ったりしてた人なんです。 数日前、ようやく彼の実家の電話番号を引っ張り出せたので 彼のご実家に電話してみたら。。。。。。 なんてことでしょう!!!!! 彼もまた、もはやこの世にはいませんでした。 彼のお母様が、 うちの連絡先が見つからなくて連絡出来なかったと。。。。。 ちょっとダブルショックで眠れませんでした。 すぐに仲間達にメールをまわしましたけど、 皆が皆、一様にショックを受けて言葉もありません。 彼が居て息子も寂しくはないでしょうけど、 なにもそんなところへもつるんで行かなくても。。。ねぇ。 こんなこと、もうこれ以上続かないで!!!
最後の入院費の支払いと、各種証明書の依頼のために 2週間ぶりに大学病院まで出向いた。 2つ手前の信号からぼんやりと病院の建物に目をやったら、 あら? 屋上のヘリポートにヘリが1機いるじゃない。 ヘリポートがあるんだからヘリが居たって何の不思議も無いんだけど、 2年も通ってたくせに、今日初めて見たわ。 ![]() ズームがチャチくてボケてますw そういえば、この道を走ってたのは殆ど夜だったっけ。 たまに昼間に走っても、 いつも時間に追われてのんびり建物を眺めることなんて無かったかも? 今まで全く気づかずに走り抜けてたのかしら。。。。 あたしはこの丸2年(退院していた期間を除いても1年半) 自宅から40分、毎日毎日この道を走ってたのね。 雪が降り積もり、スリップしそうな凍結路の日も 星も綺麗に瞬く月明かりの日も 道路が川のようになる豪雨の日も エアコンかけても効きゃしない灼熱地獄の日も 蛙の大合唱がBGMな日も 来る日も来る日も息子の洗濯物をたずさえて走ったんだわ。 全く行けない日もあったけれど、 2往復3往復した日もあったっけ。 そんな大学病院に来るのもあと1回か2回。 所用が全て片付いたら、もう滅多に来ることもなくなるでしょう。 朝からバイトに行って、バイトから帰宅した夕方の在宅時間は15分~20分。 着替えて顔を洗うのもそこそこに本業に出かけて、 本業が終わったら、その足で病院へ。 帰宅するといつも22時前後だったっけなぁ。 シンドかった。。。。確かにシンドかったけど、 しんどくてもいいから毎日息子のところへ通い続けたかった。 そんなことを思いながら大学病院をあとにして帰宅しました。
29日から本業を、2日からはバイトを再開しております。 12月の繁忙期に入り、バイト先は戦場のようです。 自分の仕事だけでもめまぐるしく動かなくてはなりませんが、 加えてワラワラやってきている派遣の子たちを扱わなくてはいけません。 右も左もわからずウロウロする駒を上手く動かすのに必死です。 夕刻からは可愛い生徒たちが満面の笑みを浮かべてやってきます。 家から一歩出れば、以前と何一つ変わりのない日常です。 ご心配いただいておりますが、あたしは元気です。 明日もバイト、頑張ってきます。
先週末、ちょっとお腹が痛いかなって言ってた息子。 でも日曜は全然普通に元気。 翌22日月曜 「原因不明の腹痛で絶賛絶食中」なんて言いながらも やっぱり普通に元気にしておりました。 23日火曜、 ちょっとシンドそうな顔をしていたので、 あたしもいつもより少し長く病室にいました。 24日水曜 この日はあたしがバイト休みだったため昼間に病室に行こうと思い シャワーを浴びようとしていた所へ主治医から電話。 午前10時半に強い痙攣発作を起こし、 昼にも先生が様子を見ていらっしゃるときに 立て続けに3回発作を起こし 意識もあったりなかったりなのですぐ来て欲しいとのこと。 シャワーはやめにしてすぐに病室へ駆けつけました。 ここからは長い長い、でもあっと言う間の1日でした。 病室では脳波を測定したり、造影CT取りに行ったり、輸血をしたり (血小板が少なく針を刺したり穴をあける検査が出来ない状況だったため 検査が出来る程度の数値にしたいという狙いの輸血) この頃はまだ背中や腰が痛いと言いつつも(最初に発病した時と同じ症状) いつも通り悪態ついたりボケかましたりツッコミ入れたりで 意識は普通にはっきりしていました。 そんな中、17時過ぎにまた発作。 この発作のあとは急激に意識レベルが低下。 神経内科のドクターに日にちを聞かれても答えられない状況。 主治医の所見では、白血病が脳に進行している疑いが強いとのこと。 明日になったらあんな検査、こんな検査で原因を突き止めて対処していく という方向性のお話しでした。 息子が検査で病室を空けている間に連絡しておいたので 早上がりした主人も18時45分頃に病室に到着。 あたしは一度主治医から説明を受けましたが、 主治医がもう一度主人に話しをしてくれました。 ところが面談中、看護師さんからまた発作との連絡が入ります。 発作のあとしばらくは完全に意識がありません。 意識を取り戻した感があっても、もうすっかり混濁していました。 21時頃主人だけ帰宅しました。 息子は目は半開きで意識も混濁したままですが 酸素やバイタルを外そうとするので目が離せません。 その手を抑制しようと手を握ると、 時折ギュっと強く握り返してきます。 意識が混濁している中でも苦しいのでしょうか。 午後からは自分で起き上がることなんて全然出来なかったのに どこにそんな力があるの?という勢いでベッドに起き上がり カテーテルを引き抜こうとしたり、 絞り出すように「起きたいぃー」と唸ったり そんなことが3回ほどあり、 あたしは背後から身体を抱き行動を抑制するのに必死。 今思えば、息子のこの「起きたい」が彼の最期の言葉です。 23時頃から息子が嘔吐しはじめました。 脳にかなりの浮腫が見られる証拠とのこと。 嘔吐による誤嚥防止のため、鼻から胃までチューブを通し、 それを引き抜かないように上肢を拘束。 主治医から、現段階で出来ることはもう全てやっている。 医療の限界。 今夜にも急に息が止まる可能性があるから覚悟してくれと言われました。 気づくと日付も変わっていましたが、 家にいる主人を電話で叩き起こし、もう一度病室に呼びました。 その頃には息子はもう暴れたりしません。 静かに眠っていました。 でもだんだんイビキが高くなります。 脈拍も早くなり血圧も異常に高くなっています。 付けている装置が、計測のたびに異常数値のアラームを鳴らします。 素人のあたしにも、もう時間の問題というのが手に取るようにわかりましたが あたしたちには何一つなす術がありません。 午前3時頃でしょうか、最初の呼吸停止がきました。 主治医が病室に来て下さり、 「人工呼吸器をつけますか?」 と聞かれましたが、 それで心臓だけ動かした所で数時間先延ばしに出来るだけ。 人工呼吸器はお断りし、自然に任せることにしました。 すぐに自発呼吸は再開しましたが、もう私たちには見守ることしか出来ません。 最低限必要なもの意外をすべて取り除いて下さったので あたしたちもベッドサイドに入れました。 後ろで主治医もずっとついていて下さいました。 息を引き取る時は、とても穏やかでした。 あたしはずっと手を握っていました。 呼吸がとまり、だんだんと脈が弱くなるのが モニターを見なくても手のひらで感じられます。 そして息子はあたしの手の中で、静かに息を引き取りました。 3時55分でした。 つい1週間前の検査では、骨髄は良い状態でした。 こんな急激に事態が変わることなんて予測出来ない程、 病状は好転しているとしか思えない程の状態でした。 それがこの日の血液検査から、急に数値に異常が出たのです。 特に痙攣発作が起き始めてからは、 主治医の予測をはるかに超えるスピードで一気に悪化し、 何もかにも追いつかなかった。。。っていう感じ。 遅かれ早かれ、誰にでもこんな日は来る。 人間いつかは必ず死ぬのだから。 彼はちょっと早過ぎたけれど、 これも彼の運命だったのでしょう。 長い間彼に尽力をつくして下さった先生方、看護師さん方には 感謝の言葉もないほど感謝しています。 そして彼とあたしを支えて下さった全ての方々に深く感謝しています。 |一覧|Recommend Item
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||